花のうつろい
甘くはないし救いも無い話ですので、ハッピーエンドがお好きな方はブラウザバック推奨です。R15は保険です。
そこは、12の神々の治める世界だった。
世界全ての祖である大神が、13の神々を産み出した世界。
大神が去った後、残された神々が愛し慈しんだ世界。
そう、大神が生んだのは13柱の神々。
人々は、それをもう覚えてはいない。
彼らが崇めるのは12柱の神々のみ。
13番目の神がいたことは、誰も知らない。
当の13番目の神と、12柱の神々を除いては。
だから、人々に喜びを与えていた花の神はもういない。
人々に辱められて歪んでしまい、その存在は変わり果てて。
人々がその名を呼ぶ時は――――魔物の王としてのみ。
魔王と魔物を作り出したのが、他ならぬ人である事も知らずに。
それは、ある冬の事だった。
東の空がようやく白み始める頃、川の側の所為か深い霧の中。
数人の男と子供の声が、聞こえた。
「薄汚いガキだ、川の水で洗えば少しはましになるんじゃねーか」
「違いない」
笑い声と共に、響く水音。
子供の悲鳴。
そして興味を失ったのか、遠ざかる足音。
聞こえてくるのは、水音と子供の嗚咽。
この寒さの中で冷たい水に落とされては、身体は冷えきってしまう。身を暖める術が無ければ、命さえ危ういだろう。
霧の中でそれをじっと聞いていた彼は、そんな事には全く興味がないらしく、男共とは別方向へ立ち去ろうと踵を返そうとした。
その時。
なんの気まぐれか、朝日が霧を裂いて子供の髪を照らした。
その輝きが目を射り、彼の興味を惹いた。
石の多い河原を歩き、凍るような水の冷たさに顔色一つ変えずに、その子供の手を取って立ち上がらせた。
男達に殴られたのだろう。顔は腫れ、痣だらけだ。
そして、その状態でもはっきりと分かる、顔の左側にある火傷の痕。
それさえなければ、男達の態度も変わっていたかもしれない。
その子供――少女は、痣だらけで腫れた状態でも分かるほど、整った顔をしていた。
煙るような柔らかな淡い金髪。新緑を思わせる橄欖石の瞳。
白い肌に、口の端から微かに滲む赫い血が映える。
彼はその子供をやすやすと抱き上げた。
「ありがとう」
怯えた様子もなく、彼女はにっこりと笑った。
その動きが傷に障ったのか、すぐに顔をしかめる。
それでも、余程身体が冷えていたのか、小猫のように彼に身体をすり寄せた。
「暖かい……」
警戒心の欠片もないその仕草に、彼の顔を驚愕が彩った。
もう随分と長い事、彼に対してこんな無防備な姿を晒した者はいない。
「私が……怖くないのか?」
その言葉に、少女が微笑む。
「どうして? 助けてくれたのに」
人を疑う事を知らないのは、余程愛されて育ったのか。
それとも、こんな些細な救いの手すら、差し伸べられた事がないのか。
どちらにせよ、彼にとっては少女の態度は新鮮だった。
「お前の名は?」
そして、少女が告げた名は、彼の笑みを誘うものだった。
「リリィ」
それは花の名前。
「ではお前は私のものだ」
その言葉の意味はリリィには分からなかったが、彼が微笑んだのは分かった。
それが何故か嬉しく、ほっとしたリリィはそのまま意識を手放した。
リリィが目を覚ました時、彼女の衣服は変えられていた。
ほとんど汚れた布きれに近かった鼠色の服は、柔らかな肌触りの真っ白な服に。
細く柔らかな髪はきちんと梳かされ、白いリボンで結ばれている。
そして、奇妙な匂いがする顔は、どうやら薬が塗られているらしい。
「目が覚めたか」
その声に目をやると、彼の姿があった。
まっすぐな長い黒髪。青味をおびて見えるほどに白い肌。夜空の色の紺色の瞳。まるで血のように赫い、口唇。
幼いリリィの口から溜息が漏れるほど、美しかった。
最初に逢った時は、寒さと痛みの為にそれに気づかなかったのだ。
「あの、ここは……?」
落ちつかない様子で辺りをきょろきょろと見回す仕草に、彼の口唇が微かな笑みを刻む。
「私の館だ」
その言葉に、リリィが顔を曇らせる。
「あのね、リリィのおうち、ないの。ええとね、おうちが燃えてね、お父さんとお母さんはどこか遠いところへ行っちゃったんだって。それでお母さんのおともだちっていう人がね、おうちに連れてってくれたんだけど。リリィのほっぺ見ながらあてがはずれたって言って。なおると思ったのにって。それで、そのおねえさんも、遠くへ行かなくちゃいけなくなったからばいばいって」
火傷の痕さえなければ、リリィはかなりの美少女だ。おそらく、その友人という女は、リリィをひき取って稼がせようと考え、その当てが外れたのだろう。
「お父さんとお母さん、いっつもけんかしてたから、遠くに行ってもまだけんかしてるのかなぁ。ごはん食べないでお酒ばっかりまた飲んでるのかなぁ」
大体の家庭環境を察した彼は、膝をついて少女に目線を合わせ、問うた。
「行くところがないのなら、ここに住むか? 部屋は余っている故、お前一人増えたとてたいしたことはない」
「いいの……?」
彼を見上げるその瞳は、縋り付くようで。彼は頷いた。
「ありがとう」
嬉しそうに笑った直後に、リリィが驚いた顔をした。
「あ、名前! リリィ、あなたの名前知らないの」
彼は頷くと、その名前を口にした。
「リュエシーダ」
と。
「え……?」
それを聞いたリリィの瞳が見開かれる。
「お母さんがお話してくれた、こわいまものの王様の名前といっしょ……」
彼は、絹糸のような少女の髪を指に絡ませた。
「私が怖いか?」
しばらくリュエシーダを見つめていたリリィは、やがて勢いよく首を横にふった。
「ううん! だって、やさしいもん」
その言葉に、彼は破顔した。
「そうか……」
そして、小さな額に軽い口付けを落した。
これが、あまりにも短い二人の生活の始りだった。
「リュエ?」
リリィは、リュエシーダを探していた。
幼い少女だった彼女も、今は女らしい体つきになっている。
すらりと伸びた肢体は、儚げな彼女の容姿をより引き立てている。
実際火傷の痕さえなければ、彼女に求婚者は殺到していただろう。
尤も、この館から殆ど出る事なく育った彼女を見るものは殆どいなかったのだが。
彼女に接したは、館の使用人とリュエシーダだけ。
それでも、寂しいと思わずに育ったのは、リュエシーダが傍らにいたからだ。
彼は優しく、様々な事を彼女に教えてくれた。
不思議な事に、彼は始めて逢った時と姿があまり変わっていないように思える。だがそれは、子供の時は自分より年上の人は、皆大人に見える所為だろうと納得していた。
大抵の時傍にいてくる彼だが、来客があった時は当然傍にいてくれない。
そして、それ以外にいない時は……
リリィは地下へと向かう階段に向かった。
薄暗い地下室は、あまり好きではない。だが、彼の姿が見当たらない時は、大抵そこにいるのだ。
ワインや食物を貯蔵している部屋とは別の、様々な書物が置いてある部屋。
書物の割に広い室内は殺風景で、どうしてそこに彼が好んで入り浸るのかは分からない。
それでも、リリィはそこへ向かった。
教わったばかりの焼き菓子が、ようやく上手く出来たのだ。今までは失敗ばかりで、とてもではないが、上げられる代物ではなかったのだが、ようやく満足のいく物が出来たのだ。
焼きたてを、彼に食べて欲しい。
焼き菓子を詰めた小さな籠をもって、リリィは階段を降りた。
「リュエ……」
思った通り、彼はそこに居た。
蝋燭の灯で照らされた彼は、いつものとおりに美しかった。
「リリィ」
彼女の姿を見つめて微笑むその眼差しは暖かい。
両手を広げて彼女が来るのを待つその姿は、たった一点を除いてはいつも通りで。
彼女の手から、籠が落ちた。
転がる籠から焼き菓子が辺りに散らばり、甘い香が漂って部屋の香と混じり合う。
血の香と。
彼の足元にいるのは、つい先日入ったばかりのメイドだ。
良く笑い、くるくると良く働く彼女に好感を抱いていた。
その彼女が、血に染まって倒れている。
そしてリュエの口唇は、いつも以上に赫い。おそらく彼女の血によって。
「どうした?」
不思議そうに首をかしげ、リュエシーダが歩み寄る。むせかえるような血の匂い。
「いや……」
我知らず、リリィは後退っっていた。
「リュエ、リュエは何処?」
悲鳴のような声に、彼の瞳が訝しげに細められる。
「何を言っている? 私はここにいるだろう?」
赫い血で彩られた白い指先を、彼女にのばす。
だが、リリィはそれを振り払った。
「嘘! リュエはそんな事しないもの! リュエを何処にやったの!?」
「リリィ……」
その叫びに、リュエは哀しげに瞳を伏せた。
「そう……か」
その呟きには、諦めと哀しみが宿っていた。
共に数年暮らした。だが、リリィは彼を見てはいなかったのだ。
彼女が見たいと望んだ姿を、彼の上に見ていたのだ。
だからこそ、優しいと言っていたのだろう。
「ならば……仕方のない、事」
再び目を開いた時には、その紺色の瞳には哀しみの色はなかった。
「だが、お前は私のモノだ」
恐怖に怯えるリリィの身体を抱き締め、その口唇を奪う。
鉄の味と共に入り込んだ舌に口腔内を蹂躙され、リリィの身体から力が抜ける。
見開いた瞳が曇り、うっとりとした表情にかわる。そして、リリィの手は彼の背中にのばされた。
かつて神であった時、彼は人々に喜びを与える花の神だった。
そして堕ちた今でもそれは変わらない。
人に快楽という悦びを注ぎ込むのは造作もない事。
歪んだ瘴気と共に快楽を注ぎ込まれ、リリィの心はあっさりと正気を手放した。
「我が君……」
彼を慕った少女はもういない。
いるのは、彼に仕える女が一人。
「お前は誰のものだ?」
「私の全てはあなたのモノです、我が君」
その言葉に、彼は薄く嗤った。
かつて祭りの夜に人間に穢され、狂気におかされて魔に堕ちた神である彼は、再び人間によってより深い狂気に囚われた。
彼を慕った無邪気な少女の拒絶によって。
「私が怖くないのか?」
「どうして?」
甘い香が充満する室内に、空虚な笑い声がいつまでも響いていた。
10年以上前に書いた小説です。
文章能力が前から低いことがばれますね。
今は無きサイトに以前載せていた小説です。
他の神々の名前も必死に考えていたのに、もう光の神の名前しか覚えていないです。




