―④― フラッシュバック
同日
新車、中古車、整備、車検、自動車保険――サエキオートワークスではこれらの業務を請け負っている。地元有数の企業だが、大手中古車ディーラーの進出や若者のクルマ離れの影響もあって、右肩下がりの業績が続いていた。
「人件費削減のため、半数が解雇される可能性があります」営業部長がそう言ったのはつい数分前の事だった。
深い溜息をついて、瑞樹は〇七年式スバル・レガシィの運転席に体を埋めた。八九.七MHzに合わせられたラジオでは、ゆるい口調の女声がリスナーからの手紙を読んでいる。
「この時間、最後はケダマさんのリクエストで締めたいと思います。来週も、素敵なお便りくださいね」女声の後、デヴィッド・ボウイのレッツ・ダンスが流れてきた。ふとオーディオの時計に目をやると、デジタル数字は一八時五六分を示していた。
「帰っか」瑞樹はギヤを入れ、車を出した。
隣町の家までは二〇分程度で着く。瑞樹はその間、家族への言い訳を考えていたものの、結局何も思い浮かばないまま家に着いてしまった。誰も居ないことを願ったが、駐車場には美雪の〇五年式マツダ・デミオが鎮座していた。
「ただいま」玄関の扉を開けた瞬間、夕飯の匂いが鼻を抜けた。
「おかえりー」キッチンの方で美雪の声がした。瑞樹はドアチェーンをかけると、美雪の方へと歩いて行った。
「もう食べれる感じ? 」
「うん。もう少ししたら」食器を洗いながら美雪が言った
「手伝おうか? 」弁当箱を片手に瑞樹が聞くと、美雪は「大丈夫」と答えて弁当を受け取った。
「珍しいね」
「何が? 」
「いつも、お弁当渡してどっか行っちゃうじゃん」
「あ、ああ」しまった、と瑞樹は思った。悟られたか――こうなったら腹をくくって言うしかない。
「美雪、そ、その……」
「何、話でもあるの? 」美雪が手を止めることはなかった。
「ある」そう言うと、瑞樹は深く息を吸った。
「俺、今の会社にはもう、長く居られないかもしれないんだ」瑞樹がやっと吐き出すと、美雪の手がピタリと止まった。
「クビ切られたの? 」
「いや、経営が苦しくて従業員を減らす為に解雇するらしいんだ。それに巻き込まれるかもしれないっていう話だ」
「巻き込まれなきゃ大丈夫ってこと? 」
「うん。簡単に言えばね」本当にそうなのだろうか? と瑞樹は思った。会社が経営を立て直せなければ、今度は全員解雇になってしまう。もしそうなれば最後だ。
「そう」美雪は洗い物を拭き始めた。「きっと大丈夫よ」
「どうして?」
「妻としての勘」美雪は瑞樹の方を向いた。「瑞樹は頑張ってるから、なんとかなると思うけど」
「だと良いな」強い奴だなと思いながら、瑞樹は微笑んだ。何があるといつも、こうやって励ましてくれる。瑞樹が美雪に惹かれた理由もそれだった。
「着替えてくるよ」そう言うと直樹は二階へ上がった。
自室に入り、窓辺に置かれたサボテンに水をやると、直樹はカーテンを閉めてスーツから作務衣に着替えた。メールをチェックしようとiPhone6のロックを解除した時、着信通知が一件あることに気付いた。見知らぬ番号、一体誰だろう。
「食べるよ、早くう」階段の下から美雪が叫んだ。
「ちょっと電話したら行くから」そう言うと瑞樹は思い切ってリダイヤルした。
三回めの発信音が鳴り終わる前に、四〇代と思しき男性の声がした。
「もしもし、森崎です」聞いたことのない名前だった。
「あの、さっきそちらから電話がかかってきたみたいなんですが」
「あ、もしかして竹内瑞樹さんですか? 」
「はい、そうですが」瑞樹は少し腹が立った。そっちから電話しておいて「もしかして」はないだろうに。
「心理カウンセラーの森崎淳と申します。実は、あなたのご友人からそちらに電話するように頼まれまして」
「友人?」高校の頃まで瑞樹に友人は沢山『いた』が、全員就職や進学などで散り散りになってしまった。その中の一人だろうか?
「誰です? その友人って」
「水沢直実君です」瑞樹はその名前を聞いた瞬間、身を凍らせた。
一三年前の記憶が衝撃となって彼を襲い始めた。