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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 2-⑦

話が進まない……。

すみません。本当は戦闘開始直前まで行きたかったんですが、長くなってしまったので分けます。

その代わり、来週は2話更新する予定です。

 ― 翌日の明け方


 夜を徹して走り続けた結果、特に大きなトラブルもなく、私達は帝国に入った。


 そして東の空から太陽が完全に姿を現した頃、私達は一旦馬を止めて休憩を入れることになった。流石に夜を徹して走り続けたので、馬の体力が限界だということだろう。


 それにどうやら、帝国から迎えに来る部隊とここで落ち合う手筈らしい。

 外を見ると、早速傭兵達が狼煙を上げる準備をしていた。


 折角なので、眠気覚ましがてら、私も馬車を降りて朝食を取ることにする。

 馬車の中で座ったままだったことに加え、完全に気を許せる状況ではなかったこともあって、かなり眠りが浅かった。まあツァオレン達がまた私に何かを仕掛けて来るとは考えにくいし、万が一に備えて警戒用の神術をいくつか掛けて、“ヴァレントの針”もまだ預かっているが、それでもこの状況で熟睡出来るほど私は図太くない。


 馬車を降り、朝日を浴びながらぐっと伸びをする。

 背骨がポキポキと小気味良い音を立て、眠気が多少飛んだところで、朝食の準備に取り掛かる。


 帝国の一行が遠征行軍のお供である携帯食料で細々と食事を済ませているのを尻目に、馬車から少し離れたところで、右ポケットから食料を取り出す。

 とはいえ、流石に草原のど真ん中で本格的な料理をするつもりはない。匂いで害獣を呼び寄せてしまうかもしれないし、どうせ1人分の食事なんだから簡単に済ませてしまいたい。

 という訳で、今日の朝食はスープとパンにしよう。

 保存がきくように固く焼かれたパンも、スープに浸せば美味しく食べられるしね。

 そう決め、さっさと料理を開始する。


 と、しばらくすると妙な視線を感じた。

 そちらを見ると、帝国の一行が揃ってまじまじとこちらを見ていた。もっとも、黒鋼の傭兵団は私が視線を向けた途端、急いで視線を逸らしたが。

 それでも、ツァオレン達神術師8人組は視線を逸らすことなく、「信じられないものを見た!」とでも言いたげな表情で呆然とこちらを見詰めている。何なの?


 よく分からないが、もう気にしないことにして料理に集中していると、ツァオレンが私の元に来ておずおずとした様子で質問して来た。


「あの…それは何をしているのですか?」

「料理だけど?」


 水属性神術で水球を宙に浮かべ、それを火属性神術で熱してお湯にしつつ、”念動”で浮かべた食材を風属性神術で刻んで次々に投入していく。

 むしろ逆に、これが料理以外の何に見えるのかと問いたい。


「いえ、そういうことではなく…」

「じゃあどういうこと?あっ、1人分しかないからあげないわよ」


 おめぇに食わせるスープはねぇ!


 …くだらないことを考えている間に食材の投入が完了したので、そのまま空中で煮詰めつつ、パンと飲み物の準備をする。


 固パンを取り出すと、少しでも柔らかくするため、水属性、火属性、風属性の神術を使って高温の蒸気の塊を作り出し、その中に放り込む。

 飲み物は出発前にローデントで大量に買い込んだコーヒーもどき、リーウンだ。

 コーヒーとは違って、紅茶のように葉っぱにお湯を掛けて蒸らせばいいらしいので、ポットを取り出してそこに葉っぱを3枚入れると、熱湯を注いで蓋をする。


 そうしている内にスープが良い感じになってきたので、深皿を取り出してその上にゆっくりと下す。

後は調味料で適当に味を整えれば完成。

 パンも水を吸って多少柔らかくなったので、蒸気を霧散させて皿の上に乗せる。

 コップを取り出してポットからリーウンを注げば、十分満足の行く朝食の完成だ。

 出来ればリーウンにミルクを加えたいところだけど、流石に生乳は傷むのが速そうなので、今回は砂糖のみで我慢だ。


 ツァオレン?何か途中で色々と諦めたように首を左右に振ると、すごすごと仲間たちの方に戻って行ったけど?結局何だったのやら。




 よく分からないやりとりの後、1人優雅な朝食を終えてのんびりしていると、東の地平線に朝日を背に走って来る一団が現れた。どうやら迎えの部隊が来たらしい。


 私が馬車の方まで戻って待っていると、その一団は驚くような速度でどんどんこちらに近付いて来る。

 馬にしても明らかに異常な速度に首を傾げていると、やがてその一団が乗っている馬がはっきりと見える距離になり、私は納得した。その特徴的な姿は見間違いようがない。

 彼らが乗っている馬(?)は通称“赤飛馬(せきとば)”と呼ばれる、帝国原産の軍馬だ。

 その馬力、走破力は王国で一般的に使われている軍馬の比ではなく、帝国の誇る最強最速の騎獣だ。


 考えてみれば、普通の馬で来たにしてはツァオレン達の移動速度は異常だった。

 間者か何かの伝書鳩によって私がカロントで暴れたのが伝わったのがその翌日だとして、それから3日かそこらで帝都からローデントまで移動するのは普通の馬ではまず不可能だ。

 恐らく王国に来る際も、国境付近まではあの“赤飛馬”で走り、王国に入る直前に普通の馬に乗り換えたのだろう。


 ちなみに(?)が付いているのは、果たしてあれを馬と呼ぶべきか(はなは)だ疑問だからだ。

 その全身を覆うのは燃えるような赤毛、その(たてがみ)が風に(なび)く様は本当に火が燃え上がっているかのように見える。まあここまではいい。

 問題は遠目にも分かるその巨体。

 どう見ても普通の馬の1.5倍はある。それに何より問題なのは……


 ゆっくりと視線を下げ、こちらに向かって来る一団の先頭を走る“赤飛馬”の足元を注視する。

 そこには目まぐるしく動く、強靭に発達した脚が6本あった。

 そう、まさかの四足獣ですらないっていうね。

 あの“赤飛馬”の起源は、暴君リョホーセンが育てた奇形の馬だとか、馬と害獣を交配させた雑種だとか色々な説があるが、害獣の血が混ざっていると言われても全く不思議ではない異形だ。

乗馬の心得はそれなりにあるが、あれに乗れと言われても全く乗りこなせる気がしなかった。


 それから間もなく、迎えの一団はゆっくりと速度を落として近付いて来て、10m程先で停止した。

 その身形と佇まいを見るだけで、彼らが帝国の正式な騎士団であることが分かる。

 黒鋼の傭兵団も装備は無駄に立派だったが、どうにも粗野というか荒くれ者といった雰囲気が漂っていた。

 それに対し、こちらは装備こそ全部が全部神具という訳ではないが、きちんと手入れされているし、動きも統制がとれていて見事だ。

 まあ黒鋼の傭兵団自体、元々素行が悪くてギルドの鼻摘み者だった傭兵団を、現皇帝が自由に動かせる裏仕事専門の兵として雇っただけのもの。言ってしまえば使い捨ての駒に過ぎないらしいので、比べるのも失礼というものだが。


 全員が下馬したところでツァオレンが側近を連れてそちらに近付くと、相手方の一団の中からリーダーと思われる人物が進み出て、ツァオレンの前で臣下の礼を取った。そのままいくつかのやり取りをする。

 相手の男が困惑しているように見えるのは、私のせいで色々と予定が狂っているからだろうか。時々馬車に(もた)れて待っている私の方にチラチラと視線が飛んで来る。


 予想以上に話が長引いているので、軽く風を操ってちょっと聞き耳を立ててみると、相手の男が「しかし陛下は…」とか、「それは私の裁量を…」とか言っているのが聞こえてきた。どうやら私のせいで揉めているのは確からしい。

 それに対してツァオレンが「私にもどうしようも…」とか「陛下には私からご説明を…」とか言っている。中間管理職って大変ダナー(他人事)。


 しかし、しばらくすると話が纏まったのか、相手の男が渋々と言った感じで頷いた。

 最後にツァオレンが「いいか?絶対に逆らうなよ!絶対だぞ!?」と念を押している。

 あれまあ、ツァオレンは意外とパワハラ上司なのかな?自分の命令には絶対服従とか…あんまり押さえ付け過ぎると部下が育たないらしいよ?まあフリにならないことを祈っているよ。私には関係ないけど。

 …うん、関係ない。何かツァオレンが恐れを含んだ視線を私に向けてる気がせんでもないけど、関係ないったらない。ツァオレンが黒鋼の傭兵団に視線を向けつつ男の耳元で何かを囁いた途端、男が内股気味になりながら青褪めた顔で必死に頷いているけど、関係ないったら関係ない!




 その後、私は皇子兄弟、それに部隊の隊長さんと共に、迎えの騎士団が運んで来た馬車に乗り込んだ。

 黒鋼の傭兵団は、報告のためにこのまま普通の馬でゆっくりと帝都に向かうらしい。

 ツァオレンの口からそう告げられると、黒鋼の傭兵団は口々に快哉を上げた。


「皇子殿下万歳!」「ようやく悪魔から解放される…」おい、悪魔って誰のことだ。「耐えた、俺は耐えたぞぉ!」「俺、この任務が終わったら治療院に行くんだ…」誰だ今死亡フラグ立てたの。「よかった…本当によかったよぉ…」何かマジ泣きしてるし…。


 態々言うつもりはないけど、正直彼らが安心するのはまだ早いと思うんだけどね。

 ツァオレンの神術がいつまでも保つ訳がないし。むしろさっさと帝都に帰らないと、途中で神術が切れて痛みで悶絶する可能性が高い。それに、そもそも帝都まで帰れたところで、彼らが男性機能を回復する可能性は0に等しい。

 何せ思いっ切り潰した上に、止血のために中途半端に治療しちゃったし。更には時間経過でその状態で自然治癒が進んでしまうだろうし。

 そんな状態から完全に元通りに治療するなんて私でも多分無理。そんなことが可能なのは“癒しの聖女”メルファリア・シーリスくらいのものだ。

 まあとりあえず、死亡フラグだけは回収しないように頑張れ。応援しかしないけど。




 そのまま彼らをその場に残し、出発する。

 分かってはいたが、“赤飛馬”の速度は予想以上に凄まじかった。

 窓から見える景色がびゅんびゅんと後方に吹き飛んで行く。

 しかし、むしろ車内に伝わる振動は先程の馬車よりも少なかった。余程この馬車が上等なのだろう。


 窓の外を眺めながらそんな感想を抱いていると、私の正面に座っている隊長さんが緊張した面持ちで話し掛けてきた。


「セリア・レーヴェン様、少しよろしいでしょうか?」

「何ですか?」


 私がそう答えると、斜め向かいに座るイェンクーと、金属板(私が置いた)を挟んで隣に座るツァオレンが、目を見開いて凄い勢いでこっちを振り返った。

 いや、流石に私も見知らぬ帝国騎士さんにやさぐれモード発動させたりしないよ?彼には特に含むところはないし。むしろ普通に人見知りモード発動してるわ。


 というか騎士さんも目を見開いてツァオレンの方を振り返ってるし。それに対してツァオレンも騎士さんの方を向いて首を左右に振っている。

 たぶん「聞いてた話と違う!」「いや、さっきまではマジで不良だったんだって!」って感じかな?…って、誰が不良だ。


 と、少し不穏な気配が漏れてしまったのか、騎士さんが少しビクッとしながら慌てて私の方を振り向いた。


「コホン、失礼しました。改めましてセリア・レーヴェン様。私は帝国騎士団第3部隊長ズィーリン・フォーベルと申します。先ずは此度の助力に対し、一帝国民として厚く感謝申し上げます。現在の帝国の状況と、それを踏まえたこれからのことについて少し説明させて頂きたいと思いますが、よろしいですか?」

「お願いします」

「はい、先ず目標のナハク・ベイロンですが、現在帝国南端のルービルテ辺境候領を北上しております。その過程で多くの害獣の群れが、目標に追い立てられる形で移動を開始。その結果、領都以南の地域は現在無法地帯となっております。帝国軍は現在この事態の鎮圧に駆り出されており、目標に関しては最低限の監視を行っているだけという状態です。現状はこんなところでしょうか。何か質問はございますか?」

「そうですね……私が来なかった場合、ナハク・ベイロンに関して、帝国はどのように対応するつもりだったのですか?」

「現在向かっております領都にて、目標を迎撃するつもりでした。そのために領都に対策本部が設置され、現在進行形で迎撃態勢を整えているところです」

「そうですか……ん?」

「どうかなさいましたか?」


 そう尋ねてくるズィーリンさんを置いといて、私はツァオレンに冷たい視線を向ける。即ち、「聞いてた話と違うぞ、オイ」ということだ。


「対策本部は帝都に設置されてるって言ってなかった?」

「…私が帝国を発った時点ではそうでした。その後で移動されたのでしょう」

「ふぅ~~~~ん」


 ツァオレンはそう言っているが、私には、ツァオレンが私を帝都に連れて行くために嘘を吐いたとしか思えなかった。といっても証拠はないので、疑わしげな視線と声を突き刺すだけに留めるが。

 すると、ズィーリンさんがそんなツァオレンに助け舟を出した。


「ルービルテ辺境候領領都での迎撃が決定されたのは殿下が発たれた翌日のことですから、殿下がご存知ないのも無理はありません」

「…そうですか、そういうことにしておきましょう。それで、この先の予定はどうなっていますか?」

「はい、このまま順調に行けば、ルービルテ辺境候領領都に着くのは明朝になります。それまでにセリア・レーヴェン様には十分英気を養って頂いて、領都の対策本部で最新の情報を確認次第、問題がなければ出撃して頂こうと思っております」

「分かりました」


 それは私にとっても都合がよかった。

 1日あれば、装備を整えて、神力を完全回復させるには十分だろう。


 そう納得すると、私は早速イェンクーに報酬の前払いを要求した。


“赤飛馬”の元ネタが分かる人はなかなかの三国志通だと思います。

作者は、曹操が関羽に赤兎馬を贈った際の2人のやり取りが大好きです。

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― 新着の感想 ―
せきとぉぉぉぉっ! 何かこう、建国者が呂布本人な気がしてきた。それか猛烈なファンだな。
[一言] せきとば! 三国志を読んでいるときには、あまり考えなかったんですが、このお馬さん、すっげー長寿ですよねw 全盛期で何年戦っていたんだろう、と思いついたのは三国志を読んで随分経ってからでしたw…
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