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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第1章 異世界転移は魔導書とともに
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1-3.初めての魔物と不味い肉

 同じように小石を使うことで、水を出す魔法も難なくクリアすることができた。

 これで俺も魔法の使い方が大体解ったぜ! と意気込んでみたものの、結局「オドの活性化」とやらは行うことが出来なかった。


 オドの活性化はできないが、マナの扱いは可能。

 考えられる理由は二つだ。


 一つ目に、オドの活性化とは、誰かに教えられなくても本能的に身体が覚えているはずである場合だ。

 母親の腹の中から引きずり出された赤子が、生きるために必要な最初の呼吸をするために大声で泣く。

 誰かに教わったわけでもないのに、大抵の赤ん坊はそれをクリアして誕生する。

 それと同じように、この世界の生物は本能的にそのやり方を知っている。

 つまり、この世界の住人ではない俺は、「オドの活性化」をすることができないのではないか。


 二つ目に、そもそも俺に“魔力”が無いのではないか。

 元々日本にいるときは魔力やらオドやらマナなんて意識したこともないし、この世界の生物と比較して体内構造が違っていてもおかしくない。


 ともかくはっきりしたのは、俺は一人で魔法を使うのは無理だということだ。

 小石でも植物でも土でも、何かしらの物質さえあれば一応魔法を使うことはできるようだが、“俺”という個人一つだけでは何もできない。


「つーことは、この本に書かれている魔法の半分以上は使えないってわけか」


 少し捲っただけでも、ほとんどの魔法には「オドを活性化し――」という文章が書かれている。

 数ページおきに幾つかだけ、自然界のマナを利用する魔法の使い方も書いてあるが、母数が違い過ぎる。

 他種族を従えたりとか死体からオドを取り出すとか、そういった中二心をくすぐる黒魔術的なものは、大抵オドの活性化が必須となっている。


 しかし、そう考えると恐ろしい。

 俺は使えない魔法も、この世界の住人は使えるということになる。

 触れた相手のオドを残らず吸い上げるだとか、体内の血液を凍らせるだとか、そんな攻撃的な魔法を使える――考えただけでゾッとする。


「高原に転移できたのは、もしかすると幸運だったのかもしれないな」


 これでもし盗賊の集落などに転移していれば、今頃俺はお陀仏だろう。

 下手すれば奴隷として売られているかもしれない。

 いや――、たらればの話でもないな。これから先にも、十分起こりうる事項だ。

 もしこれから先、この世界の住人と接する機会を持つ場合、慎重に動かなければならない。

 こちらも十分魔法が使える――と虚勢を張り、弱い部分を見せないようにしなければ。


「しかしそれにはまず、一般の人間がどの程度まで攻撃的な魔法を使えるのか探りを入れなくてはならないな」


 逆に虚勢を張りすぎて、強い奴だと思われて決闘でも申し込まれたりしたらかなわない。 

 加減が必要だ。自分が使えるだけの能力は隠さない。

 だがもし一般人程度の魔法でも、俺が使える魔法の範囲を遥かに超えていれば――虚勢を張る。

 マナもオドも大して変わらないのであれば、普通に接していて大丈夫だろう。

 もしかすると魔法にも得手不得手があって、魔法が使えない人が結構いるような世界かもしれないし。


 だからまず、人のいる場所へいかなければならないな。

 一応その前にこの本を読み込んで、咄嗟の時には自身の身を守れるだけの魔法は覚えておかなければならないが。


「とにかく、夜になる前に出来る限りの魔法は試しておこう」


 気候も生態系も、何も分かっていないのだ。

 極寒の地になるかもしれないし、恐ろしい獣が出るかもしれない。

 それまでに、なんとか対策を練らなければ。

 幸い魔法教本は持っているのだ。最低限生きていくだけのことは出来るだろう。


 そうと決まればすぐ実行。

 俺は魔法教本を捲り、オドが無くとも使えそうな魔法をかたっぱしから試すことにした。



        ◇          ◇          ◇



 夕暮れ。

 紅鮭のような夕日を背に、俺は魔法を試すのを一旦中断した。

 引っこ抜かれた花卉やぶちまけられた小石を見据え、荒くなった呼吸を落ち着かせる。

 オドを使用しない類の魔法は、大体使用できることが実験の結果分かった。

 火でも水でも、風魔法でも土魔法でも治癒魔法でも、自然の物質さえ持っていれば、威力に多少の強弱はあっても、とりあえず使うことだけはできる。

 

 植物から取り出したマナで、土魔法を使用して棒を作ってみた。

 小石から取り出したマナで、剥がした生爪を元通りに治癒することができた。

 土の塊から取り出したマナで、扇子並みのそよ風を出すこともできた。


 偶然でないことを確認するために、異なる条件下で同じ魔法を三回は繰り返してみたが、結果は全て同じ、成功だった。

 切り傷や擦り傷程度であれば、植物一本引っこ抜けば治癒できる。

 傍から見るとゲームとかで薬草を使っているみたいで格好いいから気に入った。 


 出来る限り試すつもりだったが、これが結構しんどい。

 頑張りすぎてぶっ倒れても洒落にならないので、次はまた今度に回すことにした。


 時間にして数時間は経ったであろうか――何も食べていないのだ。

 地面に生えていた花卉は苦くて食えたものではないし、人はおろか動物さえ辺りを通らない。

 これ以上暗くなる前に、何か食べるものを探さなければならなくなったのだ。


「まだ日が完全に沈むには余裕がある。とにかく、肉でも山菜でも魚でもいいから、探さなければ」


 俺は土魔法で作った棒を一本握り締め、太陽に向かって高原を走って行った。




 ――走り始めて数分後。


 前方から何やら話し声が聞こえ始め、俺は息を殺して立ち止まった。

 足音も続く。――二人や三人ではない。集団だ。

 地平線が続くような広大な高原なため、身を隠すような場所もない。

 仕方なくとりあえず匍匐前進の格好をして、声のする方を見やった。


「…………」


 列を組んで歩くのは、人間ではなく魔物だ。

 夕日を背にしているためよく見えないが、シルエットからどうやらゴブリンのようなものではないかと思う。

 みすぼらしい布で身体を包み、しわがれた声で何やら話している。

 集団の中央では二人のゴブリンが棒を抱えており、そこには動物の肉のようなものがぶら下がっていた。

 狩りの帰りか何かだろうか。


「……うまそうだな」


 腹の虫が鳴くのを感じて、俺は身体を起こした。

 ちょうどいい。この世界の生物――魔物が、どの程度の魔法を使えるのか、知りたいところだった。

 ポケットに忍ばせた石ころを取り出し、投擲のフォームをとる。

 ゴブリンたちは互いに顔を見合わせながら、何やら話している――が、人外生物だからか、そもそも言葉が違うのか、何を言っているのかまでは分からない。


 日本の常識だけど、大抵の動物は火に弱いはずだ。

 とくにラノベとかだと、ゴブリン系統の人外生物は炎系統の魔法で打倒される所謂やられ役だ。

 ちょっぴり火で脅かして、抱えている肉をちょこっとだけ戴こう。


「――――――――!!!」


 こちらに攻撃意思があることを察したのか、ゴブリンたちは醜い鼻を鳴らし、げっ歯類のように鋭い前歯を剥きだして威嚇する。

 俺は菖蒲色の魔法教本を片手に、もう一度小石に火を灯す方法をおさらい。

 小さめの小石を五、六個手に乗せ、それらの小石から刹那的にマナを吸い上げ、“火”という現象として具現化する。


 蝋燭程度の火ではあるが、ここは高原――背丈の低い花卉が無数に生息している。

 植物は火に弱く、燃焼されるはず。喩え火の粉でも、可燃物に燃え移れば、途端に大きな火炎と化す。


 ――はずだったのだが。


 小石に灯った小さな炎たちは、湿った地面や朝露と触れ合った刹那、静謐に鎮火した。

 そういえばここ、湿ってたんだっけか。


「魔法で作った火でも、朝露とか湿り気で消えちゃうのか!」 


 初手から思わぬ事故を起こし、頭の中が真っ白になりかける。

 ――が、俺にはこれ、様々な魔法の使い方が記された紙の束、魔法教本がある。

 こういった状況を打開する手はずなど、すぐにでも整えられるはずだ。


 跪き、地面に左手を着く。

 確か土や地面からも、マナを吸い上げることはできたはずだ。

 右手だけで必死に魔法教本を捲り、何かないかと探す。

 その間にもゴブリンたちは臨戦態勢を整え、一斉に飛び掛かってきた。


「えーと、えーと。何か無いか何か無いか――――!?」


 あった。見つけた。

 大地を巡る膨大な量のマナを吸い上げ、土の壁を作る魔法。使用後は即座に砂となって自然に返り、マナは世界へ還元されるらしい、環境に優しい土魔法だ。


 魔法教本を投げ捨て、空いた右手を前方へ突き出す。

 牙を剥いたゴブリンが飛び掛かってくる軌道上に、大地から吸い上げたマナの塊を放出する。

 実際はもっと石板のように立派な壁が出来上がるのだろうけど、慌てて作ったからか不格好だった。

 太陽が隠れるほどに巨大な壁。作った本人である俺ですら、そのふざけたサイズにポカンと開いた口が塞がらなかった。


「――――!!!」


 突如出現したでっかい土壁。

 地面を蹴って飛び掛かっていたゴブリンたちは一斉に頭を土壁に打ち付け、気を失った。

 口から泡を吹き、半笑をして白目を剥いている。

 自分でやっておいて何だが、気持ち悪い。


「え、えーと、突然すみません……」


 頭に大きなたんこぶを作って倒れたゴブリンに謝罪の言葉を投げかけながら、彼らが運んでいた肉をちょっぴり奪取してきた。

 苦労して採って来たであろう食物を奪うことに罪悪感は湧いたけど、空腹には勝てない。


 ――これからは森林を探して、果物か何かを採って食べよう。


 これからは、という『明日から本気出す』に近い常套句を思い浮かべながら、俺は異世界に来て初めての食事を無心で味わった。


 奪っておいて何だけど、やはり鶏肉や豚肉などと比べるとあまり美味しく無かった。

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