ルイス・レーヴェン視点
父ルイス視点です。
時系列はリゼル視点の続きとなります。
短いです。
「ザイレーン伯爵は早くも我が家に見切りをつけたか…。まあ予想できたことではあるが」
執務室の机に両肘を突いて両手を組み、そこに額を押し付けて深い溜息を吐く。
「あなた…」
傍らにいる妻が心配そうにそう言うのを聞いて、妻の不安を取り除くように言った。
「大丈夫だ。すまない」
そう言うが、依然として状況はよくない。いや、むしろ悪化の一途を辿っている。
それと言うのも、セリアが聖女となり、我が家を捨てたという事実が、たった数日で予想以上の反響を呼んでいるからだ。
あの息子は分かっていない。
このままではザイレーン伯爵家だけでは済まない。
今、我が侯爵家は急激に貴族社会における地位を落としている。
そして、沈み行く船から逃げ出すように、他の貴族家は我が家から一斉に距離を取り出した。
次期当主の婚約者の家が我が家から距離を取ったという情報が広まれば、その動きは一気に加速するだろう。
助け舟のない状態で傾いた船の行き着く先など、沈没しかありえない。
だが、この状況で私にできることは多くない。
というのも、今朝方私の第1軍軍団長としての権限は凍結され、屋敷での謹慎を命じられたからだ。
陛下は、セリアの捜索に第1軍を用いることにしたが、そこに私の意思が介在することを嫌ったのだろう。
今、第1軍は王太子殿下と将軍の指揮下に置かれ、王都周辺に散らばって捜索を行っている。
今私にできることと言えば、親戚関係にある家を中心に手紙を送り、なんとか関係の維持と噂の収束に向けた協力を要請することだけだ。
しかし、それもどれだけ効果があるか分からない。
というのも、今回の急激な噂の拡散と事態の悪化の陰には、王家の意思が存在しているように思われるからだ。
恐らく王家は…陛下は、この度のセリアの出奔の原因を全て我が侯爵家にあるとし、王家を守るおつもりなのだろう。
当のセリアが王宮から逃げ出した以上、王家に見切りをつけたのではという噂が消えることはないが、その責を全て我が家に押し付ければ王家の威信はまだ守られる。
不自然なまでに我が侯爵家にとって不利な情報の流布、そして今朝方の私の謹慎、これらを繋げれば自ずとその推測は立った。
問題は、陛下が一体どこまでやるおつもりなのかということ。
流石にいきなり貴族位の剥奪や処刑などが行われるとは考えにくいが、このまま事態が悪化し続ければそれも分からない。
もしセリアが連れ戻され、我が家に不利な発言をすれば、最悪それらの事態もあり得るだろう。
聖女の影響力とはそれほどまでに大きいのだ。
それにしても…
「くそっ!今更聖女として覚醒するとは!!」
この数日間、何度繰り返したか分からない悪態を吐き、握りしめた右手を机に叩き付けた。
幼少期には未来の聖女として特別目に掛けていた。
しかし、成長してその不出来が明らかとなり、とうとう神に見放された者などと呼ばれるに至ってからは、いかにあの娘を公の目から隠すかを考えるようになった。
我が侯爵家にそのような呪いを背負った者などいてはならないのだ。
実のところ、秘密裏に始末しようと考えたことも一度や二度ではない。
しかし、王太子の婚約者という肩書がある以上、下手なことはできなかった。
王太子殿下はあの娘に懸想しているようだったし、裏では神に見放された者などと呼ばれていても、表向きは聖女候補だったのだ。
下手なことをして、それが判明した場合のリスクを考えると手を下すことはできなかった。
だからこそ、なるべく早く婚約破棄を実現し、妹のナキアにその後釜に就いてもらおうとしたのだ。
それでなくとも、セリアは私たち夫婦にとって得体の知れない存在だった。
何を考えているか分からない。
幼少期から異常に物分かりが良く、不自然なほどに手が掛からない子供だった。
王太子殿下との婚約破棄ともなれば流石に何らかの感情を表に出すかと思えば、悲しみも怒りも、動揺すら一切表に出すことなく、淡々と受け入れた。
あまりにも異質で不気味な存在。
なぜあのような娘が生まれてしまったのか。
神の意志が介在しているのだとしたら、神は一体何を考えているのか。
そんなことを何度も思った。
そして、神はどこまでも我が家を翻弄するつもりのようだ。
ようやく婚約破棄が実現した直後の覚醒と出奔。
何だこれは。何の試練だ。
一体我々が何をしたというのだ!
心から湧き上がる苛立ちのままにもう一度拳を振り下ろそうとして、妻に両手でその手包まれ、止められた。
「あなた、落ち着いてください」
「…ああ、すまない」
大きく息を吐き出し、気持ちを落ち着ける。
とにかく、今はナキアの報告を待つべきだ。
ナキアが、屋敷から動けない私の代わりに陛下に謁見し、陛下がどこまでやるおつもりなのか、それを見定めて来るのを。
梨沙さん実は結構危なかった。
もう少し覚醒が遅れていたら、王太子との婚約破棄を苦にして自殺したことにされていたかもしれません。