魔物
しがない三流私立探偵の片倉は、ある日鄙びた田舎で起きた事件についての調査を依頼される。そして早速その仕事を受けた彼は現地へ赴き依頼主である旅館の若女将から事件のあらましを聞くのであった。ここで起きたとある事件と村の過去についてを……ミステリーっぽいホラー作品です。
※ pixivとノベルデイズ、ノベルアッププラス、カクヨムにも載せており
盛夏の朝一番にその地方で一番大きなステーションを出たというのにローカル線とバスを乗り継いで目的地である山奥にある辺鄙な村に着いたときにはもう日が暮れかかろうとしていた。
――やれやれ、全くとんだド田舎だな。できればもっと小洒落た都会での仕事が良かったんだが、しがない私立探偵はそんな贅沢は言っていられないんだよな――
最終バスを降りて辺りを見回しながらそんなことを考えていた「しがない私立探偵」の片倉はそれでも都会とは違う空気の清々しさと山奥の高原特有の涼しさに気を取り直し、取りあえず今回の仕事の依頼主の元へ向かうため受け取ったメールを読み返そうとスマホを取り出した。
「片倉先生ですね? お待ちしてました!」
辺鄙な田舎に一件だけある旅館「みよしや」に着くと奥から二十歳前後の若い女性がそう言って片倉を出迎えた。
「はじめまして。ええと、私のことを知っているというと、あなたが今回の依頼人のこの旅館の女将である三好 恵子さんでよろしいのかな?」
「はい! 私が先生に今回の調査を依頼した三好 恵子です」
いくら民宿に毛の生えたような旅館とは言え、女将がこのように若い女性とは思ってもいなかった片倉に恵子は笑いながら説明した。何でもこの宿は彼女の祖母が今まで一人で切り盛りしていたのだが半年ほど前にその祖母が病に倒れて以来、孫である彼女が都会から戻ってきてこの宿を守っているのだと。
「ほほう、若いのに感心だねぇ」
「いえいえ、それほどでもないですよ。こんな場所ですからお客様も殆どいなくて……今日も宿泊なさる方は先生だけなんですよ。あ、それじゃまずお部屋にいきましょうか」
片倉の荷物を持って途中で風呂場とか食堂の案内をしながら恵子は片倉を部屋に案内した。
「私は夕食の準備をしてきますので先生は先にお風呂をどうぞ。ここのお風呂は小さいながらも温泉ですのでごゆっくりつかって下さいね。今回の依頼については夕食の時にでも詳しくご説明しますね」
何せ今のところ従業員が私しかいないんで……と、申し訳なさそうにする恵子に片倉はお気遣いなくと一言言って風呂場へと向かった。
一風呂浴びてさっぱりした顔で食堂に向かうとそこにはこの山で取れたらしい山菜料理や川魚料理が所狭しと並んでいた。
「やあ、これは美味そうだ」
「そうですか? 地の物ばかりの田舎料理でお恥ずかしいのですが全部私の手作りですので沢山召し上がって下さいね!」
「では遠慮無く……うん、こりゃ美味い!」
山菜の天ぷらやおひたし、川魚の焼いた物や煮た物。どれも新鮮で野性味溢れる一品であった。しばらくはただ無言で食べていた片倉であったが、程なくして腹が大分くちくなってきたので目の前で彼の食べる様子をうかがっていた恵子にそれとなく聞いてみた。
「――で、今回の依頼の件なんですが」
「ああ、そうですね。ではお話しします。と言っても大まかにはメールに書いた通りなのですが……」
少し考え込みながら恵子は今回、片倉を呼ぶことになった「ある事件」について語り出した。
今から一月ほど前、この村に住む一人の男性が死んだ。山菜を採りに来て崖から足を滑らせて亡くなったと言うのだが、それにしては死体の様子がおかしかった。頭がまるで鈍器で殴られたかのように潰れていたというのだ。
どうもその男性はかねてから妻と不仲であり、妻と争っている現場も村人は度々見ていたので最初にその妻の犯行では? と疑われたのだが何故か村人が皆揃いも揃って「アレは事故だ」と言い張っているのだそうだ。
「その不仲だった奥さんにアリバイは?」
箸を休めずに質問する片倉に恵子は溜息交じりに答える。
「もちろんありましたよ。ただ、その証言をしたっていう人が……」
容疑者である被害者の妻のアリバイを証言したのは隣の家に住む男性であった。だがこの男性は以前から容疑者である女性と不倫関係であったのではないか?と噂される人物でもあったのだ。普通であるなら警察も捜査の段階でその辺りをもっと掘り下げて調べるはずなのだが、なぜだか今回は地元警察が早々に「これは事故死である」と決定してしまったのだという。
「ほほう、その容疑者になっている被害者の奥さんを捕まえることが出来ない裏の力でも働いていたとか?」
あらかた食事を終えた片倉の前にほうじ茶を入れた湯飲みを置きながら恵子は答える。
「いえいえ、そんなものよりもっと厄介な物があったんですよ。そう――『魔物』がね」
この村ではおよそ百年に一度、「……」という『魔物』が現れる。その魔物はここの住民に災いをもたらすとまた去って行くと言われている。現に今から百年前にもこの村では原因不明で何人もの人が命を落としたというのだ。
「へぇ、それで村の人は今回の事もその『魔物』の仕業だと思ってると、だから皆で事故死扱いしてる、という訳かい」
食後のほうじ茶を飲み干した片倉がのんびりと答えると恵子がむっとした表情で答える。
「全くおかしいでしょ!? いくら村内で揉め事は起こしたくないからってこのインターネットやスマホがあるご時世に魔物だなんて、村の人も地元警察もどうかしてますよ!それに、このままじゃ……」
「ん?」
「このままじゃこの宿に来るお客さんがますますいなくなってしまうじゃないですか!そんな変な言い伝えがある閉鎖的な土地になんて誰も遊びに来てくれなくなりますよ!」
……いやまぁそれ以前にこんななにもない辺鄙なところにわざわざ遊びに来る人がいるだろうか?などと苦笑いしながらも片倉は考えた。確かにおかしい点が多すぎる。
「なるほどね。つまり恵子さんの依頼はこういうことか。きちんと捜査をして犯人を逮捕して欲しい。そしてついでにこの村に魔物なんていないと知らしめて欲しい、と」
「ええ、そして出来たらこのお宿の宣伝もして欲しいかな? って。先生!依頼料は勿論払いますし、ここにいる間の宿泊代は頂きませんのでよろしくお願いします!」
深々と頭を下げる恵子に片倉は「任せたまえ!」と胸を一つ叩くとニッコリと笑いかけた。
翌日から地元民への聞き込みと調査が始まった。皆がアレは事故だ、魔物の仕業だ!と口を揃えて言うので片倉はその魔物について調べるためその地方の郷土資料館にも足を運んで色々調べ上げたりもした。そして、彼はやはりこれは人が起こした「殺人事件」だろうと考え、丹念に情報を集めて遂に被害者の妻とその不倫相手である隣人の男性が犯人である証拠を発見してそれらを警察に報告し、数日後には二人の逮捕までこぎ着けることができた。
「先生、この度は本当にありがとうございました」
片倉が街に戻る日、宿の玄関まで見送りに出た恵子が深々と頭を下げた。
「先生のおかげで今回の事件が無事解決できました。これは今回の謝礼です」
本来なら一件落着でもっと明るい顔をしていてもいいはずの片倉は、何故か暗い顔をして黙ったまま手渡された分厚い封筒を受け取った。
「――なぁ、恵子さん」
「はい? なんでしょうか」
片倉とは対照的に終始明るい声と顔である恵子に向かって彼は質問をした。
「あんた、本当は誰なんだ?」
「え? 私はここの孫娘の――」
「いや、もうその誤魔化しは良いよ。俺はね、この前ここの魔物について調べに行った郷土資料館で前の女将だった君のおばあさんを知ってる人に会ったんだよ。その人が言うにはこの旅館「みよしや」には確かに恵子という孫娘がいて、彼女は両親と一緒に都会に住んでいたが今から一年前に交通事故で親子三人とも亡くなっているらしいじゃないか。そしてここの女将はそれが元で体を壊して入院することになったと。なあ、それじゃあ今俺の目の前にいる恵子さん、あんたは一体何者なんだい?」
恵子は笑顔のまま片倉の話を聞いていた。だが、なんと言えば良いのだろうか? 笑顔でいるのは同じなのだが、その本質が変わったとでも言うような笑顔に片倉は思わず後ずさりをする。
「……へぇ。そんなところから情報が漏れるとはね。ねぇ先生、あなたには一体私は誰だと思います?」
「そうだな。ここの宿屋を乗っ取ろうとしている犯罪一味といったところかな? 辺鄙な宿屋を選んだのは悪くない着眼点だと思うよ? ここの村の人間はあんたのことを良く見知ってなかったからすっかりあんたを孫娘だと思っていたみたいだし、ここなら宿泊客と称して胡乱な人間が居着いてもばれにくいだろうからな」
してやったり! と言う顔をしている片倉の顔を見て恵子は逆に心底がっかりという顔をになり、まるで諭すように易しい口調で彼に語った。
「やれやれ……これだから三流探偵なんですよ、先生は。どうせ調べるならもう少しその郷土資料館の人にここに出る『魔物』について聞くなりすれば良かったのに。その人ならきっと答えられたでしょうから、ここに出る『魔物』が実は若い人間の女性の姿をしてると言うことを」
『魔物』――かつてこの村で非業の死を遂げた女性がいた。それが恨みを晴らすためこの村に災いをもたらそうと百年毎に蘇るようになった者。そして一度災いを起こせば再び災いを起こす力を蓄えるために向こう百年は現れることが出来ない者。
「……え? おい、ちょっとまてよ。それじゃまさかお前、が?」
盛夏だというのに片倉の背中に冷たい汗が流れた。
「そう。だからね? 実際私が起こした災いじゃなくともここの人間があれを私が起こしたものだと信じてしまえばそれ以上のことは私には出来なくなっていたの。全く、あんなチンケな人殺しを私のせいされて私の起こす災いを潰されちゃ我慢ならなかったのよ。今年は前回よりももっと大きな厄災を起こすつもりだったんだから」
「それで俺を雇って真犯人をあぶり出したって言うわけか」
「ご明察! って、流石にそれくらいはわかるか」
ケラケラと笑う恵子に負けじと片倉も言い返す。
「そうか……だがそれを俺に言ってしまって良かったのかな? 俺はこの後、街の警察にここのことを言いに行くことになってるんだぞ? そして俺が行かなければここに警察が来る手はずになってるんだ」
「あぁ、なーんだ、そんなこと。ねぇ先生、『魔物』の名前、私が先生にこの宿について最初に食事をお出ししたときに言いましたよね? その名前、言ってみてくれます?」
「ああ、覚えてるさ! 『魔物』の名前は――な、まえ、は……」
これは一体どうしたことだ? 片倉は暑さのせいではない目眩を起こしながらあの時聞いた『魔物』の名前を思い出そうとした。だが思い出せるのはあの日食べた夕食の美味さだけで『魔物』名前がどうしても思い出すことが出来なかった。ああ、頭がクラクラする……名前……一体何の名前だ? 俺は何を思い出そうとしている? ああ、そうだ。あの山菜料理美味かったなぁ……川魚も美味かったなぁ……
「あのね? 先生。この村で生まれ育った者には効かないんだけれど、私の作った料理を食べたら私の名前はわからなくなっちゃうの。それはね、私に逆らうことが出来なくなるのと同じなの」
ぼうっと突っ立っている片倉の頬を優しく撫でながら語りかける。
「さぁ、これから街に行って警察にはなにも無かったと言ってきなさい。そしてこれからここの宿の宣伝をしてくるのよ。美味しい食事があなたを待っています、ってね」
――ああ、楽しみだ、楽しみだ。今回はここの村民だけではなく街から来る人間も巻き込んでどんな災いを引き起こしてやろうか?
恵子だった者は夢から覚めたように張り切って街へと帰って行く片倉の背中を見ながら一人ほくそ笑むのだった。
<了>
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