アムナール視点
1時間前にもう1話更新しています。週一更新目標とは言いましたが、連投しないとは言ってないので。
気付いていない方はそちらからお読みください。
前話から半日と少し時間が進みます。
今回、残酷な描写があります。
「はあ、はあ」
日の光がまばらに差し込む木立の中を、俺は息を切らしながらひたすらに走り続けていた。
この林の中にも害獣が少なからず生息しているため、碌に周囲の警戒もせずに走り回るのは危険だが、そんな余裕はなかった。というのも…
「くっそ、まだ追って来るか」
背後で神力の放出を感知する。
そして、その気配は先程感知した時よりも明らかに近付いていた。
(こりゃあ逃げ切れそうもねぇな。まさかここまで追撃して来るとは…いっそのこと木の上にでも隠れて迎え撃つか?)
そんな考えが浮かぶが、すぐに却下する。
索敵能力は間違いなく相手の方が上だ。そんな状態で適当に待ち伏せしたところで、逆にこちらが不意打ちを食らうのがオチだ。
ならばせめて、こちらの有利な戦場で戦うべきだろう。
そう決めると、俺は林の中では比較的開けている場所まで行って立ち止った。
息を整え、追撃者が来るのを待ち受ける。
(チッ、こっちが一方的に狩る側だったってのによぉ…これじゃあてんであべこべじゃねぇか。リーゲルの奴、簡単な仕事だとか適当なこと言いやがって、帰ったらただじゃおかねぇ)
こんなはずじゃなかった。
相手は学院を卒業してもいない小娘1人、護衛が多少いたところで、俺達の手に掛かれば楽に終わる仕事のはずだったのだ。
作戦は実にシンプルだった。
ターゲットの一行が林に入る際、狭い道を通るために隊列が縦に伸びたところを狙って、仲間達が側面からターゲットの乗る馬車に害獣の群れを嗾ける。
この林にいる害獣はそれほど強くないので、これだけでターゲットを仕留められたりはしないだろう。
だが、この襲撃は俺がターゲットを狙撃するためのものだ。
貴族の乗る馬車は神術で強化されていたり、結界が張ってあったりするのが一般的だ。俺の神術は威力はそれほど高くないので、馬車越しにターゲットを狙撃することは出来ない。だが、害獣に対応するために窓を開けるなり、負傷した護衛を治療するために馬車を降りるなりすれば、その瞬間を狙って一撃で仕留められる自信があった。実際、俺は今まで多くの貴族共をそうやって葬ってきたのだ。なのに…
(あのクソガキ…逆に俺らがいるところをピンポイントで狙撃してきやがった)
今回のターゲットは、馬車越しに護衛達に強化の神術を掛けると、あろうことかそのまま、俺達が潜んでいたところに光属性神術を撃ち込んで来たのだ。
俺達は姿を隠蔽する術に長けた仲間によって、完璧に姿を消していたはずなのにもかかわらず、だ。
思わぬ逆襲に完全に不意を突かれ、3人いた仲間の内1人が即死。残りの2人も重傷を負い、隠蔽が切れたところに追撃を食らってあっけなく死んだ。一連の攻撃を避けられたのは、狙撃の機会を窺ってターゲットの馬車を注視していた俺だけだった。
(お前ら…仇は討つからな)
死んだ仲間達に思いを馳せながら戦闘準備を整えていると、その仇が1人で堂々と姿を現した。
「あら?追いかけっこはもう終わりですの?」
声がした方を見ると、風属性神術だろうか?上空よりふわりと重力を感じさせない動きで、腰に1振りの剣を携えた少女が舞い降りてくるところだった。
その姿は、その可愛らしさと美しさが同居した優れた容姿も相まって、まるでおとぎ話に登場する妖精のようだった。
だが、目の前の少女が妖精のような可愛い存在でないことは、仲間達の死がはっきりと物語っている。
「おいおい、お嬢様が護衛も連れずに1人で追いかけてくるたぁ、俺を“早撃ち”のアムナールと知っての行動かぁ?」
「もちろん存じ上げておりますわ。かの悪名高い“真光教団”の幹部様ですものね」
「へぇ、そこまで分かってて1人で来るとはな。神術の腕はなかなか立つようだが、所詮まだ子供だな。世間の広さってものをしらねぇ。不意打ちで部下共を倒せたからって調子に乗っちまったか?」
「たしかに、私がまだ世間知らずの未熟者だということは否定しませんわ。だからこそ、日々様々な経験を積んで早く一人前になろうと努力しているのですわ。ここに1人で来たのもその一環ですの」
「そりゃあご立派なことで。ならしっかり経験するといいさ。人生で最初で最後になる、殺される経験ってやつをなっ!!」
言うと同時に、俺は右手の中に隠し持っていた小さな金属球を目の前の少女に向かって弾いた。
指弾と呼ばれる、殺傷力などほとんどない武術だ。だが、これこそが今まで幾人もの貴族を屠ってきた俺の十八番だ。
俺の手から放たれた金属球は普通では考えられない速度で飛翔し、瞬き1つの間に目の前の少女まで到達すると、狙い違わずその胸を貫いた。
「ハッ!バカが!大方神術を発動待機状態にしとけば勝てるとでも思ってたんだろうが、甘ぇんだよ!!」
例え先に詠唱を終えておこうが、この距離で俺よりも早く先制攻撃を掛けられる神術師などいない。
全身から神力を発していたことからして予め神術を発動待機状態にしていたのだろうが、もし話している最中に相手が神術を発動させようとしたとしても、俺ならばそこからでも余裕で先制出来る自信があった。“早撃ち”の二つ名は伊達ではないのだ。
俺は勝利を確信し、自分の力を過信した間抜けな少女が力なく倒れるのを見届けようとした。しかし…
不意に、視界がぐるりと回った。
一瞬混乱するが、すぐに自分が吹き飛ばされたことを理解した。
そのまま地面に倒れ込む。しかし、身体には特に痛みを感じない。不思議と、地面に叩き付けられる衝撃すら一切感じることはなく、俺は地面にうつ伏せに倒れた。すぐに起き上がろうとするが、腕も脚も全く言うことを聞かない。
(何だ?拘束系神術か?だがどうやって?あいつは確かに俺が……)
横目で少女が立っていた場所を見ると、ちょうどそこに立っていた少女が輪郭をぶれさせ、幻のように消え去るところだった。
「なっ…」
絶句する俺に、背後から声が掛かる。
「光属性風属性複合神術“空蝉”ですわ。この程度のまやかしにあっさり引っ掛かるとは、所詮紛い物ですわね。何のために上空から登場したと思いますの?足元を注意深く見れば、実体がないことなどすぐ気付けたでしょうに」
その言葉に、さっきまで幻の少女が立っていたところを見れば、そこには草が踏まれたような足跡が一切残っていなかった。どうやら光と音を操作してあたかも目の前にいるように見せていただけで、本体はずっと俺の背後にいたらしい。
(チッ、やられた。だがやはり甘いな。俺に止めを刺さずに拘束するだけに留めるとは。しかも口を塞いでねぇ。俺らが詠唱を使わないからって油断し過ぎなんだよ)
そう内心ほくそ笑みつつ、俺は口の中に仕込んでいた金属球を舌の上に移動させた。
こいつは両手を封じられた時のための奥の手だ。
今までもこうやって拘束されたことはあった。しかし、その時は俺を訊問しようとした術者が俺の顔を覗き込んだ瞬間、こいつで眉間に風穴を開けてやったのだ。
今回も同じように仕留めてやればいい。その機会を待つ俺に、背後から足音が近付いて来た。
(そうだ、そのままこっちに来い。俺と目を合わせたその時がてめぇの最期だ!)
しかし、そんな俺の思惑に反し、その足音は俺から少し離れたところで止まった。
「あら、意外とキレイに切れましたわね。人の首を刎ねるのは初めてなので、もっと剣がぶれるかと思ったのですけれど」
……
……はっ?
……首を?はねた?ダレノ?
慌てて視線を下に向ける。しかし、そこにあるはずの胸も肩も一切視界に入らない。あるのは真っ赤に染まった地面だけ……
「ふぅん、指で弾くと同時に発動する条件発動型の神術、効果は強度と速度の上昇といったところかしら。これだけ小さな金属球にこれほどの神術を込められるとは、一極特化型の固有神術というのも案外侮れませんわね」
…嘘だ。
…嘘だうそだウソだ!!!
あり得ない!俺がこんな…こんなところで!!
違う!これは違う!!俺はまだまだもっとたくさんのクソ貴族共を殺して殺して殺して……
「さて、ああ首だけは凍らせて持ち帰りましょうか。少しは私の名を上げるのに役立つかもしれませんし」
イヤだ!やめろ!あぁ、暗い。何も見えない、何も感じない。いやだ…ま、だ……死に、た…く、な…………




