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July:PART3

真中家の扉をくぐる。

何度目かの真中家は相変わらずりおとれおには広すぎる。

「……やぱっり、広いな」

「え?」

「家のこと」

「あぁ、家ね」

苦笑いでりおはいう。

陸斗は聞いてはいけなかったのかもしれないと、その先に言葉が続かない。

「………」

「………」

沈黙が二人の間から消えない。

お茶の用意をするりおをの背を陸斗は見つめる。

何やら空気に溶けそうなほどりおの気が薄れていくのが陸斗にはわかった。

陸斗はそっと後ろからりおの頭を叩く。

「…?」

「…怖いって思ったことないのか」

「…え?」

「あいつがいない時、この広い家で一人になっちまう。そう思ったことねーのか」

「……」

隣に立つ陸斗の顔を見上げて、りおは再び手元に視線を戻す。

「…ははは。ないよ、あるわけないじゃん。私、そんなヤワじゃないもん」

「……それはそれは、初耳ですが?」

「……ごめんなさい」

「ったく。俺の前では強がんなっつーの。いったろ?お前の涙くらい俺が隠してやるって」

いって陸斗はそっとりおの頭をなでた。

りおの流す涙は陸斗にしか見えない。

それから少しの間、陸斗はそのまま胸を貸した。

しばらくして落ち着いたりおの表情はどこかまだ影を潜めていて、それでも陸斗の前では涙の残る瞳にもそっと笑顔が戻るのだった。

陸斗だから笑える。

「陸斗…ありがと」

「もう、大丈夫か?」

「うん!」

その時陸斗のケータイのバイブが鳴った。

「…誰だよ」

「彼女?」

「んなわけねーだろ。俺を好きになる奴なんか…」

「でも、好きな人はいるでしょ?」

「まぁな、………?!!」

ケータイのメールに気を取られて、りおの質問に何気なく答えてから陸斗は焦った。

恐る恐るりおの顔を見てみれば、先程までが嘘のように、それはもう好奇心に花開いていた。

「誰?!」

「べ、別に誰でもいいだろーが!」

「教えてくれてもいいじゃん!私協力するし!」

「んなっ!?(いえるわきゃねーだろ?!)」

この話からそれるように、メールの返信を打つ。

「私のこと信用できない?私じゃ力になれない?」

『…そういうこと以前の問題だっつーの』

激しく鈍感なりおにあきれつつ、そのくせりおが絶対にこの話題から引かないことも目にみえていた。

そこで一つの案を思いつく。

「…俺がいうなら、お前もだぞ?」

「え?」

「交換条件だ。それでもいいなら教えてやる」

「……?つまり、どういうこと?」

本気で分かっていないりおに陸斗からはため息がもれる。

「…はぁ。だから、俺の好きなやつを教えるなら、お前もいわなきゃだめだぞ」

「………!え、無理だよ!だって、私好きな人なんて……!」

「それじゃあ、この話は終わりだ」

陸斗は少しホッとしたような、どこか残念そうな、複雑な気分だった。

りおはりおで納得しきれていないような複雑な表情のまま。

やっとお茶の準備ができて二人は向かい合って座る。

テーブルにはりおの作ったケーキと、淹れたての紅茶が並んでいた。

二人はケーキを食べながら、相手の出方をうかがうようにチラチラと目が動く。

「…おいしい?」

「え?あぁ、ケーキのことか。おいしいよ」

「……どんな人?」

「………またそれかい」

陸斗は苦笑いしながらティーカップを手にとって紅茶を飲む。

「…だって、気になるんだもん。何かわかんないけど…」

「!」

陸斗はりおの言葉にカップを危うく落とすところだった。

「……スゲー鈍いやつだよ」

「…え?」

「鈍くて、きっとこの先も気づかないような女だよ。でも、“昔”からずっと好きだったんだ。……俺も、そいつもずいぶん変わっちまったがな」

『……昔…から?』

りおは一瞬頭の中に何かがよぎった気がした。

頭の中の画面全体にまるで靄がかかっているようではっきりは映ってくれない。

「りお?」

「え?あ、何?」

「何って、顔色悪いぞ。具合でも悪いのか?」

「………何でもない。ちょっとボケーッとしてただけ…だと思う」

「…だと思うって、おい。ったくしょうがない奴だな」

陸斗はクスクスと笑ってケーキを食べる。

「他に聞きたいことは?」

「ん?」

「名前は教えらんねーが、ちょっとしたヒントくらいは出してやるよ」

「……告白…しないの?」

「告白かぁ。まぁ、そのうちしたいけど、色々あってなかなかな。……じゃあ、ちょっとした勝負でもするか?」

「……?勝負?」

突然持ちかけられた勝負にりおは首をかしげる。

「俺が出すヒントで、もしりおが俺の好きなやつを当てることができたら、お前の勝ち。お前が当てる前に、俺が告白できれば俺の勝ち。そうだな、負けた方は勝った方のいうことを一つ聞くってのでどーだ?」

ニッといたずらな笑みで陸斗はいった。

「…いいわ。その勝負受けて立とうじゃない」

ここまで来たらりおも意地になっている。

「つーわけで、今日はその話題は終了!」

「…はーい」

陸斗がなぜこんな勝負をいい出してきたのか、その真意はりおにはわからない。

それと同じくらい自分の中にあるモヤモヤした気待ちの意味もわからなかった。

陸斗に好きな人がいようと、誰を好きでいようと関係ない。

関係ないはずだった。

「なぁ、りお」

「ん?何?」

「お前、ピアノ弾くのか?」

「あ、うん。趣味で弾くだけだけど。…何、どして?……まさか」

陸斗は余裕たっぷりといった笑みでりおを見た。

りおの頬がふっと赤くなる。

「その、まさか」

「…じゃあさ…」

「じゃあ?」

「学園の伝説のこと教えてね!」

真中家にピアノの音色が流れる。

陸斗はピアノを弾くりおがよく見えるところに座った。

陸斗は瞳を閉じる。

聴こえてくる音色に耳を澄ます。

『この音はりおそのものだ』

まるで暗闇に光が差し込むような、暖かく優しい。

やがて一曲が終わった。

りおはほっと一息ついて陸斗を見る。

「これでよろしいでしょうか?」

恥ずかしさを隠すかのように、りおは口を尖らせていった。

「……ありがとな、りお」

「え、やだな。ピアノ弾いただけなのに、そんな…」

「いや、本当にありがとな」

その音色にどれだけ救われたか、そう思いながら陸斗は小さく笑った。

「……七夕祭の伝説にはさ…」

「ん?」

「七夕祭の伝説には続きがあるんだ」

そういって陸斗は楽しそうに話しだした。

ふとりおは思う。

学園の伝説について話す時の陸斗はどこか幼い顔をすることがあった。

小さな子どものように無邪気な笑顔を見せる。

りおはそんな陸斗の笑顔がとても好きだった。

理由はやはりわからないが、安心した。

心の奥の方でホッとする自分がいる。

「ペアが合流した後、ダンスパーティーがあるだろ?お前の兄貴みたいに抜け出したカップルが、二人だけで踊るとこの先ずっとその二人の絆は結ばれるって」

「れお、そのこと知ってるのかな」

「知ってるよ」

「え、どして?」

「え、あ、抜け出したくらいだし、この伝説はセットだから」

「ふーん」

『危ねー。まだ知られるわけにはいかねーのに』

陸斗はそっとピアノに触れる。

どこか懐かしさがよぎる。

「陸斗、ピアノ弾けるの?」

「あぁ?まぁ、少しだけならな」

「弾いて!お願い!」

「あぁ?!俺、えらい下手くそだぞ?この頃弾いてねーし、ってか俺のなんか聴いてどーすんだよ!」

「だって、音は嘘をつかないでしょう?」

「……」

りおはにっこり笑って席を譲る。

陸斗は初めこそ戸惑ったものの、ためらいつつも椅子に座った。

そして陸斗はピアノを奏でる。

『…あれ?…このメロディー、どこかで…』

りおの脳裏に何かが浮かんでは消えた。

『ダメ…、思い出せない。…どうして?』

幼い頃の記憶が曖昧になっている。

それでも聴き覚えのあるその曲。

『無理に思い出すのはやめよう…』

懐かしさの半面、心の中の不安はぬぐいきれない。

そして静かに曲が終わった。

「これで終わり。あー、ちきしょう。めちゃくちゃハズいし…」

顔を赤くする陸斗を見てりおはクスクス笑った。

「そんな恥ずかしがることないのに。…なんて曲なの?」

「…曲名はねーよ。俺と、……昔親友だった奴とで創った曲だから」

「へぇー。私この曲好きかも」

「……それはそれは、きっと奴も喜んでるよ」

「奴?昔の親友さん?」

「そう」

するとりおがまたクスクスと笑った。

「なんだよ」

「陸斗の親友ってどんな人なのかなって。きっと陸斗みたいに優しんだろーなぁって」

「…優しい…ねぇ。ま、確かに“あいつ”は優しいかもな」

「陸斗もだよ?」

りおが笑うのをみて陸斗も笑った。

『あぁ、こいつはこういうやつだよな。いつだって優しさをくれるんだ』

「今頃、ダンスパーティーは盛り上がってるだろうなぁ」

壁にかかる時計に目を向けてりおはいう。

「戻りたくなったか?」

「まさか。私は今こうやって陸斗と二人で笑っていられるのがすごく嬉しいの」

絶えない笑顔。

りおの優しく静かなあの小さな笑み。

『守るべきはこの笑顔…だな』

陸斗はそっと椅子から立ち上がった。

「おい」

「ん?」

「踊るか」

「え?」

「二人だけのダンスパーティー」

そしてりおの前で陸斗は片膝をつき手を差し出した。

「よろしければ、踊っていただけますか?姫君」

「んな?!」

いつものいたずらな笑みの陸斗。

「………はい」

りおは差し出されたその手をそっととった。


こうして七夕の七月が終わった。


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