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炉中の記憶  作者: Koroku
―プロローグ―
1/4

―①― サプライズ

――後悔先に立たず

   ことわざは嘘つかないな――

―①― サプライズ


二〇〇三年 四月 第二週


 軽自動車には心臓破りと思える坂を超え、最後の右カーブを曲がると、目的地である駐車場に辿り着いた。

 瑞樹が九八年式スバル・ヴィヴィオを建物に一番近い端に駐車すると、すぐ後ろに直実の九六年式三菱・パジェロが停まった。

 二人は車を降りて周りを見渡した。辺りは針葉樹が生い茂っており、時折風に揺られて花粉を飛散させていた。二人が立っている駐車場には二、三〇台は停められる程度の大きさだったが、舗装は激しく傷んでいて、駐車枠は跡形もなく消えていた。

 突然、瑞樹の目前にタバコの煙が流れ込んできた。彼はすかさず直実を睨んだ。

 「山火事になっても知らんぞ」

 「別に。俺の土地じゃねえし」直実が紫煙とともに吐き捨てた。

 「お前なあ…… 」瑞樹は呆れ返った。

 いつも直実にはガッカリさせられる。所構わずタバコを吹かしたり、女性に対してオブラートに包まず下ネタを話したり、パスタを豪快に啜ったり。例を挙げればキリがないが、瑞樹にとって一番の友人であることは確かだった。一番の友人というより、唯一の友人と言った方が正しいのだが。

 「ほら、早くしないと昼過ぎるぞ」

 「分かった分かった」そう言うと直実はタバコを踏み消し、パジェロのトランクを開けた。

 トランクの中には三人分の撮影道具と探索用の服が入っていた。

 「来ねえな」直実が二本目のタバコを吹かしながら言った。

 「どこで道草食ってんだか」

 「この辺じゃ道草も食えんだろうよ」

 「まあな。とりあえず待つか」

 後からもう一人、忘れ物を取りに行った知人が来るはずなのだが、一時間程待っても姿を現さなかった。集合地点の道の駅から彼の家までは二、三分。そこからここまで四〇分程度で着くはずなのだが――。

 「来ねえな」直実が五本目のタバコを吹かしながら言った。

 「電話してみっか」

 瑞樹は胸ポケットのP505iを取り出し、スピーカーホンで通知発信した。数回の発信音の後、案内音声が流れた。

 「こちらは、NTTドコモです。お掛けになった電話番号は、現在、使われていないか、電源が入っていないため、掛かりません。こちらは――」

 「おいおい」直実はしびれを切らしていた。「もう、先に行こうや」

 「そうすっか」P505iを胸にしまいながら瑞樹が言った。

 二人は探索用の服に着替え、靴をブーツに履き替え、カメラを首に下げて建物の方へと向かった。

 正面玄関のガラス戸は施錠されていなかったため、内部へは簡単に侵入できた。

 「これまた……」

 「当時のままか」

 二人は二〇年間手付かずのまま、奇麗に放置されたその内部の様子に感嘆しつつ、各々シャッターを切り始めた。

ステンドグラス、香炉、蝋燭立て、竹箸の置かれた台車。ファインダーに映るものは全てが神秘的な雰囲気に満ちていた。

 瑞樹の脳裏には、それらが使われていた頃の情景が浮かんでいた。黄金色に輝く架装がされたクラウンバンから、老衰、慢性疾患、不慮の事故で命を落とした者たちが、無機質なステンレスの台車に載せられ――

 「ここで最後の別れを」瑞樹の声は、コンクリートの壁に跳ね返って冷たく響いた。

 「そして」直実は重く閉ざされた鉄製の扉の前に立ち、カメラを構えた。利き目が左目である直実は、左目でファインダーを覗き、右目で周囲を見渡せるような構え方だ。

 「ここで荼毘に付されると」そう言い捨てて直実はシャッターを切った。

 ストロボを焚いたために、二人は鉄製の扉に反射した光で目を眩ました。

 「どうする? 」直実が瑞樹に聞いた。

 「何が? 」

 「コレだよ。開けるか? 」扉を指差して直実が言った。

 「好きにしろ。俺はこっちに行ってるから」そう言うと瑞樹は『事務所』と書かれた部屋へと入っていった。

 事務所の中には、使用されていた当時の書類がそのままにされていた。その中に建物の設計図を見つけると、瑞樹は事務所の裏に機械室があることに気が付いた。

 「行ってみるか」と呟いた時、金属音と共にズルズルと何かを引き摺る音が聞こえてきた。きっと直実があの扉を開けたのだろうと思い、瑞樹は音のした方向へと歩いて行った。

 「おーい、機械室に入ってみないか」

 「機械室? 」と直実が聞き返しながら、扉の向こうの暗闇に向けてストロボを焚いた。

 その瞬間、奥に何かがいるのが見えた。

 「何だ? 」思わず直実が言い放った。

 「どうした? 」

 「中になんかあるぞ。おい、ライト寄越せ」

 「どれどれ」興味津々な瑞樹は、ライトを渡さずに自分で照らしに行った。

 ライトが照らし出した物を見て、二人は絶句した。正確に言えば、それは『物』でなく『者』であったのだ。もっと言えば、『者』であり『彼』であった。

 二人が待っていた『彼』、高野礼司たかのれいじがぐったりと壁にもたれかかっていた。

 「高野さん!」気が動転した瑞樹は、高野の方へ駆け寄って肩を揺さぶった。だが高野の肩から上は微動だにしなかった。死後硬直が進行し、全身がくの字に曲がったまま固定されてしまっていたのだ。

 「……警察! 」

 「ちょ、ちょっと待て」

 「待っていられるか!」瑞樹は一一〇番通報しようとしたが、手が震えてなかなかダイヤル出来なかった。

 「馬鹿、よすんだ! 」直実は瑞樹からP505iを奪い取った。

 「何考えてる、今通報したら真っ先に俺達が疑われるぞ」冷静を装っていたが、直実の声は震えていた。

 「俺たちは今、不法侵入の現行犯だ。外で待っていてもバレるのは時間の問題だぞ」

 「じゃあどうするんだよ」瑞樹の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 「隠し通すしか無いだろ。どこまでも」

 「隠すって……」消え入るような声で瑞樹が言った。

 廃墟探索自体は、それ専門のテレビ番組が作られる程度に知られているし、探索中に遺体が発見されることもちょくちょくあった。

 しかし、多くの廃墟は放置されているだけで、所有者や管理者は遠隔地にいたり、病気療養中だったりなんてことがある。もし偶然彼らに見つかったとなると、不法侵入の現行犯で逮捕されることは間違いなかった。

 しかも今回は条件が悪い。場所は火葬場。中には遺体があり、それは二人がよく知っている人物なのだ。

 「ここを出るぞ」直実はガラス戸の方を見て言った。

 「そんな」高野の顔を見て、瑞樹はまた嗚咽が止まらなくなった。

 「とりあえず出るぞ、ほら」そう言うと直実は瑞樹の手首を握り、無理やり屋外へ引き摺り出した。

 外は雨が降り始めていた。駐車場には水が流れ、車を停めた辺りには水溜りができていた。

二人はひとまず直実のパジェロに乗り込んだ。

 「冷えるな」そう呟いて直実はキーを捻った。一〇秒程の余熱の後、勢い良くスターターが回り、二.八リッターディーゼルエンジンが黒煙を吹いて始動した。

 「何か飲めよ」直実は助手席のコンビニ袋を後部座席の瑞樹に渡すと、ドリンクホルダーに置かれた飲みかけのスプライトを一口含んだ。

 「何で」瑞樹が袋から烏龍茶を取り出して言った。「何であんなところに――もしかして」そう言うと瑞樹は車を降りて、建物の裏手にある、さっきまで自分が行こうとしていた機械室の方へ駈け出し、それを追いかけるように直実も車を飛び出した。

 「やっぱり」瑞樹の目の前には、高野のVT250SPADAスパーダがあった。

 「先回りしてたのか」直実が息を切らしながら言った。「俺たちを脅かすつもりで、あそこで待って。じゃあ何で死んだ? 」

 「病気? そういえば高野さん、前に糖尿だって言ってなかったか? 」

 「言ってたな。インスリン射たないとと死ぬって」

 「射たなかったのか」

 「いや、だとしたらバイクには乗れんだろうよ」直実はあることを思い出した。「心筋梗塞か脳卒中か」

 直実は一三年前、糖尿病の合併症の脳卒中で父親を亡くしていた。当時、直実は小学二年生だった。まだ幼かったが故に、あの頃の衝撃がフラッシュバックすることがあった。

 「合併症か」瑞樹が直実を見て言った。直実は悲痛な面持ちだった。

 「親父と同じだ」そう言うと直実は再び、パジェロの運転席へと歩いて行った。

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