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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 2-①

少し時系列を整理します。

この話は前回の梨沙視点の続きで、梨沙が王都を出奔してから22日目の夜中になります。

丁度レーヴェン元侯爵夫妻の楽しい幽閉生活がスタートした頃です。

明けて翌日、????視点が、その約1週間後にラルフ・サルバン視点が、その更に1週間後にハロルド視点②が入ります。

ややこしくてすみません。

 宿屋の部屋で1人、ベッドの上で答えのない自問自答を繰り返す。


 頭の中にあるのはずっと同じこと。カロントを飛び立ってからローデントに戻って来る最中もずっと頭の中で渦巻いていたこと。


 ベッドの中に潜り込んで眠ってしまえば、多少は気分もリフレッシュするかもしれないと思っていたが、そう上手くはいかなかった。

 あれだけ神術を使いまくって相当量の神力を消費して、身体も精神も疲れ切っているはずなのに、一向に眠気が訪れてくれない。


 思い通りにならない心が、もっとやりようはあったのではないかと叫び、冷静な思考が考えても仕方のないことだと宥める。

 しかし、母親の死体に泣き縋る男の子の姿が脳裏にフラッシュバックし、また心が叫び出す。さっきからその繰り返し。


 何度目になるか分からない寝返りを打って、考えを切り替えようとする。

 すると、つい最近同じようにこの部屋で眠れぬ夜を過ごしたことを思い出した。

 あれは“紅”の皆さんと別れた後、随分と久しぶりに寂しさを感じて、そんな自分を叱咤した。

 自分で選んだ道だからと。今更寂しいと思うなんて間違っていると。


 そうだ。今更こんなことで悩むのはおかしい。


 これが学園にいた頃の自分だったらどうだろうか?人との別れを惜しみ、救えなかった命を思って苦しんだだろうか?

 いや、きっとそんなことはなかった。

 “紅”の皆さんと別れたところで、いい人たちだったな、くらいの感慨しか湧かなかっただろう。

母親を失って嘆く子供を見ても、可哀想だな、と他人事のように感じるだけで、心の奥は冷め切っていただろう。


 それは、この世界の人間が私にとって別世界の存在だったからだ。

 言ってみれば画面越しのドラマのワンシーン。

 私はそこでセリア・レーヴェンという貴族令嬢の役を演じており、全ての出来事は画面の向こうの出来事。

 そこにいる人間も全て遠くの存在。家族だって全員仮の存在で、本物じゃない。

 そう思い込むことで、私は辛い現実から自分の心を守っていた。


(あぁ、そっか…あれは……)


 不意に、すとんと納得出来たことがあった。


 それは、レーヴェン侯爵領の領都を出た時のこと。私が初めてサラという偽名を名乗った時のことだ。

 あの時は、自分にとって大切な前世の名前を、他人に気安く呼ばれたくなかったからだと思っていた。

 たしかにそれもある。でも、もっと大きな理由があった。


 あれは、この世界に対する私なりの距離の取り方だったのだ。


 私はずっと、この世界の人間は皆敵だと思っていた。唯一の例外はハロルドだけ。

 だからこそ、そのハロルドにも見捨てられたことで、優しい家族と友人たちがいた前世の世界に帰ろうとした。


 でも、レーヴェン侯爵領の領都でラルフと会話をして、そうではなかったと知った。


 ラルフを始めとする使用人の皆さん、そしてナキア。

 私が気付いていなかっただけで、私は案外多くの人に想われていたのだと知ってしまった。

 この世界の人間は冷たい人間だけではないのだと、知ってしまった。


 だからこそ、私は偽名を名乗ったのだ。

 セリア・レーヴェンという偽りの仮面を捨てた私には、新しい仮面が必要だったから。


 必要以上に近付かないように、そして近付けさせないように。

 これ以上この世界の人間を、自分の中に踏み込ませないように。


 でなければ、決意が揺らいでしまうから。


 この世界もそんなに悪くないと思ってしまったら、元の世界に帰れなくなってしまうから。


 でも、もう手遅れかもしれない。


 だって私はこんなに動揺してしまっている。

 見も知らぬ赤の他人を助けられなかったことに、酷く心を掻き乱されている。


 だって、私は知ってしまったから。


 ラルフと会話をして、“紅”の皆さんと会って。

 この世界の人間は、元の世界の人間と何も変わらないのだと。

 同じように嫌な人もいれば、良い人もいる。

 同じ人間でも良い面もあれば、悪い面もある。

 異端の存在を忌避し、虐げることもあれば、そんな存在にも等しく思い遣りや優しさを向けることも出来る、同じ人間なのだ。

 そんな当然のことに、気付いてしまった。



 ……知りたくなかった。


 この世界の人間は全て敵だと思い込んでいれば、こんなに苦しまずに済んだ。


 この世界の人間の温もりも、優しさも、私には必要なかった。


 そんなもの、私は求めていなかったのにっ!!



 八つ当たりじみた感情が湧き上がって来て、私は枕に拳を叩きつけた。

 ボスッと柔らかい感触に跳ね返される。

 もう一度拳を振り上げるが、先程アヴォロゲリアスを殴った時と同じでただ虚しくなるだけだと思い、力なく腕を下した。


 

 ……これからどうすればいいのだろう?


 元の世界を捨ててこの世界に留まる勇気も、この世界を完全に切り捨てる冷徹さも持てない中途半端な私は、どこに向かうのだろう?


 答えは分からない。教えてくれる人もいない。だって私は1人だから。


「う……」


 そこに思い至った途端、急激に胸の奥から込み上げて来る感情があった。


 油断した。平静な精神状態でない今、これはキツイ。


 私は仰向けになると、両腕で目元を押さえつけた。


 泣くな。泣いたら止まらなくなる。

 そう自分に言い聞かせるが、どうしようもない感情が次々と込み上げて来る。


 お父さんにそんなこと気にするなと笑い飛ばしてもらいたかった。

 お母さんに仕方ないわねと優しく頭を撫でてもらいたかった。

 お兄ちゃんにいつまで悩んでんだと叱咤してもらいたかった。

 桃華にお姉ちゃんは悪くないよと慰めてもらいたかった。

 ハロルドに……どうすればいいのか、一緒に悩んでもらいたかった。


 でも、それは出来ない。


 どっちの世界も選び切れない今の私に、彼らに縋る資格はない。


「う、うぅ…」


 目元を強く押さえると、涙の代わりに喉の奥から嗚咽が漏れた。


 慌ててうつ伏せになり、枕に顔を押し付ける。

 そうしても、胸が勝手に痙攣するのは止められない。


 あぁ、もう駄目だ。


「うぅ、ひっぐ、ううぅぅぅ」


 暗く冷たい室内に、小さな嗚咽が響いた。


 ずっと支えていた堤防が決壊したかのように、いつまでも、いつまでも。



* * * * * * *



 ― 2日後


 私はローデントの傭兵ギルドに向かっていた。


 カロントから帰って来てから丸一日宿屋に引き籠って、ようやく神力が完全回復したので、この町を離れようと思ったのだ。

 まだ頭の中は悩み事でぐちゃぐちゃのままだが、いつまでもこの町にいる訳にもいかない。


 王都からこの町までは馬でも1週間は掛かるし、バルテル辺境伯が動いたとしてもカロントの復旧に人員を割くだろう。だからまだ猶予はあるだろうし、“隠密”を強めに掛けているのでそうそう見付かることはないと思うが、早めに行動するに越したことはない。

 ついては、傭兵ギルドに預けっ放しになっているロイさんからもらった紹介状を返してもらって、指名依頼を撤回しないといけない。


 そう思って傭兵ギルドを訪ねたのだが、その旨を受付の恰幅が良いおじさんに伝えると、予想外の返答をされた。


「おぉ、サラ様ですか。ちょうどお呼びしようと思っていたのですよ」

「はい?」

「実は指名依頼を受けた“浅黄”の面々が今朝帰還しまして、サラ様とお会いしたいと言っているのですよ」

「はぁ」


(帰って来た?彼らはこの町でもトップクラスの実力者のはず。大損害を受けたカロントにしばらくは滞在すると思ってたのに)


 そんなことを思っている内に、ギルド内の待合室に連れて行かれてしまった。出されたお茶を飲んで待っていると、それから30分もしない内に男5人組のチームが現れた。


「初めましてサラ様。私は虹の傭兵団所属チーム“浅黄”のリーダー、ローランです」


 その中の40代くらいの茶髪の男性がそう言って手を差し出して来たのは、正直意外だった。

 というのも、他の4人がゴリゴリマッチョの強面男性なのに対して、ローランさんは中肉中背の優男という感じだったからだ。

 失礼だが、率直に言ってこの中ではローランさんが一番弱そうに見えた。むしろ5人が一緒にいると、4人組の傭兵に護衛を頼んだ商人さんという感じに見えてしまう。


 もしかしたら神術師なのか?とも思ったのだが、どうやらそういう訳でもなく、ローランさんは弓使いだそうだ。まあはぐれがそんなにたくさんいる訳もないので、これは当然だろう。それに、目が良くて戦場を俯瞰できる後衛が指揮役になるのは、むしろ理に適っている。


 納得したところで、他のメンバーも紹介してもらう。


 黒髪短髪の剣士がロッドさんとチャドさん。2人は双子の兄弟らしい。

 赤髪で癖っ毛の盾持ちがディーンさん。

 金髪を刈り込んでいるのが槍使いのゲイブさん。


 向こうの紹介が終わったところで、私も自己紹介をしようとしたのだが、それはどうやら不要らしい。


「サラ様。失礼ながら、私たちは“紅”の者たちより、サラ様の事情を大体聞き及んでおります。サラ様は極めて強大な力を有する神術師であり、しかしそれを隠しておられる。そして、聖人の遺した遺跡を探求しておられ、それに我々傭兵の力を借りたいと。この認識で間違いはありませんか?」

「はい。おおむねその通りです。…“紅”の皆さんと直接お話したのですか?」

「ええまあ。彼らとは…特にロイとは旧い仲でしてね。カロントの救援に向かったら、既に謎の聖女様によって敵は殲滅されたというではないですか。それでまあロイから詳しい話を聞きまして。あぁ、安心して下さい。彼らは秘密厳守という契約は守っていますよ。ロイが私に、自分の紹介状を持った指名依頼が来ていないか聞いて来ましてね。ローデントを出る前にそういう話を聞いたと言ったら、すぐに帰ってその依頼を受けろと言われたんですよ。ハハッ、おかげで戦う気満々だったのに、戦後処理だけ手伝わされてとんぼ返りする羽目になりました」

「それはまた…」


 恐らく、ロイさんは私が飛んで来た方向から、私がローデントにいることを察したのだろう。それで私が“浅黄”に依頼を出したことを察して、詳しい話をしたということか。


 そんな風に考えていると、ローランさんたちが居住まいを正すと、全員で頭を下げて来た。


「遅くなりましたが言わせて下さい。私たちの仲間を救って下さってありがとうございました。お礼と言っては何ですが、私たちでよければ喜んでサラ様の依頼を引き受けたいと思います」


 突然の謝辞に戸惑いながらも、大人の男性5人に頭を下げられているというのは居心地が悪いので、頭を上げてもらう。


「お気持ちは嬉しいのですが、私はいつまでも同じところに留まっているわけにはいきません。カロントで随分大暴れしてしまったので、国や貴族が動く前にこの町を離れようと思っていたのです」

「あぁその件なら問題ないかと。しばらくは国が動くことはありませんよ。なにせ“紅”の連中が先の事件に関して情報統制をしてるので」

「情報統制…?」

「ええ。詳しいことは分かりませんが、しばらくはサラ様のことがカロントの外に伝わることはないと。命の恩人に対するささやかな恩返しだそうですよ」

「そう…ですか」

「それに、この町周辺の遺跡となると1カ所しかありませんし、それほど遠くもないので今日の昼に出れば明後日の夕方頃には帰って来れます。どうです?もちろん無理強いはしませんが」


 少し考える。

 彼らの言葉を鵜呑みにするわけではないが、明後日には帰って来れるというならば確かに問題はないかもしれない。別に帰って来ても態々(わざわざ)町に入る必要はないし、それほど迅速に捜索の手が伸びるとも思えない。


「分かりました、依頼しようと思います。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 握手を交わして、正式に契約をする。

 それから軽く打ち合わせをして、昼過ぎに昼食を済ませてから出発することになった。

 馬は貸してくれるというので、私の準備は軽い買い物だけで済んだ。


 そして昼過ぎ、私は新たな仲間たちと共に、ローデントの町を出発した。






 …この時の私は気付いていなかった。この時既に私を狙って動き出している勢力が存在したことを。

 彼ら(・・)が動く可能性を、私は完全に失念していたのだ。


次回更新は来週の金曜日までにやる予定です。

どうしてもドシリアスな心理描写は筆が遅くなります。

しかしこの葛藤は梨沙の成長に絶対必要なので、もうしばらくご辛抱下さい。

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― 新着の感想 ―
失念していた、という事は思考の内にはあったのか。 つまり、ド忘れしてしていた、と。
[良い点] 神でもあるまいし 全ての命を助ける事は出来ないよ ...出来るとしても、しない方が良い 銀河の戦士が言ったように、バランス何とか
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