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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第1章 異世界転移は魔導書とともに
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1-7.魔法教本と銀髪の司書さん

 昨日より早く目覚めた俺は、朝飯も食べずに宿を飛び出した。


 路地裏を駆け、大通りに出てから昨日貰った地図を開く。

 大まかな地図だが、大体の位置さえ分かれば何とかなる。

 どうやら王都とは、ひょうたんのような形になっているらしい。上部に当たる箇所が、いわゆる王宮があったり、兵士の訓練場がある大事な方面。下部には商店街や宿、食堂や住宅街などがあって一般市民が生活している。

 上部と下部の境には入り口と同じ凱旋門があるらしいが、兵士などが見張りをしているわけではない。

 単に大まかに分けているだけであり、王族や家臣以外は入るなといっているわけではないようだ。


 ちなみに、図書館は王都下部の北の方だ。

 フレドールの時計塔があるのが下部の中央なので、それよりも王宮方面ということになる。


 昨日帰り際にキツネ耳のお姉さんに簡単な説明をしてもらったのだ。

 王宮に仕える兵士や魔術師などもよく訪れており、王都外にある他の図書館と比較しても、蔵書は世界一多いのだとか。

 とくに魔法教本や歴史書に至っては原本も数多く残っており、歴史的価値も相当高い場所らしい。


 スキップする足取りで、誰もいない通りを駆け抜ける。

 住宅の数が減り始め、通りの幅が広くなってきたなと思ったところで、図書館発見。

 石造りの巨大な建物。正面から見ると、天を貫くように尖った屋根がお城の屋根のようにも見える。


 高まる胸を抑えながら、早速入口へ向かう。

 入り口には門番が控えており、身分証明書の提示を義務付けられる。

 初めて来たということを述べると、図書館の利用にあたっての最低限の注意を施された。

 大体が日本でのマナーと大して変わらなかったので、聞き流す。


 入館料は無料。貸し出し可能な本もあるが、大抵の書物は貸出不可能となっている。

 その他分からないことがあれば、司書に聞くこと。

 あとは常識的なことを説明され、やっと中に入ることができた。

 十分もかからなかったと思うが、俺にとっては一日が終わるかと思うくらい長い時間に感じられた。




 入ってすぐの場所に、黒髪の青年司書さんが分厚い本を片手に座っていた。

 分からないことがあれば司書に聞けと言われたので、その通りにする。


 とりあえず、魔法教本と簡単な歴史書と地理学の書と天文学の書と宗教書と冒険活劇と数学書と怪奇ものと推理小説はどこですかと聞いたら、落ち着いてくださいと返された。


 一呼吸置いて、青年司書さんと向き直る。


「魔法教本とか、簡単な歴史書、冒険活劇ものなどはどこでしょうか?」

「複製で良ければ、大体の書物は一階に蔵書されております」


 よし、一階か。

 お礼もおざなりに、俺は早歩きで奥へ進む。

 そして――、視界に広がった夢のような世界に、思わず感嘆した。


「…………」


 壁一面に並べられた本棚に、ところせましと並べられた本、本、本。

 綺麗に磨かれて光沢のある本棚や柱が、眩しく宝石のように見える。

 梯子や足場から階段まで用意されており、中央部に並べられた椅子や机には老若男女が書物を片手に座り込み、黙々と本を読んでいる。


 感激のあまりくらっとしながらも、俺はまず目指すべく本を探すことにした。


 まず必要なのは、何種類かの魔法教本と子供でも読めるような簡単な歴史書と、冒険活劇ものだ。魔法教本に関しては言うまでもなく、後者二つはこの世界における魔法や魔法を使えぬ者たちの立場を知る手掛かりになりうる。

 種族間の関係などは、当人たちにはデリケートな問題なため、子供が読むような本には書かれていないだろう。

 だからといってこの世界の歴史における基礎知識さえない俺が、難解な歴史書から読み始めても理解できるはずがない。

 順を追って、一つずつ覚えていこう。

 勉強は嫌いだが、本を読むのは大好きだ。

 さて、まずは魔法教本を探すことにしよう。



        ◇          ◇          ◇



 膨大な蔵書の中から発掘した数冊の教本を、俺は机の端に積み重ねる。


 魔法教本は、割とあっさり見つけることができた。  

 一冊だけ見て鵜呑みにするのはよくないため、十冊近くの書物を運んできた。

 一番厚いものでも、日本の国語辞典と同じくらい。逆に一番薄いものは、小学校時代の教科書程度だ。


 試しに開いてみる。

 一冊目は、火や水を生み出す魔法など、基本的な魔法の使い方が書かれていた。

 オドの活性化から、詠唱や想像力を働かせて、水や炎などを具現化させるまでの手順と、繰り返し行うための練習方法などが書かれている。


 詠唱か。俺の持っている魔法教本には、詠唱なんて便利なものは書いていなかった。

 一部の高等魔法には書かれていたが、こんな基礎的な魔法に詠唱など書かれていなかったはずだ。

 まあ一冊で全てを決めつけてはいけない。次にいこう。


 二冊目は、もう少し高度な魔法が書かれていた。

 オドの活性化から、詠唱や魔法陣を使用して水の渦や火の玉、風の壁を作ったりする方法が書かれている。

 ふむ、魔法陣まで出てきたか。

 同じような魔法は俺の本にも書かれているため、並べて見比べてみる。

 魔法陣――書かれていない。

 変だな。俺の持っている魔法教本には、詠唱やら魔法陣なんて面倒なことは書いてなくて、その代わりに想像しろと書かれている。


「うーん、どちらが古いものなんだろう」


 今のところ図書館の教本に書かれている魔法は全て、俺の魔法教本に載っている。

 同時期に造られた別の内容がここまで合うはずはないから、多分どちらかが古いはずだ。

 その内に魔法陣や詠唱派か想像派に分かれて、今世へ伝えられてるんだろうけど……。

 

 二冊目は置いて、三冊目に入る。

 三冊目は、一冊目と二冊目の魔法を纏めて記したような書物だった。

 ちなみにこれは、魔法陣や詠唱ではなく、想像すると書かれている。


「これがきっと、俺のと同じくらいの時期に書かれたんだろうな。一番古そうには見えるけど――司書さんが言うには、ここの蔵書は大体複製らしいからな……」


 複製の書かれた時期が分かっても、その原本がいつからあったかは分からない。


 三冊目を閉じて、四冊目――五冊目と読んでいく。

 二時間もしないうちに持って来た本は大体読み終えたが、これといった収穫は無かった。

 どの本に書かれている魔法も、全て俺の魔法教本に書かれているものだ。

 むしろ俺の魔法教本の方が、書かれている魔法の種類は豊富だった。


 例えば火の魔法。

 ここの教本に書かれているものは、蝋燭大、火の粉、火の玉とレベルアップしていき、そこから火の渦や炎の壁、熱光線と威力や密度を上げていく。

 だが俺の本には上記のものとさらに、花火のように打ち上げるものや、複数の火の玉を一斉に放つものなど、ユニークな魔法が記されている。

 火魔法だけでなく、水や風などに関しても同様だ。

 まあ俺が本棚から運んできた教本だけで全部ではないし、もっと探せば書いてあるのかもしれないけど。


「とにかく、魔法に関してはあまり収穫は無かったな」


 教本を纏めて、あった場所に戻しに行く。勉強か何かのために、読みたい人がいるかもしれない。

 あんまり長い時間、独り占めにするのもよくないな。



        ◇          ◇          ◇



 次は歴史書と冒険活劇もの――と奥の本棚まで赴いたのだが、書物が並んだ本棚を見て、俺は思わず言葉を失った。


 巻数がバラバラだ。四巻の隣に七巻があって、その隣に一巻が置いてある。

 しかも違う種類の書物も混じっており、見ているだけで気持ち悪い。


 どうもこういったものが一度気になってしまうと、直さずにはいられない。

 梯子付きの足場を使いながら、俺は本棚の整頓を始めた。


「手始めに、この『魔術師ウェインの殺戮譚』とかいうやつから並べるかな」


 並べながら思ったが、凄まじいタイトルだ。歴史書というよりかは、冒険活劇ものに分類されると思う。

 あとで読もうと心に刻み、一巻から五巻までの分厚い書物を本棚の端に仕舞う。

 続いて、『勇者ジョー・ザヴィヌンの冒険譚』を並べ直す。こっちも全五巻だ。

 気になって少し捲ってみると、第一章のタイトルが『デルタのジョーを決せ』なるものだった。


 創作系の冒険活劇を並べ終わり、ちょっとした満足感に浸ってみる。

 みっちり綺麗に入れてしまうと次読む人が困ってしまうので、数冊分の隙間を作っている。

 これがカザミ・アヤメ式の収納術だ。


 気になった本を選びながら、後から来た人のことを考えて本棚を整頓する。

 まさに一石二鳥。


「さて――と、これは歴史書かな」


 冒険活劇の中に混じっていた歴史書を一冊、隣の本棚へ仕舞い込む。

 ついでに『魔法詠唱の歴史』と書かれた本を見つけたので、次はそれを読もうと手を伸ばした。


「――あ」

「あっ」


 伸ばした指先が誰かの手に当たり、思わず声が漏れる。

 読みたい本が被ったときとかに、稀に起こる現象だ。


「あ、すみません。どうぞ」


 言ってから、失言だったかとちょっぴり後悔。

 日本だと大抵譲り合いになるけど、ここは異世界だ。思わず癖で一歩引いてしまったが、「あ、どうもー」とか言って、何の感謝もなく持っていかれてしまうかもしれない。

 ああ、読みたかったな。


「あの、どうぞ?」


 鈴を転がしたような声音とともに、『魔法詠唱の歴史』を差し出された。


「え? あ、ありがとうございます――」


 お礼を言いながら顔を上げると、目に入った光景に息を呑んだ。


 透き通るような銀髪に、燃えるような真紅の瞳。呼吸を忘れてしまうほどの美麗な顔立ちに、思わず見惚れてしまう。

 吸い込まれてしまいそうな美貌を直視できない視線が、下に落ちる。

 モノクロを基調とした、エプロンドレスのような衣装。媚びたようなフリフリや派手な装飾は附属しておらず、メイドさんというよりは、落ち着いた仕事着といった感じだ。

 理知的な瞳と柔らかな面差しに、華美な装飾の無いその衣装は、その魅力を格段に引き出している。

 胸元に結んだ青色のリボンを弄りながら、彼女は小さく咳払いをした。


「お若いのに勉強熱心ですね。歴史書に興味がおありなのですか?」

「え、いや。あー、まあ、そんなものです」


 どっちだよ! と自分の中で突っ込みを入れながら、俺は視線を彷徨わせる。

 端正な顔は直視できないし、身体を見つめるのも失礼だろうし。幸いロングスカートを穿いておられるようなので、脚に視線を向けていれば何とか鼓動は治まってくるが。


 しかし、不意打ちだった。

 役所のキツネ耳さんも舗装工事してた女の子たちもやけに可愛い子が多かったけど、この人の美貌はもう別次元だ。別格だ。


「詠唱の歴史、ですか。もしよかったら、こんなのもどうでしょう」


 迷わず一冊の本を手に取り、花のような微笑みとともに差し出される。


「……これは?」

「魔法陣の歴史が書かれた書物です。太古の魔法は具現化するべく情景を想像して発動していたようですが、長い年月を越えるに至り、次なる世代へ正しく魔法を伝えるため、魔法陣や詠唱が発案されたと言われています」


 川のせせらぎのような言葉に、背筋がざわめく。

 耳に入った瞬間甘く弾け、とろけてしまうような愛らしい声音。

 叶うなら、いつまでも聴いていたい。


「ありがとうございます。ちょうどそういう書物を探していたので、助かりました」

「いえいえ、それもわたしたちのお仕事ですから」


 髪の先端を弄りながら、はにかむような照れ笑い。治まりかけていた拍動が、またしても速まってしまう。


「お仕事――って、もしかして」

「はい、この図書館で司書をしております、プリムヴェールと申します」


 ペコリと腰を折り、ポニーテールにしてある銀髪が風になびく。

 ふんわりと甘い香りがする。

 顔を上げたプリムヴェールと目が合う。彼女は俺を見つめたまま首を少しだけ傾けた。


「もしかして、本棚の整頓をしてくださったのですか?」

「迷惑だったらすみません。バラバラなのが気になっちゃって……」


 巻数がバラバラだと、読みたいものを探すのに苦労する。

 欲を言うと背丈も揃えたいのだが、そこまですると本格的に整頓しなければならないので、今回は我慢した。


「シリーズはシリーズで纏めちゃったんですけど、それで良かったでしょうか」

「はい、そちらのシリーズはあちらの本棚へ――って、それはわたしどものお仕事ですから大丈夫です!」


 焦ったような口調で、俺が持っていた本を取り上げる。

 ほんのりと染まった頬を手で撫でつけ、コホンと咳払い。


「それでは、わたしは他にお仕事がありますので、失礼します」


 事務的な口調でそう言うと、プリムヴェールの体躯がふわっと上昇した。

 風魔法の一つだろうか。ひらりひらりと蝶のように舞い上がり、足場も梯子も使わずに本棚の整頓を行っている。

 慣れているのだろう、スカートはしっかりと閉じており、下から内部を見ることはできなくなっていた。


 あれなら俺より手際よく本棚の整頓ができるだろう。

 それに、司書さんのお仕事をとってしまっても悪い。

 せっかく俺が探し求めていた本も選んで貰えたんだし。


 もう一度プリムヴェールの姿を目で追ってから、俺は梯子を伝って足場を降りた。

 階段を降りて机に向かってから、プリムヴェールが選んでくれた書物を開いて読み始める。


 普段ならすぐに頭に入ってくるはずの文章を把握するのに、いやに時間がかかってしまう。

 白銀と真紅のコントラストが何度も何度も頭を過り、たった二冊の本を読み終えるのに、ざっと数時間もかかってしまった。


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