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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第6章 異世界探訪は龍族姉さんとともに
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6-5.アヤメを食べる龍

 龍族の里は、この世界の遥か北方に位置する。

 これは龍族という種族が排他的であり、他種族を見下し、共に生活を紡ぐことを嫌悪したからとか、そういうことが理由ではない。


 この世界にて『人間』と呼ばれる者たちは、元は全て同じ種族――同じ種類の生物だった。

 当時の記録が残っているわけではないため子細なことは分かっていないが、この世界に『生物』が誕生した際は、魔族も人族も龍族もエルフ族も獣族も、同じ形――同じ体内構造をしていたと言われている。


 では何故、今のように種族が分離してしまったのか。

 これはこの世界における、進化の過程に原因があったらしい。


 元々は同じ場所にて生活していた『人間』だったが、世代を重ねるごとにその数が増え始め、争いや諍いが起こるようになってきた。

 人間という存在を俯瞰的に見れば、彼らは全て異なる生物であり、全く同じ構造をした人間はこの世に存在しない。

 人の数だけ感情があり、考えがある。

 総数が増えれば、いざこざが起こるのは仕方がないことだった。


 そこで過去の人々は、類似した考えを持つ者たちを集めて自身の考えを正当化しようと試みた。

 数が多ければ、論争が起きても力で押し通すことが出来る。

 謂わば、自分たちと異なる考え方をする集団は全員敵であると、そういった考えである。


 こうして出来上がった集団こそ、現代における『種族』という塊である。

 やがて『人間』たちは、類似した基準を持った仲間たちとグループを作り、自分たちの基準で生活を紡ぎ始めた。

 住居や食料の質に関して、一言多い集団。

 住居はどうでも良いし食物も喰えれば良いのだが、食べる量は多く無ければ気が済まない集団。

 とにかく血に飢えており、破壊衝動を発散することを生きがいとする集団。

 自然と心を通わし、物静かに落ち着いて暮らしたい集団。

 諸々である。


 結局彼らは「考えの異なる他の集団と同じ土地に住むのは嫌だ」と思ったらしく、長い年月を消費しながらも、『人間』が誕生した大陸から少しずつ集団は姿を消して行った。

 ちなみにこの、最初に生物が誕生した土地というのが、今でいうところの魔大陸――その中でも『火大陸』なのだとか。


 こうして魔大陸に残った集団。

 魔大陸から脱出し、新たな土地を切り開いた集団。

 同じく魔大陸から脱出し、住み心地の良い場所を探して住み着いた集団。

 魔大陸からは出ずに、森林や雨林を探して、隠れるように住居を造り上げた集団。


 大きく分けてこの四つに分かれて行ったのだとか。

 そしてこれらの集団が異なる生活・環境・常識などに揉まれながら進化して行き、魔族、獣族、人族、エルフ族と呼ばれるようになっていったのだとか。


 故にこの四種族は、身体を交えれば子孫が残る。

 元々が、同じような生物の集団だったからである。



 だが龍族は違う。

 その在り方から、基本四種族と呼ばれる人間たちと全くもって異なる生物なのだ。


 一説には、世界を造り上げた龍の末裔であるとも言われている。

 龍族が排他的なのではない。

 龍族は自分たちが暮らしやすい土地を、数万年という長い期間、守り続けて生活してきただけなのである。



        ◇          ◇          ◇



「ほらアヤメくん。落ちないように、気を付けてね」


 飛竜(龍族の間では魔竜と呼ぶらしい)に跨り、首に付けた鎖を手繰る金髪少女リュウナ・アルデバラン。

 彼女に手を差し伸べられ、ぐいと引っ張り上げられる。


 羽根が大きく胴体の小さな魔竜の背中は、大人が二人も乗れば定員オーバーだ。

 羽根や尻尾の根元部分に捕まれば何とか乗れるかもしれないが、現実的な話ではない。

 それにあまりギュウギュウ詰めになると、押し合いへし合いのせいで誰かが魔竜の背中から落下するかもしれない。

 飛行中に落下なんてしたら、生きては帰れないだろう。


「あれ――、ラスティさんはどうするんですか?」


 となると、一緒に付いてくると言っていたラスティはどうするつもりなのだろうか。

 辛うじて掴まれるような場所はあるが、こんな不安定なところに引っかかって移動するのは危険だろう。

 一日の内どれだけの時間を飛行に費やすのかは知らないが、休みなくどこかにしがみついているというのは、かなり気力も体力奪われる行為だ。

 しかも手を放したら生命はないという逃れられぬ現実が、プレッシャーを与えてくる。


 疑問に思いながら振り返ると、ラスティはタン! と大地を蹴り、見事な跳躍をかましてみせた。

 白銀の暴風(シルバー・ストーム)を身に纏い、くるんと回って魔竜のしっぽに飛び乗る。

 そのまま胴体の辺りまで歩み寄ると、ペッタリと俺の背中にひっついてきた。


「にぃ様に引っ付いて行く」

「え、大丈夫なんですか? それ」

「心配ない。万が一振り落とされても、風魔法ですぐに飛び上って戻ってくる」


 言葉だけ聞くと無謀な話にしか見えないが、実際ラスティが使う風魔法の実力は確認済みだ。

 一足先に龍族の里へ向かった時も、膨大な数の悪魔をズタズタに引き裂いた時も、申し分のないレベルの風魔法を使用していた。


 なるほど。

 ラスティ以外の人を乗せるのは無理だというのは、そういうことか。

 体躯が小さく軽く、万が一空から落下しても無事に帰還できる者。

 ここには、ラスティ以外にいない。


 ラスティに背後から抱きしめられながら、さて俺も掴まる場所を探さなければと手を伸ばすと、不意にその右手首をぐっと握り締められた。

 温かい体温と、包み込むような優しい握力。

 だがその握り方には、他者を思いやる感情などこれっぽっちも組み込まれていないようにも思えた。


 強く握っているわけではない。

 だが握っている場所が、手首の一番細い部分だ。

 そしてさりげなく指先で素肌を撫でられているというのが気になる。


「アヤメくんは、私に掴まってくれて良いんだよ?

 私が女の子だからって、遠慮しないでね。

 腕とか脚とかさえ動かさなければ、魔竜の扶助は問題無く出来るから」


 言いながら、彼女自身の体躯に腕を回すようジェスチャーする。

 確かに安全を第一に考えるのならそれも良い考えだろうが。


「恥ずかしくありません? 初対面の異性に、背後から抱きしめられるとか」


 むしろ普通なら嫌悪を感じるんじゃないか。

 口に出すのが怖くて、そんなこと聞けないが。


「恥ずかしくないよ? むしろ嬉しいよ」

「嬉しいってどういうことですか」


 言いかけて、さっきシュネアと話した内容が脳裏に蘇る。

 シュネアはリュウナを悪女と言っていたが。

 もしかするとこの龍族お姉さんは、異性に対する遠慮や嫌悪をほとんど感じない人なのではないか。

 男女隔たりなく接する人というのは、どこにでも普通に存在する。


 もしくは龍族の間では、普通に行うことなのかもしれない。

 文化の違いだな。

 乗客は、扶助者の身体にしっかり掴まることとか、常識なのかもしれない。

 郷に入っては郷に従えとも言うもんな。

 ここで訝しがって、飛行中に落下するなんてことになったら目も当てられない。


「分かりました。では失礼して」

「ん、――あは。もう少し上か下の方でも良いんだよ?」

「いえ、高さ的にここが丁度いいんで」

「もう少し上の方が、触り心地は良いと思うよ?」


 普通こういう場面って「変なところ触んな!」って怒られるか、「あら主人公君ったら、意外と大胆なんだから」とか言ってからかわれるか、起こりうる事象はどちらかだと思ってたんだけど。

 経験ではなく創作物からの知識であるため、実際にどうなのかは知らないが。


「アヤメくん。もう少しくっつかないと、ラスティさんが魔竜の背中に乗れないよ?」

「す、すまんの、にぃ様よ。じゃがもうちぃっとだけ、詰めてもらえると助かる」


 見ると、ラスティの片足が置き場を無くしてぶらぶらと揺れていた。

 確かにこのまま急上昇したら危ない。


「あ、――はぁん」


 ラスティが落ちても困るので、ギュッとお腹の辺りを抱え込む。

 不思議と変な気分にはならない。

 いくら年頃の男の子だとは言っても、誰相手でも欲情するというわけでは無いのだ。


 まあこの方が安全だな。

 変に照れたり恥ずかしがって、手を放して落下なんてことになったら困る。

 某パーティゲームと違って、落ちたら元の位置からやり直し――なんてことにはならないのだ。


「ん、いい……」


 無事三人とも魔竜に乗ったところで、ゆっくりと魔竜の体躯が上昇していく。

 ハァハァとかいう吐息が聞こえたような気がしたが、気にしないでおこう。


 扶助者が紡ぐ荒い息遣いも、魔竜の羽ばたき音によりかき消される。

 塵や砂煙が舞い上がり、視界が少しずつ変貌していく。

 樹木の背丈を超え、森林から顔を出す。

 城壁に囲まれたトリスコールの街――フレドールの時計塔が見える。


 魔竜の上昇は止まらない。

 城壁を越え、フレドールの時計塔をも飛び越え、やがて視界に映り込む建造物が消失する。


「あまり下の方飛ぶと、討伐対象にされちゃうんだ」


 だ、そうだ。

 飛行船やヘリコプターなどの移動手段がないこの世界では、空からの攻撃は何よりの脅威となる。

 故に飛行可能な魔物が発見されると、即座に討伐隊が組まれるのだ。


 龍族の操る魔竜が人々に危害を加えることはないが、地面を歩く一般市民からしてみればそんなことは関係無い。

 攻撃の意思が露わになった途端、回避不可能な攻撃を上空から降り注がれる。

 その可能性は皆無だと言われても、不安なことには違いないだろう。


 故に魔竜を飛ばす時は、ある程度の高度を保たなければならないと、龍族の中で暗黙の了解が出来上がっているのだとか。

 掟と呼ぶほど厳しいものではないが、一人が破ってしまえば信頼関係は崩されてしまう。

 だからリュウナも、その辺のルールはしっかり守っているのだ。


「意外と揺れないものなんですね」

「えへへ、私の魔竜さんは優秀な子だからね」


 出来るだけ下を見ないようにはしているが、これなら振り落とされることも無いだろう。

 上で暴れたりしなければ。


「休憩は、どの程度の頻度で挟むんですか?」

「んー、とくに決めてないけど、基本的には一日一回。夜だけかな。

 ある程度飛んじゃえば、私の扶助も必要なくなってくるし」


 一日に休憩一回か。

 ただ乗っているだけとはいえ、結構なハードモードだな。


「……平気かな」

「にぃ様は探訪慣れしておらんからの。

 妾やリュウナ殿を基準に休憩をとっておっては、にぃ様のスタミナがもたんかもしれんの」

「スタミナ切れで動けなくなったアヤメくんを……。ぐへへ」

「あの、リュウナさん?」

「!? あ、ごめんね。つい美味しそうなデザートを思い浮かべちゃって、思わず涎が」


 じゅるりと音をたてて、ギラついた瞳を向ける金髪少女リュウナ。

 清楚でお淑やかな見た目をしている割に、一つ一つの反応が嫌に淫猥な雰囲気を纏っている。


 単なる勘違いでは無いだろう。

 現に今も、リュウナの口元からは幸せそうな雫が垂れている。

 視線はこっちをしっかりと捉えている。


 あれか。龍族ってもしかして、物凄い禁欲的な種族なのだろうか。

 創作物なんかでも時偶見かけるシチュエーションだ。

 普段の生活が健全過ぎて、反動で淫らで艶やかな少女を露呈してしまうのだ。

 まあそんなの、現実の世界じゃ起こりえない話だが。


 リュウナは口元の涎を拭うと、お人形さんのように美麗な髪を払い、可愛らしく碧眼を細めてみせた。


「さてアヤメくん。

 ラスティさんのご提案通り、休憩の頻度を増やそうかと思います」

「お手数おかけします」

「アヤメくんは――もし休憩するなら、宿と外とどっちが良いですか?」

「そうですね……。短い休憩なら、外で構わないかなと」


 流石に野外で就寝するのは嫌だが、ちょっとした休憩の度に宿代を払うのも大変だろう。

 それに、いつでもどこでも宿泊施設があるとは限らないんだから。


「そっか……。アヤメくんは野外派か。

 私はどっちでも良いけど、本格的にするときは屋根があるところにしようね?」

「ええ、勿論ですよ」


 本格的に休憩する時――夜間も野宿なんてしたら、野蛮な魔物たちに襲われてしまうだろう。

 もしくは異世界の定石通り、盗賊とかな。

 これがもし異世界に来てすぐのことだったら、寝込みを襲われかけたところを返り討ちにしてチート能力を発現する――って感じのフラグにもなりうるが。


 この世界に来て一年以上も経過した俺に、そんな接待プレイみたいな盗賊が襲い掛かってくるとは思えない。

 危険なことはしない方が良いだろう。


 そう思っての発言だったのだが、リュウナの顔が赤いのはどういうわけだろうか。


 魔竜に繋いだ鎖を片手で操り、もう片方の手で俺の手を撫でるリュウナ。

 あまりくすぐらないで欲しい。

 リュウナを抱きしめているこの力が抜けてしまっては、魔竜の背中から落下する可能性が高い。

 さっきから落下する可能性ばかり考えているのは気のせいだろうか。


「アヤメくんのご所望の通り、宿に行ったら、次は私の実家行こうね」

「この状況で言われると、何かどっちも如何わしい意味にとれるんですけど」

「ちなみに宿ってのは、性的な意味で泊まる方ね?」

「今から下ろしてもらうことって可能ですか!?」


 俺の科白に、リュウナは「冗談だよ」と笑ってみせる。

 口元こそ愛らしく緩んでいるが、青い瞳は確実に俺の眼の奥をしっかりと捉えている。

 目がマジだ。

 ティオもプリムヴェールもどちらかというと清楚で草食系だから、こういった目をした女の子と対峙するのは初めてである。


 殿方を惑わす魅惑の熱視線。

 なるほど、これがその誘惑術なのか。


 こういった肉食系は、リュウナ以外だとアトリアお嬢様くらいしかこの世界ではお目にかかったことはない。

 いや、もう一人。

 もう一人だけ、俺は知っているかもしれない。


 嫌な予感に背中を焼かれながら、顔だけで後ろを振り返る。

 俺の背中に引っ付きながら、暇そうに欠伸をする長寿ロリ――。ラスティ・ネイル。


 ……あれ、大丈夫だよね。


 この二人と昼夜を共にして、俺は健全な身体のままでいられるのだろうか。

 二人を信用していないわけではないが、不安感が皆無だというわけではない。

 いや、信用してないのは俺自身の方だ。

 ああ、何かプリムヴェールかティオを思い出せるような品物を持ってこれば良かったな。


 妙な汗が滲み、内ポケットに入れた布地で軽く頬を拭う。

 迫られたり頼まれると断れない、この性分をどうにかしなければならないな。

 基本的には長所なのだが、拒絶出来ないというのは一種の弱点でもあり欠点にもなりうる。

 自分の思いを押し通すのは苦手なのだが、今回の旅ではそれが必要になりそうだな。


 思いつつ布地を顔から離し、仕舞おうとしたところでふとした違和感が生じた。

 あれ? 何も疑わずに出したけど、内ポケットにハンカチなんて入れてたっけか。

 

 そもそも、こんな手頃なサイズの布地を購入した覚えがない。

 妙な不安に駆られながらも、俺は一つの仮説を立てた。

 いや、そんなはずはない。

 もしこの仮説が正しいと、その瞬間俺は変態になってしまう。


 恐る恐るポケットに手を突っ込み、先ほどの布地をもう一度取り出してみる。

 うん、仮説は合ってたみたい。

 どう見てもこれは、顔を拭くためのものではない。

 穴が三つある。


「……いつの間にこんなものが」


 洗濯の時に間違って入ったのか、もしくは意図的に入れられたのか分からないが。

 まあ、良いさ。

 元の世界で読んだ創作物でも、師匠の下着を信仰の証としている宗派(一人しかいなかったけど)があったはずだ。

 これは汚らしい情欲や目を背けたくなるような劣情とは違う。

 桃色の神様を讃えるための、大切な儀式なのだ。


 そうでも思っておかないと、自分が情けなくてどうしようもない。

 俺はここまで脳内桃色な男ではなかったと思うのだが。

 くっ……、どこで間違ったんだ。


 しかしこれで、俺の信念は固まった。

 懐に入れたこの布地ショーツに誓って、俺は使い古しのない健全な身体で帰宅する。

 俺はこれからこのショーツを、108の煩悩の拠り所とすることにしよう。


 胸の中で拳を握りしめ、決意を固める。

 握り締めているものをリュウナやラスティに悟られぬよう、ポケットの中へ必死に隠しながら。



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