鏡の中の向こう
1、童話と学校の噂話
私、中山春美は東京都町田市の女子高に通う高校1年生です。
よく移動中に鏡を見ていますが、特に身だしなみを気にしているわけではなく、白雪姫に影響されたからなのです。
いつも誰もいない場所で「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのはだーれ?」と唱えていますが、しかしそんな呪文を唱えても仕方がありませし、人に見られると正直恥ずかしいものを感じてしまいます。
先日も誰も来ないはずの校舎の裏庭でその呪文を唱えていたら、偶然通りかかった上級生にクスクスと笑われてしまって、大きな恥をかいてしまいました。
帰りのバスの中でもイヤホンで音楽を聴きながら鏡を見るようになっています。
そもそものきっかけは保育園の時に読んだ白雪姫の絵本からなのですが、そのあとも小学校、中学校に入ってからも人のいない場所を見つけては鏡に向かって呪文を唱えています。
「春美、また鏡を見てるの?」
「うん。」
保育園からの幼馴染の岡上麻衣子は少し呆れた表情で私を見ていました。
「あんたが鏡を見て呪文を唱えているの、噂になっているから気を付けた方がいいよ。」
「だからこうやって人のいない場所でやっているんでしょ?」
「一応ここバスの中だし、しかもうちの学校の連中がほとんど乗っているから、また噂になるよ。」
「大丈夫、呪文唱えていないから。」
「いや、そういう問題じゃないって。白雪姫に憧れるのもいいけど、もう高校生なんだし、いい加減やめた方がいいよ。」
確かにその通りだと思っていました。
私は鏡をカバンの中へしまい込み、バスを降りました。
私と麻衣子は家が隣同士なので、いつも帰りが一緒になることがあります。
部屋に戻るなり、私は小学校の時に買ってもらった「鏡の国のアリス」を読み始めました。この本も何回も読んだせいか本が少しくたびれていました。
ページをめくってみると、アリスが鏡の世界へ行くわけですが、そこはすべてが正反対になっている国でしたので、見ていて面白くなってきました。本を読み終えて、改めて鏡を見つめました。
「私も鏡の世界に行ってみたい」と思わずつぶやいてしまいました。
下の階で母が「夕食が出来たよー!」と大声で言っていたので、手鏡とスマホをもって食卓へと向かいました。私が食事をしながら鏡を見ていると母が「スマホはわかるけど、何で鏡を見ているの?」と言ってきました。
「鏡の世界って、どうなっているか気になっていたから。」
「鏡ってすべてを反対に写すから特に変わらないよ。とにかく食事中に鏡やスマホの持ち込みは禁止だから。触りたかったら、食べ終えてからにしてちょうだい。」
母の意見はもっともでした。食事中にスマホや鏡を持ち込むのはNGとわかっています。しかし、分かっていても条件反射で触ってしまうので明日からは部屋に置くことにしました。
次の日学校へ行ってみたら、教室で鏡についての噂話が広がっていました。
私が四六時中鏡を見ていたことかと思っていたら、そうではなくオカルト研究部の人たちが鏡の世界へ移動できる情報を仕入れたというのです。
放課後私はオカルト研究部の部室に行って、詳しい情報を仕入れることにしました。
中へ入ってみると、宇宙人、ミステリーサークル、幽霊、心霊スポットなどの本がたくさん並んでありましたので、思わず読みたくなりました。
同じクラスの鶴川予志子さんが部屋の奥に置いてあるパソコンで何かを調べていましたので、声をかけてみました。
「こんにちは。鶴川さん、何か探し物ですか?」
「中山さん、こんにちは。あんたがここにいるって珍しいね。それでどうしたの?」
「実は今朝教室でみんなが噂していた鏡の世界のことなんだけど・・・。」
「あ、そのことね。私もちょうど調べていたの。」
「鶴川さんは鏡の世界のことを信じてる?」
「ええ、もちろん信じているわよ。」
「私ね、行ける方法が見つかったら行ってみようと思っているの。ずっと前から気にしていたんだけど、鏡の世界ってどうなっているか。」
「私も。」
「何か手伝えることってない?」
「特にないよ。」
「じゃあ、せめて飲み物買ってくるね。何がいい?」
「私、冷えた緑茶」
「わかった。私買ってくるね。」
「ちょっと待って、お金出すから。」
予志子さんはカバンから財布を取り出して私に100円玉を渡しました。
「これでお願い。」
私は予志子さんから100円玉を受け取り、校舎の外れにある自動販売機で冷えた緑茶とオレンジジュースを買ってきて部室に戻ろうとしましたら、部室の近くでちょうど幼馴染の麻衣子に遭遇しました。
「春美、どうしたの?」
「実はオカルト研究部の部室に行こうと思っているの。」
「お茶とオレンジジュースは?」
「お茶は鶴川さんで、オレンジジュースは私。」
「私も行っていい?」
「いいよ。じゃあ、このお茶とオレンジジュースを部室にもっていってくれる?私、麻衣子の飲み物を買ってくるよ。」
「いいよ。私、自分で買ってくるから。」
「麻衣子が飲みたいものは分かっているから大丈夫だよ。」
「じゃあ、言ってごらんなさい。」
「メロンソーダでしょ?」
「ブッブー!」
麻衣子は両手でバツのサインを出しました。
「じゃあ、何が飲みたいの?」
「自販機で自分の飲み物を探してくるから、先に部室に行っててくれる?鶴川さんにお茶を頼まれているんでしょ?」
「うん。」
麻衣子が駆け足で校舎の外れの方まで向かった直後、私は頼まれた飲み物をもって部室へ向かいました。
「お待たせ。何か情報が見つかった?」
「ぜーんぜん。」
「そうなんだ。あ、お茶置いておくね。」
「ありがとう。」
私はスマホの画面を見ながら予志子さんと一緒に鏡の世界について検索していきましたが、まったく見つかりませんでした。
「失礼しまーす!」と麻衣子が大きな声で部室に入ってきました。
「岡上さん?」
「あ、鶴川さん。話は春美から全部聞いたよ。その後見つかったの?」
「それがぜーんぜん。」
「そうなんだ。じゃあ、私も検索してみるよ。」
「探しても無駄だと思うよ。」
「なんで?」
「さっき二人で検索してみたけど、空振りだった。」
「そうなんだ。」
麻衣子はカバンからスマホを取り出して情報の検索をやり始めました。
「どこで調べているの?」
「知り合いでオカルトマニアの人がいるから、その人から情報を聞き出そうとしているの。」
「そうなんだ。」
「『そうなんだ』って、鶴川さんも春子もSNSやっていないの?」
「一応やっているけど、そこまで思いつかなかった。」
「春子も鶴川さんも何で検索していたの?」
「私はYahoo!で、中山さんはGoogleで検索していた。」
「中山さんはスマホ持っていないの?」
「一応あるけど、パソコンの方が楽かなって思って・・・。」
「普通、パソコンよりもスマホを選ぶでしょ?」
「そうだったね。」
麻衣子はスマホの時計を気にして、私を連れて帰ろうとしました。
「ごめん、バスの時間もあるから私、春美と一緒にそろそろ帰るね。また明日来るからよろしくね。」
「わかった、明日待っているよ。おつかれ。」
「うん、おつかれ。」
私は麻衣子と一緒にバスに乗って帰りました。
帰りのバスの中で麻衣子はスマホを取り出して、SNSで知り合ったオカルトマニアの人からの返事を待っていましたが、返事が来ないまま降りるバス停に着いてしまったので、そのまま帰ることにしました。
「返事がきたかどうかは明日学校で教えるよ。」
「うん、わかった。またね。」
私は部屋に入るなり、パソコンでオカルトマニアが集まりそうなサイトを検索してみました。
そこにはチャットルームがあったので、情報を聞き出すにはちょうどいいかなと思いましたので、私はハンドルネームを「ミラー」とつけて入室しました。
年齢、性別、住んでいる場所が不明の人たちと会話をするので、正直不安でしたけど情報を聞き出すにはちょうどいいと思ったので、会話に参加しました。
「こんにちは、初めまして。僕ブルーと言います。ミラーさんはおいくつなんですか?」
「年齢は秘密です。」
「わかりました。」
「実は鏡の世界について知りたいのです。」
「鏡の世界?そんなのググればいいじゃん。」
「それが普通に検索しても見つからなかったのです。」
「そっか。」
「一応探しておくけど、当てにしないでくれよ。」
「ミラーさん、その情報なら自分も知っています。」
「本当ですか?」
「確か朝の4時44分に鏡の前で呪文を唱えると鏡の世界に行けるという話を聞いたことがあります。」
別の人が横から入ってきて、私に教えてくれました。
「どんな呪文ですか?」
「そこまでは分かりません。」
「そうなんですか。わかりました。」
「お力になれなくてすみません。」
「いえ、そこまで教えていただくだけで、本当に助かりました。」
その直後、食事が出来たと母が言ってきたので、一度退室することにしました。
食事中も4時44分のことから離れず、満足に食事に集中できなくで、みそ汁をこぼしたら、母に注意をされました。
「ちょっと、注意力たんなすぎ。高校生になったわけだし、少し緊張感をもってちょうだい。」
「はーい。」
食事と風呂を済ませるなり、再びパソコンを起動してチャットルームに入ってみましたが、今度は誰もいませんでした。
しばらく待っていましたが、来る気配がなかったので、検索サイトを開いて調べてみましたが、見つかりませんでしたので、翌日学校へ行けば誰かがヒントになるような噂を流してくれることを信じて当てにすることにしました。
部屋の明かりを消してからもすぐには眠れず、少しの間だけスマホの画面でTwitterを見ていました。
次の日の朝、教室へ行ってみると、案の定鏡の世界の噂で盛り上がっていました。
クラスの人のほとんどが4時44分に鏡の世界へ行けるという情報を仕入れていたのです。
2、4時44分の呪文
昼休み私は弁当を食べ終えて、4時44分に唱える呪文を知っている人を探すことにしました。
しかし、所詮みんなが知っているのはその時間に鏡の世界に行けることだけで、そこに行くための呪文は全く知りませんでした。
午後の授業までに時間があったので、私は図書室に立ち寄って資料になりそうな本を探していましたが、それらしき資料がまったく見つかりませんでした。
私が諦めて図書室から出ようとした時にちょうど童話の本棚から「鏡の国のアリス」の本を見かけました。
同じ本が自宅にあるので、見る必要がないと分かっているのですが、ついつい目を通してしまいました。
「ガイ・フォークスの日の前日、暖炉の前で糸を繰っていたアリスは、毛糸玉を解いてしまった子猫のキティをしかり、そのまま子猫を相手に空想ごっこを始める。その延長で鏡の中の世界を空想しているうちに、アリスは実際に鏡を通り抜けて鏡の世界に入り込んでしまう。(童話「鏡の国のアリス」より抜粋)」と書いてありました。
「私もアリスのように呪文なしで鏡の中へ入れたらいいのに」とつぶやいてしまいました。
その直後、午後の授業の予鈴が鳴ったので、慌てて教室へ戻りましたが、幸いなことに先生はまだ来ていませんでした。
「麻衣子、午後って何だっけ?」
「午後は現代文。早く教科書出した方がいいわよ。」
「うん。」
私が教科書、ノート、筆記用具を用意した瞬間、教室のドアが開き、現代文を担当している緑山亘平先生が入ってきました。
この先生は厳しいことで有名で、偶数の回で忘れ物をすると、罰ゲームとして腕立て30回、スクワット40回、みんなの前で歌を1曲歌うの中から選ぶことになっています。
私も過去に教科書2回忘れてスクワット40回やらされて、それ以来忘れ物には気を付けています。
さらに居眠りをしたら無条件で欠席になるので、眠くならないように頑張って授業に参加していますが、今日に限って強烈な眠気が襲ってきて、我慢の限界が来ていますので、欠席を覚悟していました。
眠気覚ましのブラックコーヒーやブラックガムに頼りたいのですが、授業中は言うまでもなく飲食禁止になっていたので、ついに私はうたた寝をしてしまいました。その直後、麻衣子が後ろからシャープペンで私の背中を2~3回つついてくれたので、かろうじて居眠りから回避が出来ました。
さらに先生は「中学のおさらいをやるぞ。」と言い出して、漢字の書き取りをやらされました。
「誰かこの漢字を書ける人はいないか?」
先生はそう言って教室を見渡すなり、私の方を見ました。
「よし、中山に解いてもらおうか。お前さっきから眠そうだったからな。」
「見ていたのですか?」
「教壇の上からだと全部見えるんだよ。」
私はチョークを手にして解けない問題と向き合っていました。
「かんこんそうさい」ってどう書くんだっけ?
私の眠気は覚めたもの、代わりにものすごいプレッシャーを感じました。
「すみません、書けません。」
「仕方ない。じゃあ岡上、代わりに書いてみろ。それと中山は水道で顔を洗ってこい!」
「わかりました。」
私が水道で顔を洗っている間、麻衣子は全問正解という記録を出していました。
教室へ戻り、先生は私に課題を用意してきました。
「これ、明後日までに終わらせろ。」
「わかりました。」
内容は中学3年で習った漢字の書き取りの問題ばかりでした。
A4サイズのコピー用紙にビッシリ問題が書いてあり、さらに一番最後の問題は別途渡された原稿用紙に今日の授業の感想文を書くように指示が出ていました。
私は先生に今日の授業が欠席になったかどうか聞いてみたところ、軽くうたた寝していたから欠席にしなかったと言っていましたが、その代わり明後日までにきちんと課題を提出しておけばペナルティを帳消しにしてくれると言ってくれました。
本当はオカルト研究部にも立ち寄りたかったのですが、今日と明日は我慢して明後日立ち寄ることにしました。
私は帰宅するなり机に向かって400字詰めの原稿用紙2枚に授業の感想文を書くことにしたのですが、うたた寝をしてしまい、麻衣子に起こされ、さらに顔を洗いに行かされたので、どう書けばいいか分かりませんでした。
悩むこと1時間、私は「感想文」ではなく「反省文」を書くことにして、そのあとは漢字の書き取りを終わらせ、明後日には緑山先生に提出して終わりにしました。
オカルト研究部の部室へ向かいましたら、予志子さんと麻衣子から「お役目ご苦労さまです。」と出迎えてくれました。
「二人ともありがとう。」
「もう授業中にうたた寝したらダメだよ。」
「うん、気を付けるよ。」
「あ、中山さん、そういえば4時44分に唱える呪文がわかったよ。」
「本当ですか?」
「うん。」
予志子さんはカバンから一枚のA4サイズの紙を取り出して私と麻衣子に1枚ずつ渡しました。
「ちょっとこれを見てほしいんだけど・・・。」
読んでみると「鏡よ、鏡さん。私達を鏡の世界へ連れて行っておくれ」と書かれていました。
「鶴川さん、このおまじないは?」
「これは鏡の世界に行く時の呪文。」
「じゃあ、逆に戻るときの呪文ってあるの?」
「あるよ。下の方を見て。」
紙の下の部分を見てみると、「鏡よ、鏡さん。私たちを元の世界に戻しておくれ」と書かれていましたので、明らかに子供だましのように思いましたので、信じませんでした。
帰り道、私は麻衣子に呪文のことについて話しました。
「この呪文ってなんか、子供だましに見えるんだけど・・・。」
「確かに。でも鶴川さんが言うんだから間違いなよ。あの子オカルト研究部の部員だから。」
私はどうしても納得がいきませんでしたが、だからと言って彼女を疑うつもりもありませんでした。
部屋で何度も呪文の書いてある紙に目を通して読み返してみました。
「これで本当に鏡の世界に行けるのかな。」と、思わず口に出してしまいました。
さらに翌日には私と麻衣子は予志子さんからオカルト研究部の部室に来るように呼ばれ、土曜日に予志子さんの家で、お泊り会を兼ねて鏡の世界へ行くこと言う話になりました。
「ねえ、いきなり行って大丈夫なの?」
「その日はお父さんの仕事の同僚が実家の近くで結婚式をするって言うから、熊本まで行くみたいなの。だから今度の土日は私一人だけ。当日はパジャマを忘れないでね。」
私と麻衣子は帰宅するなり、両親から外泊許可をもらって予志子さんの家に向かいました。
麻衣子は私のトランクを見るなり、驚いていました。
「春美、一応聞くけどトランクの中身って絶対に着替えだけじゃないよね?」
「うん。この中には着替えの他にお菓子とかトランプ、DVDとかあるよ。あとゲームソフトも。」
「あきれた。確かに『お泊り会』とは言っていたけど、実際は翌朝4時44分にみんなで鏡の世界に行くのが本当の目的なんだからね。」
「そうなんだけどさ、少しくらい遊んだっていいじゃん。」
麻衣子はこれ以上何も言いませんでした。
予志子さんの家に着くなり、玄関で私のトランクを見た予志子さんはびっくりした表情をしていました。
「中山さん、この引っ越し並みの大荷物は?」
「あ、これ中に着替えとかお菓子、遊び道具が入っているから。」
「中山さん、明日の4時44分にどこへ行くか分かっている?」
「うん、鏡の世界でしょ?」
「そうだよね。今夜パジャマパーティをやって、翌日早起きできる?4時44分に鏡の世界に行くには、遅くてもでも4時に起きないと間に合わないんだよ。」
「あ、そうだった。」
予志子さんはこれ以上何も言いませんでした。
「二人とも中へ入ってちょうだい。」
私と麻衣子は言われるままに予志子さんの部屋へ向かいました。
部屋を見てみると、本とDVDがたくさんあり、その半分以上はオカルト関係がほとんどでしたが、本棚のはしっこの方に目を向けるとアルバムを見かけました。
「ねえ、良かったらアルバムを見せて。」
「いいよ。」
夕食前に3人で予志子さんの幼少時代の写真を見ることにしました。
「ねえ、麻衣子。小さいころの鶴川さんって可愛いよね。」
「どれどれ、本当だ。可愛い。」
「これ見て。小学校の入学式の写真だよ。」
「本当だ。なんか緊張してない?」
「確かに。『気を付け!』の直立不動だよ。」
「小学校の入学式というより、防衛学校の入学式みたい。」
「卒業式の写真見て。」
「どれどれ。なんで卒業証書もってガニマタしているの?」
「あ、わかった。鶴川さんの学校で流行っていたんだ。」
「違うわよ!二人とももういいでしょ!」
「もう少し見せて。」
「充分見たんだから、もう終わり!ご飯にするから、アルバムを元の場所に戻して!」
「いいじゃん。ケチ!」
「ケチで結構ですよ。二人ともご飯の準備、手伝ってちょうだいね。」
「わかりました。ほら、晴美。台所へ行くわよ。」
「うん。」
「まだアルバムが気になるの?」
「そうじゃないけど・・・。」
私はしばらく部屋の中を見つめた後、エプロンをもって台所へ向かいました。
予志子さんは調理台にたくさんの食材を並べて、ご飯とみそ汁、ハンバーグを作ると言い出しまし た。
予志子さんがお米、私がみそ汁、麻衣子がハンバーグを担当することになりました。
「岡上さん、良かったらゴーグル使う?」
「何で?」
「玉ねぎ切る時って、目が痛くなるでしょ?その時にどうかなって思ったの。」
「それなら大丈夫。裏技を知っているから。」
「どんな裏技なの?」
「実は4等分にしてしばらく水につけておくの。数分経って取り出せば目が痛くならないから。」
「そうなんだ。初めて知った。私も試してみよう。」
こうして料理を終えて、食事と風呂を済ませてから寝ることにしました。
翌朝4時前にスマホのアラームがうるさく鳴りだして目を覚ました後、着替えを済ませて、コンビニで買っておいた菓子パンをみんなで食べ終えて、靴をもって鏡の前で4時44分になるのを待っていました。
スマホの時計が4時44分を指した時に全員で「鏡よ、鏡さん。私達を鏡の世界へ連れて行っておくれ」と唱えました。
すると鏡が光りだし、私たちを飲み込むかのように包んでいきました。
まぶしさのあまり、よくわかりませんでしたが、どうやら鏡の世界に着いたようでした。
しかし、辺りを見渡しても特に変わった感じはありませんでしたので、家の中を一通り見ることにしました。
一つ違和感があったのは本来なら鏡の世界の私達がいてもおかしくないはずなのに、なぜかいませんでした。
元の世界にいるのか、それとも最初からいないのかが考えられました。
一度予志子さんの部屋に行くことにして、これからどうするか考えてみましたが、時間が経過するだけで、どうにもなりませんでしたので、一度外の様子を見てみようと思って用意した靴で玄関を出てみることにしました。
5時過ぎだったのか、人の気配がありませんでしたので、私たちは一度戻って6時過ぎまで予志子さんの部屋で時間を過ごすことにしました。
3、違和感だらけの世界
私たちがこの世界にやってきて何も違和感がないのは明らかに不自然だと思いました。
絶対におかしい、そう思って予志子さんの部屋を見渡しましたが、特に変わった感じはありませんでした。
私はいけないと分かっていながらも予志子さんのクローゼットの扉を開けて中を見たら、ロリ服やコスプレ衣装がたくさんハンガーでつるされていました。
さらに引き出しを見たら、ヘッドドレスや手袋、ニーソ、ルーズソックス、さらにカラフルなウィッグがビッシリ入っていました。
「鶴川さんの服の趣味ってこういうのだったの?」
「いえ、私こんな趣味持ってないよ。」
「でも、クローゼットの中を見せてもらったら・・・。」
「私にもよくわからない。」
予志子さんは少しびっくりした表情でクローゼットにかかっている服を見つめていました。
この世界ではこれが普通なのか、あるいは鏡の世界の予志子さんがそういう趣味を持っているのかは不明でした。
とにかく外へ出てみればすべてがわかりますので、私たちは改めて用意した靴を履いて散歩がてら外の様子を見ることにしました。
見た目は特に変わった様子もなく、普通の世界でしたし、通りを見ても普通に車が通っていたので、まったく違和感がありませんでした。
しかし、このあと私たちはとんでもない光景を見ることになるのです。
小腹を空かせたのでコンビニへ立ち寄ってみると、パンやおにぎりが置いてある食べ物の棚へ行ってみると英語で「Drink」と書かれていましたので、思わず目を疑ってしまいました。
「ねえ麻衣子、ドリンクって飲み物だよね。」
「そうだよ。」
「棚を見てよ。食べ物の棚に『Drink』って書いてあるんだよ。」
麻衣子は棚を見るなり、驚いた表情をしていました。
そうなると、飲み物の棚へ行ったら英語で「Foods」と書かれていましたので、この世界では食べ物と飲み物の呼び方がさかさまということがわかりました。
さらにレジにいる店員さんを見たら、制服を着ていますが、首から上を見上げますとすごいことになっていました。
濃いメイクにつけまつげ、さらに紫のカラコン、ピンクのウィッグを被っていました。
性別も男なのか女なのかも分からない状態です。
店員は高めの可愛い声で「いらっしゃいませ!」と言っていたので、明らかに女の子だと思いました。
私たちが店を出ようとした瞬間、店長らしき人が「恩田君、夜勤お疲れさま。今日は上がっていいよ。」という声が聞こえました。
よく見ると、店長らしき人も派手なメイクと金髪のウィッグを被っていましたので、そういう身だしなみで接客をするのかと思いました。
私は思わず店長らしき人に声を掛けてしまいました。
「あの、よろしいですか?」
「いらっしゃいませ。どうされましたか?」
「先ほどの店員の方は男性なんですか?」
「そうだけど。何か?」
「でも、あの店員さんは高めの可愛い声で挨拶をしてましたけど・・・。」
「ああ、彼はもともとそういう声をしているんですよ。」
私は今一つ納得がいきませんでしたので、先ほどの店員の後をつけてみることにしました。
「お疲れさまでした。」
店を出た恩田君って言う人は女子高生みたいな格好してスマホを片手に予志子さんの家の方角へと歩いていきました。
正直尾行って慣れないとすぐに見つかるので、少し緊張していましたが、何とかばれずに済みそうかなって思っていました。
その時、恩田君っていう人は一瞬、振り向きました。
私たちは電信柱や止まっている車にとっさに隠れましたが、手遅れで尾行がすべてばれてしまいました。
「あなたたち、さっきから私の後をついてきて何か用でもあるの?」
彼?はずっと私たちを見つめていました。
「失礼を承知のうえで伺います。あなたは本当に男の子なんですか?」
「そうですけど・・・。」
麻衣子は少し鋭い視線で質問しました。
「私にはどこから見ても、普通の女の子のようにしか見えません。高めの可愛い声、女の子みたいな顔、男性の女装には思えません。」
「実際、男の子だし・・・。」
「ちょっと麻衣子、困っているじゃない。」
私はあわてて止めに入り、質問しました。
「失礼を承知たうえで聞くけど、恩田君は普段から女の子の格好をされているのですか?」
「うん。だって、みんなだってそういう格好しているよ。」
「女装が普通なの?」
「そうだよ。あなたたちの方こそ、こんなコスプレみたいな格好して恥ずかしくないの?」
「これがコスプレ?どこから見たって普段着でしょ!」
「普段着って言うのは僕が着ている服のことだよ。」
私は会話するだけ無駄だと分かったので、とりあえず引き返すことにしました。
「引き留めてごめんね。私達帰るから。」
この町はなんだかおかしすぎると思いました。
すれ違う人はみんなコスプレみたいな格好してばかりでしたので、今日がハロウインなのか、それともさっきの恩田君の言ったように本当に普段着なのかは定かではありませんでした。
住宅街を歩いていると、コスプレをした親子連れに「お母さん、この人たち変な格好しているよ。」と指さされました。
さらにその直後、母親が子供に「しっ、見ちゃだめ。この人達は普通じゃないんだから。」と言って子供の手を引いて、いなくなりました。
まるで私たちを変質者を見るような目で見ていました。
「普通じゃないのはあなたたちでしょ?」って心の中で言いましたが、むなしいのでやめることにしました。
朝コンビニで買ってきたお菓子を食べたかったので公園に向かったのですが、そこで衝撃的なものを私たちは見てしまいました。
なんと、ベンチでセーラー服を着た老婆たちがスマホを触りながら楽しそうに会話をしていましたので、この光景には目を疑いたくなるほどでした。
しばらく見つめていたら、一人の老婆がやってきて少しきつめな目つきで「あんたたち、見ない顔だけど・・・。」
「私たちはこの近くの人たちです。」
「どの辺に住んでいるんだね?」
「南つくし野1丁目です。」
「1丁目のどの辺なんだね?」
「32番地です。」
「名前は?」
「中山春美です。」
「中山春美?じゃあ、眼鏡かけたお嬢さんは?」
「私は岡上麻衣子です。」
「じゃあ、紫の髪のお嬢さんは?」
「私は鶴川予志子です。」
「じゃ聞くけど、お嬢さんたちは普段からこんなコスプレみたいな格好してウロウロしているのかい?」
「お言葉ですが、これはコスプレではなく普段着です。」
「普段着というのは私達が着ている服のことで、お嬢さんたちが着ているのはコスプレ。わかった?あんたらここで休むんでしょ?邪魔したらいけないから、いなくなるよ。」
老婆たちはそう言い残して、いなくなりました。
私たちはコンビニで買ってきたお菓子を広げて食べ始めました。
「さっきの年寄、何だったんだろうね。」
「人と目が合うなり、いちゃもんつけたかと思えばいなくなって。」
「さあ。」
私たちがお菓子を食べ終えた後、さっきとは違う親子連れがやってきて、またしても人を見るなり指さしてきました。
「お母さん、この人たちコスプレをしてお菓子を食べているよ。」
テレビに出てくるような戦隊ものの衣装を着た5歳くらいの男の子が魔女の格好をした母親に指さしながら言っていました。
「しっ、見たらダメ。あと指さしたらだめでしょ?」
そういって、公園からいなくなりました。
私たちは公園をあとにして、一度繁華街に行ってみようと思いました。
バス停に着いてみると、すでにバスが止まっていて乗れる状態になっていたので、乗ろうとした瞬間、またしても違和感がありました。
運転手の格好がゴスロリになっていたので、私は運転手を見るなり、思わず吹き出しそうになりました。
「あの、失礼を承知したうえでお伺いしますが、普段からこのようなおめしもので運転をされているのですか?」
麻衣子は少し緊張した表情で運転手に話をかけました。
「普段も何もこれが制服ですが・・・。」
「制服と言うより、原宿にいるようなゴスロリにしか見えませんが・・・。」
「そういわれても、これが制服なので・・・・。」
黒のフリフリのワンピース、頭にはヘッドドレス、足元はストラップシューズでしたので、私も麻衣子も予志子さんも思わず爆笑してしまいました。
「本当に失礼だね。君たちの格好こそなんだね、このコスプレは?どこかのイベントに参加するのかね?」
「これが私達の普段着です!」
「なら、親とか学校の先生のしつけがなってない証拠だ。」
「運転手さんこそ、バス会社のしつけがなってないと思います。これで客のうけでも狙っているのですか?」
「君たちにこれ以上何を言っても無駄のようだから、何も言わないよ。」
運転手はそのまま、バスを町田バスセンターまで走らせました。
さっきのコスプレはきっと近所だけで、繁華街へ向かえば私たちと同じ格好をしていると信じていました。
しかし、実際に行ってみると全員がコスプレでしたので一度引き返そうと思いました。
バスターミナルへ向かう途中、駅前広場で面白い光景を見かけました。
なんとメイドが困っているホストをナンパしていたのです。
「ねえ、少しくらいいいでしょ?」
「困ります。このあと用事があるので・・・。」
「大丈夫、タクシー代なら私が払うから。」
「でも、今日は予定があるから・・・。」
「そんな予定なんかキャンセルしちゃいなよ。私と一緒の方が楽しいから。」
ホストは完全におどおどして困っていました。
メイドは問答無用でホストを連れて、JRの改札へ向かいました。
「今の何だったの?」
「さあ?」
「ホストがメイドにいびられていたわよ。」
私はこの光景を見て頭の中が混乱してきました。
本来なら困っているメイドを相手にホストが車でどこかへ連れて行くのが普通なのに、なぜか立場が反対になっていました。
さらに信じがたいことに小学生が刃物を持って中学生のチンピラを相手にカツアゲをしていました。
チンピラは財布から千円札を何枚か取り出して小学生に渡していました。
「これしかないんです。勘弁してください。」
小学生はチンピラの財布を取り上げるなり、中身を見ていました。
「ちっ、本当にこれしかないんだな。」
そういってお金をランドセルの中に入れていなくなってしまいました。
もっと見ていたいけど、帰りのバスの時間も気になっていたので、バス乗り場へ向かいました。
すべてが反対のこの世界に興味を持ち始め、私は調べてみる価値があると思いました。
家の近くでバスを降りて、そのまま予志子さんの家に行こうとしたら、麻衣子が「一度自宅に帰ってみない?」と言い出しました。
「それもいいけど、鏡の世界の私達に会ったらどうする?」
「その時はその時だよ。」
私は一度みんなと別れて恐る恐る鏡の世界の自宅へ向かいました。
自宅へ着いておかしいと思ったのは鍵が開いていたこと、部屋が真暗なことでした。
中にそっと入ってみて部屋という部屋をすべて見回しましたが、まったく誰もいませんでした。
家出?それとも旅行?戸締りまりもせずにお出かけをするなんて不用心もほどがある。
それを確かめるために一度外へ出てガレージに車がないかどうかを見ましたら、車が止まっていました。
だとすると、電車かもしれないと思ました。
とりあえず、鍵を閉めて自分の部屋で眠ることにしました。
4、もう一人の自分を探して
翌朝のことでした。
私はクローゼットの扉を開けて着替えを取り出そうとしたその瞬間、思わずびっくり箱のふたを開けたような気分をあじわいました。
それは予志子さんの部屋にあるクローゼットの中身と同じで、普段着というよりコスプレ衣装やロリ服がずらっと並んでいて、引き出しにはニーソ、ルーズソックス、手袋、ウイッグがビッシリ入っていました。
私はあぜんとしてこのコスプレ衣装一式の山を見ていました。
昨日私達の格好を見てみんなが「コスプレ」と言っていたので、昨日の服は元の世界へ帰る時まで自分の部屋に置こうと思いました。
私が服を脱ごうとした瞬間、麻衣子から電話がかかってきました。
「もしもし、どうしたの?」
「春美、聞いてよ。今朝起きてクローゼットから着替えの服を取り出そうとしたら、コスプレ衣装ばかりだったの。」
「実はそのことなんだけど、3人で同じ格好の方が自然でいいと思うの。昨日私達の格好見てみんなが『コスプレ』と言っていたでしょ?だから、ロリかギャル系にしようと思うの。私鶴川さんに電話してどんな格好にするか聞いてみるね。」
「うん、わかった。」
私は一度電話を切り、予志子さんの電話につなげてみました。
10回コールをしてみましたが、出る気配がなかったので切ろうとした瞬間、やっと出てくれました。
「あ、鶴川さん、おはよう。何かやっていた?」
「あ、ごめん。ちょっとシャワーを浴びていたよ。出るのが遅くなってごめんね。」
「大丈夫だよ。」
「それよりどうしたの?」
「実は今日着ていく服なんだけど、鶴川さんはどうするのかなって思って。今朝私も麻衣子もクローゼットの扉を開けたら、鶴川さんのクローゼットの中身と同じような状態になっていたし、どうせならお揃いにしようかと思っているんだよ。昨日私達の服を見てみんなが『コスプレ』と言っていたから・・・・。」
「うん、いいんじゃない。それで何にするの?」
「鶴川さんはどんなのがいい?」
「私は中山さんに合わせるよ。」
「じゃあ、ロリにしない?」
「いいよ。」
「ウィッグと手袋も忘れずにね。」
「了解。」
私は電話を切ってその直後、麻衣子に電話をしてロリ服にすると伝えました。
着替えをしてウィッグとピンクのカラコン、白のレースの手袋をして表に出ました。その足で麻衣子を連れて、予志子さんの家に向かいましたが、着慣れてないせいか、やっぱり落ち着きませんでした。
家に着くなり中へ入って、これからのことについて3人で話し合うことにしました。
まずはこっちの世界にも私たちがいるはずなので、探すところから始めました。
「おはよう。鶴川さん、人形みたい。」
「中山さんと岡上さんもね。」
「ありがとう。なれないせいか、本当に違和感があるよ。」
慣れないロリ服を着たまま3人で話し合うことにしました。
「どこへ行く?あてずっぽうで行っても時間の無駄だから。」
「それもそうだよね。まずは、私たちが行きそうな場所を行ってみるのはどう?」
「そうだよね。」
私はこのひらひらしたワンピースのうっとうしさを我慢して、麻衣子と予志子さんと一緒に会話を続けました。
「私ならカラオケルームかな。麻衣子ならどこへ行く?」
「私ならファストフードかな。」
「なるほどね。鶴川さんは?」
「私ならゲーセンかな。」
カラオケルーム、ゲーセン、ファストフードの順で調査することにしました。
「ねえ、一か所調べる場所忘れてない?」
麻衣子が突然言い出してきました。
「どこ?」
「学校だよ。今日は平日だし、まずはそこから当たってみない?」
「そうだよね。」
3人でバスに乗って学校へ向かうことにしましたが、校門に着くと風紀委員の生徒がいるはずが、誰一人いませんでした。さらに不思議に思って校舎の中へ入っていくと先生も生徒もいなかったので、休みかなと思ってしまいました。
最後にたどり着いたのが校長室でした。正直そこだけは入りたくないと思っていましたが、校長先生なら何かわかると思ってドアをノックして入ってみましたが、驚いたことに校長先生までがいませんでした。
平日なのに学校には誰もいませんでしたので、実に不思議な現象だと私は思いました。
もしかしたら、ここは鏡の世界だから平日が休みで休日に登校する可能性も高いと判断しました。
それにしても誰もいない校舎に鍵がかかっていないなんて、不用心にもほどがあると私は思いました。
そうなると、昨日は気にしていませんでしたが、バスの時刻表も休日と平日が反対になっているはずと思って時刻表を見ることにしました。
黒字で「休日」、赤字で「平日」と書かれていました。
つまり、この世界では月曜日から金曜日までは休日で、土曜日、日曜日、祝日が平日という扱いになっていました。
今日が月曜日なので、私は休日の時刻表を見ることにしましたら、8時45分なので次来るバスが9時ちょうどになっていました。
バスに乗って私たちは町田駅に向かいましたら、駅前はコスプレをした親子連れやカップル、友達連れがたくさん歩いていました。
この違和感は相変わらずでした。
私たちが向かったのはファストフードの店でした。食事を兼ねて、こっちの世界の私たちが来るのを待っていました。
しかし、入って来る客はみんな年寄ばかりでしたので、まるで巣鴨にいる気分でした。
1時間近く居座っていましたが、まったく来る気配がありませんでしたので、次にカラオケルームに行こうとしましたが、時計を見たら10時35分を回っていたので2時間ほど歌いながら時間をつぶすことにしました。
「みんなで1曲歌ったら交代にしない?」
「いいよ。」
2人は私の提案に同意しました。
2時間交代で歌い続け、出る時にレジで私と同じような顔をした人が来たかを聞きましたが、来ていなかったと言っていました。
残りはゲーセンだけでした。
ゲーセンに立ち寄ってみ見ましたが、もうひとりの私たちがいる気配もありませんでした。
交代でゲームをしながら出入りする人をチェックしていましたが、2時間粘って結局は来ませんでした。
仕方がないので、古本屋とブティックも立ち寄って帰ろうとした瞬間、ある法則に気が付きました。
今まで立ち寄った場所には利用客の8割以上がお年寄りだということでした。
ここは鏡の世界なので、反対にお年寄りが好みそうな場所をチェックすれば見つかる可能性が高いと判断しました。
佃煮屋さん、お茶屋さん、公民館など見て回りましたが、見つかりませんでした。
その時、私の頭の中でふと何か思いつきました。それは近所の町内会館や老人ホームでした。
私たちはバスに乗って戻ることにしました。
私は老人ホーム、麻衣子は、町内会館、予志子さんは近所の公園や商店街を探すことにしました。
「待ち合わせ場所は1時間後にバス停近くの児童公園で。」
「了解。」
「もし見つかったら電話で連絡してちょうだい。」
「わかった。」
3人は一度別行動になり、探すことにしました。
私は老人ホーム目指して歩くことにしましたが、慣れないストラップシューズに疲れを感じて、歩くペースがだんだん落ちていきました。
「運動靴ならそんなに疲れを感じないのに」と思わずぼやいてしまいました。
疲れた足を引きずりながらやっとたどり着いて入口に入ろうとしました。
入り口には「老人ホーム・つくしの里」と書かれていました。
私は受付に行って「すみません、私と同じような顔をした人がここに来ていませんでしたか?」と尋ねてみました。
「さあ、そういう方は見かけませんでしたけど・・・・。」
「今日でなくても別の日に見えていませんでしたか?」
「いえ。」
「そうでしたか。わかりました。失礼します。」
私は2人に電話をして、もう一人の私たちがいたかどうかを確認したあと、再び近所の公園まで歩くことにしました。
2人も結局のところは収穫なしといった感じでした。
公園にたどり着いた時には太陽が傾きかけてきたので、帰ろうと思いました。
「ねえ2人とも。今気が付いたんだけど、こっちの世界の私達って、もとからいなかったんじゃないかって思ったの。仮にいたとして、すれ違っていたとしたら、誰か1人は私達に情報を提供してもおかしいくないはず。」
私は思わず、思ったことを口に出してしまいました。
「例えばなんだけど、知っていて黙っていることはない?私達が初日で着ていた服ってこっちの世界ではコスプレに見えたわけだし、なんていうかもしかしたら、変質者と思われている可能性って高いと思うんだよ。そういうのって噂があっという間に流れるから、もし私らが何か情報を求めて来たら『知らない』の一言で通せと言っているはずだと思うんだよ。」
麻衣子が私の意見に反論をしたのに対し、予志子さんは無言のままでいました。
「見ず知らずの人にもそれが通じるの?」
「SNSならあっという間に噂が広がると思うよ。」
「確かにそうかもしれない・・・。だとしたら、これはあくまでも憶測なんだけど、これ以上ここに居座ったらいけないような気がするの。」
「何で?」
「もしかしたら私たちが鏡の世界の住人でないことも、おそらくばれる可能性も高いと思うの。」
「その理由がよく分からない。だって、現に服装だって甘ロリにして鏡の世界の住人に合せているじゃん。」
「そこなんだよ。」
「どういうこと?」
「この服も盗んだと言う疑いが出るかもしれないんだよ。」
「それは考えすぎ。百歩譲ってそうだとしても証拠がなければ、疑われることはないよ。とにかく今日はつかれたし、家に帰ろ。」
私たちは一度分かれて次の日、同じ場所で会うことにしました。
5、警察に狙われる
次の日の朝、今度は皆でギャル系の格好になろうと決めました。
金髪のウィッグにブレザーの制服でミニスカートにルーズソックス、ガングロのメイクにカラコンで決めてみました。
誰がどこから見ても変質者丸出しでしたが、鏡の世界の住人に合せるために仕方なしになってみました。それも繁華街ならまだしも、家の近所だから余計に違和感がありました。
昨日散々探し回って見つからなかったので、今日はみんなで遊び倒そうと思いました。
そもそもの目的はこの世界の私たちを見つけるのではないので、繁華街に行くことにしました。
ファミレスで食事をしていた時でした。
「ねえ晴美、見つけなくていいの?」
「うん、昨日足が棒になるまで歩き通して見つからなかったわけだし、これ以上探しても無駄かなと思ったの。それにここに来た目的は鏡の世界の私たちを見つけるのではなく、鏡の世界を楽しむことだから。」
「そうだよね。」
麻衣子は少し残念がっていたような表情で返事をしていました。
「中山さんの言う通りだよ。せっかく来たんだし、たくさん楽しんでから帰ろうよ。」
今まで無口だった予志子さんも割って入るように行ってきました。
「鶴川さんの言う通りだよ。何もかもが反対の世界なんて、めったに見ることができないんだから。」
「そうだね。鶴川さん、春美、ファミレスのあと行きたい場所ある?」
「私、ブティック!」
「お、いいね。じゃあ食べ終えたら行ってみようか。」
食事を終えて、ブティックに立ち寄ってみましたが、並んである服はすべてコスプレ衣装ばかりでした。
スケバンの衣装にコギャル変身セット、アニメの衣装もズラリと並んでいる奥にはメイド服もありました。完全に「ブティック」と言うより「コスプレショップ」と言った感じでした。
私は商品を手に取って見て行きました。
可愛い反面、少し恥ずかしいものを感じましたが、せっかくなので、現実世界へ少し持ち帰ろうと思いましたが、特定の限られた場所でないと着られないと分かったので、あきらめようとしました。
でも、「部屋の中でならいいでしょう」という考えが芽生え始め、ピンクのロリ服を1着買おうと思いました。
しかしロリ服はとても高いと思って諦めようとした瞬間、値札見たらユニクロ並みの金額でしたので、思わず目を疑いたくなりました。
サイズもLと書いてありましたが、大きいことに越したことがないと思って買ってしまいました。
「ねえ春美、ここだから堂々と着られるけど現実世界に戻って着たら間違いなく注目されるよ。」
「大丈夫。一応自分の部屋で少し着るだけだから。」
麻衣子は少し心配そうに私を見ていました。
私はロリ服の入った手提げ袋を持って麻衣子と予志子さんの3人で歩くことにしました。
そのあともCDショップや本屋さんと回って行きました。
せっかくなので、電車に乗って東京の方へと向かいました。渋谷駅に着いたら、行き交う人は皆老人ばかりで、若い人は誰一人いませんでした。
109に入ってみると、売っている商品はお年寄りが好みそうなものばかりで、居座っていても退屈するだけなので出て行こうと思いました。
逆に年寄がいそうな場所に若い人がいそうだと思ったので、山手線に乗って巣鴨まで向かいました。
有名なとげぬき地蔵の商店街は若い人でいっぱいでした。
歩いていくと有名ブランドのブティックがズラっと並んでいて、思わず立ち寄りたくなるほどでしたが、そこはやはり鏡の世界なので売っている服はみんなコスプレ衣装のようなものばかりでした。
甘いものが欲しくなったので、通りかかった人に「喉が渇いたんですけど・・・。」と尋ねたら奥にクレープの店があったので私たちはクレープを買って食べました。
私はいちごチョコ、麻衣子は定番のチョコバナナ、予志子さんはカスタードと生クリームのミックスにしました。口の中が甘くなったので、自販機でお茶を買って飲んでいたら、午後2時を回っていました。
帰りのことを考えたら、そろそろ戻ろうと思って電車に乗って再び地元に戻ることにしました。
電車の中にある液晶モニターに表示されているニュースを見ていたら、思わず目を疑いたくなる映像が出てきました。
町田駅周辺で私たちがスパイ活動をしている内容でした。映し出された顔も私たち3人です。
私たちは普通に楽しんでいるだけのになぜか追われる身となってしまいました。
この姿でいるうちはたぶんばれる確率は低いだろうと思って町田駅に着くなり、急いでバスに乗って地元へと向かいました。
その都度私達はSNSで情報を確認していましたら、噂は少しずつ広がっていきました。
「このままだと完全に危なくなる」と思って、一度予志子さんの家に戻って3人で作戦を立てることにしました。
そもそも何で私たちがスパイだと疑われなくてはならないのか、それが疑問になってきました。
私たちは元の世界に戻る前に再び町田駅に行って情報を仕入れることにしました。
くれぐれも正体がばれないように変装しなくてはなりませんでした。
「鶴川さん、何かいい方法ない?」
「ちょっとまって。」
予志子さんはクローゼットや引き出しの中をくまなく探していましたら、シリコンマスクが3つ出てきたので、それを被って聞き込みをすることにしました。
今夜は予志子さんの家で一晩過ごして翌朝、メイド服で聞き込みを開始しました。
私は小学校、麻衣子は商店街、予志子さんは駅前を回ることにしました。
小学校の近くを歩いていきますと、近所のおばさんたちが何やら噂話をしていたので聞き出そうとしました。私は近くまで行って聞き耳を立ててみました。
「ねえねえ奥さん、知ってる?最近、この近くでスパイがいるみたいなのよ。」
「あらそうなの?いやだわあ。それでどんな人なの?」
「この辺の人が言うにはコスプレをした女の子3人がウロウロしてたと言うらしいの。」
「それって、スパイと言うよりただの変質者じゃない。」
「それで、翌日にはいろんな場所に行って『私と同じ顔した人を見かけませんでしたか?』と聞き歩いていたの。」
「それって、絶対に何かありそうだよね。」
私はそれとなくおばさんたちの会話に加わろうとしました。
「すみません、大変興味深そうな会話でしたので、よろしかったらお聞かせ願いますか?」
「あなた見ない顔だけど、どこの子?」
「私、家が湘南の方なんですけど、昨日から父方の祖父母の家に泊まりに来たのです。」
「そうだったのだね。どおりで見ない顔だと思った。」
「それで、この近くでスパイがいらっしゃると話していましたけど・・・。」
「あ、そうそう。ここ何日か前にコスプレした3人の女の子が『私と同じ顔した人を見かけませんでしたか?』と聞き歩いていたの。」
「何か目的とかあるのですか?」
「そこまでは分からない。でも、『私と同じ顔をした人』って言う言葉が気になるの。それって、遠回しに『私はスパイです』と言っているようなものでしょ?」
「でも、スパイというからには情報を仕入れることですよね。」
「私が思うにはこの世界の住人でないってことなの。」
「この世界でないと言うと?」
「これは憶測なんだけど、この世界とそっくりな場所ってこと。」
「奥さん、私本で読んだことがあります。確かパラソルワールドだったような気がしましたよ。」
「いやだあ奥さん、それを言うならパラソルではなく、パラレルでしょ?ハハハハ。」
「あの、パラレルワールドって存在しているのですか?」
「あくまでも憶測だから、一応私達が話したことは秘密にしておいてね。」
「わかりました。あの、私はこの辺で失礼します。」
「またね。」
私はおばさんたちと別れて、さらに情報を集めることにしました。
この分だと警察が私達の家に来るのも時間の問題と判断して、なるべく急ごうと思いました。
私は今おばさんたちと話したことを麻衣子と予志子さんに伝えました。2人から来た返事もやはり似たような内容でした。もはや噂は拡大し始めている状態なのです。
一度どこかで集まることにしたので、3人のうち誰かの家にするか、あるいは駅前のビジネスホテルにするか考えていました。
しかし誰かの家だとやがては警察がやって来るに違いないと判断して、ビジネスホテルへ向かうことにしました。
「ねえ二人とも。これからビジネスホテルへ向かうけど、忘れ物ない?」
予志子さんが私と麻衣子に確認をとるかのように聞いてきました。
「たぶん・・・。」
私は少し自信なさげに返事をしました。
その直後に麻衣子が「私、着替えを家に置いてきたから一度取りに行ってくるね。」と言った直後に予志子さんと私も同時に「私もとって来る。」と返事をしました。
「一応2人に行っておくけど、来たときの普段着は手提げ袋に入れておいた方がいいよ。それと待ち合わせ場所は私と春美の家の近くにある児童公園で。あと万が一警察と目があってもなるべく自然でいてね。」
麻衣子は私と予志子さんに念を押すように伝えました。
私たちは一度それぞれの家に着替えを取りに戻ることにしました。
私と麻衣子が着替えを紙の手提げ袋に入れて児童公園に向かおうとしましたら、予志子さんから電話がかかってきました。
「もしもし。」
「あ、鶴川さん?どうしたの?」
「実は私の家に警察が来ていて、ドアをガチャガチャしているの。それで、勝手口も調べている状態。」
「わかった。警察がいなくなるまで待ってくれる?そのあと着替えを持ってすぐに来てちょうだい。くれぐれも元の世界に戻るまではウィッグとマスクは外したらだめだよ。」
「わかった。」
私と麻衣子が児童公園で時間をつぶしている間、予志子さんの家では警察がしつこく粘っていました。
「警部、ここの家の人、なかなか戻って着ませんね。もしかしたら、旅行とかにいっている可能性が高いですよ。」
「そんなことはない。近所から目撃情報があった。絶対戻って来るはず。」
「確か、他にも一緒にいたのが2人いましたよ。」
「名前はなんていうんだ?」
「岡上さんと中山さんです。」
「2人の下の名前は?」
「岡上麻衣子さんと中山春美さんです。」
「それを先にいいなさい。」
「すみません。」
「仕方ない。こっちは後回しにして先に2人の家に向かうぞ。」
警察官2人は私と麻衣子の家に向かいましたので、その間に予志子さんは急いで自分の部屋に向かって着替えを手提げ袋に詰めて一目散に待ち合わせ場所に向かいました。
そのころ私と麻衣子は予志子さんが来るのを待っていました。
「鶴川さん、来るの遅いね。もしかして警察に捕まったとか?」
出来ればこんなことは考えたくなかったのですが、私の頭の中に『逮捕』の二文字が浮かび上がり、思わず口に出してしまいました。
「そんなことないでしょ?信じて待ちましょ。」
「ずいぶんと待たされているけど・・・。」
「確かに・・・。」
待つこと15分、予志子さんが着替えの入った手提げ袋を抱えて、やってきました。
「お待たせ。今私達の家に警察がやってきて何かを調べようとしている。私が家に戻ろうとした瞬間、警察がやってきて私の家の玄関のドアをガチャガチャとやっていたけど、留守だとわかったとたん、あきらめて中山さんと岡上さんの家に向かった。」
「危ないわね。この近くも狙われる可能性が高いよ。ホテルなら離れた場所の方がいいよ。」
その時、私の中でもう一つの「不安」がよぎりました。
「ねえ、ホテルだと元の世界に戻った時、かなりバカ高い金額が請求がくるんじゃない?」
「確かに。」
麻衣子は口に右手の親指を当てて、考え込みました。
しばらく3人で考えていたら予志子さんが何か思いついたような顔をしました。
「ねえ、最初に会った恩田さんの家はどう?そこなら私達のことを知っているかもしれないよ。」
「確かに・・・。でもアパートだし、朝早くに起こすのは申し訳ないよ。」
「でもあの人って確か、深夜のコンビニでバイトしていて、終わりが朝だったから私たちが元の世界に戻るころっていないはずでは・・・・?」
私は予志子さんの意見に少し考えました。
「いきなり入るのって失礼じゃない?」
「じゃあ、他にあてがあるの?」
私はまた少し考えました。
「アパートでもどこか一部屋空いていることってない?」
「こうして考えている間にも警察が来るんじゃない?この変装だっていつばれるか分からないから。とにかく恩田さんのアパートに行こうよ。」
私達は麻衣子に言われるまま恩田さんのアパートへと向かいました。
6、元の世界へ戻ってから・・・・
児童公園に居座っていると、遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてきました。
ここにやってくるのも時間の問題なので、恩田さんが住んでいるアパートへと向かいました。
まずは恩田さんがいるかどうかを確認するために直接2階奥の203号室の部屋へ向かいました。
私はドアを3回ほどノックして「恩田さん、ごめんください。いらっしゃいますか?」と叫んでみました。でも返事が来ませんでしたので、大家さんに聞いてみたところ、昨日からいないことがわかりました。
「旅行にでも行っているのですか?」と聞いてみても「わからない」の一言の返事でした。
私は思い切って空き部屋に一晩泊めてもらうよう交渉に当たりました。
「無理を承知したうえでのお願いです。空き部屋がありましたら、そこに一晩だけで結構ですので、私たちをおいてもらえませんか?」
「あなたたち、自分の家はどうしたの?」
「実はわけがあって、帰れなくなったのです。詳しい事情は今は話せませんが、落ち着いたらきちんと話します。」
「家出か何か?」
「違います。」
「立ち話も何だし、とにかく中へ入ってちょうだい。」
私たちは大家さんの部屋に入れてもらい、きちんと話すことにしました。
「大家さん、これから話すことを誰にも話さないと約束をされますか?」
「わかった。約束するよ。」
私たちが鏡の反対側から来た事、警察からスパイと疑われて変装して逃げ回っていることをすべて話しました。
「お嬢さんたちの顔は今は被り物で、わけあって外せないってことなんだね。」
「そうなんです。」
「仕方ない、今夜だけ泊めてあげる。その代り、明日の朝は自分で起きて元の世界に帰るんだよ。」
「ありがとうございます。」
「あんたたちの布団は奥に敷いておくから。」
「何から何まで本当にすみません。」
私たちは大家さんに甘えて一晩泊めてもらうことにしました。翌朝、すぐに出られるように変装したままの姿で眠ることにしました。
その直後に玄関先で2人の警察官がやってきて聞き込みをしていました。
「夜分にすみません。ちょっとつかぬことをお伺いしますが、この近くに高校生くらいの女の子3人を見かけませんでしたか?」
「いいえ、今日は一歩も外出していなかったので・・・。」
「そうですか。」
「ではもし見かけましたら、すぐ警視庁までにご連絡ください。私は警視庁町田警察署の三輪と申します。」
「私は真光寺です。」
「それでは夜も遅いので戸締りだけはお忘れなく。」
2人の警察官は大家さんに名刺を渡していなくなりました。
大家さんはその時、大変な事件に巻き込まれたと感じていました。
私たちが元の世界に戻る前に警察に引き渡すかどうか悩んでいましたが、大家さんはそのまま自分の部屋で眠ってしまいました。
翌朝、4時のことです。私は起き上がって布団をたたんで、着替えを済ませて4時44分になるのを待っていました。
ただ用心してシリコンマスクとウィッグは外さないでいました。
「大家さんおはようございます。」
「おはよう。実はあなたたちが眠った後、2人の警察官がやってきて聞き込みをしてきたよ。」
「本当ですか!?」
「でも、私はあなたたちがここで眠っていることを黙っておいたよ。」
「ありがとうございます。」
「でも、油断したらダメだよ。もしかしたら、またここへやってくるかもしれないからね。」
「そうですね。でも4時44分になったら、ここからいなくなりますので。」
「鏡は奥の部屋の鏡台をつかっておくれ。」
「ありがとうございます。」
「あと、元の世界に戻ってお腹を空かせたらいけないから、お茶を用意しておいたよ。あと喉が渇いた時に備えておにぎりも3人分入れておいたから」
「ごちそうさまです。」
大家さんと世間話をしているうちに時計が4時42分を回っていました。残り2分というときに昨日の警察官がやってきました。
「おはようございます。早朝から本当に申し訳ありません。」
「そう思っているなら出直してきてちょうだい。だいたい今何時だと思っていらっしゃるのですか?ここはアパートですよ。他の住人の迷惑を考えてほしいよ!」
「お気持ちはよくわかります。こんな時間にやってきたことについては本当に申し訳なく思っております。実を申し上げますとお宅に3人の女の子が上がり込んだという目撃情報があったのですよ。」
「家を間違えていませんか?この家には私一人だけです。」
「嘘をつかれても困ります。中にいらっしゃるのは確認済みなんですよ。中を見せて頂きます。」
「なら捜査令状をお持ちですよね?なければ私にも考えがありますので。」
「大家さん、捜査令状なら用意してありますよ。」
大家さんが必死に警察官を阻止している間、私たちは鏡の前で時報を聞きながら4時44分になるを待っていました。
残り15秒、この時間がとてつもなく長く感じました。
「大家さん、よろしいですか?中に入らせていただきますね。これ以上抵抗されますと、あなたも同罪になりますよ。」
そういって、2人で中に入りました。
15秒が経過して4時44分、ちょうどになりました。
私は鏡の前で「鏡よ、鏡さん。私たちを元の世界に戻しておくれ」と唱えて、その直後にいっせいに鏡の中へ飛び込みました。それと同時にふすまが勢いよく開き、警察官が私たちを捕まえにやってきました。
「お前たち、こんな被り物しても無駄だぞ。警察をごまかそうなんて100年早い!」
そういって予志子さんを捕まえようとしましたが、かろうじて鏡の中へ飛び込めたので、うまく逃げ切ることが出来ました。
本当に戻ってきたのかとあたりをキョロキョロと見渡しましたが、警察官がいないところを見ると、どうやらもとに戻れたようでした。
ここは大家さんの家でしたので、目が覚めないうちに静かに外に出てシリコンマスクとウィッグを外して予志子さんの家に戻りました。
部屋に入るなり、鏡の世界の大家さんに頂いたおにぎりとお茶を用意して少し早い朝食をとりました。
「やっと元の世界に戻れたね。」
「やっとコスプレから解放が出来たよ。」
「うん。」
満足そうにお弁当を平らげたあと、私と麻衣子は家に帰ることにしました。
「2人とももう帰るの?」
「疲れたから・・・・。」
「だったら私の部屋でくつろいでよ。もう少しお話をしたいから。」
結局スマホをいじりながらダラダラと時間を過ごすだけで終わってしまいましたので、改めて私と麻衣子は荷物を持って家に帰りました。
鏡の世界から戻って3週間が経ったとき、私と麻衣子は毎日放課後に寄り道をしながらの帰宅で、予志子さんは、次の研究に専念することになりました。
学校ではさすがに鏡の世界の噂がなくなり、別の噂で盛り上がっていましたが、私の鏡いじりは相変わらずでした。
鏡を見るたび、鏡の世界で過ごしたことや警察官に追われたことを思い出して、今でも狙われているのではないかと感じたり、鏡から警察がやって来るのではないかという恐怖を感じるようになりましたので、鏡を持ち歩くのをやめてしまいました。
おわり
皆さん、毎度のことながら最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
毎日コロナの中、皆さんはどのように過ごされているのでしょうか。テレワーク、外出の自粛、職を失って毎日ハローワークへ通っているかと思われます。
さて、作品の話題に触れますが、この作品を書こうと思ったきっかけはいつも行っている理髪店に設置されている鏡を見て、鏡の世界はどうなっているのかなと考えていました。鏡の世界はすべてが正反対になっているので、考え方も正反対にして書いてみたらきっと面白いかなと思いながら書いてみました。
前回同じ作品を書いた時に「鏡の世界の主人公に遭遇していたら。」というコメントをちょうだいしてみたので、会わせてみようと思いましたが、結局会わせずじまいで終わってしまったので、次回書くときには会わせてみようかなと考えています。
それでは皆さん、次回の作品でまたお会いしましょう。