July:PART2
突然竹林の中から何かが飛び出し、りおはその何かに道を挟んだ反対側の竹林へと引きずり込まれた。
「きゃー!ふごっ!」
「だー!騒ぐな!俺だよ!」
口を塞がれたりおは少々パニックになっていたが、その声に落ち着きを取り戻し竹林の暗がりの中で目を凝らす。
道をそれているため周囲は竹だらけのその場所で、りおはやっと認識した。
りおの目の前には見慣れた陸斗の顔がある。
「な、な、な、何やってんのよ!」
小声でりおはいう。
「うるせーな!俺だって何でこんな事してんのかわかんねーんだよ!」
そういった陸斗の顔は赤みを増していく。
りおはりおで自分が今どういう状況なのか理解できず、ただただ混乱するばかり。
「はぁ?!ペアの子がずっと探してたよ!」
「あんな女いいんだよ!組みたくて組んだわけじゃねーんだし、ほっとけ!」
陸斗が何をいいたいのか読めず、りおは思っていることをいうしかなかった。
ここまでムキになる陸斗も珍しかったせいか、りおがなかなか気付いてくれないせいか、双方一歩も退こうとしない。
「じゃあ、最初から組まなければいいじゃない!組みたい人組めばよかったじゃん!」
「組みたくても組めなかったんだよ!お前と……!」
「何でよ!……って、私…と?」
やっと冷静になったと思ったら、今度は頭の上から『?』が飛ぶ。
陸斗はこれでもかというくらいに顔を赤かくして、視線を落とす。
「…何で、どうして…。だって、陸斗一言もそんなこといってなかったし、というかこの頃全然話してなくて…。私…き、嫌われたと…」
フッとりおの頬も熱を持つ。
「バッ、誰が嫌いになんかなるか!お前こそ俺のこと避けて…!」
「避けてないし!避けるわけないじゃん!私は陸斗と話したかったのに!」
「ねぇ、今、林の中から声しなかった?」
「えー?誰かいるのかなぁ?」
懐中電灯の光が二人の方に近付いてきた。
『やべっ、りおこっちだ』
『え…、どこいくの…』
陸斗の手に引かれて竹林の中を低い姿勢で静かに移動する。
「今何か音したべ」
「はぁ?気のせいじゃん?」
その声に二人はその場にかがみ動きをとめた。
『…りお、来い!』
『え?…えぇー?!』
りおは陸斗の腕の中にすっぽりと収まる。
「ちょ、り、陸斗…!」
「しっ。黙ってろ」
陸斗は片手でりおの頭を自分の方へ引き寄せそう囁いくと、もう片方の手で器用に懐中電灯の明かりをつけた。そして遠くに投げ飛ばす。
背後まで迫っていた気配は投げられた光の方へ向かっていった。
『…ふぅ。危ねーなぁ』
「“危ねーなぁ”じゃないわよ!」
陸斗の腕の中でりおは必死にいった。
「何だよ、口に出してねーぞ、俺」
「それくらい顔見ればわかる!第一何でこんなコソコソしなくちゃいけないわけ?!」
「見つかったらパートナーにいいつけられて、連れ戻されんだろーが」
「そうかもしれないけど…でも!」
納得しきれていないりおを陸斗は自分から解放する。
「……戻りたいなら戻れ。俺は戻らない。手なんか繋ぎたかーねーし、ダンスなんてまっぴらだ」
陸斗はいって一人立ち上がり歩き出した。
その時りおはとっさに陸斗の服を掴んだ。
「………」
陸斗は何もいわず、振り返りもしない。
「…私も…戻らない。…手…つなぐの気持ち悪いし、ダンスも…あの人じゃヤダよ。…私、陸斗とペアがよかった…。そしたら、きっと七夕祭も楽しかったのに…」
りおはそういうと陸斗の服からゆっくり手を離した。
と、不意に離れたはずの手が繋がる。
繋ぎ慣れた温かい大きな手がりおの手を包む。
『不思議。前の私は触れられるだけで気持ち悪かったのに、陸斗は大丈夫。きっと、れおと同じ何かがあるのかも』
「……本当に戻らないんだな?」
「うん、戻らない。だって、陸斗と一緒なら全部楽しくなるから」
やっと振り返った陸斗の顔をりおは真っ直ぐ見ていった。
「それに後悔したくないしね」
りおが笑うと、陸斗もつられて優しく笑った。
「じゃあ、行くぞ」
「うん」
繋いだ手は離さない。
ただ二人は走り続けた。
陸斗だけが知っている抜け道を通って、校門までたどり着く。
そこにはニ、三人先生がいた。
「先生、いるけど」
「先生達は平気だよ。生徒に見つかるとやっかいだけどよ」
陸斗は堂々と出て行く。
「一年C組山倉、真中。抜けるぞ」
「お、何だ?真中は二人とも抜けるのか。よし、名前は控えたから、行っていいぞー」
「どーも」
先生と陸斗のやり取りはりおにしてみれば意味不明だ。
行事を途中で抜ける。
普通に考えれば有り得ない。
と、りおは思う。
『“真中は二人とも”って、れおも堂々とここから出て行ったってこと?おそらく梨月も一緒に。……どうして?』
陸斗に連れられてりおも門を出る。
「ちょ、ちょっと!何でこんな自然に出れるの?」
「何でって…。あぁ、そうか。まだ“お前には”教えてなかったな」
「何を?」
キョトンとしているりおに陸斗はいう。
「架音学園の七夕祭にまつわる伝説」
陸斗が星空を見上げて笑顔を作った。
その瞳はどこか遠くを見ている。
「そうだよな。この頃、俺達全然話してなかったもんな。本当はもっと早く伝えるべきだったんだけど、タイミングなくて」
「……?」
「架音学園の七夕祭てペアを組んだ二人は、織姫や彦星のように離れ離れになっちまう。繋がりが消えるっていうのか、とにかくそんな伝説なんだ」
どこか困ったような微妙な笑みで陸斗は話した。
「だかられおと梨月もペアを組んでなかったのね。………もしかして陸斗も?」
「………!!」
陸斗はフッと顔を背ける。
恥ずかしさを隠すように、そんな陸斗の行動がとてもかわいらしく感じた。
「お前にはどうでもいいことだったかもな。でも俺は……嫌……だったんだよ!何か知らねーけど、お前とだけは伝説みたくなりたくなかった!あぁー!何でこんな事話してんだ!」
やけになっていう陸斗の頬は赤い。
りおはクスクス笑った。
『そういえば陸斗、こんな表情、近頃よく見せてくれるようになった。それだけ私達仲良くなれたってことだよね』
『りおのやつ、よく笑うようになったな。いい方に変わっていってるってことか』
笑うりおを見て陸斗は優しい表情になっていた。
自分でも気付かないうちに微笑んでいる。
「そんな伝説があるなんて知らなかった。れおは知ってたみたいだけど。……うん、陸斗の行動は正解ね」
「正解?」
「うん、私も陸斗とは伝説のようになりたくないから。だから、ありがとう」
少しだけ照れたようにりおはいった。
「…あぁ」
「…でも」
「でも?」
陸斗が聞き返すとりおは陸斗を見上げていった。
「もっと早くいってくれれば、あんなケンカみたいなことにならなかったんじゃない?」
「んなっ?!お前なぁ、話そうとする時に限って姿くらましたのはりおの方だろうが。俺の責任じゃねーな」
「何よ、じゃあ私のせいだっていうの?」
「少なくとも俺のせいではない」
りおはいたずらにりおを見た。
するとりおは何やらうつむいて、手で目を押さえていた。
「ごめん…なさい…」
「え゛っ?!」
小さく呟いたりおの声に陸斗はドキッとした。
『おいおい、いつもならもっといい返すだろ?!何だ、俺か?俺のせいか?!俺が泣かせちまったのか?!』
陸斗は自問自答して焦っていた。
いつもと様子の違うりおに、どう対処すればいいのかわからなくなる。
「お、おい!な、なんか知んねーけど、謝んなよ!べ、別に俺はお前が悪いなんて思っちゃ…!」
クスクスッ。
「あん?」
「アハハハ!やーい、引っかかってやんの!何焦ってんのよ!陸斗ってもしかして涙に弱い?」
りおは目をこすりながら笑った。
りおにしてやられた陸斗はフンッとそっぽを向く。
「コノヤロー。ったくかわいげがねーんだよ!」
「私にかわいさを求めるのが間違ってるの!」
「俺は可愛くないとは思ってねーぞ、いっとくが」
「え…?」
りおは陸斗の顔を見る。
と、陸斗はそんなりおを見て笑い出した。
「アハハ!りおもまだまだだな!」
「な、何よ!」
「少し期待しちまったか?ったく、そういうところがいちいち可愛い……!な、なんでもねー!」陸斗は再び顔を背ける。
「どーせ、私は可愛くありませんよーだ。私には一番縁のない言葉だしね」
頬の熱を隠すために背いた顔が、呆れ顔になって戻ってくる。
『……こいつ全然気付いてねぇ。俺は可愛くねーなんて思ったことねーよ。ったく、少しはわかれよ。……ん?』
りおの言葉にいっきに熱が下がり、りおを見てみると先程からずっと目をこすっている。
「目、どうかしたか?」
「何か、ゴミ入ったみたいで、なかなか取れなくて」
「見せてみろ」
立ち止まり、りおの頬に手をやって顔を自分の方に向ける。
『…え?』
「……りお、…ダメだ。暗くて見えやしねぇ。……そうだ」
『私、今何考えて…』
ガサゴソと陸斗は自分のカバンをあさりだした。
「…陸斗?」
「…ほらよ、眼薬。コンタクトでも裸眼でも大丈夫なやつだから」
「あ、うん…」
眼薬をさしてしばらくの間、目をパチパチとしていたりおを陸斗はどこか心配そうに見ていた。
「…どうだ、少しはよくなったか?」
「…うん、ゴミとれたみたい。…ありがと」
「礼なんていらねーよ。俺はただ…」
「…ただ?」
「なんでもない」
陸斗は優しく笑いりおの頭を叩く。
『ただお前のためにしてやれることはしたいだけだよ。こんな俺でもさ』
「陸斗?」
「ん?」
「大丈夫?何か考え込んでたけど。悩みがあるなら聞くよ?陸斗の力になりたいから」
自分を見上げる心配顔。
それがたまらなく嬉しい。
自然とこぼれる笑顔は優しくなる。
「大丈夫だよ。じゃあな」
陸斗はクルリと反対を向いて歩き出した。
そこはすでにりおとれおの家の前だった。
何もいわず送ってくれたのだ。
少しずつ遠ざかる後ろ姿にりおは微笑む。
「陸斗!!」
「…?」
無言で振り返る陸斗にりおは駆け寄っていく。
「ねぇ、甘いもの平気?」
「…?あぁ。甘過ぎるのは苦手だけど」
「じゃあ、お茶飲んでいかない?昨日ケーキ焼いたの。…もちろん陸斗がよければ」
りおはちょこんと首を傾げて聞く。
「…俺はかまわねーけど、あいつがいんだろ?」「あいつって、れおのこと?それなら問題ないよ。梨月と…あ、梨月ってれおの彼女ね?その梨月とデート中だもん。いつも帰りは遅いから」
『…それは色んな意味で問題があるのでは?』
「あ、勘違いしちゃダメよ?れおと梨月って毎回トランプで勝負するんだけど、れお弱くてその上負けず嫌いだから、自分が勝つまで勝負するの。前あんまり遅いから電話したら、ババ抜きでどうしても勝てないんだって騒いでたもん」
りおが説明してくれたアホ話に陸斗は見るからに呆れ顔だ。
「……バカか、あいつは」
「まぁバカね」
そういいながらりおと陸斗は互いの顔を見て笑い出した。
「ま、大丈夫ならいいけどよ。そんじゃ、お言葉に甘えてご馳走になるよ」
「うん!」