ハロルド・ファルゼン視点②
お待たせしました。
前回の話から2週間ほど時間が進みます。
※前回の話の最後の部分を少し変更しました。前回更新から1時間もしない内に修正しましたが、気付いていない方は確認してみて下さい。
セリアが姿を消して、1カ月と少しが経過した。
セリアが北東方向に飛び去ったことから、現在は王都の北から東に掛けての各領を重点的に、王国の各地に捜索範囲を広げている。だが、セリアのものらしい情報は1つも得られていなかった。
― 朝
朝食を終えた私は、今日も軍の本部に設営された捜索本部に向かっていた。
供を連れて王宮の廊下を歩く私に、背後から声が掛けられた。
「兄上!」
その声に振り向くと、廊下の向こうから私と同じように供を連れた少年が、早歩きでこちらに向かってくるところだった。
彼の名はジーク・ファルゼン。私のたった1人の兄弟であり、この国の第二王子である。
ただ、母上は私を生んだ後、しばらく体調が優れない時期があったため、ジークと私は8歳も歳が離れている。
そのおかげで王子同士で下手な権力争いが起こることもなく、兄弟仲は極めて良好だ。
立ち止まってジークが来るのを待っていると、ジークは不作法だと咎められないギリギリの早歩きで私の前まで来て、きちんと挨拶をしてから本題に入った。
「兄上。今日も軍の方に向かわれるのですか?」
「ああ、各地からまた報告が上がって来るだろうからな」
「そうですか…」
そう言うと、ジークは表情を陰らせた。
「どうした?何か私に用があるのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、その…少々根を詰め過ぎておられるのではないかと思いまして」
その言葉に軽く首を傾げると、ジークは慌てたように言葉を続けた。
「もちろんセリア様の捜索が、父上より命じられた重要なお仕事だというのは理解しております。しかし、最近の兄上は…その、少々やつれておられるようなので…」
そう言われ、思わず苦笑いを浮かべる。
(やれやれ、まだ7歳の弟に心配されるようでは兄失格だな)
「心配してくれるのは嬉しいが、残念ながらこれは肉体的なものではなく精神的なものだからな。自分でもどうにもならないんだ」
「精神的…ですか」
「ああ、セリアにもし万一のことがあったらと思うと、夜も眠れない。不安と焦りばかりが募って、何かせずにはいられないんだ」
「兄上……」
益々不安そうにするジークの頭にそっと手を乗せると、私は敢えて気丈に振る舞った。
「心配させてすまない。セリアの無事さえ確認出来ればこんなこともなくなるし、これでも最低限の体調管理は出来ている」
「兄上……分かりました。一刻も早くセリア様の無事が確認出来ますよう、私も祈っております」
「ありがとう、ジーク」
ジークとはその場で別れ、私は供を連れて王宮を出る。
馬車を走らせ、軍の捜索本部に着くと、室内がいつになくざわついているのに気が付いた。
「あっ!殿下!今ちょうどお呼びしようと思っていたところです!」
私が部屋に入ると、部下の1人が声を掛けて来た。
「どうした?」
「情報が入りました!バルテル辺境伯領の国境の町カロントにて、セリア・レーヴェン侯爵令嬢らしき神術師が現れたようです!」
「何っ!!本当か!?」
「はっ!レーヴェン侯爵家の秘術らしきものを使ったという情報もあります。まず間違いないかと」
その言葉を聞いた瞬間、私は全身が震えた。
「そうか…そうか………っ!!」
ただただ口から安堵の言葉が零れた。
ようやく得られた愛する少女の情報にずっと張り詰めていた糸が切れたのか、私はその場で気を失い、丸一日眠り続けることとなった。
* * * * * * *
― 1週間後
私は部下と共にカロントの町に来ていた。
現地の部下と合流し、詳しい情報を聞く。
セリアらしき神術師が現れたのは今から約3週間前。この町を200体以上のアヴォロゲリアスの群れが襲撃した時のこと。
その際、町の救援に1人の神術師が現れたらしい。
というか、聞けば聞くほどそれはセリアで間違いないだろうと確信した。
自由に空を飛ぶ?片手で数十の神術を操る?町にいる人間全員に強化の神術を掛ける?
…これだけあればもう十分だろう。この町を救った神術師は間違いなくセリアだ。
問題は、これだけの事件がなぜ2週間経ってもなお王都に届かなかったのかだ。
この情報は、この町を訪れた部下が、町で行われている復旧作業の様子を訝しんで調べたことで判明した情報だ。
それも、なぜか町の人間に聞いても詳しいことが分からず、町役人を締め上げてようやく分かったことだという。
本来、これだけの事件なら遅くとも3日もあれば、バルテル辺境伯を通じて王都に報告が上がるはずだ。
なのに、どうやらバルテル辺境伯にすらこの情報は届いていない。
町の住民も頑なに事件の詳しいことは話そうとしない。
これはつまり……何者かが口止めをしているということだ。
「それで?誰が口止めをしているのかは判明したのか?」
「はい、恐らくですが……」
* * * * * * *
― 翌日
私はある人物に会うために、傭兵ギルドを訪れていた。
待合室に入ると、先に来ていたその人物が床に跪いていた。
「ハロルド・ファルゼン王太子だ」
そう名乗ると、その男は顔を上げて名乗った。
「お初にお目に掛かります、ハロルド・ファルゼン王太子殿下。私は虹の傭兵団所属、チーム“紅”のリーダーを務めております、ロイと申します。本来であれば仲間も紹介させて頂くのですが、今チームメンバーは仕事で他の町に行っていまして。どうかご容赦下さい」
「構わない。非公式の訪問であるし、緊急の呼び出しだ。貴方1人捕まっただけ幸運だろう」
そう、幸運だ。
なにせ、この町を部下が訪れた日にたまたま他のメンバーが町を出て、そしてたまたまリーダーである彼だけがこの町に残っていたのだから。
恐らく、私がこの町を離れるまでその仲間たちがこの町に戻って来ることはないだろう。
私が思うに、その仕事とやらの目的は、他のメンバーが私たちと接触しないことだろうからな。
私たちはおとなしく、この見るからに貴族を相手するのに慣れているであろう男から、何とか情報を引き出さなければならないということだ。
私は席に着いて居住まいを正すと、単刀直入に切り込んだ。
「回りくどい言い方は抜きにしよう。3週間前に起きたアヴォロゲリアスの襲撃、その際に現れた白銀の聖女と呼ばれる神術師に関して、町の住民に口止めをしたのは貴方か?」
「はい、そうです」
私の問いに対するロイの返答は実に簡潔なものだった。
まさかあっさり認めるとは思わなかったので、少し意表を突かれてしまう。
「…なぜそんな真似を?」
「実は、私の仲間がかの聖女様に傷を治して頂いた際、聖女様は口の前に人差し指を立て、フードで顔を隠す仕草をされたようなのです。更に、他の仲間は直接言葉を交わさずに身振り手振りで指示を出されたとか。これはもう、聖女様がご自身のことに関して知られたくない、と思っておられるとしか考えられません。私はそのことを町の者たちにも伝えただけです。この町を救って下さった大恩人のご意思ですからね。皆納得してくれましたよ」
流れるような返答。
なるほど。自分はあくまで聖女の意志に従っているだけだということか。
たしかにそう言われては私にそれを責める理由はない。だが…
「町の者たちはそうだろう。だが、町役人にまで口止めをするとはどういうことだ?」
そう。町の住民を口止めしたというならともかく、町役人を口止めするというのは問題だ。それはつまり、一個人が役人の公務を妨害したということなのだから。
しかし、私の追及に対しても彼は一切動じることはなかった。
「町役人ですか?さて、その件に関しては私は存じ上げませんが…。しかし、今回の事件は、彼らの初期対応が悪かったから起こった事件だとも言えます。私は南の異変に関して再三警告していたのですが、彼らはいつまで経っても動き出しませんでしたからねぇ。その自分たちの失態を隠蔽したかったのではありませんか?」
「……」
やはり、この男は一筋縄ではいかないようだ。
私の中に、彼の主張を否定出来る材料はない。
だが、私の直感がこの男はまだ何かを隠していると告げていた。しかし、このまま追及を続けても彼はのらりくらりと躱し続けるだけだろう。
私は小さく息を吐くと、室内にいる部下に退出するよう命じた。
当然反対されたが、再度私たちを2人きりにするように強く命じて、全員退出させる。
そして全員出て行ったところで、ロイに断りを入れてから神術で結界を張る。
「防音用の結界だ。これでこれからの会話が外に漏れることはない。お互いに腹を割って話さないか?もちろんここで話すことはお互いに他言無用だ」
僅かながら警戒した様子のロイにそう告げると、ロイが初めて真っ直ぐこちらを見た気がした。
その視線に真っ向から視線を合わせながら、私は真摯に言葉を紡ぐ。
「これから話すことはこの国の王太子としての言葉ではなく、一個人としての言葉だ。そう…貴方が言う白銀の聖女、彼女を愛するただ1人の男としての言葉だ。そのつもりで聞いて欲しい」
そう言うと、ロイは少し目を見開いた。
「私と彼女は元婚約者だ。私たちは互いに想い合っていたのだが、すれ違いがあって……いや、腹を割って話すと言ったのは私だ。誤魔化すような言い方は止めよう。彼女は恐らく私に捨てられたと思っている。どう言い訳しようと、彼女にそんな不安と誤解を植え付けてしまったのは私だ。だが、私は彼女を愛している。出来ればもう一度会って、この想いを伝えたいのだ。その上で彼女が私の元を去るというなら……私は彼女の意思を尊重しよう。貴方が彼女のことに関して何か知っているなら、どうか手を貸してもらえないだろうか?この通りだ」
そう言って私は頭を下げた。
本来、王太子が平民に頭を下げるなどあってはならないことだが、今の私は1人の男だ。私の頭1つでセリアのことを知れるならいくらでも頭を下げよう。
しばらくの沈黙の後、ロイがぽつりと呟いた。
「平民に頭を下げる貴族、か」
そして、頭を上げるように促して来る。
ゆっくりと頭を上げてロイの顔を見ると、彼はどこか苦笑いのような表情を浮かべていた。その顔からは、彼の素が伝わって来た。
私がそう言ったように、彼も腹を割って話す気になったということだろうか。
ロイは天井を見上げて何事かを考える素振りをした後、表情を引き締め、しっかりとした口調で言った。
「貴方様の誠意は伝わりました。その上で言わせて頂きます。私は虹の傭兵団に所属する1人の傭兵として、何も言うことは出来ません」
その言葉には、紛れもない誠意が籠っていた。
「そうか…」
私はそう小さく呟くと、目を瞑って考える。
こちらの誠意は伝わった。その上で、今の言葉は彼の最大限の譲歩なのだろう。
「分かった。手間を掛けさせてすまなかったな。もう下がっていい」
「はっ、失礼します」
ロイがドアを開けて退出して行く。
それを見送ると、私はテーブルの上のカップを持ち上げて紅茶を啜りつつ、先程の彼の言葉について考えた。
「傭兵として何も言うことは出来ない」彼はそう言った。
それはつまり、傭兵としてセリアと何らかの契約を結び、何も話さないよう口止めをされたということだ。
そうなると、セリアはこの町で傭兵を雇ったということになる。
国境の町で傭兵を雇う。
色々理由は考えられるが、最もありそうなのは、この町でのみ手に入る何かを求めたということだろう。問題は、それが何なのかだ。
私は一息に紅茶を飲み干してカップをテーブルに戻すと、立ち上がって部屋を出た。
そして、その場に待機していた部下に命を下す。
「この町の周辺で手に入る特産品について調べろ。あと、この町周辺の害獣などについてもだ」
「「「「はっ!!」」」」
部下たちが早速散っていくのを見送ると、私は今日のところは宿に戻ることにした。
(さて、これでセリアが出奔した目的が少しでも分かればいいが…)
並行して他の部下に近隣の町を調査させているが、セリアがあれだけ派手なことをしておいていつまでもその周辺に留まっているはずがない。そちらは望み薄だろう。
(セリア…どこに行ってしまったんだ……)
やっと情報を得られたと思ったのに、また消息が途絶えてしまった。
それでも僅かながら手掛かりが掴めただけ、少しでも前進していると思うべきか。
私は愛しい少女までの道のりの遠さを思って、小さく溜息を吐いた。
しかし、それから1週間もしない内にセリアの居場所は判明する。
ただし、それは捜索隊からもたらされた情報ではなく、王都からもたらされた情報によってだった。
ハロルドの弟ジーク登場。
まさかの本編より先に人物紹介でその存在が明らかにされるという…。
次回は梨沙視点に戻ります。
次回更新は早ければ金曜日、遅ければ来週の月曜日になります。