出て行ったはずの姉がポンコツ聖女になって帰って来た件
(……なに、この状況?)
絶対に遭遇しない様にしようと思っていた今世の家族と、予期せぬ遭遇を果たした私は……今、
「どうぞ、ナキア様」
「ありがとう」
「セリアお嬢様もどうぞ」
「あ……はい。ありがとう」
なぜか、その家族とお茶をすることになっていた。
メイド長に渡された紅茶を一口すすりながら、チラリと周囲に視線を巡らせる。
場所は、屋敷の庭園に設置された丸テーブル。
正面には心なしか不機嫌そうなナキア。周囲にはよく見知ったメイドや執事がずらり。
……もう一度言おう。なに、この状況?
え、そもそもなんで使用人一同は歓迎ムード? なんでそんなに嬉しそうなの? 私達に向けるその穏やかな笑みはなに? それを向けられているナキアはなんか不機嫌そうなんだけど?
(……帰りたい)
いや、帰るも何も一応この家が私の実家ということになっているので、ここで帰りたがるのも妙な話なのだが……ホントにどうにかして欲しいこの和やかな地獄。
「……それで、当家には一体何のご用事ですか? お姉様」
「え? あ……その」
いや、この家には何も用事はないんだけど……ただ、ワープポイントとして利用させてもらっただけで。
でも、それをどう説明したものか……どうも何もそのまま説明するしかない気はするが、あれ? そもそも私ってナキア相手にどんな話し方してたっけ? 普通に敬語? それとももう少し砕けた話し方してたっけ? えぇっと、前にナキアと話した時は…………
……………………
……あっれぇ? おっかしいなぁ、ナキアと2人で話をした直近の記憶がないゾ☆
あぁ、やばい。久しぶりに人見知りモード全開になってる。追い詰められ過ぎてなんかテンションがおかしくなってる。
うぅ~~お腹痛い。なんだったら軽く吐きそう。さっき飲んだ紅茶が食道から胃に掛けてぐるぐる渦を巻いている気がする。こんな状況で水分を摂取するんじゃなかった。いや、出された紅茶を飲まないのはそれはそれでマナー違反なんだけどォォ。
(うぐぅ……令嬢モードが、令嬢モードが使えぬぅ……っ)
さながら魔王を前に必殺技を封じられた勇者の気分だ。
いや、仮にも妹に対して魔王とか失礼にもほどがあるが、今の私には敵ではないはずの使用人一同ですら魔王の取り巻きにしか見えない。
とりあえず、一回トイレ行っていいですか? そんでそのまま逃げていいですか? いや、割とマジで。
「あ──」
「何を隠しているのかは知りませんが、当家に侵入した以上、納得できる理由を説明していただきますわ。この家の主として、それまでは決して逃がすつもりはありませんので」
「……」
うぇ~い、思いっ切り退路塞がれた~♪
マジか、姉がゲロインになってもいいと申すか。お前の吐瀉物は何色だぁ! と、そういう訳か。たぶん薄い茶色だと思うよ。汚くてごめんね……って、
「主?」
「ああ……今は、わたくしがレーヴェン侯爵ですから」
はい? レーヴェン侯爵って……つまり、ナキアが……え、当主ってこと?
「え、なんで?」
あ、素で反応しちゃった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(なんともまあ、よく感情が動くこと)
わたくしの説明に目を白黒させながら視線を彷徨わせる姉に、わたくしは表に出さないまま内心戸惑っていた。
わたくしが知る姉は、いつも凍り付いたような無表情で感情の起伏が少ない人だった。
唯一の例外はハロルド殿下と一緒にいる時だったが、その時も表情は少しゆるむものの、感情……より正確には神力の気配自体は、ほとんど動いていなかった印象がある。
だが、今は表情こそ固いものの目にはしっかりと感情が出ているし、神力の気配も常人並みに……いや、貴族にしては動き過ぎなくらい動いている。これが、本当にあの人形姫と呼ばれていた姉なのかと疑ってしまうほどだ。
(これは……謝意? 今更この家に掛けた迷惑を気にしていますの?)
随分とまあお人好しなことだ。
今までわたくし達がやってきたことを思えば、ざまぁみろと思っても無理ないだろうに。この人は本当に……。
「そういう訳で、お父様とお母様には全ての責任を取って領地に蟄居していただきました。お兄様は軍属神術師として頑張っているみたいですよ?」
「そう……ですか」
「……なんで敬語なんですの?」
「えっと、その……」
困惑、焦燥。ああ、そういうことですか。
「たしかにわたくし達の関係は当主と家人ということになりますが、ここは公の場ではないのですし、気にすることありませんわ」
「え? ああ、そう……よね?」
「?」
何をきょどきょどして……まあ、いいですわ。
「それにしても、随分とご活躍のようですわね?」
「え? なんのこと……かしら?」
「噂は耳に届いていますわよ? なんでもカロントの町を害獣の群れから救い、帝国では特別指定災害種の竜種を討伐したとか? おまけに火山の噴火まで止めたとかいう話も聞きましたわね」
「ああ……」
そのあまりにも気のない返事に、片眉を上げる。
まるでそんなことどうでもいいかのような……あるいは、他に何かが……?
「ところでそれ以降、2カ月くらいぱったり噂を聞かなくなったのですが……どこで何をしていらっしゃっいましたの?」
「えっと……」
「そもそも、学園での神意召喚。あれはなんですの?」
「それは、その……」
この機会に聞きたいことを全部聞いてみたのだが、姉の反応は鈍い。まあ、気安く秘密を明かすような間柄でもない以上、これは仕方のないことだが。
わたくしは神力の気配の揺らぎで相手の感情をなんとなく読めるだけで、その考えまでは読めない。黙秘されてしまえばどうしようもないのだ。
(それでも、話術と駆け引き次第ではある程度情報を引き出せますけど……)
片っ端から鎌をかけて、その反応を見ればいいのだ。今の姉相手であればそう難しいことではないだろう。だが……
「ふぅ……」
「っ……」
わたくしの溜息に、姉は分かり易く肩を縮める。
(……そんな反応をされると、わたくしがお姉様をいじめているみたいではないですの)
なんでわたくしが罪悪感を覚えなければならないのか。
だが、どうにもこの姉に尋問のようなことをする気にはならない。
レーヴェン侯爵としては甘い判断だ。分かっている。分かってはいるが……
「まあ、話したくないというのであればそれはいいですわ。ですが、当家に侵入した理由については話してもらいますわよ」
「……まあ、その……調べもの?」
「調べもの? なんの調べものですの?」
「……」
「まただんまりですの?」
「……」
「はぁ……」
まあ、姉としてもわたくしが敵か味方か分からない以上、迂闊なことは言えないのだろうが……わたくしとしても、ここで退くわけにはいかない。
気は進まないが、ここは多少強引にでも情報を……
「ごめんね?」
「……は?」
突如告げられた謝罪に、思わず呆ける。
目と口を開いたまま固まるわたくしに、お姉様は眉を下げながらおずおずと謝罪を続ける。
「私は……この家を、掻き回してばかりだったと思う。昔も、今も……そのツケを、あなたに払わせて……あなたは、何も悪くないのに。その、上手くまとまらないんだけど……」
そして、お姉様は身を縮めるようにして頭を下げた。
「迷惑ばかり掛けて、ごめんなさい」
「な、ぁ……」
それは、かつてわたくしが言えなかった言葉。
差し伸べられた手を振り払い、自分の弱さも臆病さも全部お姉様のせいにした醜いわたくしが、どうしても言えなかった言葉。
……今では、ないのか? 今こそ、あの時言えなかった謝罪を告げる時ではないのか?
「わたくしもごめんなさい」そう言えばいい。お互いに悪いところがあったのだと、お互いの非を認め合い、許し合うのだ。きっと、それが第一歩だ。それが……
「ぁ……」
ああ、そう思うのに。
また、声が喉に張り付いて出て来ない。「ごめんなさい」そのたった一言がどうしても言えない。
その一言の、代わりに……この卑怯な口は、また罪を重ねる。
「そう、思うのでしたら……ここでは、わたくしの指示に従ってもらいますわ」
「え……?」
頭を上げた姉に、自分でも考えがまとまらないままに勢いでまくし立てる。
「その調べものとやらが何なのかは存じませんが、今わたくしにとって一番迷惑なのは、お姉様に考えなしに好き勝手動かれることですの。ですから、この王都にいらっしゃる限り、お姉様の全ての行動はわたくしの管理下に置かせていただきますわ」
「えっと……」
「別に軟禁しようだなんて考えていませんわよ? 下手に動かれて掻き回されるよりは、わたくしの指示の下動いて欲しいということですわ」
「それは……つまり……私の調べものに協力してくれる。ってことで、いいの……かしら?」
「……どうせやめろと言ってもやるのでしょう?」
暗に肯定を返すと、姉はゆっくりと瞬きをしてから、どこか困ったような笑みを浮かべた。
「……うん、分かった。……ありがとう」
その、笑みが。
どこか不安そうで、困ったような、不器用な笑みが。
在りし日の姉と重なり、わたくしは視線を背けた。痛い。胸が、痛い。
「ラルフ、お姉様にお部屋を」
「畏まりました」
そして、わたくしはお姉様から目を逸らしたまま立ち上がると……逃げるように、その場を後にした。
サブタイの割に内容暗っ!?




