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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第6章 異世界探訪は龍族姉さんとともに
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6-4.現世と異界を繋ぐ架け橋

 決意を言葉にする数時間前――明け方。


 プリムヴェールの寝息をBGMに、俺は新たな召喚魔法を書き込もうと奮闘していた。

 今回の召喚魔法は、今までに書き込んだ同世界軸のみに作用する“転移魔法”とは全く異なるものだ。

 この世界には存在せぬ物質を、異界から呼び出す魔法。


 何故今更こんな魔法を書き込むことにしたのか。

 もし俺の仮説が合っており、ユグドラシルと出会った瞬間元の世界へ帰された場合の保険――最後の命綱を用意するためである。


 だがやはり、書き込もうとすると制約が多すぎて書き込めない。

 問答無用で何でも召喚できるよう書き込もうとすると、ペン先が引っかかる。

 元の世界で読んだ一部の推理小説を基に、叙述トリックを駆使して何とかかんとか頑張ってみたが、結果は全て失敗だ。

 最後まで書ききれたと思ったら、今までに書き込んだ部分のインクがぷっくりと浮き出て、そのまま流れ落ちた時は思わず魔導書を床に叩きつけそうになった。


 しかし、幾何かの条件を組み込めば不可能な話では無さそうだった。

 例えば、今までと同じように「対象者は抵抗することが出来る」という一文を付けたす。

 細かく対象者を選り好みしようとすると弾かれるので、今その人にとって一番必要な相手に限定する。勿論上述の一文が効いているので、基本的に無知な一般人は召喚されないはずだ。

 そしてもう一つ――使用する魔力の種類と魔力総量である。


 悪用されぬよう膨大なマナを使用する――今までは、それでも良かった。

 俺がいたからだ。

 だが今回は、消失した俺を復帰させるための魔法になる。

 俺だけがこの魔法を使えたとしても、何の利益も生まれない。

 むしろ後々何らかの原因で転移された俺のような人間が悪用してしまうかもしれない。

 例えば、何人も仲間をこの世界に召喚し、膨大なマナを使ってこの世界の人々を蹂躙するとか。

 異世界からの召喚魔法とは、それだけの危険性を保持しているのだ。


 体外魔力マナが使えないとなると、残ったエネルギーはこの世界でもポピュラーな体内魔力オドである。

 とはいえ少量のオドで幾らでも召喚出来てしまうと、元の世界の創作物でもよくある勇者合戦が起きてしまうだろう。


 異世界から大量の人間を召喚し、使える者だけを育てて勇者とする。

 育てた勇者は戦闘兵器となり、戦うことになるだろう。

 世界規模の戦争が滅多にないこの世界に、俺のせいで戦乱の世が訪れるというのは、出来れば勘弁してほしい。


「まあ仮に俺が戦乱好きでも、そういう世の中が来ることは無いんだけどな」


 消失した俺を帰還させるのは、プリムヴェールが適任だと思う。

 プリムヴェールに召喚して貰えば、感動の再会とか出来そうだし。

 愛する相手に呼んでもらえるって、結構嬉しいものなのだ。


 だがしかし、そんな淡い夢は無残にも崩れ落ちた。

 幾つもの制約はかけたものの、この世界に関係のある誰かを異界から召喚する魔法自体は、書き込むことが出来た。

 そこまでは成功したのだ。


 だがその魔法を、中級魔族と人族のハーフ程度のオドで使えるように書き込もうとすると、ペン先が引っかかって書けなくなってしまうのだ。

 オド総量が曖昧なのかと思い、中級魔族程度のオドを指定しようともしてみたが、こちらも書き込めず、だ。

 中級魔族程度のオドでは、条件に達していないのだ。


「……ラスティ、さん」


 ラスティなら、信頼できる。

 そう思って、上級魔族のオドが枯渇寸前になる程度のオド、と書き込もうとしたのだが。


「――くっ、書き込めない、だと?」


 インクが弾かれ、魔導書に書き込むことが出来ない。

 だが前回のように今までに書き込んだ魔法現象までもが滑り落ちることはないようだ。


 こんなことがあるのだろうか。

 魔法の機能までは書き込めたのに、使用する魔力量の設定で弾かれるなど。


 上級魔族ラスティより純度の高いオドを持つ生物――。

 真っ先に、火大陸三代目魔帝サザンガンフォルトの名前が浮かぶ。

 ラスティ曰く彼のオド純度は規格外であり、ラスティとは比べ物にならないくらいのオドを体内に蓄えていたらしい。


「…………」


 とはいえ、それでは意味がない。

 天候操作に使用するオドと同じ量のオドを利用すれば、異世界から人間を召喚できる。

 そんな魔法を書きこんでも、誰も使えないのであれば俺をこの世界に呼び戻すことは不可能だ。


 上級魔族より純度の高いオドを保有し――、そして俺の身の回りにいる人間。

 そんな都合の良い人間が、この世界に存在し、さらには俺のために体内魔力が枯渇するような危険な魔法を使ってくれるとは思えな――。


「……待てよ」


 確か――上級魔族より、龍族の方がオドの純度は高いんじゃなかったか。

 サザンガンフォルトの魔法を龍族が使えるかどうかは知らないが、少なくともラスティよりは、オドの体内保有量は多いはず。

 試す価値は、あるかもしれない。


「問題は、リュウナ――さんが、俺のために危険な魔法を使ってくれるかどうか、か」


 これから行動を共にするのだ。

 手順さえ口頭で教えておけば、魔導書に書かれた俺の文字が読めなくとも、一度くらいは発動できるだろう。

 しかしそれを、彼女は自身の身を削ってまで引き受けてくれるだろうか。


 彼女の振る舞いから、嫌われている様子は無さそうだった。

 とはいえ、出会って間もない状態で、嫌悪を露わにするような人もそうそういないだろう。

 ラスティの言葉を信じるなら、リュウナは最低でも数百年の刻を生きている人間だ。

 その程度の演技は不可能ではないだろうが。


 だからといって、ここで躊躇していては進まない。

 頼むしかない。

 俺には、リュウナしかいないんだ。


「まあ、まずは書き込めるかどうかが大切なんだけど」


 これで書き込めなければ本末転倒だ。

 書き込めなければ――その時は、命綱無しで飛び込むしかない。

 運命だったと、割り切るしかないのだ。


 額に汗を滲ませながら、重い息を吐きつつ頁にペンを走らせる。

 龍族のオドで、この魔法は発動可能――。


 龍族の保有する魔力オドが枯渇する寸前までオドを流し込むことにより、この魔法は発動できる――と。


 ペン先が引っかかることはなかった。

 インクも素直に染み込み、文字となってページの上に映り込む。

 書き込みは成功した。

 難点は、試しに使ってみる、ということが出来ないってとこだけど。


「ここまで来て、使えないってことはないだろう」


 今までもこの魔導書に書き込んだ魔法は、完璧にこの世界の魔法として発現していた。

 転移や雷魔法など、概念すら存在しなかった魔法でもだ。

 この魔法だけが使えなくなるなんてこと、絶対にありえない。



 これで、プリムヴェールと二度と会えなくなるかもしれないという、一番の懸念事項は解消された。



        ◇          ◇          ◇



 出発すると宣言した翌朝。

 昨日の内に用意しておいた荷物をもう一度確認していると、庭の方から地面を捲り上げたような音が響いてきた。

 次いで、実際に大地を剥がされたかと錯覚するような、凄まじい地響き。


 巨人でも出現したのかと外に飛び出すと、緑色の塊(プレアデス島)が中空に浮かんでいる様子が真っ先に視界を過った。

 否――、あの緑色の塊は、島では無かった。

 バッサバッサと豪快な音を立てながら、体躯から伸びた羽根をバタつかせている。


 巨大な羽根――そして、長い首。

 飛竜である。

 思ったより、体躯は小さ目だ。

 リュウナの言っていた通り、二人か三人が跨ったらいっぱいになってしまうだろう。


 だがその体躯の割に、尻尾や首が長く、異様なほど羽根が肥大化している。

 どうやら地上に鎮座している時は、首や尻尾を丸めて背中や腹を護っているらしい。


「あ、アヤメくん。おはよ!」


 地面に向かって暴風を叩きつける飛竜を見やっていると、その背中から麗しい金髪頭がひょっこりと顔を出した。

 お人形のような装束に身を包んだ、金髪碧眼の美少女。

 ぜひ藁人形に五寸釘を打って欲しくなるようなビジュアルをした彼女は、きゃーきゃーと騒ぎながら両手をぶんぶんと振ってみせた。

 アイドル歌手のコンサートに来た熱心なファンのようだ。


 無視するのもどうかと思われたので、おざなりに手を振っておく。

 手を振り返すと、リュウナは両手で頬を包み込みながら何やら叫んでいた。

 喜んでいるようなので、まあ良いか。


「はぅーん! アヤメくんに手、振ってもらえたぁ!」


 浮遊していた飛竜が急上昇し、そのまま物凄い速度で滑空し――森林の中に撃墜した。

 手綱を操るのに失敗したらしい。

 何か妙にテンションが高いようだが、大丈夫なのだろうか。


 暫しの間沈黙とともに砂煙が上がっていたが、やがて煙の中から緑の塊がゆらゆらと飛び出してきた。

 無事飛竜が舞い上がったのを確認してから、俺は荷物を確認するため、玄関に戻って行った。




 玄関に戻ると、丁度残りの四人と鉢合わせした。

 細かく記すならば、ラスティ、ティオ、プリムヴェール、シュネアの四名である。

 彼女たちは各々異なる表情を見せながら、俺の顔を見やっていた。


 堂々とした顔で、腰に手を当ててない胸を張っているラスティ。

 眠そうに眦を擦りながら、小さく欠伸をしているティオ。

 頑張ってくださいとでも言うように、真紅の瞳を細めるプリムヴェール。

 心配そうに、オロオロと周囲を見渡すシュネア。


 四人とも、ここまで俺の出発に抱く感情が違うのかと感嘆する。

 ティオは俺の出発に関して何も考えて無さそうなのが、寂しいような安堵したような微妙な感覚だが。


「んー、アヤメお兄さん。いってらっしゃーい……」


 ――と、よく見ると眦に薄く涙の跡が残っていた。

 あまり詮索するものではないとは思うが。

 ん、可哀想なことをしてしまったかもしれん。


 ティオから見れば、リュウナの行動は、唐突に現れて俺を奪い取っていった――言葉は悪いが泥棒猫のようなものだろう。

 とくにティオは、信頼していた人から裏切られる経験を幼い頃から重ねてきた娘だ。

 何も言わず、黙って出発してしまうのは良くないだろう。


「大丈夫だよ、ティオ。絶対に、帰ってくるから」

「……ん、約束、だよ?」

「ああ、絶対。約束する」


 言ってティオを抱き上げ、胸の中にしっかりと抱きしめる。

 これから暫く、会えなくなってしまうのだ。

 だが一応“秘策”を用意しているので、もしかしたらすぐに会えるかもしれないのだが。


「ご主人様……」


 顔を上げると、心配そうな顔で見つめるシュネアと目が合った。

 ティオを放し、今度はシュネアと向かい合う。

 シュネアはそっと歩み寄ると、ちょっとだけ躊躇ってからおもむろに抱き付いてきた。


 薄紫の髪がふわりと頬をくすぐり、吐息が耳朶にかかる。

 突然何があったのかと理解が追いつく前に、シュネアの科白が中耳腔を貫いた。


「……一奴隷である私が申し上げるようなことではありませんが、あの女性は危険かと思います」

「…………危険?」

「こういっては何ですが――悪女の匂いが、少し」


 シュネアの忠告に、背筋がゾクリとする。

 薄々気が付いてはいたが、やはり気のせいでは無かったか。

 とはいえ、妙な先入観をもって接すると、重要なところで信頼関係に亀裂が入ってしまうものだ。

 気には留めておくが、あまり気にしないようにしておこう。


「大丈夫だよ。俺が愛してるのは、プリムヴェールとティオだけだから」


 ティオの顔がパッと輝き、プリムヴェールが照れくさそうに顔を背けるのが見えた。

 まあお高くとまるつもりはないけど、『誰にでも優しい』を自分だけへの好意だと勘違いしなければ良いだけだ。

 リュウナの大切な『厚意』だと思って、真摯に受け止めよう。


 そんなことを考えながらふとプリムヴェールを見ると、顔を背けたままチラチラとこっちに熱い視線を送っているのが見えた。

 体躯の前で手を交差させ、指先をもじもじとくっつけたり離したりしている。

 ティオを抱きかかえ、シュネアともハグまがいのことをした。

 となると、プリムヴェールの望んでいることくらいすぐに分かる。


 両腕を大きく広げ、プリムヴェールを迎え入れる。

 ぽすんと胸の中にプリムヴェールを抱き込み、ギュぅッと熱い抱擁。

 流石に三人の前なので、口づけを交わすようなことはしないが。


「絶対、戻ってくるから」

「当たり前です。アヤメさんがわたしの前からいなくなる未来なんて、絶対に認めませんから」


 精一杯の愛念を込めて、プリムヴェールの体躯をしっかりと抱き締める。

 暫しの抱擁の後、体躯を放す。

 お互いに名残惜しさが残っているというのが、何とも言えずいじらしい。


「さて、行くかの」


 三人とのお別れが済んだところで、ラスティは普段の軽装で玄関の扉を開く。

 俺も昨日用意した荷物を背負い、もう一度三人に目で挨拶する。

 女の子三人に見送られて出かけるというのも、中々良いものだな。


「いってらっしゃいませ、ご主人様」

「早く帰って来てね、アヤメお兄さん」

「いってらっしゃい、アヤ――――あ、あなた?」


 扉を閉める寸前、指を挟みかけた。

 玄関の扉がしっかりと閉められてから、高まる鼓動を抑えつつ、上気した顔を手で仰ぐ。

 顔が熱くなるのを感じながら、プリムヴェールの発した科白を頭の中で反芻する。

 これはヤバい。

 すごく良い。



 少し照れた様子で紡がれたその台詞は、俺の心に熱の籠った幸せな爪痕を残して行った。










「あ、アヤメくんアヤメくん。用意、出来たんだね?」

「……あの、大丈夫ですか?」

「へーき、へーきだよ! ちょっと怪我しちゃったかもだけど、治癒魔法でちょちょっと治る程度の傷だから、全然大丈夫!」


 花のような笑みを浮かべながら、可愛らしく小首を傾げてみせる金髪碧眼の少女。

 先ほどの飛竜撃墜の影響か、金髪お人形少女のリュウナ・アルデバランは出かける前から腕や頬などに傷を負っていた。

 短い手足を地上に着きながら鎮座する飛竜は、そんなリュウナをどう思っているのか。

 我感知せずとでも言うように、暇そうに虚空を見据えていた。


 そんなリュウナの振る舞いを茫然と見つめていると、ラスティに服の裾を遠慮がちに引っ張られた。


「この程度で驚いておっては、これからの道中生命がいくつあっても足らんと思うぞ」


 不安になるような言葉をラスティから聞かされ、思わずげんなりする。

 俺にとっての憩いの場は、自宅にしかないのだろうかと。



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