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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第1章 異世界転移は魔導書とともに
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1-1.異世界転移は魔導書とともに

 ほどよい湿気と、静かな空間。

 土曜日の穏やかな昼下がり、俺――風美カザミアヤメはいつもの通り、この辺りで一番大きい市立図書館に読書をしにやってきていた。

 週末、それも土曜日の午後。雨や雪が降っていない日は、ほとんど俺はここに来る。


 活字の素晴らしさに気が付いたのは、確か五年前。ピッカピカの中学校生活が始まるはずだった十三歳の時だった。

 親父に買い与えられて渋々読み始めた、世界一有名な名探偵が活躍する推理小説。

 子供でも読めるように簡単な言葉で翻訳されたその小説は、文字ばっかりの紙束なんて面白くないと食わず嫌いをしていた俺に、夢と希望を与えてくれた。


 それから俺は、物語の世界にどっぷりはまった。

 最初こそ海外の推理小説を翻訳したものばかり読んでいたが、中学を卒業するころには三国志などの歴史小説や、宇宙人や超能力者や未来人が登場するライトノベルと呼ばれる書籍にも手を出していた。


 高校に入学してからの休み時間は、クラスメートとの交流を深めるより優先的に、毎日毎日本を読み続けた。

 おかげで三か月もしないうちに、クラスで完全に孤立した。

 

 俺は本が大好きだ。

 趣味を分かり合える友人が欲しいとは思わない。

 俺は極度に偏った雑食で、しかも読むジャンルがコロコロ変わる。

 誰かがわざわざ自分に合わせてくれていると思うと集中して自分の世界に潜れないし、だからといって自分が他人の趣味に合わせるのは耐えられない。


 ――だから、俺がいつも一人でいるのは自分で望んだことなのだ。


 そう自分に言い聞かせて、他人との関わりを持たない生活を始めて早五年。

 高校三年十八歳の春――五か月前。俺はようやく、周りから取り残されていることに気が付いた。

 周りは大学受験一色だというのに、俺はラノベばかりを読んでいて勉強には手が付いていない。

 勉強を教えてもらおうにも、教えてくれるような友達はいない。

 というか友達がいない。


 今更慌てたから何だと言うのだ、と悪い方向に悟りを開いてしまったのだ。




「ふぃ――、落ち着く」


 人によって落ち着く場所というのはそれぞれだと思うけど、俺は案の定と言うべきか図書館にいるときが一番落ち着く。

 たくさんの本に囲まれながら、宝の山から探し出した自分のお気に入りをゆっくりと読みふける。

 静かに読んでいる分には誰からも文句を言われることもないし、閉館時間さえ守れば好きなだけ本を読んでいていい。


「さて、次は何を読もうかな」


 語り手が犯人だったという画期的な推理小説を読了して満足感に浸っていた俺は、また新たな小説を探し求めるため、本棚へ向かった。


 次はどんなジャンルの小説を読もうか。考えただけで楽しくなってくる。


「――ん?」


 先ほど読み終えた小説を仕舞おうと本棚を覗き込むと、見慣れない色彩をした本が一冊立てかけられていた。

 菖蒲色をした、パッと見メモ帳にも見える簡素な装飾が施された本。

 厚さは少年漫画の単行本程度だが、大きさは少年誌を二回りくらい小さくした程度。

 年齢制限のかかっているコミック本なんかが、確かこのくらいの大きさだった気がする。


 別段気になるものでも無かったのだが、気が付けば俺はその本を手に取っていた。


「タイトルは……。何だこれ、どこの言語だろ?」


 英語とも日本語とも似つかない、妙な言語で書かれた表紙。というか、これは本当に文字なのだろうか。

 みみずがのたくっても、もう少し文字っぽくなると思うのだが。


「中身は……。うーん、やっぱり全然読めない」


 わけの分からない図式や、文章の羅列。ページによって紙の色や傷み具合も違い、手書きなのか筆跡も違う。

 ただ同じなのは、どのページを開いても、純粋な日本男児である俺には全く読めないってこと。


「誰かの忘れ物かな。一応カウンターに持ってっておくか」


 ひとまず手に持っていた書籍を棚に置き、菖蒲色をした本をもう一度開いてみる。

 うん、やっぱり読めない。むしろ読めるようになってたら怖い。


 パタンと閉じて、ふと溜息。

 大方子供の落書き帳かなにかだろうななどと思い、早く届けてしまおうと足を一歩踏み出したところで――、




 突然、目の前がパックリと裂けた。


「――あ?」


 グラリと視界が歪み、平衡感覚が失われる。思わず手を着こうと本棚を探したが、周囲にそれらしきものは見当たらない。

 辺りは真っ白な光に飲み込まれたように眩く、眼球を焼かれるような錯覚を得た。


「――やべ!」


 何が起こっているのかさっぱり分からないが、とにかく異常事態に巻き込まれたということは理解できた。

 浮遊とも落下ともとれぬ奇妙な感覚を全身で感じながら、俺は必死に虚空でもがいた。


「お、落ちるっ! いや、溺れる? の、飲み込まれるっ!?」


 落下するような、沈むような、腹の中で消化されるような不快感を得ながら、俺はゆっくりと意識を失った。

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