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September:PART1

初秋の月、九月とはいえ、夏の暑さは抜けきれていない。

そして世の学生の夏休みは明け、休みボケもまだまだ抜けていなかった。

二期制の架音学園はこの月の始めに期末テストを迎えていた。

夏休み中、部活やら遊びやらにほうけていた学生にとっては辛い。

その結果が無事かそうでないかは様々だが、テストが終われば一時の休息が待っている。

いわゆる秋休みと呼ばれる、およそ一週間の連休だ。

この秋休みに架音学園では秋祭りが行われる。

この秋祭りは架音学園の行事ではなく、学園の敷地を地域の人々に貸し、行われるものだ。

ようするに地域主催のお祭りなのだが、学園側からも手伝いとして生徒を数名動員する。

こういう時にかり出されるのは決まってクラス委員だ。

しかも、当日の警備だけならまだしも、準備にまで引っ張り出される。

りおと陸斗は『金魚すくい』の担当だ。

秋祭りを三日後に控えた日、りおと陸斗は屋台の組み上げを手伝っていた。

「いっやー、助かるなぁ!去年の二人組はなんともひ弱でな!最後にはさぼりやがってよ!」

金魚すくいのおじさんは、ねじりはちまきで気合い十分だ。

その横で陸斗は面倒くさそうに作業をしていた。

「…だりー」

「文句いわないの」

りおはクスクス笑いながらネジを回している。

そんなりおの姿が陸斗にとっては何よりも嬉しかった。

穏やかな表情でりおを見ていた陸斗に、ねじりはちまきのおじさんがよってきてボソッといった。

「お前、あの子に『ホ』の字なのかぁ」

「んな?!」

おじさんは意味あり気な笑みを浮かべて、焦る陸斗を見た。

「いいなぁ。青春だなぁ」

「いい年こいて何いってやがんだ、ジジイ!」

陸斗の頬は赤くなっていく。

「俺はまだまだ若いぞ!それで?どこまでいってんだ?ちゃんと告白はしたのか?」

「そんなことできるわけ…!」

「ちょっと陸斗!私の力だけじゃ無理だよ!」

「ゲッ!!」

陸斗とおじさんがじゃれあっている間、一人で作業をしていたりおは、どうにも進まなくなり二人を呼んだのだ。

「“ゲッ!!”って何よ。おじさんは場所を確認してくださいね」

不思議そうに陸斗を見てから、おじさんに笑顔を向けるりおに、陸斗はため息を、おじさんは声を出して笑っていた。

屋台の骨組みが立ち上がり、ひとまず休憩に入ることになった。

「私、何か飲み物買ってきます。何がいいですかすか?」

りおは陸斗とおじさんの顔を順に見る。

「なんも、りおちゃんが行くことないだろに。ほら、ボウズ!お前行ってこい!なんせお前はりおちゃんに…!」

「ジジイ!テメーいい加減にしろや!それにボウズじゃねーよ!」

陸斗が怒る。

頬を赤くして、少々焦っていた。

「まぁ、そう怒るなって!ほれ、これで買ってこい!俺は緑茶な!りおちゃんも好きなの頼め!」

「え、あの…」

「…ストレートでいいのか?」

「あ、うん」

おじさんから渡された五百円玉を片手に陸斗は歩き出す。

と、一度立ち止まって振り返り、おじさんをキッと睨みつけていった。

「ジジイ!りおに手ぇ出すなよ!」

「へいへい、ほら、さっさと行ってこい!りおちゃんを待たす気か?」

何かを追いやるような、けれどおもしろがるおじさんの顔を見て、陸斗は走り出した。

『気安く名前呼んでんじゃねーよ、ジジイ!何が“りおちゃん”だ。………俺はアホか』

陸斗の姿が見えなくなるとおじさんは笑い出した 。

「ったく、あいつは!」

「いつもはすごく冷静なんですよ?今日は珍しいです」

そう話すりおの表情はとても楽しそうで、本来なら学園内では決して見せない本当の姿だった。

そんなりおを見ながらおじさんは気付く。

「なるほどなぁ。陸斗のヤツ、相当頑張らねーと、こりゃ大変だぜ。俺にもあったなぁ、若き日の青春ってもんが!」

「本当に大変ですよ。陸斗に頑張ってもらわなきゃ、力仕事なんて私一人じゃ絶対に無理です」

『…陸斗のやつ本当に大変だぞ?でも惚れてるんだからしゃーねーわなぁ。りおちゃんに惚れちまうのもわかるしな』

おじさんはそんなことを考えながらりおの頭を軽くたたいた。

「いつかよ、陸斗のヤツがよ、りおちゃんがビックリするようなことをいったとしても、なーに、驚くことはねぇ。陸斗のやつはこの短時間見ただけでも十分わかる程いいヤツだ。ずっと一緒にいるりおちゃんならそんなこと百も承知だろ」

「…?」

キョトンとしたままのりおにおじさんはニッと笑っていう。

「つまりはよ、りおちゃんがどんな時も、素直な気持ちで陸斗を見ていてやれ!そうすりゃ、おのずとくっつくってもんだ!」

「はぁ。よくわかりませんが、はい!陸斗は本当にいい人です!」

「おい!!」

和んで話していたりおとおじさんの間に陸斗は割って入った。

「ジジイ、りおに余計なことしゃべってねーだろうな」

「なんも、陸斗はいい奴だって話してただけだよなぁ、りおちゃん!」

睨みつける陸斗におじさんは笑顔で返す。

「りお」

「ん、何?」

「ちょっとこい」

「おっ!とうとう心を決めたか!」

「あぁ?!ジジイは黙ってろ!」

陸斗はおじさんに緑茶とお釣りを投げる。

おじさんはそれを器用に取っていた。

陸斗も陸斗だが、おじさんもおじさんだ。

陸斗はりおの手を引いて歩き出す。

「何いわれた?」

「…何って、陸斗はいい人ですって。どうしたの陸斗。今日はやけに怒ってるけど」

「…何でもねー」

「何でもなくないじゃん。陸斗、自分の飲み物買ってくるの忘れてるよ」

陸斗の手にはりおの頼んだ紅茶しかない。

買い忘れたというより、買っている時間が惜しかった。

りおの紅茶と、しょうがなくおじさんの緑茶を買って、走って戻ってきたのだから。

別におじさんがりおをとって食うわけではない。

わかっていても、心が陸斗の足を早めた。

そばにいないことが、何やら不安で仕方がなかった。

「心配してくれたの?」そんな陸斗の不安に気付いてか、俯いたままの陸斗にりおはいった。

「ありがとう、陸斗。嬉しいよ、私」

恥ずかしそうに目を細める陸斗が少しだけ幼く感じた。

『陸斗ってば、かわい。ちょっとだけれおに似てたかも…なんていったら、怒るよね』

ふと心の中で呟いてりおはクスクス笑った。

そんなりおを見て陸斗も情けなく笑う。

「ったく。俺一人バカみてーだな」

「そんなことないって。本当に嬉しかったんだから」

「…やっぱり、りおにはかなわねーな」

「?」

りおのために買ってきた紅茶を手渡していう。

「…そろそろ、戻ってやるか。ジジイのヤツ、少しは反省してりゃいいけど」

陸斗がポツリと呟いた言葉はりおの耳には届いていなかった。

歩き出した陸斗のあとをりおは駆け足でついていく。

二人で並んで帰ってくると、おじさんは緑茶でマッタリしていた。

「おー!おかえり!ちゃんといったかぁ?」

二人の姿を見るなり、おじさんはいう。

『……このジジイ、全然懲りてねぇ』

その後もちょくちょく陸斗にちょっかいをかけつつ、三人で屋台を組み上げた。

その頃になると、太陽はだいぶ西の空に沈んでいた。

「うっしゃぁ!今日の作業はここまで!明日もよろしく頼むぜ、りおちゃんに陸斗!」

「はい、お疲れ様でした」

「陸斗!ちゃんとりおちゃんのこと送っていけよ!」

「いわれなくても送ってくっつうの。帰るぞ、りお」

陸斗はそういって促すとクルリと向きを変えた。

「う、うん。あの、お先に失礼します。明日もよろしくお願いします」

「りおちゃんは礼儀正しいなぁ!俺がもっと若けりゃあなぁ!」

おじさんの言葉に陸斗が再び戻ってくる。

その瞳にはしっかりと怒りを宿して…。

「ジジイ、テメー、マジいい加減その口閉じろや!」

「うわぁ!陸斗のやつが怒りよった!りおちゃん、怖いよぅ!」

「ジジイ!!りおに近付くんじゃねー!行くぞ、りお!」

陸斗はりおの手をつかみ足早に歩き出した。

その姿をおじさんは優しく見守っていた。

そのことを陸斗が知る由もないのだが…。


「ちょっと、陸斗!待って、速いってば!」

陸斗の歩調に合わせると、りおは少々駆け足になる。

「あ、悪い」

自分がずっとりおの手を引いていたことにやっと気付いた陸斗は立ち止まり手をゆっくり離すとりおに向き直っていった。

その表情はいつもの余裕のあるものではなく、少しだけばつの悪そうな微妙なものだった。

「………そっか」

「あぁ?」

「ありがとう」

「は?」

りおの突然の言葉に陸斗の頭の上からは“?”が飛ぶ。

『俺何かしたっけか?』

「『俺何かしたかな』とか考えてるでしょ。顔に出てる」

「……」

どんなに考えても思いつかない。

陸斗がずっと考えていると、りおはクスクス笑い出した。

「ありがとう、いつも私に合わせて歩いてくれて。陸斗一人で歩くなら、もっと速く歩けるのに私が一緒だから遅くなっちゃうんだよね。ホント、ごめ…」

「『ごめんね』なんて俺は聞きたくねーぞ。いんだよ、別に。俺が一緒にいたくて隣を歩いてんだからよ。俺としては当たり前のことをしているだけだ。それをお前がそんな悪いとか考えることないんだよ」

「…うん。わかった」

りおは優しく微笑んだ。

「ほら、帰んぞ」

「はーい」

二人はどちらからともなく手を取った。

りおの家の前、珍しく玄関の灯りが付いている。

「なんだ、兄貴はもう家にいるのか」

「…そういえば!!」

「?」

「……今日、早く帰れっていわれてた…」

「早くって、お前。もうすぐ七時になるぞ」

携帯に目をやって陸斗は呆れる。

と、その時だ。

「りおーっ!遅いんだよぉー!」

玄関がものすごい勢いで開いて、人影が一直線に門まですっ飛んできた。

いわずともそれはれおなのだが、りおの横にいた陸斗を見てそのスピードを緩める。

「遅くなっちゃってごめんね。すぐご飯作るから」

りおは苦笑いでいった。

「おかえり、りお。マジ腹減ったし!今日はオムライスね!」

「はいはい」

れおの大好物。

りおから自然と笑みがこぼれる。

「…三人分、作ってくれな」

「はいは…い?え?」

れおの言葉にりおの笑顔は固まる。

『……三人分…?』

りおの頭の中で何かがよぎった。

「まさか……」

「…………」

「…………」

れおと陸斗は複雑な表情をして黙ったままだ。

二人はりおの答えをひたすら待った。

そして、りおは笑顔の消えた表情で静かに答えた。


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