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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第1章 異世界転移は魔導書とともに
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1-5.王都ギルドの受付嬢

 王都に着いた。

 王都というから入国審査のようなものでもあるのかと思ったけど、そんなことは無かった。

 ただ門番の兵士に、身分証明になるものを提出しろと言われたのだけが少し困った。

 図書館利用カードを恐る恐る見せてみたが、怪訝そうな顔で一蹴された。

 これ以外に持っていないと正直に告げたところ、役所ギルドで作ってこいとのことだ。

 正直めんどい。

 


 パリの凱旋門を思い起こすような立派な門を潜り抜け、舗装された道を足早に通り抜ける。

 馬のように大きい爬虫類がひく馬車のような乗り物や、ペダルのついていない自転車のような乗り物と何度かすれ違う。

 王都でこれなのだから、近い言葉で纏めるとなれば所謂中世風ということになるか。


 道行く人々も、純粋な人間だけではない。

 ネコ耳をぴこぴこ揺らしながら歩く獣人さんや、青白い肌をした魔族のような人もいる。

 ――と思えば、ほぼ獣だろって感じのウルフも二足歩行で歩いている。


 もちろん俺と同じような見た目をした人間もいるけど、髪の色がもはや別世界だ。

 真紅の瞳に白銀の髪を揺らす男性や、金髪碧眼縦ロールの少女など、様々だ。

 俺の髪色は若干茶色の混じった黒髪だが、これだけカラフルな頭の中では特別目立たないだろう。

 闇のように真っ黒な髪をした少年も通り過ぎたし、白髪の老婆もいる。

 これがもし先祖の種族や故郷によって違うのだとすれば、興味深い。


「さて、まずは貨幣価値とかを調べないとな」


 何かを買うわけではないが、人通りの多い商店街を通って役所へ向かう。

 時々冷やかしまがいのことをしながら、他の客が商品を買うところを横目で盗み見る。

 想像通り、銀貨や銅貨を払って商品を購入していた。


 ここ数日間食いつないでいた果物より色艶の良いものが、一個銅貨一枚。

 セクシーなネコ耳お姉さんが魔族の男性にねだっていた紫紺のジュエリーは、金貨二枚。

 塩漬けにして干しただけの肉が、銀貨一枚。

 この世界でも塩ってあるんだ。海水から採るのかな。


 あまりはっきりとしたことは分からないが、どうやら銅貨は日本円で言うところの百円玉くらいの扱いらしい。

 銀貨は千円くらいだろうか。干しただけといってもあの肉は結構でかかったし、ゴブリンから奪った肉と比べても色艶が良かった。

 最後に金貨だが、これはイマイチよく分からない。

 この順序だと一万円くらいかな、とおおよその目安を付けてみたのだが、流石にジュエリー一つを二万円で買うことはできないだろう。

 混じりものとか粗悪品だったということも考えられるが、そこまで裏を読むときりがないのでやめておく。

 とにかく金貨の価値は保留。どうせ使うことなんか無いんだろうからな。


 商店街を抜けると、お次は住宅街が立ち並んでいた。住宅といっても一軒家ではなく、アパートのような扱いだ。

 食堂か酒場もあるらしく、髭を蓄えた獣人のおっちゃんが食べ残しを石造りの箱の中に捨てていた。

 なるほど、あれがゴミ箱か。


 目に入るもの全てが物珍しく、キョロキョロしながら住宅街を歩く。

 やがて住宅街を抜け、ひっそりとした通りに出た。

 もうすっかり暗くなっており、建物に邪魔されないこの場所からは満天の星が見える。


「綺麗だな……」

「――ん! ――ぁ、ぁ――!」


 苦しげな女性の声にふと顔を向けると、木陰でこっそりとお楽しみ中の獣人の姿が目に入った。

 虎っぽい険のある双眸で、ギロリと睨みつけられた。

 因縁をつけられても面倒なので、素知らぬふりをして速やかに逃走。

 はやく役所とやらを探して、身分証明書を発行しなければ。


 ついでにお金とか貸してくれないかな、などと思いつつ咄嗟に入った路地裏を小走りに通っていると、突如前方から火の玉が飛んできた。

 ヒュードロドロ、のそっちではない。


「危なっ!」

「どいてどいてどいて――――!!!」


 思わず身をかがめて避ける。

 その直後、幼い少女の声が耳朶を打った。


「ちょっと、邪魔ぁぁぁ――――!!!」

「うわっと!」


 屈んだまま顔を上げると、視界に桃色と肌色と黒色の景色が飛び込んできた。

 桃色の髪をテキトーに伸ばし、ヒラついた薄着に黒いスパッツのようなものを穿いた素足の少女。

 少女は壁やゴミ箱などを蹴りながら、猿のように路地裏を駆けていった。


「……何なんだ、ありゃ」

「おい、そこの君!」


 颯爽と闇の中に消えた少女を視線だけで探していると、背後から声をかけられた。

 見れば軽装の兵士が二人で、息を荒くして立っている。


「何でしょうか?」

「ここに、桃色の髪をした幼い少女が来なかったか?」


 たった今見たところだ。

 別に嘘をつく必要も無いので、正直に答える。


「今さっきここを通りましたけど、何かあったんですか?」

「食い逃げだ。ビーフィの肉焼きと、アオナのサラド、それとパンだ」

「しかも二人前っすよ、あの小さな身体にそれだけ詰め込んで、よくあんなに走れますよね」


 片方の兵士が、疲れのこもった声で溜息混じりに呟く。

 そうか、さっきのは食い逃げ犯だったのか。

 惜しいことをしたな。知らなかったとはいえ、捕まえていればもしかすると報酬とか貰えたかもしれなかったのに。


「髪色と年恰好だけだと、情報が少なすぎるな……。おい、追うぞ!」

「もーぉ、勘弁してくださいよーぅ!」


 気怠そうに身体を揺らし、二人の兵士は路地裏から消えて行った。

 兵士の背中を見送ってから、ふと気が付いた。

 ああ、役所への道順、今の人たちに聞いておけばよかった。



        ◇          ◇          ◇

 


 お月さまがくっきり見える頃に、ようやく俺は役所に辿り着いた。

 王都は広い。住宅街や商店街、役所に食堂などの一般市民が生活する場所だけでも、結構な広さだ。


 役所、というかどこからどう見てもゲームによくある冒険者ギルドなのだが、ともかく扉をくぐって中に入った。

 老若男女、様々な種族の人たちが混在している。

 一瞬だけ会話が中断され、一斉に視線が集まる。――が、興味を示されるような見た目もしていないためか、すぐに視線は剥がされ、会話も続行された。


「あの、身分証明書の発行に来たんですけど」

「あ、はい。身分証の発行、再発行はこちらになります!」


 笑顔が素敵なキツネ耳のお姉さんが、片手を上げてひらひらと振ってみせる。

 一応順番を待っている人などがいないことを確認してから、俺はキツネ耳お姉さんのいるカウンター前に赴いた。


「えっと、身分証明書? の、発行をお願いしたいのですけど」

「はい、おまかせください! それではこの紙に、名前、年齢、生まれた場所、特技、好きな異性のタイプを書いてくださーい!」

「はいはい分かりまし――って、好、好きな異性のタイプ!?」

「お? その反応は、好きな娘がいる反応だな?」


 山吹色の瞳を薄く開き、ニシシと笑ってみせる。冗談か、冗談なのか。


 とりあえず、名前と年齢はすぐに書ける――――――。

 字は読めるけど、もしかして書けないか?

 そういえば俺が読んでいる魔法教本、あれに書かれている文字は読めるけど、書くことはできない。

 魔法陣を写す程度ならできるが、カザミ・アヤメという名前をどうやって書くのかまでは分からない。


「あ、もしかして文字が書けませんか? ふふっ、大丈夫ですよ。代筆しますから。文字を書けないことは、全然恥ずかしいことでは無いんですよ」


 ペン先をインクに浸し、さあ来い! という視線を向けられた。

 女の人にこんなじっくり見られるのは久しぶりの感覚だけど、思ったほど緊張しない。

 あれかな。接し方が洋品店とか床屋のおばちゃんって感じだからかな。……若くて結構綺麗な人だけど。


「名前は、カザミ・アヤメ。歳は18。生まれは――、ニッポン。特技は、そうですね……、掃除です」


 そこまで綺麗好きでは無いが、掃除は得意なのだ。

 いくら本を買って部屋に置いていても、俺は一度も親から部屋を片付けろと言われた事がない。

 実はちょっと自慢だったりする。


「はい、お掃除が得意でニッポン生まれの18歳、カザミ・アヤメさん。ううー、綺麗なお名前ですね!」


 キツネ耳お姉さんは自分の書いた書類を頷きながら読み返し、後ろの棚に仕舞い込んだ。

 そして一枚のカードを取り出すと、サラサラっと何かを書いてカウンターに乗せた。


「こちらが身分証明書になります。なくさないよう、十分注意してください。――とは言っても、他人の身分証明書を使って街を行き来すると重罪なので、盗む人なんかいないとは思うんですけどねー」


 カードを手渡され、俺はそれをよく見てみる。

 大したことは書いていない。下の方に手書きで、『カザミ・アヤメ』と書かれている。

 あれ? 特技とか故郷とか年齢は? あれ何のために必要だったの?

 疑問は尽きなかったが、ともかく身分証明書を手に入れることができた。

 何か肩の荷が下りた気がする。


「はい。それでは、発行料銅貨五枚になりまーす」


 太陽のような笑顔で片手を突き出され、カードを手にしたまま俺はその場に縫い付けられたかのように固まってしまった。


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