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記憶のない少女

街の灯りが見えた。


灯りといってもそんな大層なものでは無く、小さな灯りがポツリポツリとあって全体的には暗く、心許ないものではあるが、それでも人がいる場所に戻ってきたと少し安心感は湧いてくる。


道中、少女の呼び方に迷って名前をつけた。


命名、アリス。


この名前は『疾風の勇者物語』に出てくるヒロインの名前だ。そのせいか、割と有り触れた普通の名前だ。


アリスもそれで納得してくれたそうなので、それから普通にアリスと呼ぶようにしている。


「アリス、すぐ戻るから待ってて」


「……早くしてよ」


整った金銀色の眉を不安そうに歪めて言ってきた。

頷いてから、出来る限り早めに戻ろうと早足で草むらから出て行く。


今、俺とアリスがいた場所は街の前にある草むらの中だった。いくら夜だと言っても流石に上半身裸の男と下半身裸の女が街に入って行くのは怪しいし、アリスも検問の人に変に思われる、と嫌がった。


そこで、俺が検問の人と事情を話して服を買ってきてもらうことにした。


上半身が裸の男はギルド内では今の時期ならそれなりにいる。まあ、大抵は俺よりガタイがいい奴ばかりだが。

そこまで不自然でもない筈だ……多分。


検問の人のところへ近づいて行くとこちらに気付いたようで、夜番で疲れていたであろう体をキュッと引き締めた。


「こんな時間になんの用……ってテイル殿?」


近付いていくとそいつの顔には見覚えがあった。


この街で何度かクエストを受けるたびに出たり入ったりすることはあって、その時に何度か見た顔だった。確か話しをしたこともあったはずだ。


(これなら話しやすいな)


安堵して目の前まで歩いて行き、事情を説明する。


「実はクエストで夜に街から出払ってたんですけど道中盗賊に襲われている女の子がいて。その娘を助けるために盗賊を追い払ったまではいいんですが、服を破かれた状態でして」


嘘を交えて報告する。聖剣関連の話なので、一番最初にギルド長に報告しなければならないからだ。


「成る程。それは大変でしたなぁ。盗賊が街の方に逃げたなどの情報などはありますか?」


眉を潜め、鎮痛そうな面持ちをした後、ちゃんと街の心配までする辺りいい兵士だ。


「いえ、街とは正反対の方に逃げてきましたよ。女の子に上着を貸してる状態なんですけどとても街に入るような格好では無くて。

これ以上一人でほっとくのもあれなので街の中に服を買いに行きにくいんですよ」


「成る程。そういうことでしたら私が買ってきましょう」


話が思ったよりスムーズに進み、ポケットからちょっと多めにお金を出そうとすると、


「あぁ、お金はいいですよ。犯罪に巻きこまれたと言うことでしたら、お金は上から出ますから」


と、兵士が言った。

これは多分嘘だろう。勇者のパーティーにいたが故に、似たような事は前に何度かあったがそんな事言われたことがない。

自腹で払うつもりだろう。


「そうですか。わかりました」


こういう好意を無下にするべきではないだろう。


「歳はいくつくらいですか?」

「大体15、6くらいですかね。身長は歳並みです」

「わかりました。……この時間だと普通の店はやっていないかもしれません。もし買えなかった場合、娼館などから譲ってもらったものでも宜しいですか?」

「構いませんよ」

「わかりました、出来る限り早く戻ってきましょう!」


そう言って街中へ消えて行った。

俺はアリスのいる草むらまで戻る。


「ひぃっ!」

「大丈夫、俺だよ。テイル」

「脅かさないでよ」


暗い草むらの中では小さな体躯をビクビクさせてアリスが待っていた。

まあ、こんな暗い中一人にされたら当然こうなるか。

俺も力が無く、同じ状況に置かれればこうなるだろうし。

暫く草むらから検問の方を見ていると、街の中から女性用衣服を持ったさっきの兵士が走ってきた。


「テイル殿!持ってきましたぞ!」


声に応えて草むらから出ていき兵士から服を受け取る。


「あ、テイル殿! ここにいましたか。やっぱりどこも店は閉まっており、娼館の人から買ったのですがこれで大丈夫でしょうか?」


手渡されたのは真紅の色をしたネグリジェのようなパジャマみたいな感じのものだった。

ネグリジェよりも、辛うじて生地が厚そうなものでそのまま身につけたら大事なところが浮き出てしまいそうなものだ。


それを考慮したのか、ちゃんと下着も派手なものを上下で渡された。


「ありがとうございます。これで大丈夫だと思います。彼女に渡してみます」

「わかりました。では、私は警備に戻ります。また何かあったら気軽にに声をかけてください」


にこやかにそういうと元いた場所まで戻ってこっちに視線を向けないようにしてくれた。


「アリス、服持ってきたから着てみて」


そう言ってアリスに服を渡すとアリスはそれを広げてみせ、少し微妙そうな顔をした。


「これ着るの?」

「こんな時間だし、店が開いてなかったんだよ」

「……これは何?」


ネグリジェのような服を左手に抱え、開いた方の手で広げたのは下着だった。


「だから、そういうのしか無かっただって」

「そうじゃなくて、これ服なの?」


あっそっからか。

あれ? でも俺が服を渡した時は普通に着ていた気が……いや、あれは俺の真似をして着たのか。


確かに、俺はブラもしてないし、パンツも見せてないしな。


「それはブラジャーといっても女性が胸に付けるものだ。そのまま服を着ると……擦れたりして痛くなったりすると聞いたことがある」


そもそも、15、6の女の子にブラジャーの説明をするのが恥ずかしくないわけがない。俺は目を去らせながらなんとか辛うじて平静を装って説明した。


「……こっちのやつは?」

「それはパンツだ。今はズボンで見えないけど、俺も履いている」


「…ふーん、わかった。ちょっとあっち向いてて」


その言葉に従い、俺は後ろを向く。

カサコソ、カサコソ、と服を着るには些か長い時間を要し、音が止んでそろそろ着替え終わったか、と思ったら控えめに背中をツンツンと突かれた。


「……ブラジャーってどうやってつけるの?」


赤みを帯び、目を潤ませて聞いてくる姿から聞こうかどうかの葛藤があったのだろう。

街からの薄暗い街灯がその色白の整った顔を照らしていて妙に色っぽかった。


「俺に聞くのか……」


ブラジャーか。一度だけ外す機会はあったがつける機会は無かったんだが。


まあ、それでも外した時と逆にやれば多分できるだろう。

だけど、女で自分の身の回りのことが出来ないとなると、いろいろ大変そうだな。


そんなことを思いながら、俺はアリスと一緒に四苦八苦しながらも、なんとかブラジャーの装着に成功した。

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