フィオナ・ザイレーン視点②
9カ月も更新止めてすみませんでした。ろしでれの原稿が一段落したので、ぼちぼち更新再開しようと思います。
以下、これまでのあらすじ
・梨沙とランツィオ、ヴァレントの大迷宮攻略。最奥部で得た「聖女アンヌが地球へ帰還する方法に近付いていた」という情報、商人から得た元婚約者のハロルドが帝国に来ているという情報を基に、梨沙は王都に向かうことを決意。帝都に報告兼お使いに向かうランツィオと10日後の再会を約束して、“空間接続”で王都の自室に向かった……ら、ナキアと鉢合わせてもーた。
・一方、梨沙が帝国にいる間に、王国の聖地を真光教団が襲撃。ゾレフ、エンガイ、ミッティーベールの3人率いる真光教団は、戦力である傀儡兵の大半を失いながらも、原初の御業で聖地を半壊させた。この戦いにより、聖杖公ビフォン・クーリガン含む多くの神殿関係者が死亡。聖杖と聖杯を奪われ、更には霊廟に眠っていた聖人を含む高位神術師100名以上が傀儡化され、霊廟ごと奪われた。聖杯公イミオラ・ユーゼインは聖杖と聖杯を取り返すため、一時的に王国最後の七大神器《アズアトラスの剣》を所有する王家の指揮下に入ることを決意。これを受け、王家は王国の全貴族に真光教団殲滅に向けて協力することを要請した。
・聖地で起こったことをナキアから聞き、王都に真光教団が襲来する可能性が高いと知った梨沙は、王都が戦火に呑まれる前に史料の調査をすることを決める。なし崩し的に巻き込まれたナキアは、梨沙を監視下に置くという名目でその調査に協力することを約束。その後、執事のラルフが持っていたハロルドの過去の手紙と贈り物を見た梨沙は、ハロルドが自分を見限っていなかったと知る。凄まじい後悔と自己嫌悪に襲われながらも、地球への帰還という目標を捨てられない梨沙は、近い内にハロルドと会って話をすることを決意。その後、ナキアとの飲み会&朝チュンを経て、金髪眼鏡の男装執事として学園に潜入←今ココ
で、今回のこれは誰視点なのかって? 分かりませんか? 第1話で一人称視点を担当した、リゼルの婚約者ですよ!(マジで誰やねん)
「ねぇ、お聞きになりました? 聖地でのこと……」
「ええ、信じられませんわ。でも、聖杯公聖下が王都にいらっしゃってるのですもの。本当のことなのでしょうね」
「それにしても、呪術師とは本当に許しがたい存在ですわ。神の奇跡を簒奪した大罪人が、あまつさえ聖地を汚すなど……」
学園は、今日も聖地で起こったという事件の話で持ち切りだった。耳をすませば、あちらこちらでその話題について話し合っている。
しかし、その雰囲気はどうも緊張感がなく……誰もがどこか他人事のように話していた。
「それにしても、神殿騎士や神殿術師らの不甲斐なさよ。呪術師風情に負けるなど、たるんでいるとしか思えない」
「まったくです。王国でも随一の練度などと謳っておきながら、あのような暗殺者集団に負けるとは。結界の強度に胡坐をかいて、高いびきでも立てていたのではないですかな?」
「神殿など、所詮家を継げなかった半端者の集まりだからな。無理もあるまい。まあ、我がボリヨーヌ家の力を以てすれば呪術師の連中など恐るるに足らぬ。見事聖地を汚した不逞の輩共を殲滅し、その暁には、聖地も我が家の管理下に置くよう陛下に進上するとしよう」
「おお、素晴らしい案です! ザッカス様!」
「ボリヨーヌ伯爵家であれば、きっと成し遂げられるでしょう!」
取り巻き相手に勇ましいことを言って、周囲からの称賛を心地よさそうに浴びているのは、ボリヨーヌ伯爵家の後継ぎか。
(あれが後継ぎでは……ボリヨーヌ家の未来は暗いでしょうね)
ボリヨーヌ家現当主は、第3軍軍団長を務める非常に優秀な戦闘神術師だ。
だから、この先訪れるであろう真光教団との戦いで、家として功績を上げるという目標自体は分からないではないが……真光教団に対するその評価、見通しの甘さは、あまりにも現実が見えていないと言うしかない。
(もっとも、私もそこまで詳しい訳ではありませんけれど……)
所詮、父から間接的に話を聞いただけである以上、私自身も真光教団の恐ろしさを本当に理解しているとは言い切れない。それは、それこそ実際に聖地での戦いに居合わせた者達にしか分からないことだろう。
しかし、宮廷神術師指南役である父がこの上なく深刻な顔で、「王国の危機だ」と口にしていたのだ。勝つことを前提として、その後の手柄がどうこうなんて考えていられる相手ではないことは確かだろう。
(とは言っても、私に出来ることなどないのですけれど……)
私は神術師としては同年代の中でも取り分け優秀な部類だが、それも所詮学生の中の話だ。実戦はおろか、決闘すらやったことのない小娘に、戦争で出来ることなど何もない。
(そう……これは、戦争なのですよね……)
不意に浮かんだ馴染みのない言葉に、自分でも驚く。
戦争、それは歴史の勉強をしている最中にしか聞かない言葉だった。しかし、今自覚したことで、その言葉が持つ重苦しい雰囲気がずしんと腹の底に落ちた気がした。
(……本当に、大丈夫なのでしょうか?)
歴史でしか聞かない。つまり、今の王国の人間は、大規模な対人戦闘を経験したことがないということだ。
「……」
今までも、楽観視していた訳ではない。だがしかし……こう考えると、本格的に父の「王国の危機」という言葉が重く圧し掛かってくる。
暗澹たる気持ちで廊下を歩く私の前方で、何やらざわつきが起こった。
「あれは……」
知らず知らずのうちに下がっていた顔を上げ、そこに現れた人物に思わず目を見開く。
「おい、あれ……」
「まあ、なぜ学園に……?」
周囲の戸惑いや忌避の反応を気にすることもなく、堂々と廊下を歩いてくる小柄な令嬢。いや、この表現は相応しくない。なぜなら、彼女は……私と同い年でありながら、既に立派な女侯爵であるからだ。
「お久しぶりです。ナキア様」
「ええ、お久しぶりですね。フィオナ嬢」
多くの学生が遠巻きに見守る中、私はナキアじょ……様と、笑顔で交わす。しかし、その呼び方と態度はかつてと異なり、彼女が本当に侯爵家当主となったことをまざまざと感じさせられる。
彼女は、元婚約者であるリゼル様の妹君で、何事もなければ将来的に義妹となるはずだった存在だ。学園でもそれなりに仲良くしていただけに、この態度の変化は少し寂しくもある。
「本日はいかがなされたのですか? 学園は休学中だと伺っていたのですけれど……」
「少し調べものですわ。図書室の方まで」
「まあ、そうですの……その、もしよかったら、その後でお茶でもいたしませんか?」
自分が口にした提案に、自分でも少し驚く。
しかし、その提案はあっさりと拒否されてしまった。
「申し訳ないですけれど、少々立て込んでおりまして。お茶会は、また今度誘っていただけるとありがたいですわ」
「あ、左様で……では、またお誘いいたしますわ」
「ええ、お願いします。それでは」
礼をし、ナキア様とすれ違う。そこでふと、その背後に見慣れない執事がいることに気付いた。
(あら? 新しい執事を雇われたのかしら?)
そんなことを思いつつ、整った容姿の割りに妙に存在感のない執事に軽く目礼をし、そのまますれ違って──
「……ぇ!?」
数歩進んだところで、思わず声を上げてバッと振り返った。
その執事のピシッと伸びた背中、フリフリと揺れる首の後ろでまとめられた金色の髪をまじまじと見つめながら、今しがた見た顔を頭の中に思い浮かべる。
(……え、あの方……ですわよね? なぜ、ナキア様とご一緒に……?)
呆然と見守る先で、ナキア様と……あの方は、廊下の角を曲がって姿を消してしまう。
ついその後を追ってもう一度そのお顔を確かめたい衝動に駆られるも、グッと堪えて周囲を見回す。しかし、周囲の学生は誰も何も気付いていない様子だった。
そのことに安心するような残念なような複雑な感情を抱きながら、あの方──セリア様が、ナキア様と共にいらっしゃる理由について考える。
(まさか……)
すると、ほどなく1つの推測が頭に浮かんだ。いや、そうとしか考えられない。
(まさか、ナキア様を守るために……姿を変えて、護衛を!?)
思い浮かんだ推測に、口元を押さえて感動に打ち震える。少しでも気を抜けば、感涙を流してしまいそうだった。
(なんという、姉妹愛……!! 美しいですわ……ええ、分かっております。このことは、私の胸に秘めておきますわ!!)
やはり、あの方はまごうことなき聖女であらせられたのだ。
そのことに確信を深めつつ、私はグッと涙をこらえてその場を立ち去るのだった。




