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シャンプー

 シャワー。

 男の身体に付着している汚れを、現在進行形で落としている。

 しかし、シャワーというものはただの水であり、綺麗さっぱりとはならないのだ。どちらかと言えば綺麗好きな方である男は、もちろん、このシャワーだけでは済まさない。

 シャンプーである。

 ボディーソープ。アロマな香りのする少し高めのそれを、男は手のひらに向けて放出した。

 泡状のボディーソープは男の手のひらに落ちたのだが、どうにも勢いがない。押したときにも、かすんだ音がボディーソープの中から聞こえたのだ。

 どうやら、残りの残量が少ないのだと、男は察した。


「…………」


 とりあえず、手のひらに落とした二回分のボディーソープを、男は身体に塗りたくった。特に汚れが付着している部分を重点的に、確実に落としていく。

 しかし、たかが二回分である。大きな身体を持つ男には、かなり物足りない。


「……困ったな…………」


 男は考えた。一度風呂から上がり、ボディーソープを買いに戻ろうかと。

 しかし、それでは今風呂に入っていることに対する意味が消えてしまうのだ。汚れを落とすために風呂に入っているのが男であり、汚れを落とすためのものを買いにわざわざ汚れに行くなど、男にとっては考えられない行動だ。

 しかし、ならばどうするのか。とりあえず男は、今付着している泡を汚れと共にシャワーで流した。

 正面の壁に貼り付けられている鏡に映る自分の姿を、男は見た。

 やはり、身体にはまだ汚れがついている。看過できない程に汚れは着いており、ならば、今のこの状況の中でこの汚れをどうにかしようと、男は考えた。

 と、その時。

 バタン、と、何かが落ちた。

 その鈍い音は浴室の中で良く響いた。自分が今現在存在している部屋の中で起きた出来事の一つとして、自分の背後で何かが落ちたのだと、男は推測し、それが何なのかを確認してみた。


「これは……」


 そこにあったのは、シャンプーである。

 ボディーソープ。男が今使ったものと同じような容器が、そこには転がっていた。

 男が今求めていたものだったのだが、どうにも喜んではいないようだ。男の中には、一体このボディーソープはどこから?という感情の方が強いのだ。

 この浴室に入ったとき、男は確認したのである。どこに何が置いてあるのかを。それは数分前の出来事であり、流石に記憶には残っている。その記憶の中の浴室の映像には、今男の背後で落ちたであろうそのボディーソープなど、存在していないのである。


「一体……」


 男は不思議に思い、そのボディーソープを手に取ろうとした。

 が、それは不可能に終わった。


「……!」


 バタン、と、今度もまた男の背後から聞こえた。今、男は鏡に背を向けている状態であり、背後から聞こえたという事は、さっきまで男が向いていた方向に見える景色の中で、何かのアクションがあったという事なのである。

 さすがの男も、少し恐怖した。

 バタン、という音。これは、何かが何かに貼りついた時に出る音である。表現的には「ベタン」という方が正しいのだろうが、それにしても勢いがあったのだ。

 男の背中には、シャワーの水ではない、別の液体が浮かび上がってきた。冷や汗だ。

 男は恐怖している。多くの人間にとって、浴室とは恐怖の部屋なのである。年齢を重ねて行けば、勿論その恐怖も薄れてくるが、いざ本当に何かが起きたとすれば、誰だって、幼少期に感じたような恐怖の感覚を思い出すのである。


「…………」


 しかし、男はここで振り返らないわけにはいかないのだ。

 幼少期とは違い、成長した大人である男には、意地があるのだ。正体不明に対する恐怖心は、その正体不明を解き明かすしかないのだ。

 男は、振り返った。


「うわぁ!」


 そして、声を上げた。

 軽くしりもちをつき、目はそれを凝視している。


「なんだこれは……」


 男が見たもの。

 それは、大量の血である。

 人間の血液が、浴室の鏡にへばりついていたのだ。しかも、ただそれだけではない。

 その血液が、六つの手の形を構成しているのだ。


「まずいな」


 その手を見たときは男もまともな思考を保てなかったが、数秒経てば元通りである。

 元通りになったからこそ、まともではない今の状況を、上手く呑み込めていないのだ。しかし、これが霊的なものの仕業なのだろうと、なんとなくは察しがついている。幽霊だなんて信じてこなかった男だが、ここまでの不可思議な恐怖を体験したとなると、嫌でも霊という存在を信じてしまうのだ。


「……出るとしよう」


 浴室に存在している正体不明の幽霊に、男は恐怖した。

 身体の汚れを落とすという作業より、浴室からの脱出を選んだのだ。

 濡れている身体を男は急いで拭き、洗面所の棚に置いてある服に着替えた。早くこの家から出てやろうという気が満々なのである。


「……ふぅ」


 一応、浴室から男は出た。服を着ているという事により、浴室で体験した恐怖をさらに小さいものにしてくれている。


「しかし、一体何だったんだろうか?」


 そうなると、男は疑問を頭に浮かべた。まさか、この家にはもともと霊が住み着いていたのか。

 それとも。


「……やりすぎてしまったか?」


 洗面所を出てすぐの廊下に放られている、三つの死体に目をやった。

 頭と身体がバラバラの死体、身体と手足がバラバラの死体。手足の指がバラバラの死体。

 何か所にも空いてある包丁の刺し傷に、男が放った虫類が這っている。


「気持ち悪いな……オェ……」


 嫌なものを見てしまった、と、男は嘔吐いた。

 この家には嫌な事ばかりだ、などと考えながら、男は家の玄関にへと向かった。


「……化けて出てくるものなのか」

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