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とある学生視点

後日談の第1話は王太子か兄視点だと思いましたか?

残念!学生A視点でした!


…すいません。反省はしています。

でも後日談の導入としてはこれが一番書きやすかったんです…。

 王都の闇夜を突如光の渦が引き裂き、圧倒的な神力の波動が王都に住まう人々の意識を打ち付けた事件から、一夜が明けた今日。

 登校した学園では、2つの衝撃的な噂が駆け巡っていた。


 1つは、セリア・レーヴェン侯爵令嬢とハロルド・ファルゼン王太子殿下の婚約が破棄されたという噂。


 この噂に関しては、私は事実であると知っている。というのも、伯爵であり、宮廷神術師の指南役として国の要職に就く父から、昨日の午後に聞いていたのである。

 王宮の会議から帰ってきた父からこの話を聞いた時は私もかなり驚いたが、その夜に起こったあの衝撃的な事件でその驚きも吹き飛んでしまった。

 そして2つ目の噂は、その事件に関することである。


 それは、件のセリア嬢がその才能を開花させて聖女となり、大神術を行使したという噂だ。


 1つ目の噂に関しては、私のように親から予め聞いていた者が一定数いたのだろう。すぐに事実だということが広まり、多くの学生が受け入れていた。

 まあ、そこまで予想外な話ではなかったというのも、あっさり受け入れられた一因としてあるのだろう。


 しかし、2つ目の噂に関しては完全に予想外だったこともあり、多くの学生は、特に私たちの1学年上の、セリア嬢と同じ5年生の学生は、与太話だとして信じていなかった。


 だが、学園にその噂の証人がいたのだ。

 この学園の演習場には、常に教員が1人管理人として駐在しており、放課後においては生徒や教員の立ち入りをきっちり管理している。

 まあ神術の演習場には、上位神術の発動に使う神具や触媒も保管されているので、当然の措置である。

証人とは、昨日演習場の管理をしていた教授である。


 宮廷神術師上がりだというその老齢の教授は、普段はその賢者然とした落ち着いた立ち居振る舞いから学生に限らず、多くの神術師に憧れられる存在だ。

 しかし、今朝はその泰然自若とした態度はどこへやら、非常に興奮した様子で誰彼構わず昨日の様子を語っているらしい。

 私は直接その教授の話は聞いていないが(実際には聞こうとしたのだが、遠目に見た教授の様子があまりにも鬼気迫る様子だったので、反射的に回れ右してしまった)、彼は昨日、閉校時間の少し前にセリア嬢が1人で演習場に来たのを確認していたらしい。


 それから少しして、上位神術のものらしき神力の波動を感じ、学生にしてはなかなかだなと思ったらしい。しかし、今演習場には“あの”セリア嬢しかいないはずだということにしばらくしてから気付き、不審に思って演習場を見に行ったそうだ。

 そしてそこで演習場の中心に1人で佇むセリア嬢を見、次の瞬間圧倒的な神力の波動を間近で受け、意識が飛んだらしい。


 …とまあまとめるとこれだけで済む内容を、当の教授は、「私は奇跡の目撃者となったのだ!」とか、「最後まで見届けられなかったのが悔やまれる。彼女は何を思って神意召喚を成したのか…ああ!神力に当てられて気絶するとは!情けない!」など、果ては「薄れ行く意識の中で見たセリア嬢の神々しい姿…あれこそまさに聖女だ!!」なんてことを熱っぽく語り、最終的には興奮が極まったのか神に祈りを捧げ始める体たらくらしい。


 なんにせよ、学生だけでなく教師の大部分からも尊敬と信頼を集める彼にそんなことを言われては、ほとんどの者たちは信じざるを得なかった。


 仮に、信じないと言いたくとも…


(この状況を見てしまっては…ね…)


 私は神術の授業で訪れた演習場を見渡して苦笑した。

 普段演習場には、神術の暴走や、過剰威力の神術の発動を防ぐために、一定以上の神力の放出を阻害する特殊な結界が張られている。

 より正確には、演習場自体が1つの儀式場となって、結界を維持しているのだ。


 しかし、今の演習場を覆う結界は、教員が張った仮のもので代用されている。

 その理由は演習場の端を見れば一目瞭然だ。

 そこには…


 本来結界を維持する儀式場の要として四方に設置されている神具が全て粉々に砕かれ、儀式場を定義するために演習場を囲うように配されている呪符が1枚残らず燃え尽きている光景があった。


(一体どんな無茶苦茶をやればこんな惨状に…?まあ昨夜のあれを見ればこうなるのも無理ない気がするけど…)


 教授が言っていたという“しんいしょうかん”というものがなんなのかは分からないが、きっととんでもない大神術なのだろう。


(セリア様…)


 私は噂の渦中にいる令嬢に思いを馳せた。


 この学園において、セリア嬢は1,2を争う有名人だった。

 しかし、それは決していい意味での有名人ではなかった。


 セリア嬢を先入観なしに評価すれば、“凛とした佇まいの非常に努力家な孤高の令嬢”といった感じになるだろう。

 しかし、この学園で彼女をそのように評する者はいない。

 この学園でのセリア嬢の評価は、“王太子の婚約者であり、膨大な神力を持ちながら、碌に神術が扱えない劣等生”である。

 彼女を妬む令嬢の中には、悪意を持って“神に見放された女”などと呼ぶ者までいる。


 そんな周囲の侮蔑や嫉妬の視線の中、表情1つ使えずに泰然自若としているセリア嬢を見て、私も最初は、彼女を孤高な人間なのだと思っていた。


 でも、今は違う。

 なぜなら私は見てしまったから。



 1人で、その瞳に深い哀切を浮かべ、静かに涙を流す彼女の姿を。

 その姿を見て、私は胸を締め付けられるような思いがした。あれほど悲しい涙を私は見たことがなかった。

 すすり泣いていたわけでも、泣きじゃくっていたわけでもない。

 むしろ表情は、まるで麻痺してしまったかのように無表情のままだった。

 声もなく、静寂の中でただ涙が…涙だけが静かにその頬を伝い落ちていた。

 その姿はどこまでも美しく、それでいながら見ていて心が軋むほど悲しく、切ない姿だった。


 その時私は、とっさに彼女に駆け寄って、その手を強く握ってあげたい衝動に駆られた。

 しかしできなかった。

 その時私は婚約者と一緒にいて、その婚約者はセリア嬢のことを毛嫌いしていたからだ。

 婚約者の手前そんなことはできなかったし、直感的に、その時の彼女の姿を婚約者に見せるわけにはいかないと思った。



 そして、それからも私は婚約者との関係を気にして、セリア嬢と近しく接することはできなかった。まあそれでなくとも、伯爵家の人間から侯爵家の、しかも年上の先輩に馴れ馴れしく近付くことなどできなかっただろうが。


 しかし、もう以前と同じ目で彼女を見ることはできなかった。

 私には、彼女の無表情は、傷付くことに慣れ過ぎてしまったが故の歪なものに見えてしまった。


 たった1輪で咲き誇る孤高の花は、儚く咲く氷の花だった。

 どこまでも美しくありながらも、他のどの花よりも繊細でもろく、しかし氷であるが故に萎れることも出来ず、周囲を悪意の炎に巻かれ、ただ人知れず雫を零す。

 王太子殿下が必死に柵を作ってその花を守ろうとしていたようだが、その花は絶えずめらめらと湧き上がる負の感情にあぶられ、少しずつその身を削っているように見えた。


 今、その花はいったいどうなっているのだろう?

 私は、セリア嬢が運ばれたという王宮の方に視線を送り、彼女の身を案じた。

 と、その私の視界に奇妙なものが映った。


(ん…?)


 鳥…なのだろうか?いや、鳥にしては大き過ぎる何かが、王宮の城壁を飛び越えて一気に大空へ飛翔していく。


(あれは…人?)


 そう、信じられないことだが、その何かは人に見えた。そして、目を凝らして見た瞬間、陽の光を反射して、それは銀の輝きを纏った。

 まさか…あれは…


「…セリア様?」


 ぽかんと口を開けたまま、私は彼女の名を思わず口に出して言ってしまった。



* * * * * * *



 午後になり、学園に新たな噂が流れた。

 なんでも、渦中のセリア嬢が神術で空を飛び、王都を出奔したという噂だ。


 …やはり演習場で見たあれは見間違いではなかったらしい。


 ちなみに、現在知られている神術に、空を自由に飛ぶ術は存在しない。

 それも当然だろう。上位神術を用いれば空中を移動すること自体は不可能ではないが、一度神術を発動させてしまえば、あとは指定した通りに移動するか、神術を強制中断して落下するかの2択で、途中で方向転換することはできない。それをしようとすれば、移動中にもう一度同じ神術を発動しなければならないが、空中を移動している状態で意識を集中し、上位神術を即時発動させられる者がどこにいるだろう?

 つまり、精神力、神術の技量、神力量、これらの観点から、既存の神術で飛行を実現するのは不可能なのだ。


 それも、これは家に帰ってから父に聞いた話だが、どうもただの飛行神術というわけでもないらしい。


 当然のことだが、王宮には数多くの衛兵と宮廷神術師がおり、これまた当然のこととして、今朝セリア嬢が滞在していた部屋の周囲は、彼らによって厳重に警備されていた。

 セリア嬢が部屋から飛び出した際にも、もちろん真っ先に彼らに見つかり、止めようとされた。


 王宮に侵入して来た賊を、城に被害を及ぼすことなく完全に無力化するため、拘束系や捕縛系の神術は宮廷神術師の必須技能であり、得意分野でもある。

 しかし、宮廷神術師たちが次々に発動したそれらの神術は、セリア嬢を止めるどころか、その動きを鈍らせることも出来ずに無効化されたらしい。


 それでも、この段階ではまだ彼らは焦ってはいなかった。

 なぜなら、王宮には、その城壁に沿うようにして学園の演習場の結界など比にならない規模と強度を誇る無差別防御結界が張られているからだ。

 城壁の内側と外側を完全に隔離する障壁に阻まれ、セリア嬢が外に逃げることなどできないと考えていたのだ。

 しかし、そう高をくくっていた彼らの視線の先で、セリア嬢は結界をあっさり透過して飛び去ったらしい。

 これには彼らも唖然としてしまった。


 後に、その場に居合わせた、父の一番弟子たる宮廷神術師筆頭は、「何らかの手段で動きを阻害する神術を完全に無効化していたとしか思えない」と首をかしげていたそうだ。



* * * * * * *



 その数日後、私は婚約者のもとに向かうため、馬車の中にいた。

 この数日で、学園、そして王都に住まう貴族の間では、また新たな噂がまことしやかに語られていた。


 その噂とは、セリア嬢が神術師としての才能を開花させることが出来なかったのは、王太子の婚約者としての重責が原因だったのではないかというものだ。


 レーヴェン侯爵家の当主夫妻と、次期当主がセリア嬢につらく当たっていたのは、貴族の間では有名な話だった。

 まあ、社交界で公然と愚女、愚妹呼ばわりしていれば、いやでも分かるというものだ。


 わずか4歳で王太子の婚約者となったことで、家族や王家に過度な期待と教育を課せられ、それがセリア嬢を委縮させ、才能の開花を妨げていたのではないかということだ。


 セリア嬢が婚約破棄の直後に才能を開花させたこと、その後全てを捨てて出奔したことが、その噂に大きな説得力を与えていた。


セリア嬢は、自分を(さいな)んだ全てが嫌になって、姿を消したのだろう、と。


 しかし、私は少し違うと思っている。


 きっと彼女は、もう誰かのために咲くのをやめたのだ。

 暗く黒い炎にあぶられ続けた氷の花は、やがて自らその身を無垢な清流に変え、王太子殿下の手をすり抜け、炎の中を突っ切って、自らが望む場所へと流れて行ったのだ。


 あの日、演習場から見上げた彼女の姿を見て、私はそんな風に思っていた。


 今、私はかつてよりも強く彼女に会いたいと思う。

 今度こそ彼女と正面から向き合い、言葉を交わしてみたい。

 氷の花でなくなった彼女の表情を見てみたい。

 そして、できれば欠片でも彼女の内面に触れてみたい。

 そう思う。


 もう婚約者のことなど気にしない。そのための勇気を、私は彼女からもらったのだから。






 辿り着いた婚約者の部屋で、私は婚約者に挨拶をすると、笑顔で言い放った。


「リゼル・レーヴェン様。あなた様との婚約を破棄させて頂きます」


男子学生視点だと思いましたか?

残念!女学生視点でした!


「騙された!」という方には言わせて頂きます。「ドヤァ!」

「え?普通に女だと思ってたけど?むしろどこにミスリードの要素が?」という方には言わせて頂きます。「ナマ言ってすいません。もっと精進します…」



※割とどうでもいい些事ですが、愚女、愚妹というのは本来、自分の娘、妹を謙遜して言う言葉で、作中のように愚かな、という意味で使うのはあまり一般的ではありません。

つまり、むしろ社交界でそう呼ぶのは日本人の感性からすると正しいということになります。

いや~日本語って本当に難しいですね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 後書きを読んでから見返すと一話で二度おいしい [一言] 主に台詞や心情の部分が女性的だったのと一人称の割には地の分がそこまで丁寧ではないことから最初から女性だと思って読んでいました…() …
[一言] ちきしょう読み返しで読むの二回目なのに騙された!
[一言] 完っ全に男子学生だと思いました あとから見返してみれば確かに語り口調も最後以外中性的で、判断材料として不十分でしたね てっきり涙を流すセリア嬢に婚約者がいるにもかかわらず惚れ込んでしまった人…
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