プロローグ
アポロニア王国、辺境の街バース。
満月の夜であった。
街の中で一際目立つ建物がこの世界で最も広く信仰されている女神信仰の教会だ。
普段は多くの信徒や冒険者でごった返す教会内聖堂も、すでに深夜となった今はとても静かであった。
そんな中で女神の像の前で祈りを捧げている少年がいた。まだ14、5歳であろうが神官服に身を包み、精悍な顔立ちをゆがめ、悲壮な表情で救いを求めるように祈っている。
そして絞り出すように呟いた
「ああ、女神よ。私は明日、冒険者として旅立ちます。この世界の苦しむ人々を救うために」
少年は涙を流しながら続ける
「ですが!ああ女神よ!なぜ私なのですか?このような大役は私にはきっと務まりません。なぜ、なぜ私なのでしょうか」
女神は答えない。
暗い聖堂に少年の悲痛な祈りだけが響く。
日本、都内某所。
「明日は新しいバイトの面接かぁ。ああ嫌だなあ」
俺は安い賃貸アパートのベッドに倒れこんだ。
俺、水瀬達也はフリーターだった。
今年で25歳になるが、アルバイトをしてなんとか生活している。
特に大きな挫折も人生が変わるような大事件もなかった。ただ事あるごとに楽な方、楽しい方に進んでいて気がついたら今の生活になっていた。
楽ってことはつまり楽しいってことだ。
死んだじいちゃんがよく言っていた。
だが俺の今の現状は楽しさからはかけはなれていた。
都内のボロアパートに一人暮らし。もうしばらく親とも連絡をとっていない。
特にやりたい仕事もなし、かといって正社員になれるようなスキルも経験もなし。
とりあえずはアルバイトの収入で生活ができていたので毎日をだらだらと過ごしていた。
しかし先月、コンビニでのバイトを客との些細なトラブルがきっかけでクビになり、新しいバイトを探していた。
「バイトしたからって、またクビになったら生活出来ないんだよなぁ。老後までフリーターを続けれる気はしないし。かといって正社員の求人はブラックだらけだし」
最近は漠然とした将来への不安を急に身近に感じるようになってしまった。
いつも楽そうな方に人生を進めていたつもりだったが、急に先行きが暗くなった気がした。
このままの生活を続けて本当に幸せなのだろうか。
それならいっそのこと
「「明日なんて来なければ良いのに」」
あれ、何だろう。
声が二重に聞こえる。誰かが同じセリフを近くで言っているみたいだ。
この部屋には俺しか居ないのに。少し違和感はあったがそのまま続ける。
「「こんな人生、もう嫌だ!!」」
今度ははっきりと聞こえた。誰かが自分と同じセリフを叫んでいる。
そう感じた時、急に視界が暗くなり無重力のように体が浮いた気がした。