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さよなら三月、また来て四月

作者: 村崎羯諦

 令月にして気よく風和らぐ初春。このような佳き日に、先輩方がご卒業を迎えられたことを、在校生一同心よりお祝い申し上げます。


 思い返せば、私たちの視線の先には常に先輩方の優しく頼もしい背中がありました。二年前の桜咲く四月。着慣れない制服に身を包んだ私たちを、先輩方は広い心で迎え入れてくださいました。優しく、それでいて自由闊達な先輩方と触れ合い、私たちは高校生活への希望を抱くことができました。最初は不安と緊張で重く感じた学校までの足取りも、月日が経つにつれ軽くなり、今では道沿いに咲く四季折々の草木を楽しめるまでになりました。私はこの高校が大好きです。校門前の坂道も、全校生の心が一つになる学校行事も、そして先輩方も、すべて。大袈裟だと思われるかも知れません。それでも私たちが先輩方に抱く感謝の気持ちは本物だと胸を張って言えます。二年間、本当にありがとうございました。


 そして私自身、他の在校生と同様に、語り尽くせぬほどに多くのものを先輩方から受け取ってきました。生徒会に入ったばかりの頃、右も左もわからないくせに、生意気なことばかり言っていた私に対しても、先輩方は穏やかに、時には厳しく接してくださいました。迷惑をかけることもありました。衝突することもありました。些細なミスで自信をなくし、すべてを放り投げ出したくなる時もありました。それでも、いつも先輩方は優しく笑いかけてくれ、そっと手を差し伸ばしてくれました。今の私があるのも、こうして先輩方の前で送辞を読むことができているのも、先輩方のおかげです。本当は常日頃から感謝の気持ちを伝えるべきなのに、送辞という形でしか伝えられずに本当にごめんなさい。だからこそ、この場を借りて改めて伝えさせてください。本当に……本当に、ありがとうございました。


 前生徒会長が退任され、昨年末に私が生徒会長に就任し、私にも可愛い後輩ができました。まだ先輩方のように心穏やかに接することはできていないのかもしれません。それでも、彼らと接する時はいつでも、頭の片隅には先輩方の姿があります。先輩方から受け取ってきた想いを、私も後輩へ渡していきたいと強く願っています。それが恩知らずな私にできる一番の感謝だと考えています。


 先輩方が卒業し、この学舎を去っていかれることに、嬉しさよりも、寂しさがあるというのが正直な気持ちです。そして、そのこと自体に、先輩方が私たち在校生に残してくれたものの大きさを感じることができました。


 ご卒業おめでとうございます。先輩方ならきっと、希望に満ちた未来を歩んでいけると信じています。卒業生の皆様のご健康とご活躍を心からお祈り申し上げ、在校生代表の送辞とさせていただきます。


 在校生代表、太田つぐみ






























 ねえ莉子、聞いてた? 何がって、つぐみちゃん……じゃなくて、生徒会長の送辞。うん……うん、そう。私もさ、去年まで生徒会にいてさ、つぐみちゃんが言ってた先輩の一人なんだよね、一応。まあ、あそこまで立派なことができてたかって言われたら微妙なところなんだけどさ。あはは。


 送辞の中でも言ってたけどさ、生徒会に入ったばかりのつぐみちゃんってすごかったの。すごいっていうのは、別に嫌な意味じゃないよ。私たち先輩にもちゃんと意見を言うし、先生にも物おじしないしさ。私たちも学ぶことが多くて、うちらもとても良い子が入ってきてくれたねって話してたの。でもね、そういう性格のわりにさ、打たれ弱いところがあったり、落ち込みやすいところがあってさ、本当に手間のかかる子だったんだよね。そこがまた可愛かったんだけど。


 意見がぶつかって衝突もしたし、それで仲が悪くなったりしたこともあった。私たちも大人気ないところがあって、強く言っちゃうこともあった。もちろんできるだけ優しくしようとはしていたけど、うまくいかないことの方が多かったかも知れない。ひょっとしたら嫌われてるかもねーって、前の生徒会長と冗談混じりで話したこともあったくらいなの。ほんとだよ? だからさ……つぐみちゃんがああして、在校生代表としてさ……。……ごめん、ちょっと待って……。うん、ごめんね。早いよね。まだホームルームも始まってないのに。え、ハンカチ? ううん、持ってるから大丈夫。ありがと。


 うん。だからさ……つぐみちゃんが、ああ言ってくれたってことがさ……嬉しくて……。私たちがやってきたことが、本気でつぐみちゃんと向き合ってたことが、ちゃんと意味があったんだなーって思ったら、こみ上げてきちゃってさ……。うっさい、男子! 別に好きな時に泣いていいでしょ! あはは、雰囲気ぶち壊しだよね。本当に空気読めてないわ。……うん……うん。えへへ、やめてよ。莉子からそんなこと言われたら、私もっと泣いちゃうよ? でも、ありがとう。すごく嬉しい。


 あ、先生来たみたい。席に戻るね。……うん、また後でね。






























 えー、みんな席に着いたな。まず最初に、卒業おめでとう。誰一人欠けることなくこの日を迎えることができたことが、先生は一番嬉しい。ははは、もう泣いてる奴がいるな。確かにこのクラスはみんな仲良くて、問題もたくさんあったけど、きちんとみんなで乗り越えてきて……。


 ……。


 悪い。先生も長いこと教師をやってきて、受け持つクラスの卒業だって何回も経験してきたけど、寂しい気持ちとか嬉しい気持ちに慣れることなんてないな、やっぱり。あー、からかうな、からかうな。このクラスは他のクラスより騒がしいところはあったけど、それでも一人一人が他のみんなを思いやることができる、そんな素晴らしいクラスだったと思う。これくらいで勘弁してくれ。


 贈る言葉なんて、そんなの柄じゃないけど、一つだけ言わせてもらいたい。君たちはこれから色んな人と出会って、色んなことを経験すると思う。色んな人の中には素敵な人もいるだろうし、嫌な人もいると思う。色んな経験の中には、素敵な経験もすれば、嫌な経験だってあると思う。そんな人生を送る中で、君たちには優しい人間であり続けてほしい。もっと正確に言うなら、優しい人間でいたいと思い続けるような人間でいてほしい。


 そんなことかって思うかもしれないけど、これって実はすごく難しいことなんだぞ。みんなに良い顔するのが優しさってわけじゃないし、厳しさの中にある優しさだってある。本当の優しさなんて先生もまだ全然わかってないし、本当の優しさを知っていたとしても、疲れてたり、余裕がない時なんかは自分のことで精一杯になっちゃうかもしれない。実際に先生も自分が本当に優しい人間だって胸を張って言うことはできないし、時には周りの人を傷つけちゃうこともある。


 優しい人間になるってことはすごく難しいことなんだと思う。簡単にはなれないし、諦めるための言い訳はいくらだってできちゃう。だけど、というか、だからこそ、優しい人間になろうとする気持ちだけは持ち続けてほしい。人に優しくできない自分に落ち込んだり、優しくなろうとして空回りすることもあるかもしれない。優しい人間になったからといって幸せになれるとは限らないし、むしろ損をすることの方が多いかもしれない。それでも、優しい人間になろうとあがき続けてほしい。傷ついている人がいれば手を差し伸べてほしいし、人知れず苦しんでいる人には大丈夫って声をかけてほしい。それが実際にできなくてもいい。そういう人間になろうとしてほしい。


 先生の言っていることをどう受け止めるのかは君たち次第だ。突き放すように聞こえるかも知れないけど、君たちの人生は君たちだけのものだからな。色んなことを考えて、悩んで、少しずつ成長していってほしい。ホームルームはこれで終わり。だけど、最後にもう一度だけ。


 みんな、卒業おめでとう。






























 莉子先輩……ひっぐ……卒業……ひっぐ……おめでとうございます。これ……部活のみんなの寄せ書きです。


 ごめんなさい。引退式の時も散々泣いたのに、今日も涙が止まんなくって。……笑わないでくださいよ。ほんとに悲しくて泣いてるんですから。……はい……はい。いや、違いますよ。大袈裟なんかじゃないです。本当に先輩にはお世話になって、先輩のことが大好きで……。


 先輩覚えてます? ほら、去年の秋頃。家庭が荒れて、なんか全部にやる気なくなって部活もサボり気味になってた時。先輩だけが毎日教室まで来て声をかけ続けてくれて……それがすごく嬉しくて……。こうして部活に戻ってこれたのも全部先輩のおかげです。……はい……はい。でも、キャプテンだからって、みんながみんなそんなことできないと思います。先輩だからできたことだと思いますし、本当に気にかけてくれてるんだってわかったから、私、救われたんだと思います。


 先輩が卒業しちゃうの、すごい嫌です。ずっと与えられてばっかりで、何もお返しできてないのに、ずるいです。卒業した後も絶対に顔出しに来てくださいよ。先輩、東京に行っちゃうから頻繁には無理かも知れないですけど、夏休みとか冬休みとか、絶対ですよ!


 先輩。ほんとーに、ほんとーに……卒業おめでとうございます。






























 あ、莉子。ほら、こっちこっち。写真撮ろ!


 え? 目が真っ赤になってる? あはは、ほら、さっきまで生徒会室でお別れ式やっててさ、もう大変だったの。前の生徒会長の田島くんがボロボロ泣いちゃってさ。田島くんがあんまり泣くもんだから、それにもらい泣きして、私も今の生徒会の子達も千葉先生もぎゃんぎゃん泣いちゃって。もー、ほんとに大変だった。……。ね、笑っちゃうよね。動画撮ってるからさ、後で見せてあげる。


 あ、りっつん! こっち! こっちだってば! 写真写真! ほら、莉子も並んで……ハイ、チーズ。


 おー、良い感じに撮れてる。後で写真送っとくね。……え? 嘘!? りっつん、山口くんに呼び出されたの? それって絶対に告白じゃん! 莉子もそう思うでしょ? ね! ほら、こんなとこにいないで、さっさと行ってきな! 後で絶対LINEしてねー!


 あ、私も行かなくちゃ。 ……いやいや、そんなわけないって。 コンクールの時にお世話になった先生にお礼行くだけ! 莉子は? あ、そうなんだ。クラス会は行くよね? うん、家帰った後にクラス会に来るんだね。わかった。じゃ、またLINEするから……。え? ……うん……うん。あはは、そうだね。卒業式なのにあっさりかもね。でも、明日から学校では会えなくなっちゃうけどさ、いつだって連絡は取れるし、会おうと思えば会えるじゃん。ほら、そんな顔しないで。莉子が東京に引っ越す前には卒業旅行行くし、東京に引っ越した後も、会いに行くからさ。絶対。


 だから、莉子。またね。






























 お、おかえり、莉子。お姉ちゃんは行けなかったんだけど、卒業式どうだった……って、あはは、目真っ赤じゃん。ひどい顔。


 学校で泣きまくったわけ? え? そうじゃない? ……うん……。あー、学校いる間は平気だったのに、下校中にわけもわからず泣いちゃってわけね。わかるわかる。周りが泣きまくってたら逆に泣けないってことあるもんね。で、家に帰ってほっと一息ついたときにがーっと感情が込み上げてくるんだよね。莉子は変にしっかりしてるところがあるし、そうなっちゃいがちなのかもしれないね。


 うん……。いや、私はそうは思わないな。泣けるだけ泣いたらいいと思うよ。それだけ泣けるってことはさ、それだけ素敵な三年を過ごすことができたって証だから。うんうん。楽しかった分、すごく悲しいよね。でもさ、高校生活は終わったけど、それが消えて無くなったわけじゃないでしょ。そこでできた思い出も友達もさ。高校生活が終わっても、そこで知り合った人と一生会えなくなるわけじゃない。高校のみんなと三月でさよならしても、四月になればひょこっとまた会いにきてくれるよ。きっとね。


 あはは、まだ泣いてる。とりあえずカバンを部屋に置いておいでよ。わかったわかった。お母さんとお父さんには内緒にしとくから。……あー、ちょい、待ち。ごめんごめん、ちょっとこっち戻ってきて。大事なこと言い忘れてた。恥ずかしいけど、こういうのはきちんと言っておいた方がいいからさ。じゃあ、改めて言うね。






























 卒業、おめでとう。


























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