更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 0-①
前話から少し時間が遡ります。
本編で梨沙が王都を飛び出した直後からになります。
王都近郊に広がる草原…そこで私は絶望に沈んでいた。
草があちこちに当たってチクチクするが、それを気にすることもなく、頭を抱え、なるべく体を小さくするようにして蹲る。
「う…うあ、あ……」
あまりにも圧倒的な絶望に心がひび割れ、その音が、口から抑え切れない呻き声となって漏れた。
上から圧し掛かってくるかのような絶望に耐えようとして、益々体を小さく丸める。
しかしそれでも耐え切れず、やがて私は、一瞬顔を上げて周囲に誰もいないことを確認すると、声の限り ――― 叫んだ。
「―――っっ!!寝間着のまま王都を飛び出しちゃったぁぁぁーーー!!!!」
突然の大声に驚いたのか、草原の先にある林の中から一斉に鳥の群れが飛び立ったが、そちらを気にする余裕もなく、私は内心で悶絶した。
(ありえない!ありえない!!見られた?絶対見られたよね!?ネグリジェ姿で空を飛ぶとかただの痴女じゃん!!少なくとも王宮内の人たちには絶対見られた!もしかしたら王都の人たちにも…?いや、城壁越える時に高度を上げたから大丈夫…のはず!でももし見られてたら……―――っっっ!!!う、うああああぁぁーーー!!!)
いや、気付いたら実際に草の上で悶絶していた。
頭を抱えたまま、足をばたつかせて草原の上を転げ回る。
(というか今考えてみたらあの部屋にいたメイドさんたちって、陛下が来るまでに最低限私の身なりを整えるためにいたんじゃ……。うわああぁぁーーー私のバカバカ!!もう少し待ってたらまともな服をゲット出来てたんじゃん!!何テンション上がって着の身着のままで飛び出してんのよ!?最低でも靴は履こうよ!!ホンットにもう!いっつも1つのことに夢中になると他のことが頭から抜け落ちちゃうんだからぁぁーーーうああぁぁーーー!!!)
……どれくらい経ったのか。
私の体感では少なくとも1時間は悶絶していた気がする。
ようやく自己嫌悪と羞恥の波が収まると、私はその場に寝っ転がったまま、これからどうするかを考え始めた。
とりあえず、今の自分の装備を落ち着いてもう一度確認する。
上着 ネグリジェ
下着 なし
靴 なし
持ち物 なし
所持金 0
うん、どう考えても絶望的だね。特に下着を着けてない時点で女子力が絶望的だわ。痴女力は自分史上最高の値を記録してる気がするけど。
(やばい。これ本当にやばい。RPGゲームの初期装備でももっとましな装備着けてるでしょ。強くなってニューゲーム、でも装備は寝間着だけとか笑えない。そうだ!こんな時こそ神術!神術で服を作ろう!)
そう思い至った途端、私はガバリと起き上がり、望みのままに詠唱を唱えた。
「更科梨沙が願う 私に服を!」
かつてこれほどまでに切実かつアレな詠唱があっただろうか。
もし誰かに聞かれていたらまた新しい黒歴史確定である。
そんなことを思いながらしばらく待ったが、何も起きない。
(意志の強さが足りない?いや、こんなに切実な願いの意思が弱いとかありえないでしょ。…あっ、考えてみたら物質創造って神術で不可能とされている現象の1つだったわ。でも神様が不可能はないって…あっ!そうか条件!布とか糸とかがあれば服は作れるけど、無から作るのは無理ってことじゃない?う~ん…そうなると…今着てる服を形態変化させるとか?)
自分の着ている無駄にフリフリひらひらした純白のネグリジェを見下ろして考える。
(う~ん、それなら出来る気がする…けど、そうなると一回服を脱がないといけない…?いや、無理。それやったら痴女通り越して露出狂になっちゃう。誰も見てないとしても私のメンタルが死ぬ。着たままで服を形態変化…いや、出来るはず!前世で魔法少女とかがやってたみたいに変身すればいいんだから!よし!そのイメージでいこう!)
イメージを固めると、そのまま何となく一回転しながら詠唱?を唱える。
「変身!」
途端、着ていたネグリジェが上から光に包まれ、そのまま光の輪が下に流れていくと同時に服の形が変わって行き…フリルたっぷりの実に魔法少女っぽい衣装になった。
「…って、さっきとほとんど変わってない!!むしろスカート短くなった!!バカじゃないの!?」
思わず自分で自分にツッコんでしまう。
考えてみたら形態変化させても布面積は変わらないんだから、ただですら薄手のネグリジェをこんなフリル過剰な厚手の衣装にしたら小さくなるのは当然だった。
「あぁーー、このフリルを消して真っ直ぐにすればもう少し布面積稼げると思うけど…でもやっぱり少し頼りないかなあ。何か…布とはいかなくても糸代わりになるもの…」
そこで、ふと自分の髪が視界に入った。
散々転げ回ったためにかなり乱れて汚れているが、貴族令嬢としてずっと伸ばし続けていたために、今やお尻の上まである長過ぎる髪が。
(そういえば、術師の髪とか血とかって神術の触媒として使うよね。神術の維持に使う呪符って血文字を使うし、髪も神力を通すのに使えるって聞いたし。正直言ってこんなに長い髪、旅する上で邪魔でしかないし、服に編み込んじゃおっか。うん。もしかしたら神術をすごく込め易くなっていい感じの装備になるかもだし)
そう考え、今度は違う服の形状をイメージする。
イメージはRPGゲームの白魔導師が着ているようなローブ。
「変身!」
やっぱり何となく一回転しながらそう唱えると、ライトエフェクトが実にいい感じの仕事をしながら服の形状が変化した。
自分の服を見下ろすと、大体想像した通りの仕上がりになっていた。
しかし、自分の銀髪が混じったせいかうっすらと銀の光沢を纏っていた。
自分の髪を確認してみると、肩の少し上辺りできれいに切り揃えられていた。
ちょうど前世で伸ばしていたくらいの長さなので収まりがいい。
(うん、いい感じ。フードも付いてるから顔も隠せるし、神力も……うわっ、びっくりするくらい馴染む!これなら防御用の神術とかたくさん込められそう)
予想以上の仕上がりに満足したところで、はたと気付く。
「でもその下全裸なんだよね!!」
とりあえずの恰好をどうにかするのに頭一杯で下着を完全に忘れていた。というか…
(ローブの下全裸って…完全に露出狂じゃ…?)
むしろ寝間着姿よりも変態度が上がっていた。
「はあ…とりあえずもうこれはこれでいいや。どうせ靴も履いてないし…」
自分の足を見下ろしながら悲しげに呟く。
「当面の目的は下着と靴…ああ、それより先に、お金もないから食料を確保しないと…」
やっぱり色々と絶望的な状況なのは変わらなかった。
「あ~あ、どこかに盗賊にでも襲われてて、助けたら装備を譲ってくれる商人さんでもいないかなぁ~」
そんなことを現実逃避気味に呟いてから、そんな都合のいいことあるわけないか、と頭を振ってありえない妄想を打ち消す。
とにかく、そろそろ動き出さないとマズイ。
私が逃げ出したことが伝われば、すぐに捜索隊が差し向けられるだろう。
追い付かれたところで捕まる気はしないが、見付からないに越したことはない。
大きく溜息を吐きながら王都の反対方向を向いてから、ふと空を見上げて、自分の目指すものの困難さ、遠くさを改めて実感する。
「お父さん…お母さん…私、早くも挫けそうだよ……」
思わずそんな泣き言を呟いてしまい、もう一度頭を振って考えを切り替える。と…
「う……」
忘れかけていた、先ほどやらかした今世で最大の黒歴史が頭の中に蘇って来てしまった。
「う、うわああぁぁーーーーー!!!私はやってない!!何もやってなぁーーーい!!!」
頭の中の黒歴史を振り払うため、私は思わず、まるで冤罪で捕まった被疑者のような叫びを上げながら、がむしゃらに草原を駆け抜けて行った。
えっ?主人公が短編に比べて無駄に明るい?
いやいや、抑圧された環境下から抜け出して素になった主人公なんてこんなもんですよ?
こんな主人公をバカワイイと思った方は更科健二氏(『死んだはずの娘が銀髪美少女になって帰って来た件』参照)と友達になれます。