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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第1章 異世界転移は魔導書とともに
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1-4.住居と移動と兵士さん

 目が覚めたゴブリンたちに反撃されても困るので、不味い肉を齧りながら俺は高原を夕日に向かって歩いて行った。

 肉汁も脂身もない奇妙な肉だが、血抜きなど諸々の加工はされていたらしく、焦げ目がつく程度に火を通しただけで、問題無く食すことができた。


「さて、次はどうしよう」


 水分は魔法で何とかするとして、次に必要なのは安全な寝床だ。

 先ほどの体験で分かった通り、異世界の定石通りこの世界にはゴブリンなどの魔物が存在する。

 俺を見た途端攻撃の意思を示したところを見るに、野蛮で攻撃的な種族なのだろうと思う。

 そのような生物が闊歩している場所で野宿ができるほど、俺は心も身体も強くない。


 むしろ弱い。

 趣味を理解してもらえないことに恐怖を感じて、人と接することを恐れてきた。

 スポーツなんて疲れるだけだと割り切り、中学高校と体育以外の運動は疎かにしていた。

 腕も脚も細く、健康的な男子高校生と比較して色白だ。


 そういったわけで、俺は安全に夜を過ごせる寝床を作ることにした。


 魔法教本を捲る。

 確かここへ来てから初めて捲ったときに、小屋を作るような魔法が記されているのを見たはずだ。

 同じような種類の魔法があってもおかしくないだろう。


 速読の要領でパラパラと捲り、目的のページを発見。

 この辺りのページは、字も綺麗で読みやすい。線も細くて(絵文字みたいだけど)払いや止めも美麗だし、筆使いも清らかだ。


「大地からマナを吸い上げ、木製の小屋を一つ作り出します、か」


 他の魔法などと違い、これに関してはどういった小屋を作ろう、などと考えなくて良いらしい。

 簡単な挿絵が描き込まれているので、参考にする。

 大地に片手を当て、もう片方の手を前方に突き出す。そして、魔法陣を――魔法陣?


 よく見ると次のページに、魔法陣の見本が描かれていた。

 挿絵やら魔法陣やらと、手が込んだ魔法だ。

 簡素といえど、やはり建造物一戸建てる魔法ともなれば、発動難易度は跳ね上がるのか。


 土魔法で作って持ってきていた棒を使って、本に記されたものと同じような魔法陣を描いてみる。

 耳の長い人間(?)のような絵と比較するような形で、大きさの指定もされている。

 寝転がった人間三人分の一辺を持つ正方形を描いて、その中に円を描き入れるらしい。


 一応律儀に寝転がり、頭のてっぺんに小石を置いて正確に測る。

 平均身長と比べて若干小さいかもしれないが、その程度の誤差は大丈夫だと思いたい。


「――よし、完成」


 解読不可能な文字を正確に書き写すのに多大な精神力を要したが、とにかく夕日が完全に沈んでしまう前に書ききれて良かった。


 魔法陣も完成したので、もう一度大地に手を当てて右手を前に突き出した。

 どうやら詠唱も必要らしいので、横目で魔法教本を見ながら書かれている文字を口に出す。


「し、親愛なる森の力よ、大地よ。ともに暮らし、ともに果てる朋輩として、我が魔力に力を与え、助力せよ」


 左手から何かが侵入する感覚が生じる。

 不思議と不快感は覚えさせない。身体の中を浄化されるような清いエネルギー。左腕から心臓の辺りを潜り抜け、右腕へと巡っていく。

 手首を通り抜け、指先に熱いものを感じたところで、先ほど描いた魔法陣が青白い光を放出し始めた。


 ポン! と冗談のような音がした刹那、目の前に立派な小屋が出現した。

 いや、小屋というと語弊があるかもしれない。

 どちらかというと、家だ。家族四人に、お爺ちゃんお婆ちゃんを二人ずつ呼んでも十分暮らしていけそうなほどの立派な一軒家。

 庶民的な感覚からすれば、かなりの豪邸だ。

 こんな家に住んでいたら、友達を家に呼ぶことに何の恥ずかしさも感じない!

 ……呼ぶような友達なんか、いないけどさ。


「こりゃ、大工さん失業しちまうよ……」


 なにせ人間一人がちょっと頑張れば、こんな立派な家が造れてしまうのだ。

 魔法の便利さを今一度感じながらも、このような魔法が普通に存在するというこの世界に、俺はただならぬ恐怖を感じていた。



        ◇          ◇          ◇



 高原に家を建ててから、三日が過ぎた。

 物品や家具は存在しないが鍵やドア、窓などは附属しているため、魔物に襲われることなく夜はぐっすりと眠ることができた。

 ここ三日間の食事は、少し歩いたところにある森林で果物や木の実を採って済ませた。

 とは言っても、俺は食べられる木の実と食べられない木の実の違いは分からない。

 毒があったら大変だ。


 だから果物や木の実を見つけたとき、周囲に齧りかけのものがないかよーく探してまわった。

 動物か何かの歯型があれば、それは食べられる木の実ということになる。

 動物は頭がいいから、毒がある果物とない果物は匂いなどで分かるのだと、昔何かで読んだ。

 もし違ったら、その時はその時だ。

 空腹には勝てない。


 森林から食物を持って、自宅へと帰宅する。

 ちなみに、今住んでいる家は先日建設した小屋とは別のものだ。


 俺はこれから夕日の沈む方角へ進み、人の住む地方まで行くつもりだ。

 いつまでもこんな辺鄙な高原に引きこもっているわけにもいかない。

 この世界の気候がどのようになっているのかまでは分からないけど、一応最悪の事態は考えておいた方がいい。

 もしこれから冬が来るとする。そうなると、俺が今食いつないでいる果物や木の実が無くなってしまう。


 自然の中でゆっくり本を読む生活にも憧れていたが、それは最低限の衣食住をクリアしてからだ。

 朝になったら一晩使った小屋は土に返し、毎日森林に沿って進む。

 日が沈むころに魔法陣を描き始め、夜は安全な寝床で熟睡する。


 規則正しい生活だ。

 元々俺は、やれば出来る人間なのだ。

 ただ頭ごなしにガミガミ言われるから、こっちだって起きる気力がなくなるんだ。


 日本での生活も楽しく無かったというわけではないけど、時間に縛られないという点では今の生活の方が気が楽だ。

 それに魔法教本を隅々まで読んでみたけど、元の世界に帰る方法などは記されていなかった。

 とりあえずはこの世界で生活することを念頭に入れて、毎日を過ごしたほうがいいだろう。



        ◇          ◇          ◇



 さらに歩くこと数日。

 トカゲのような生物に荷台を引かせた行商人のような人間や、槍を掲げた軽装の兵士のような人間とすれ違うようになった。

 その中の一人に、この辺りで一番大きな街はどうやって行けば良いか聞いてみた。

 ちなみに聞いた相手は兵士だ。

 行商人にしなかった理由は、商人に借りを作ると面倒なことになりそうだったからだ。  


 金髪碧眼の凛々しい顔立ちをした兵士さんは、嫌そうな顔を見せることもなく、丁寧に道順を教えてくれた。

 幸い言語は日本語と変わらなかった。


 田舎から出てきたばかりで土地勘が無いのだと出まかせを言う。

 誰も手入れをしていないような高原があるような世界だ、田舎から――とか言えば、信じてもらえるだろうと思ってのことだった。


 兵士さんは大仰に相槌を打ちながら、俺に色々なことを教えてくれた。

 街――王都で道に迷ったら『“フレドールの時計塔”はどこですか』と聞けば、誰でも教えてくれるから目印にすればよい、とか。

 宿屋の相場はいい加減だから、高いからといって待遇が良いわけではない、とか。

 高給待遇良しと銘打たれた『家事手伝い』という仕事の斡旋があるが、それは奴隷のことだから気を付けろとか、とにかく懇切丁寧に教えてくれた。



 親切な兵士さんと別れて数時間後。

 ようやく俺は、人間の住む場所――王都に辿り着いた。

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