初めての戦い(3)【最終話】
この話で終了です。
剝いた身をタッパーに入れて冷蔵庫に入れる。
頭は食べるところがあるかもしれないので鍋に移す。
相変わらず布巾はかけたまま。なんとなく見たくなかった。
この過程で約1時間。
気を取り直して2匹目。
調理ばさみで継ぎ目を突き刺し2つに分ける。
尻尾の部分の殻を剝く。
むき身をタッパーに追加する。
頭を鍋に入れる。
二匹目は実に手早くできて10分少々で終わった。
一度やれば(殺れば)手馴れるものだし、先に捌いた伊勢海老より小さいので動きもそんなに激しくなかった。
今思えば小さい海老から手をつければよかったのかもしれない。
三匹目もスムーズに捌く。
鍋に頭を入れた時母親が帰ってきた。
「接骨院明日やったから買い物してきたわ」
そう言いながらお得シールが貼られた肉だの魚だのを冷蔵庫に入れていく。
早く帰れるならば帰ってきてくれたらよかったじゃないか。
細かい傷ができた手を洗いながら母に心の中で文句を言う。
「さおーちゃん、なかなか上手に捌けるやん」
タッパーを冷蔵庫から出して中身を確認する母が驚いた声を出す。
大変だったよ、と言うと
「そやろな。
電話切った後に、さおーちゃん今まで伊勢海老なんて捌いたことないのに頼んでよかったっけって思ったんよ」
思ったなら何故に買い物して帰ってきた?!
心の中の叫びに気付かず母はコンロの上の鍋の中を見る。
「おっきいなー!
いい出汁がでそう」
お味噌汁にするん?と聞くと、それ以外の食べ方って知らないからという母の返事。
そして鍋から伊勢海老の頭たちを出して脳みそが出ないように水洗いし、鍋に水を張りコンロに戻す。
カチっと火を点ける。
手伝うことある?と聞くとごゆっくと返事が来たので、お茶を入れて椅子に座る。
一口淹れたお茶を口に含むと暖かい。
飲み込むとじわじわと気づいていなかった身体のこわばりが緩くなっていく感じがした。
初めて生きているもの(食材だが)を手にかけた。
はさみ越しに肉の抵抗を感じたのがついさっきだったのに、あの時の感触はまだ残っている。
へたくそなやり(殺し)方で申し訳なかった。
そんなことを考えていると、背後から何やら視線を感じる。
振り返ると
鍋にいた初戦の相手の頭が浮かび、触覚を動かしていた。
その目は澄んでいたが何も映していない。
ただただ触覚を揺らしていた。
私はあの日の伊勢海老の味を思い出すことができない。
そしてその後伊勢海老を捌く機会もなかった。
ただ活け造りを食べるとき、魚の頭や身体が動いているのを見ると、そっと視線を外す癖ができた。
お読みいただき、ありがとうございました^^
ああ、伊勢海老食べたい(できれば捌いたものを)