イミオラ・ユーゼイン視点④
原初の御業。その威力はもちろんのこと、しかしその本当の恐ろしさは、発動地点に局所的な神力飽和空間を作り出すことで、他の神術が発動する余地をなくしてしまうことにある。
故に、その対象となった者は防御も回避も満足にできず、ただその圧倒的な暴威に呑み込まれるしかない。それを……今、わたくしは身をもって体感していた。
「……っ!!」
頭上に凄まじい神力の集中を察知し、すぐさま全員で大聖堂から外へと逃げ出したものの……
(範囲が広い! 間に合わない!!)
頭上で荒れ狂う緑色の嵐は、大聖堂を中心にこの一帯を覆い尽くすように広がっている。とても、走って逃げられるようなものではなかった。
そして遂に、嵐が竜巻と化して地上に向かってき始めた。
(逃げれな、聖杯で反撃、無理……せめて身体強化、ダメ! そんな余裕は──)
頭の中にいくつも対応策が浮かび、浮かんだ端から消えていく。
せめて足だけは止めないように、必死に走り──?
(え? なんか、進んでな──)
そう思ったその時、背後で微かに悲鳴が聞こえた。
反射的に振り返ると、術師の1人が前のめりに倒れてしまっていた。
原初の御業を行使したことによる疲労で、足がもつれたのだろう。すぐに隣にいた護衛騎士が助け起こそうとする、が……
「キャッ! い、いやぁぁぁーーー!!」
それより先に、倒れた子が背後へと吸い寄せられ始めた。
いや、彼女だけではない。一瞬後には、わたくし含む全員が暴風の魔手に囚われた。
「くっ!」
「イミオラ様!!」
突如体を引っ張られ、体勢を崩して倒れる。
そして、一度倒れて足を止めてしまったら、もう抗う術はなかった。
草を掴もうが地面に爪を立てようが、大聖堂へと引き戻される体を止めることは出来ない。
それどころか引き寄せる力はますます強くなり、だんだん体が浮き上がりそうになってくる。
「イミオラ、様!」
「ソフィ?」
その時、隣にいるソフィが自身の体に身体強化の神術を発動させた。
そしてその手を伸ばし、わたくしの袖を掴む。
「う、ああっ!!」
「きゃっ」
そのまま上体を起こして空いている手で地面を掴むと、思いっ切りわたくしを前方へと放り投げた。
「ソフィ!!」
「逃げて、ください!!」
肌に感じる風が弱まるのを感じる。しかし一方で、わたくしを放り投げた反動で、ソフィは完全に体が地面から離れてしまった。そのまま空中に引っ張り上げられ、大聖堂……その真上に接近する竜巻へと、吸い寄せられていく。
「ソフィィィーーー!!!」
ただただ見送るその先で、空を舞うソフィの体に次々と裂傷が刻まれていく。
「いやぁぁぁーーー!!」
そして、その体が細切れにされ、真っ赤な血の雨を降らせる……と思ったその時、突然風が弱まった。
「え──?」
今にも大聖堂の天井を突き破り、瓦礫と土埃を舞い上がらせそうだった竜巻が、ゆるゆるとほぐれるように勢いを弱めていく。同時に、ソフィ含む宙に浮き上がっていた術師達が、次々と芝生の上に落下する。
「これは……?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……うん? ちょっ、ちょっと! どういうことよコレ!!」
「どうした? っ!」
問い掛けてすぐに気付いた。
先程まで確かに感じ取れていた聖地の力が……今は、感じられない。いや、消えたわけではない。これは……
「何よコレ! もう少し、あと少しなのに!!」
歯噛みするミッティーベール。その言葉通り、ミッティーベールが生み出した竜巻は、大聖堂のすぐ上まで行ったところで止まって……いや、その先端から徐々に崩れ始めていた。
「力の流れが戻され……? いや、一点に集中している、のか?」
その光景を視界の端に収めながら、俺は聖地の力の流れを追い……その原因を悟った。
「そうか、これは……」
同時に気付いたらしく、ミッティーベールもその顔を憤怒に歪めながら、怨嗟の声を上げた。
「聖杖公ぉぉ!!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「小童共が……貴様らなんぞに、この聖地をいいようにはさせんぞ……」
霊廟の床に突き立てた聖杖を介して、聖地全域に意識を飛ばす。
そこに血管のように張り巡らされた力の流れを、強引に束ね、引き寄せる。
凄まじい力の奔流に、少しでも気を抜けば暴発してしまう危うさを感じる。
それと同時に、聖地全域に意識を巡らせたことで、否応なく戦場の様子も感じ取れてしまった。
(バーナード……)
業の深い一族に生まれてしまった、哀れな子供。
あの子にとっての最大の悲劇は、彼自身は善なる感性を持って生まれてしまったことだろう。
あの家に生まれていなければ、善良な一市民として生きられたはずだった。善なる感性を持っていなければ、自らの罪に気付いても、開き直って生きていただろう。
あのような……ただ自らの罪を清算するためだけに茨の道を素足で歩くような生き方は、しないで済んだだろうに。
(結局儂は……お主を救えなんだのぅ……)
あの日、死人のような目で儂に自らの罪を懺悔した彼に、儂は神に仕える者として生き直すことを提案した。しかし、それは本当に彼にとって救いとなったのか……儂は結局、あの子が心から笑うところを一度も見たことがなかった。
(いや、今は……)
悔いても仕方がない。
今は、あの子の……あの子達の命に、報いることだけを考えなければ。
「ぬしらが、何を考えてこんなことをしておるのか……それは、知らん」
真光教団は、呪術師の集団。呪術師と迫害され、虐げられた者達の集団。
彼らにも、背負う過去はあるのだろう。たくさん傷付けられ、自らを守るためには、否応なく他者を傷付けなければならなかったのだろう。
だが……だが、
「それはのぅ……あの子達も、同じじゃった」
たくさん傷付き、神殿に身を寄せた。外の世界に居場所がなく、神殿の中でしか生きることが出来なかった。
それでも前を向いていた。他者を憎まず、他者を思い遣れる優しい子達だった。
「ぬしらをすくい上げられなかったことは、儂の不徳じゃ。それはすまぬ。しかしな……あの子達を殺めたこと。そんなことを、あの子にやらせたこと。それは、断じて許すわけにはいかんのよ」
人一倍優しいあの子のことだ。きっと今頃苦しんでいるだろう。そんな決断を、彼女にさせてしまったことが心苦しい。だから……
「許せとは言わぬ……儂も貴様らを許さん!! 空に逃げれば安全だとでも思ったか! 笑止! 即刻地に叩き落してくれるわ!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これは……ぐっ!?」
下方から茶色の光の柱が立ち上り、俺達の周囲を覆った瞬間、全身に凄まじいGが襲い掛かった。
「ぬ、ぐ……これが、聖杖公の……!?」
「ぐぐ……まさか、重力まで操れる、とはな……っ!」
全身が軋む。まだ治り切っていない傷があちこちで開き、体中に激痛が走る。
「ミッティーベール! さっさと聖杯公を仕留めろ!! 激流さえ起こされなければ、落ちたところで問題ない!!」
「分かって、るわよ! チッ、あと2人使うからね!!」
ミッティーベールが傀儡を補助に使い、再び嵐を制御しようとする。
しかし、同時に下方で今度は青い光が瞬き、凪いでいた水面がゆっくりと動き始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
南方の戦場で立ち上った茶色い光の柱を見て、わたくしは瞬時に自分がなすべきことを悟った。
懐から聖杯を取り出し、神力を注ぐ。
そこまで大きな力は必要ない。少しだけ。襲撃者達の直下に局所的な渦を発生させるだけで十分。それだけ、なのに……っ!
(動か、ないっ!)
神罰を行使した直後だからか、それとも聖地の力を借りられないせいか……いや、その両方だ。
(誰か……)
周囲を見回すも、術師達は全員大なり小なり傷を負い、護衛騎士に治療を受けている状態だ。
なんとか安全圏まで脱出は出来たものの、この状況でわたくしの補助を出来るような者は……
「イミオラ様!!」
「? っ! ヒリッジ! ユリナ! どうして──」
「ビフォン様は霊廟に辿り着かれ、入り口と階段を封鎖されました! 我々はイミオラ様をお守りするようにと!」
「イミオラ様、します!」
「ユリナ、貴女……」
唯一の肉親である兄を喪ったばかりの彼女に、つい気遣いを向け……力強い視線で返され、息を呑む。
「大丈夫です。わたしも、神殿術師として立派に務めを果たします」
「……そう、分かりました。ではユリナ、力を貸して」
「はい!」
ユリナの力を借り、再び意識を集中させる。
そして、襲撃者の下方に広がる聖水を掌握し、動かそうとしたところで。
「むっ! なに──ぐわっ!?」
「なん──ぎゃっ!!」
2人の騎士の悲鳴が上がり、
「お前は──っ!!」
「なっ、あの人──」
ヒリッジとユリナが戦慄に満ちた声を上げ、
「やれやれ、何をやっているのですかねミッティーベールは」
呆れを含んだ緊張感のない声が、淡々と廊下に響いた。
おかしい……書いている内に、この聖地決戦がどう決着するのか作者にも予想出来なくなってきました(マジ)




