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幕間 みゆきと大接近

 汗ばんだ女性の匂い。

 白磁のように滑らかで白い肌。

 

 その肌に触れるたびに、甘い吐息が僕の耳をくすぐっている。


 ふと、温かい感触を感じたと思ったら、女性の指が絡んできた。


「……ん。夢か……」


 カーテンのすき間から、わずかに日の光が差し込んでくるなか、妙な心地よさを感じて目が覚めた。

 

 え……? 僕は自分の目を疑った。自分の両手はしっかりみゆきの双胸に置かれ、下半身がみゆきの手に……。

 肝心のみゆきはというと、頬を紅潮させて口を半開きにしている。


 えっと…………。しばし思考停止。やっちゃったの? もしかして? 

 昨日の帰り際、B子さんに『溜まってるんじゃない』って、からかわれたからだろうか。

 

 とりあえずこの状況はまずい。みゆきを起こそう。


「……おい。みゆきっ! 起きろ!」

「……ん……。夢見てた……浩とえっちする夢……」


 にへらぁとしたかと思ったら、またコテンとベットに横たえた。

 ダメだ、こりゃ。

 しかし、しっかり僕にしっかり絡まっていては、どうしようもないわけで。

 それにもう起きる時間だ。


「あのさ……。みゆき。その手に握ってるのは、僕のなんだけど」

「…………」


 半眼で目をこすりながら、もにゅもにゅと手指を動かすみゆきさん。


「……やっとその気になったんだ……浩」


 濡れた瞳をそっと閉じ、艶やかな唇を突き出してくるみゆき。

 

 ごくりっ……。


 ずっとお互いに補う存在でありたいと思っていた。けれど、彼女の気持ちも気づいていた。ただ一線を越えると、その関係が崩れてしまいそうに感じていた。


 自分の気持ちはどうなんだろう……。嫌いなんかじゃないし、むしろ……。


 目の前にあるその唇に自分の唇を重ね……


 ————ピンポ〜ン! ピンポ〜ン!


「「わあっ!」」


 二人同時にベットから撥ねるように飛び起きて、顔を見合わせた。

 みゆきの顔は真っ赤になっている。


「起きてる〜? 浩君とみゆき。ちょっとおかずをいっぱい作り過ぎちゃってさあ。ねえったら」


 荒井さよこだ。

 朝っぱらから騒がしく、人のアパートのチャイムを鳴らしてるのはっ!


 シャツを一枚羽織ると、みゆきはめちゃくちゃ低い声で玄関のドアを開いた。


「何よ……。さよっち」

「……あ。ご、ごめん。ほら、お煮しめ……」


 みゆきの顔をこちらから伺うことはできないが、ものすごい不機嫌なオーラが全身からあふれてきている。


 僕とみゆきを交互に見ながら、はりついた笑顔で鍋を持っているさよこ。


「ご、ごめんなさい……。二人でお楽しみ中だったのね……じゃ、後で!」


 真っ赤な顔をして、そそくさと鍋を置いていってしまった。


「……ったく。朝っぱらから気分が悪い」


 ブツブツ文句を言いながら鍋を持ってきたみゆき。

 彼女の前は完全にはだけていたが、指摘すると何を言われるかわからないので黙っていた。


 だって、僕もほとんど全裸だったし、みゆきに触られていた下半身は思いっきりまずいことになっていた。


 みゆきのことを言ってる場合じゃなかった。


***


 雲一つない青空で、車窓を流れる街並みも少しきらめいて見える。いつものみゆきなら、ラジオに負けないくらい、おしゃべりしているはずだ。

 今朝のこともあってか、お互いに気まずい。同居してから四年になるけど、これまでこんなことはなかった。


 何となく二人の間で、暗黙の了解があったのだ。友人以上、恋人未満のような。パートナーでありながら、夫婦でないような不思議な関係……。それが心地よく

 ふと、みゆきの横顔を覗くと、微笑が口角に浮かんでいるようにもみえる。


「あのさ……」

「……な、何よぅ」


 一瞬、彼女がポンと真っ赤になった気がした。


「……いや、何でもない」

「…………け、今朝のことだけど、あ、あたい、ひ、浩のこと…………だから……気にしないで」


 普段の勝ち気の彼女からは想像できない、消え入るような声でささやいた。


 その答えの代わりに、黙って柔らかな手を優しく撫でて、握りしめた。その手をおずおずとみゆきも握り返してきた。


***


 いつもとは少し違った心持ちで、みゆきと職員室に入ると空気がいつもと違っていた。


「おめでとう! お二人さんっ!」

「や、式はいつ?」


 なぜか職員たちに次々とお祝いの言葉をかけられる。みゆきの側には女子たちが寄ってきて、ねえねえどう、とか言いながら彼女を囲みはじめた。


 コーヒーをいれていた事務の渡辺さんに声をかけながら、僕はそっと尋ねた。


「どうしたの? みんな」

「あ。これはこれは……。ようやくお二人が深い仲になったと荒井先生が言っておりまして」


 渡辺さんはそう言いながら、さよこの方へ視線を向ける。ちょうど、さよこはみゆきを囲む輪のなかで話をしていた。さよこが話すたびに、みゆきはムッとしたり、真っ赤になったりと忙しく表情を変えている。


 ああ。そういうことか。

 今朝、さよこに僕らの見られちゃったからな。

 

 それにしてもさよこの奴、みんなに言いふらさなくてもいいじゃないか。


「で、どうなんです? 本間先生」


 コーヒーを勧めつつも、渡辺さんが聞いてきた。


「ど、どうって言われても……」

「みんな、本間先生と遠野先生が結ばれることを楽しみにしてるんですよ」

「……い、いや」


 僕は続けたいと思った言葉をのみこんだ。

 

 正直、みゆきはいい女だし、肉欲に負けそうになったこともある。仕事上のパートナーとしても、彼女以上の人間はいないだろう。


 公私共に本当の意味でのパートナーに。


 そう思ったことも何度もある。


 それを抑えているのは、みゆきではなく僕自身であることは自覚している。僕は付き合っていたさよこを傷つけた。そんな僕にみゆきを愛することなんてできっこないんだ。


 一旦、このことは保留しよう。

 みゆきの気持ちもさよこの気持ちも聞いていないから。


 それより今は目の前の患者さんだ。


「ところで渡辺さん。コンピュータにお詳しいと聞きましたけど、画面の一部が見えない人に対して上手い方法はありせんか?」

「もしかして患者さんに対応するためですか」

「はい。支援機器や支援ソフトウェアは積極的に使いたいと思うので」

「う〜ん。詳しいことを聞かせていただけませんか?」


 僕はB子さんのことを渡辺さんに伝えると、二つ返事で専用のソフトウェアを書きましょう、と言ってくれた。


「ねえ、浩君。男同士で何を話してるの? 今朝のことを皆さんに教えてほしいんだけどな」

「仕事の話をしてたんだよ、さよこ」

「……ふうん。で、今朝のことを詳しくわたくしにも説明してね。みゆきさんには聞いたから」


 そこには腰に手を当てて、目だけ笑っていない荒井さよこが立っていた。


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