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ゼフォード・ファルゼン視点

「陛下、ナキア・レーヴェン侯爵令嬢が登城致しました」

「そうか、では行くとしよう」


 執事の報告を聞くと、私は執務室の椅子から腰を起こし、軽く身なりを整えてから謁見の間に向かった。


 ナキア嬢の謁見の用向きは、表向きはハロルドとの婚約についてと、セリア嬢に関する情報について聞きに来たということになっている。

 しかし、実際は此度の騒動に我々王家がどの程度関与しているかを見定めに来たのだろう。レーヴェン侯を謹慎処分にしてすぐに謁見の申し込みがあったのだ、まず間違いないだろう。

 まあかなり強引に情報操作をした自覚はある。急を要する事態だったとはいえ、あれほど露骨にやればレーヴェン候でなくとも気付くだろう。それをこちらが認めるかどうかは別の話だが。


(悪く思うなレーヴェン候…これも王家を、引いては国を守るためだ)


 聖女が王家を見限った。

 そんな噂は即刻揉み消さなければならない。

 民衆にとって、聖人や聖女は時に王家以上の尊敬と信奉しんぽうの対象となる。

 元々神術が神より授かった奇跡の力である以上、優れた神術師が尊敬の対象となるのは当然のことだが、聖人、特に聖女に向けられる民衆の信奉心はそれを加味しても余りあるほどに大きい。

そこには、過去に現れたある1人の聖女の影響がある。




 民衆の聖女アンヌ

 神の代理人、断罪の聖女、救国の乙女、様々な呼び名を持つ、おそらく歴史上最も有名な聖女だ。


 アンヌは600年近く前に辺境の農村で生まれたという。

 当時の王国は、長きに渡る統治の果てに、暗黒期と呼ばれる時代を迎えていた。

 神術という神に与えられた奇跡の力、その奇跡の力を尊ぶ民衆、長きに渡る絶対的な統治体制。それらは貴族たちを増長させ、堕落させた。

 時の国王は稀代の愚王で、そんな貴族たちを取り締まるどころか、その放逸ほういつを許し、自らも驕奢淫逸きょうしゃいんいつふけった。

 国は荒れ、多くの民が飢え、貴族の横暴に泣かされた。


 そんな時に立ち上がったのがアンヌだ。

 アンヌは村人たちを率いて領主の館に押し寄せ、税を緩和し、領民に対する横暴な振る舞いを改善するよう直談判した。

 最初は適当にあしらっていた領主だったが、日が経つほどにどんどん人数が増えていく民衆に、とうとう強硬手段に出た。


 代表者の話を聞くと言ってアンヌを屋敷に招き入れ、適当な理由で不敬罪を適用し、アンヌを処刑しようとしたのだ。

 しかし、集まった民衆の前で処刑台に登らされたアンヌは、その光景を薄ら笑いを浮かべて見ていた領主とその家族に向かって言った。


 「これがお前たちの答えなんだな」と。


 そして、アンヌは自らの聖女としての力を開放し、自らの首が置かれるはずだったその処刑台に、領主夫妻とその家臣の首を並べた。

 さらに、集まった民衆に向かってこう宣言したのだ。


 「私は神の代弁者である。私は神の意思に従い、この国の腐敗した貴族に鉄槌を下す」と。


 そして、アンヌは同志を率いて王都に向かい、その過程で多くの貴族を血祭りに挙げ、虐げられていた領民を解放した。

 その度に同志の数を増やしつつ、そのまま王都まで辿り着くと、国王率いる軍団も宮廷神術師も圧倒的な力で蹴散らし、王都を陥落させた。

 アンヌの加護を受けた民兵相手に、剣も神術も碌に傷を負わせることが出来ず、盾も鎧もただの重石にしかならなかった。

 速やかに王宮を占拠した後、成人していない子供以外の王族を軒並み処刑すると、国内の貴族の粛清に乗り出した。


 最終的に、国内の成人した貴族の実に6割がアンヌの手によって処刑され、これが原因となって7つの貴族家が断絶することとなった。

 基本的に未成年の子供は処刑されなかったが、彼らの心には聖女の恐ろしさ、堕落した貴族の罪深さがはっきりと刻み込まれた。


 大粛清の後、民衆はアンヌが国王となることを望んだが、アンヌは当時8歳だった王太子を新たな国王とし、その新国王の統治の下で国が安定したのを見届けると、王都を去った。

 「私は罪無き民草が不当に虐げられ、苦しみの声を上げる時、また現れる」という、特大の脅し文句を置いて。


 王家に伝わる伝説によると、アンヌは王都を去る際、若き新国王に「故郷へ帰る」と言い残したとされているが、アンヌの生まれ故郷にアンヌが帰還したという記録は残されていなく、その行方はようとして知れていない。




 この聖女アンヌの出現以来、聖人や聖女はそれまで以上にその存在感を増している。

 貴族にとっては絶対的な畏怖の対象として、民衆にとっては絶大なる信奉の対象として。

 彼らは立場は違えども、はっきりと認識してしまったのだ。

 本気になった聖人や聖女の前では、国ですら簡単に引っ繰り返るのだということを。


 その聖女となったセリア嬢が王家を見限ったとなれば、間違いなく国が荒れるだろう。

 一刻も早く探し出し、連れ戻すか、最低でも王都を出奔した真意を問いたださねばならない。

 それに、神意召喚の件もある。

 神意召喚の儀をたった1人で即時発動させたというのも驚愕すべきことだが、それ以上に何のために行い、何を願ったのかが不明と言うのはあまりにも心臓に悪い話だ。


 貴族の中には、セリア嬢が自分を虐げた者たちの不幸を願った、などと言う者たちもいるが、それはハロルドが完全否定していた。セリアに限ってそんなことはありえない、と。

 その言葉を全面的に信用するわけにはいかないが、私自身、何度も会ったこともあるあの少女は、何を考えているのか分かり難いところはあるが、恨み辛みを溜め込むような陰湿な性格をしているようには見えなかった。そもそもそんな性格なら、ハロルドの意見など無視してもっと早くに婚約破棄を進めていただろう。


 しかし、そうなると何のために神意召喚を行ったのかが本格的に分からなくなる。

 ハロルドもこれに関しては首を傾げていた。

 ただ、今回の突然の出奔と無関係ではないだろうとも言っていた。

 何かを願い、その結果としてセリア嬢は全てを捨てて飛び去ったのだろうと。

 まあ、全てはセリア嬢を直接問い質せば分かることだ。

 王家で神意召喚を行うことも考えたが、今の王家に、成功するかどうかも定かでない儀式に3日も掛ける余裕はない。

 それよりは全力を挙げてセリア嬢を捕捉した方が話は速い。



 考え事をしている内に謁見の間に着いていた。

 王族しか通ることを許されない王族専用の扉の前に立ち、国王の入室を告げる声を確認してからゆっくりと謁見の間に入る。


 玉座に向かいながら、私は横目でチラリと、跪いて頭を下げている少女を確認し、妙な違和感を抱いた。


 ナキア・レーヴェン侯爵令嬢。

 彼女の評判を聞けば、誰もが口を揃えて、明るく社交的で、人当たりのいい令嬢だと言う。

ハロルドも何回かお茶会で一緒になって、同じような印象を受けたと言っていたし、私も何度かパーティで顔を合わせて同じ感想を抱いた。


 しかし、私の長年の勘が告げていた。

 今ここにいる少女は、決してその印象通りの存在ではないということを。

 少なくとも、たった1人で国王を前にして特に緊張している素振りも、委縮している気配もない時点で、ただの純真無垢な令嬢ということはありえないだろう。


(これは、予想以上に気を引き締めてかからないといけないかもしれんな)


 私は玉座に座ると、内心でそう自分に言い聞かせ、ナキア嬢に頭を上げるように促した。


アンヌは前世でも聖女とされています。

梨沙と違って最初から聖女として覚醒していましたが、戦争で敵に捕まって処刑された前世の反省を活かして、まずは話し合いで解決しようとしました。

万能型の梨沙と違い、軍勢を強化する系統の神術に長けた戦闘型神術師で、個としての戦闘力はともかく、軍としての戦闘力なら史上最強です。

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アンヌ…………ジャンヌの頭文字を抜いたんだろうか?
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