ヒリッジ視点②
騎士達の反応は速かった。
「聖下! お下がりください!」
「油断するな! 第2分隊は聖下の護衛を、第3分隊は私に続け!!」
素早く隊列を組むと、6人の騎士が襲撃者に向かって駆け出す。が……
「残念ですが──」
前列の3人が三方向から完璧な連携で放った斬撃を、男は最低限の体捌きだけで躱す。
「こちらもそれほど余裕があるわけでもないので」
そして、男がまるで舞踏のようにするりとその間をすり抜けると、3人の騎士は血飛沫を上げて倒れた。
「手早く終わらせてもらいますよ」
正に瞬殺。続こうとした後列の3人の足が、否応なく止まる。
「っ! 聖下、お逃げください! ここは我々が!」
その瞬殺劇を見た第3分隊隊長が、即座にイミオラ様に逃げるよう促す。
自分達では守り切れないと判断し、すぐさま自分達は足止めとなることを選んだ。
「~~っ、分かりました。ヒリッジ、ユリナ──」
「ああ、ですから。マトモに相手してあげる気はありませんよ?」
男がそう言い、騎士達を前に全身を脱力させた。そして──
「“三叉撃”」
そう呟いて力強く足を踏み鳴らした途端、その姿が掻き消えた。
「え──?」
辛うじて俺の目に映ったのは、廊下の外……庭の方へと移動する男の微かな残像だけ。
慌ててそちらに視線を向けたその時には、
「なっ──」
既に、目の前に刃が迫っていた。
(マズ、避け、まだ何も──)
迫る死を前に、支離滅裂な単語が脳内に溢れ返る。
なんとか避けようと体を反らそうとするも、それよりも先に鋭い刃が──
「ハアァッ!!」
俺の首を切り裂くよりも先に、背後から振り抜かれたメイスがその切っ先を弾き返した。
「むっ!」
予期せぬ反撃に、男の体勢が崩れる。上体が浮き上がり、弾かれた剣が空を泳ぐ。
しかし、その状態でもすかさず放たれたもう片方の剣が、斜め下から俺に襲い掛かって来た。
「ぐえっ!」
同時に俺は背後から襟首を引っ張られ、潰れたカエルのような声を上げながら尻もちをついた。その俺の頭上を、振り上げられた刃が通り抜ける。
「イ、ヤァァ!!」
2本の剣がどちらとも空を泳いだところで、俺の襟首を引っ張った反動を利用して、メイスの持ち主──ユリナが前に出た。
がら空きの男の胴体目掛けて、真っ直ぐメイスを突き込む。
だが、男がトンッと地面を蹴った瞬間、その体は一瞬にして後方へと移動し、ユリナのメイスは空を叩いた。
「ユリナ、助かっ──」
「ヒリッジ様! イミオラ様を!」
「あ、ああ」
「ハアッ!」
すごい。あの細腕で、あの男を相手に一歩も引かずに渡り合っている。
そうだった。忘れていたが、元々ユリナは兄のアークと一緒で騎士志望だったのだ。
ただ、体格が小柄で身体強化系の神術よりも遠隔攻撃の神術に適性があったために、やむなく術師になったのだが……
「フッ!」
「むっ」
「ユリナ殿! お下がりを!」
「はい!」
駆け付けてきた騎士にその場を任せ、素早く後方に下がる。
(……騎士でも十分通用したんじゃないのか?)
騎士3人を一蹴した男を、数秒とはいえたった1人で相手してのけたその技量に驚きつつも、俺は中断し掛かった呪術の構成をなんとか完了させた。
「イミオラ様! ユリナ!」
心の中で謝りながら2人の腰に手を回すと、すかさず呪術を発動させる。
足元で突風が巻き起こり、浮遊感と共に俺達の体は宙を舞う。
騎士達に襲撃者の男を任せ、俺達は隣の建物の屋根へと飛び移った。
「向こうへ! 騎士団の本部へと向かいましょう!」
そう指示し、体を起こした瞬間だった。
「っ!」
「これは!?」
「来ます!」
その場に強力な神力の気配が満ち、俺は反射的に2人を抱きかかえたまま屋根から飛び降りた。
直後、さっきまで俺達がいた場所で爆炎が噴き上がり、熱波が背中を叩く。
その衝撃で体勢を崩した俺達は、庭に生えている木に正面から突っ込んだ。
ガザッガササササッ!! バキバキメキッ!!
木の葉を散らし、枝を圧し折りながら地面に墜落する。
「いづっ!」
「あぐっ!」
「い゛っ!」
思いっ切りお尻から落ちたが、幸いどこにも異常はなさそうだ。
痛みを堪えて立ち上がり、2人の安否を確認する。
「イミオラ様、ご無事ですか?」
「え、ええ、なんとか……」
「ユリナも?」
「はい」
「よし、じゃあ──」
再び移動しようと、顔を上げ。
イミオラ様のすぐ背後に迫る、男の姿に気付いた。
(あ──)
男は左手に持った剣を振り上げながら、高速でこちらへと近付いて来る。
(騎士達は……いや、今はイミオラ様を)
咄嗟にイミオラ様の盾になろうと足を前に出すが、到底間に合わない。
俺がようやく一歩を踏み出したところで、男は既にイミオラ様の背後まで迫っていた。
「イミ──」
俺が、届かないと知りつつ手を伸ばし。
同時に、何かを察知したイミオラ様が、背後を振り返ろうとし。
それよりも先に、接近してきた男が剣を振りかぶり──その足が地面に着いた瞬間、突如茶色い光と共に地面が陥没した。
「むっ!?」
高速移動の衝撃を着地で殺そうとした矢先にその地面が突如消失し、男は完全に体勢を崩した。
「ハ、アァ!!」
そこに、ユリナのメイスが襲い掛かった。
ドズッ!!
男の脇腹にメイスが叩き込まれ、鈍い音が響く。
「ぐ、あっ」
ここで、初めて男が苦鳴を漏らした。
それでもなお動きは止めず、すぐさま懐に入り込んだユリナへと逆手に持ち替えた左手の剣を突き刺そうとする。
「んっ!!」
しかし、ユリナは引くことなく逆に踏み込むと、そのまま肩口から体当たりをぶちかました。
足元が不安定な状態だった男はこれに踏ん張れず、陥没した地面の縁に脚を引っ掛けて背後に倒れる。 その直前、男の背後の地面が茶色い光を帯び、棘状に盛り上がった。
「がはっ!!」
トゲトゲの地面に背中から倒れた男は、たまらず呻き声を漏らす。ここだ!
「ヒリッジ様!!」
呪術を完成させ、風の刃を放とうとする俺に、ユリナが肩越しに力強い視線を向けてくる。
自分のことは構うなという、強い意思が込められた視線。
(分かった……俺が、ここで終わらせる!)
決意と共に、今にも左手の剣に刺し貫かれようとしているユリナから視線を剥がし、男の頭部に狙いを定める。
『ユリナと、ビフォン様を……たの、む……』
「っ!!」
その瞬間、脳裏に響いたアークの遺言に、気付けば俺は男の頭部ではなく剣へと呪術を放っていた。
ガキィン!!
衝撃音と共に男の剣が弾かれ、空を泳ぐ。
その瞬間、いくつかのことが同時に起きた。
「ユリナさん! 避けて!」
追い掛けてきたらしいソフィ様が、庭に飛び出すと同時にその手から光線を放ち。
その声に反応したユリナが、男の上で身を起こすと同時にメイスを振りかぶり。
近くの噴水に満たされていた水が、青い光を纏いながら男を捕らえんと蛇のように伸び上がった。
そして、その直後。
「アアァァァーーー!!」
ソフィ様を中心として爆炎が噴き上がり、ソフィ様は炎の中に呑み込まれた。
「ソフィ!?」
イミオラ様がそれに気を取られた結果、男に向かっていた水の動きが一瞬止まった。
しかし、ソフィ様が放った光線は狙い違わず男の頭部目掛けて空を奔る。
「虚斬り」
だが、その光線は男に当たる直前に、その左手の剣に阻まれて消滅した。
その予想外の事態にも動じず、ユリナは男の顔面目掛けてメイスを振り下ろす。
「痛っ! え──」
しかし、突如その動きが乱れ、ユリナのメイスは目標から逸れて地面を抉った。
見ると、男の右手の剣がユリナの脚を浅く切り裂いている。
(無駄にするな! この好機を! 今、俺に出来ること! 俺に、出来ることは──)
その瞬間、脳裏に再びアークの声が響いた。
『ヒリッジ、いざという時に自分の身を守るのは自分の肉体だ。術師であろうと、最低限の武装はしておけ』
遠い昔に言われたその忠告に導かれるように、両手が懐へと──そこに忍ばせてある、アークにもらった短剣へと伸びた。
素早く鞘から抜き放ち、地面に倒れる男に向けて体ごと突っ込む。
「う、おおぉぉぉーーー!!」
武術などかじってすらいない、不格好な突撃。
狙いは、ユリナのメイスが直撃した右脇腹。
(守る! イミオラ様を、ユリナを! たとえ、刺し違えてでも! こいつは……俺が仕留める!!)
ただ決死の覚悟だけを胸に、両手に握った短剣を突き出す──直前。
「“三叉撃”」
その一言が、男から呟くように放たれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は目を開くと、感覚の同調が上手くいっていることを確認し、隠れていた場所から這い出した。
標的を視認し、周囲に他の誰もいないことを確認すると、静かに腰の剣を抜き放ってゆっくりと近付く。
そして、神術の制御に全神経を集中させているその無防備な背中に、背後から容赦なく剣を突き立てた。
「ぬっ、ぐはぁ!?」
そこでようやく俺に気付いたらしい。
まあ、たった1人で聖地全体に神経を張り巡らせ、各所に援護攻撃を行っていたのだ。無理もないだろう。
だが……止めを刺す前に俺達への攻撃の手を緩めたのは、明らかな判断ミスだ。
「油断したな、聖杖公」
名前に植物を含む女性キャラは物理的に強いという謎の法則
例:梨沙・セリア(梨・芹)、ランツィオ(蘭)、ユリナ(百合)




