パーティーリーダーと実験
僕たちパーティーは草原を歩いていた。
目的地はギルドから3時間ほど歩いた森だ。
ギルドからの道中で僕たちは冒険の前の作戦会議をしていた。
「最初にパーティーの頭を決めておこう。戦闘で咄嗟の事態に混乱しないようにな」
カデットがそんなことを言い出した。リーダーを決めるのは賛成だけど問題がある。
僕の秘密の職業:指揮官だ。
指揮を執るならリーダーになるほうが都合が良い。しかし『僕がリーダーをやります』なんて立候補する勇気はない。
学級委員もやったことないし、責任ある立場にいたこともない。
でも能力を活かすにはリーダーになる必要がある。
頼む!ジャンケンとかで決めよう!
「俺としてはリーダーはシリウスに頼みたい。神官だから一番後ろだろう。戦闘で全体が見渡せるだろうし」
「アタシもいいよー」
「セオリー通りですわね」
「あの……お任せしたい…です」
おっと。これは予想外。急にみんなからのご指名が入った。
他人の推薦でリーダーなんてそれこそ初体験だ。
でもこれはラッキーなんじゃないか?
指揮官も実験したかったし、後方で指揮を取れるなら都合が良い。
「分かりました。でば僭越ながらリーダーとして指揮を取らせていただきます」
僕はみんなに頭を下げる。
ちょうど良かった。
誰かが立候補していたら終わっていた。
そうだ!早速リーダーっぽいことしないと!
まず決めるべきは陣形だな。
「では陣形の確認からしましょう。まずは前衛から。前衛は戦士のミトとカデットにお願いします」
「りょうかーい!ちなみにアタシの獲物は片手剣の二刀流で盾はないから壁役はできないよーん」
アマゾネスのミトは出会った時から変わらずお気楽そうだ。
ミトの腰には左右それぞれにやや短い片手剣が吊るしてあった。
「俺も盾は持っているが小型の片手盾だ。タンクとしてはあまり期待するなよ」
カデットは左手に盾をくくりつけている。
半径30cm程の盾だから防御できる範囲は広くないだろう。
武器はやや長めの片手剣を装備していた。
「では次に後衛は神官の僕と、魔法使いのシルビアに。僕は治癒と指揮役に専念します。シルビアは魔法で後方からの援護をお願いします。ちなみに魔法の系統はなんですか?」
「私は火魔法と風魔法が使えるわ。細かい制御も得意だから援護は任せて」
魔法は使い手によって系統が違う。
火魔法、風魔法、地魔法など様々あるが、低レベルでは一つかせいぜい二つの系統の魔法しか使えない。
新米で二つの系統が使えるシルビアは優秀なのだろう。
戦士2人が前衛、魔法使いと神官が後衛。
ここまでは定石通りだろう。
あと考えるべきは……
「最後にエリーゼですが、最も難しい中衛をお任せしたいです。剣と魔法の両方を操れる魔法剣士として、前衛の援護と後衛の護衛をそれぞれの場面で使い分けてください」
「わ…分かりました」
まだ人見知りしているエリーゼは顔を真っ赤にして頭を縦にふった。
中衛は前衛と後衛のバランスをとる難しい役だ。
魔法と剣を使いこなし、中近距離のどちらも対応できる魔法剣士のエリーゼには最適だろう。
「しかしすごいわね。新米冒険者で魔法剣士がいるなんて」
魔法使いのシルビアは感心したようにエリーゼを見る。
「そうなの?たしかに魔法剣士って会ったことないかも」
「魔法剣士ってのは上級職だからな。普通は高レベルの戦士がその途中で魔法を覚えるか、高レベル魔法使いが武器を使うようになって得られる職業だ」
カデットも尊敬の眼差しを向ける。
注目されて恥ずかしいのか、照れているのか、エリーゼは更に小さくなったように見えた。
「ちなみに魔法は何の系統が使えるんだ?」
カデットの質問にエリーゼの肩がびくんと跳ね上がった。
なんだか慌てているように見える。
「…か……雷魔法……です」
そう言うとまた恥ずかしそうに俯いてしまった。
「雷魔法?それも聞いたことなーい!なんかすごそうじゃない?」
ミトは楽しそうにこちらを振り返った。
カデットを見ると苦笑い、シルビアはすこし気まずそうに目を逸らしていた。
「雷魔法か…じゃあ前衛との連携は難しいな」
「えーなんでなんでー?前衛で戦ってる時に後ろから援護あれば楽じゃない?」
ミトはみんなの反応の理由が分からず首を傾げている。
魔法使いのシルビアがミトに説明する。
「雷魔法は非常に高威力な魔法なの。ただ狙いをつけることが難しい、有効範囲が狭くて敵に当てにくいという致命的な欠点があるのよ」
つまりどこ飛ぶか分からない爆弾みたいなものだ。
「大雑把にしか狙いをつけれないから敵に当たらなかったり、逆に味方に当ててしまうことがとても多いのよ。しかも威力は高い。同士討ちの代名詞って言われてたりするわね」
「えー?ほんとに?エリーゼ!ちょっと見せてみてくれない?」
ミトがエリーゼに頼み込んだ。
悪意なくグイグイ来るなぁ。
「…はい。大丈夫…です」
エリーゼは剣を抜くと、近くにあった大岩に向けた。
「あの大岩を…狙います」
岩との距離は5m程だ。これは流石に当たるんじゃないのか?
『万物を巡る力の片割れ。紫電の精よ。理に従いて我が手に宿れ。
雷の矢』
剣先から直視出来ないほどの光とバチバチという大きな音が溢れて思わず耳を塞いだ。
すぐに剣先から放たれ、轟音と共に雷速の矢が飛んだ。
ただし狙った大岩から2m程外れていた。
着弾したのは大きな木。
両手で抱えることのできないほど太い幹が焼け焦げて音を立てて崩れ落ちた。
たしかに威力は抜群だ。
でもこの距離で外すとか流石に予想外だわ。
こんなん実戦で絶対に使えねー。
「本来は狙う必要のないくらいデカイ相手を相手にするときに大砲役として使われる魔法だ。ドラゴンとか巨人とか。レベルが上がるとある程度は命中精度も上がるみたいだが、乱戦で前衛と連携しながら使うことは難しいな」
カデットはエリーゼを慰めるように言う。
シルビアも同意見のようだ。
二人はエリーゼをどう活かすか悩んでいるようだったがエリーゼは縮こまってしまっていた。
どんなに高威力でも当たらなければ意味がない。しかも駆け出しが相手にする魔物は小型が多くて当てるのが難しい。
たしかに外れスキル。
だが新米冒険者のパーティでも高火力の魔法は惜しい。
しかも魔法は使わないとスキルレベルが上がらないから、使わなければ一生このままだ。
せっかくなので俺は提案してみることにした。
「では乱戦となる前。敵が複数の場合は前衛が接敵する前にエリーゼさんが前に出て雷魔法を使うのはどうでしょう。
敵に当たって数を減らせればラッキー。外しても雷の大きな音と光で相手の注意を削げるのでは?」
「いいんじゃーん。アタシは賛成ー」
「それでいこう。流石に後ろに飛んだりはしないだろうしな」
「私もそれでいいわ」
みんなも大丈夫そうだ。
エリーゼも嬉しそうに何度も頷いている。
顔はあまり見えないのになんか可愛い。
「では早速パーティー結成しましょう。僕が申請出すから皆さん受けてください」
僕はパーティー結成の申請を操作して、全員に送った。
すると皆は目の前の何もない場所を指で触っている。
恐らくステータス画面を操作しているのだろう。
本人以外にはステータス画面って見えないんだな。
すぐに全員がパーティーに参加した。
左上を見ると他のメンバーの名前とHP、MPバーが表示されている。
みんな長さが一緒なのは新米だからか、パーセンテージでしか見えないからなのか。
すると僕の視界に更に新しくポップアップしたメッセージがあった。
<<職業:指揮官によりパーティーメンバーのステータスを向上できます。指揮官を有効にしますか? YES or NO>>
少し驚いてもう一度画面を見た。
なるほど。指揮官の効果はこうやって適用するのか。
メンバーのステータスが向上するのは嬉しいが、それでメンバーに指揮官の能力を気づかれると厄介かもしれない。
ステータス向上に気づかなくても『シリウスの指揮下に入りました』とかメッセージが表示されれば、僕が指揮官の職業を持っていることがバレる。
指揮官は恐らくレアクラスだろうしまだあまり人にバレたくない。
『他人への指揮権』がどれほど強力かは分からないが絶対服従のような能力であれば、僕はメンバーから外される。
どんなパーティーでも初対面の奴に服従したくないだろう。
でもこれを使わないとせっかくのレアクラスを活用できず、指揮官のレベルも上がらない。
少し躊躇ったがYESを押して指揮官を有効にした。
やっぱり試してみないとはじまらない。
これでメンバーは僕の指揮下に入ったことになる。
他のメンバーを見ても特に変わった様子はないので、メッセージなどは出ていないようだ。
とりあえずは一安心。
あとは指揮官の「メンバーへの指揮権」がどれほど強力か調べないとな。
なんでも言うことを聞いてくれるのか、ちょっと言うこと聞いてやるか、くらいの強制力しかないのかで変わってくる。
ちょっと実験してみようか。
「カデット。ちょっとジャンプしてみてくれませんか」
「うん?こうか?」
カデットは特に膝も曲げず、本人は軽くジャンプしたつもりのようだが爪先から地面まで軽く1m程飛び上がった。
「どわぁぁぁぁ!なんだこりゃ!」
周りも驚いているが本人が一番驚いているようだ。体勢が崩れたがなんとか着地する。
「すごいすごーい!カデットすっごい身軽なんだね」
「いや、俺は別にこんなんじゃ……」
カデットはかなり混乱しているようだ。
「昨日、初めて戦士になってステータスがついたのでしょう?その効果では?」
「そ…そうなのか?こんなに急に能力が上がるものなのか?」
でまかせだ。
指揮官の効果でステータスに補正がかかっているのは事実のようだ。
それも本人が想像している以上のステータスなのだろう。
次の実験はミトだ。人の胴体ほどの太さがある大木を指差す。
「ミト。あの木を切ってみてくれませんか?」
「ええ?あの木?あんなぶっといの切れないよぉ」
そういいつつも剣を抜き、片手で大木に斬りつける。するとなんの抵抗もなく、幹を両断して見せた。
「え?うそっ?真っ二つだよ?なんで?」
皆も開いた口が塞がらなかった。どうみても細腕の女の子の芸当ではない。
「す……凄いですわねミト。貴方はどこか有名な武家の出なの?」
「レベル1とは思えねぇな」
「絶対斬れないと思ったのに!アタシこんなことできたの?自分でもびっくりだよー」
ミトは両手を挙げて喜んでいたが、首を傾げる。
「あれ?そもそもアタシなんで絶対無理だと思ったのに木に斬りかかったんだろ。ていうかなんで斬れたんだろ?なんかパーティー組んだ直後くらいから急に体軽くなった気が……」
「ほ、ほら!森が見えてきましたよ」
ミトが余計なことに気がつきそうだったので誤魔化してみる。
ミトの発言から察するにどうやらステータスの補正は効いているようだ。
しかも、本人にとってある程度疑問に思う指揮でもその通りに行動してくれる可能性が高い。
これは有益な情報だ。
本当はもっと実験したかったが、あとは実戦で試すとしよう。
目的地の森はもう目の前。
いよいよ冒険の始まりだ。
なんと戦闘まで辿りつけず………
すみません。
次回、ようやく戦闘です。