困惑の少女
どくん、どくんと白色光を脈打つようにその存在を誇示しながら魔法陣が少女の下腹部に浮かび上がった。
「ちょっと!何かしたの!?」
服を掴んでから少女は勢いよく俺から距離を取るようにして離れると、先ほどよりも一層警戒するように俺を睨みつけてきた。
「落ち着いてくれ。俺は何もしてない」
自分の無実を証明するように両手を上げて弁明すると少女は俺の表情をじっと確認した。
暫くして、俺に敵意はないと感じ取ったようで警戒心を解いたのか少女の表情はまた別のものへと変わる。
「じゃあ、何よこれ…」
大事なところだけを手で隠したまま、自分の身体を見下ろすようにその異変を見ている。困惑しているようだ。
「……よければ見せてくれないか?何かわかるかもしれない」
魔法陣の場所が場所なだけに少し言いにくかったが、別に俺は童貞ってわけじゃないし。……まあ、セルバに連れてかれて一回娼館に行っただけだが。
少女は一瞬頰を染めてから少し迷うそぶりをしていたが、考えがまとまったのか俺を見つめながら
「変なとこ見ないでよ」
と言いながら恥ずかしそうに手を移動させてギリギリで見えないところで隠すようにする。
恥ずかしがる女の子の顔フェチの俺はその顔をもう少し見ていたかったが、この状況で変態だと思われるのは不味いので自重した。
「じゃあ、ちょっと失礼」
俺が魔法陣を見るためにしゃがみ込むとキュッと内股が締められて、寧ろエロい。
……いかんいかん、そうじゃないな。
俺は邪心を振り払って魔法陣を調べる。
魔法陣がある場所は、正確には恥丘の少し上くらいでこの位置に魔法陣があるということについて、俺はセルバから聞いたことがある。
勇者のくせにちょっとエロゲスいセルバとともに娼館に訪れた時、
『俺さ、下腹部に魔法陣がある娘は避けるようにしてるんだよ。そういう娘って自分からそういう店に入ったんじゃなくて、性奴隷として契約して無理矢理働いてる場合がほとんどだからさ。
……俺そういうのは趣味じゃないし、出来ればお前にもそういう娘は避けてほしい」
と、真剣に語っていた。
まあ、その後娼婦としっぽりやってニヤニヤしてたから説得力みたいなはなかったけど。
性奴隷として捕まって、逃げた先にこの洞窟があって逃げ込んだと考えれば少女がここにいることにも合点がいくが、それだと剣が消えたことについて疑問は残ったままだ。
今度は魔法陣の形について見てみる。
魔法陣にはその外形ごとに属性を司り、陣の内部に形や、大きさ、時間などを決めるための式が書かれている。
基本的には火、水、風、土に分類されこれらは基本四元素と呼ばれる。
正三角形の外形をした魔法陣は火を司り、正四角形は水を。風はひし形で土は円形。
その特徴的な形状と照らし合わせると、基本四元素の属性が付与されているわけでは無さそうだ。
外形は星型で内部には緻密に式が綴られている。
お目にかかるのは少ないタイプの属性。
だけど、俺にはこの形に心当たりがあった。
「聖剣と似てる…」
セルバが持っている聖剣の刀身に、時折浮かび上がる所謂聖痕もこんな形の物だったはずだ。
聖剣に強い好奇心があった俺はペレーに聞いたり、実際にセルバに見せてもらったりしていてそれなりの知識がある。
「聖剣ってなによ…」
「聖剣も知らないのか……」
聖剣と言えば、小さい頃読んでもらうような本には必ずと言って出てくるワードである。
確かに、本は高価で貴族や商人でも無ければ手に入れる機会は多くはないが、それでも小さい頃に読み聞かせさせられるのは普通だ。
現に家もどちらかと言えば貧乏だったが、本は村共有のものがいくつかあってそれを読んでもらった。
もしかしたら、この少女は言葉以外の全てを本当に覚えていないのかもしれない。
……だいぶ深刻だな。
「聖剣っていうのは、この世界で悪いことをする魔王ってやつを倒すために必要な武器だ。本当なら勇者って言う選ばれた人間しか持つことは出来ないし、世界に一本しか存在しないはずなんだ」
「なんでそんなのが私の身体に…」
調べ終わって俺は、少女から距離を取るように一歩後ろに後退するように立ち上がると少女はさっきのようにうずくまってしまった。
「……とりあえず、ここにいてもどうしようもないから移動しない? 近くはないけど町まで行かないと飯とか服とか色々困るだろうし」
「そうね、わかった。……よく考えたら全裸って変態よね。なんでさっき変態じゃないって思ったんだろう。…うーん、頭の中がなんか変な感じがする」
着替えるから後ろを向いててと少女に言われたので、言われた通り後ろを向くと後ろで布切れ音が聞こえた。
その音を想像して、少しいやらしい気持ちになってしまいそうになる。
「この格好で町まで行くの……?」
「そこは我慢してほしい」
一応、俺の方が身長は高いので、服の裾的に大事なところまでギリギリ隠れているが、歩く拍子に見えてしまいそうで危うい。
一応、俺のズボンかパンツを貸すこともできるが、ズボンを貸せば俺がパンいちの変態になるし、パンいちの俺と歩くこの娘だって恥ずかしい思いをする。それでは無意味だ。
履いてるパンツを女の子に貸すのはだいぶ恥ずかしし、相手も嫌がるだろう。
「……仕方ないかぁ」
落胆するように少女が言った。
そう、仕方ないのだ。世の中にはどうにもならないことがある。ここは諦めるしかない場面だ。
「じゃあ、行くか」
そう言うと少女は片手で服の裾を伸ばすように隠したまま、もう片方の手で俺のズボンの端を握ってきた。
一人で洞窟に入って二人で出てくなんておかしなことだなと思いながら俺は洞窟の出口に向かった。