やってきたのは領主様
盗賊達を拘束し村人の乗った地面を元に戻した俺達は、村人たちから大変感謝され……ていなかった。むしろ遠目に避けられまくっている。
まぁしょうがない。明らかに人間じゃない紅牙やスラりんに加え、せり上がった地面の上から黒姫の戦いも見たようだし。体が霧になって狼出して爪が伸びる人間なんていやしないだろう。
それに今は盗賊の襲撃で村が荒れている状態だし、怪我人も多い。こっちは後回しでしょうがないだろう……黒姫と紅牙が俺を差し置いてとか言いつつイライラしているが。
「――主様、戻った」
「おかえり、ユエ。それで、どうだった?」
「この村の周囲に他の盗賊はいない。恐らく、捕らえている者で全て」
「そうか、ご苦労さん」
戦闘に入る前にトリスに頼んでユエを迎えに行ってもらい、村の周辺の探索を頼んでおいたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
「うわぁ~。太郎さん、こんな綺麗な獣人のお付きさんも居たんですね。もしかして、どこかの凄く偉い貴族様なんですか?」
「うーん、違うけど説明し辛いな」
無事だった両親との再会を果たしたティルだが、何故かすぐに俺達の所に戻ってきた。怖がっていないどころか、むしろ紅牙や黒姫だけでなくスラりんにもキラキラした目を向けている。
村人との対比を見るに、これは一般的な反応ではなくティルが変わっているだけだろう。
ティルは一四歳の赤毛の女の子で、肩ぐらいまでの髪を左右で止めた可愛らしい子だ。紅牙や黒姫も悪い気はしてないようだし、好かれる分には構わない。
「それより、医薬品とか食糧とか手伝える事があれば良いんだけどね」
盗賊が火を放った家屋の一つに収穫物を入れる倉庫があったらしく、半分以上が炭になってしまっている。
「では太郎様、DPを消費して購入してみては如何でしょうか?」
「でもDPは空の筈だけど?」
「おそらく今回の件で多少なりとも獲得していると思われます」
トリスの言葉になるほどと頷くと一旦ダンジョンに帰ろうとスラりんを呼ぶ。あそこじゃないとメニュー開けないし。
「太郎様、こちらを使えばダンジョンに戻らずともメニューを開くことが可能です」
そう言ってトリスが差し出してきたのは、シンプルな銀色の腕輪。言われるままに右腕に装着すると、少し大きかったはずなのにピッタリの大きさに伸縮した。
「その腕輪は玉座の携帯端末のようなもので、太郎様の思考を読み取ってメニューを開きます」
「えーと……おおっ!」
メニュー出ろと念じたら、ダンジョンの玉座で見たような半透明のウインドウが開いた。ただ、書いてある項目がかなり少ない。
「項目が色々少ないけど?」
「あくまで携帯用の簡易メニューでございますので、機能に制限がございます。ご了承ください」
【アイテム購入】や【モンスター指示】なんかの欄はあるが、【ダンジョン改築】や【モンスター召喚】などの欄は消えている。
「わぁ、何ですかそふぎゅ!?」
「ご主人様の話の腰を折ってはいけません。邪魔すると言うなら……」
「――抹殺」
うちの女性陣が大袈裟過ぎるほどにティルを脅しているので止めて、【DP獲得】という項目をタップする。
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【ダンジョンから出た:1DP】
【初めての戦闘に勝利した:1DP】
【モンスターを10匹退治した:5DP】
【ノーソン村を見つけた:1DP】
【盗賊を倒した:1DP】
【モンスターを20匹退治した:10DP】
【ジュラフ盗賊団を倒した:30DP】
【ジュラフ盗賊団からノーソン村を救った:20DP】
【村娘に懐かれた:1DP】
合計70DP 獲得
アドバイス:Bカップ以上の女性を倒すとボーナスDPがもらえるぞ
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70DPか。最初1000DPあった事を考えると少ないが、元々あれはサービスで多かっただけなんだろう。覚えの無いポイント獲得があるが、考えるに別行動のユエがダンジョン周辺のモンスターを掃除した成果ではと推測する。
つまり、俺がいなくとも生み出した部下の行いによってDPは獲得できる……それはともかく、最後のアドバイスはなんだ。
「このDP獲得システムには、アリアリス様の私的な意向が多分に含まれていますので」
ああ、見た目幼女だったもんね、あの神様。もしここでの生を終えて再びあの世で会う事があったら気を付けよう、貧乳の一言で地獄行きにさせられかねない。
気を取り直して【アイテム購入】の項目をタップすると、装備品や食品など様々な項目がプルダウンメニューに出てくる。
とりあえず……【医薬品】の項目から【応急治療セット:1DP】と、【食料品】から【保存食(乾パンセット):1DP】を使って注文してみた。
一つ頼んでどれだけの量が来るのか説明書きが無いし、村人には悪いけどダンジョンを住みやすくするのにも多少DPを残しておきたいし。
「……来ないな」
「太郎様、物品の購入は少しお時間を頂くことがあります。なので今後は一度に大量に頼むのが効率的かと」
「あ、そうなんだ。わかった、そうするよ」
とか何とかトリスと話していると、村人達の中から随分と歳を取ったしわくちゃの老人がこちらにやってきた。
「あ、村長!」
ティルが声を上げる。村長らしい。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、このノーソン村の村長を務めておりますカールと言う者です。此度は盗賊から我々を救って頂き、真にありがとうございます」
「いえいえ、最悪の事態になる前に間に合ってよかったです。ああ、こちらは気にせずに怪我人の治療に専念してください」
「――その優しいお言葉、痛み入ります。それに比べて、村の若い者たちはその子を除いてはろくに感謝の言葉も言えぬ始末。いやはや、お恥ずかしい限りです」
「まったくもってその通りです。これからワタクシがご主人様に代わり礼儀を躾けて……」
いい、躾けなくていいから黒姫。そして『え、やらないの?』みたいな顔するな、紅牙とユエ。
「村長さんはあまり怖がっているようには見えませんね? 普通は、まぁ、怖がるのが当たり前かなって思うんですが」
「ほっほっほ、儂の様に分不相応に長生きしておりますと、死や恐怖心といったものが薄れてくるもの。例え助けてくださったのが何者であろうとも、感謝の念以外は感じませぬわ」
その目に黒姫はおろか、紅牙やスラりんに対してさえ恐怖心は映ってないように見える。俺としては近場の村の代表が俺達を恐れないのはありがたい。
「――主様、何か来ます」
そっと横に来て耳打ちしてくるユエが、空の一点を指す。晴れた青空にはこれと言って何かあるわけでも……
「なんだ、あれ?」
よく見たら黒い点のようなものがこちらに向かってくる。最初は鳥かと思ったが、距離詰めるにつれてそれが自転車に乗った人影だと言う事に気が付いた。
より正確に言えば、籠付きのシティサイクルに乗った郵便局員……の制服を着た、骸骨。それが宙を滑空するようにやってきて、ゆるやかに着地した。
「ちわっす、冥界郵便の者です。さきほど頼まれた品を届けに参りました~。太郎様と言うのはどちらさんでしょうか?」
「え、あ、自分です」
「はいはい。こちら頼まれた品になります、お確かめください」
そう言って肩に掛けた赤いショルダーバックから赤十字のマークが入った白い取っ手付きの箱。
それから乾パンが入っているらしい大量の段ボール……両手で持てるサイズのがざっと二十個ほど。ど、どうやって入ってたんだ? 四次元ポ○ット?
「あ、受領証にサイン頂けますか? こことここに……あ、ペンどうぞ」
「ええっと、こっちの文字わからないんですけど」
「ああ、日本語で結構っすよ」
言われるまま『山田太郎』とサインすると、骸骨改め冥界郵便局員は満足したように一つ頷いて「またのご利用お待ちしてまっす」と言って、再び自転車に乗って空へと駆けていった。
「【不死族】……ではありませんな。もしや冥界の神のいずれかの信徒様なので?」
「あ、これ医療品と食糧になります。よかったら使って下さい」
細かい事聞かれても答えられないので、聞いてくれるなと言外に含ませながら救急箱と乾パンを押し付ける。
カール村長も深くは詮索してこず、怪我人の治療と差し当たっての食糧の分配を行うことになった。
乾パンは段ボールごとに数種類に分けられて入っており、シンプルな物やレーズン入りなど村人が見たことない物ばかり。そのうえ長期間日持ちすると言う事で、かなり驚かれた。
そもそも嗜好品の類はこんな農村にはないそうなので(乾パンが嗜好品と言えるか謎だが)、これらは大いに喜ばれた。
更に救急箱だか、乾パンに比べて量が少な過ぎる……と思ったら、使った分だけ勝手に箱の中に補充される魔法の救急箱。
消毒液や包帯、脱脂綿やガーゼなど日本では当たり前のように手に入るこれらもここでは貴重な上に高品質らしい。っていうかよく見たら日本製品だよ、仕入れどうなってんの?
まあ何にしてもおかげでこちらに対する態度はかなり良くなったので、現金なもんだと思うが色々気にしないことにする。
「問題はあの盗賊達をどうするかだな。あのまま拘束しておくわけにも行かないし、村長にでも聞くのが一番か……」
「ご主人様、よろしいでしょうか? この村へ近付く生命体が百体ほどあります。二体ずつ重なるように動き、またその速度から騎乗した人間五十ほどと思われます」
村人に医薬品の使い方についてレクチャーするトリスを眺めながら盗賊の処置について考えていると、黒姫がスッと傍によって来て告げた。
「まさか盗賊に仲間でもいたか?」
「わかりませんが、村の事を考えるなら村の外で迎撃するのがよろしいかと思います。お許し頂けるなら、ワタクシが殲滅して参りますが……」
「オイオイ待てよ、オレだってまだまだ物足りねえんだぞ?」
「――二人はいらない、ユエが片付ける」
……やる気があるのは結構だが、毎回喧嘩腰になられるのも困るよな、仲間内で。ちなみにスラりんは何故か村の子供たちに人気で、ベッド兼クッション兼トランポリンとして遊ばれている。
「ほ、本当に盗賊の仲間がいるんですか?」
うん、ティルだけが実にもっともな反応だが、怖がっている姿を見て感心するのは趣味が悪い
「ティル、村長に正体不明の集団が近付いてる事を知らせてきてくれ。とりあえず俺達は村の外で出迎えることにするよ」
◇
う~ん、状況が何か複雑化してきたな。まだこっちきて数時間しか経ってないのに、あまり頭を使わせてくれるような事態は歓迎しないんだが。
今は無事だった村長の家で、大き目のテーブルに村長を挟んで男装の麗人と向かい合っている。男装というか、白いシャツに黒のズボンとブーツ、凝った意匠の外套などをきっちり着こなしているからそう見えるだけかも知れない。
彼女の名はサリーシャ・ブルネイ。歳は二十代の前半ぐらいで、やや赤みの混じった長い金髪をまとめて肩から前に下ろした、中世的な容貌の人物だ。
「さて、私は回りくどい話は苦手でね。手早く済ませたいと思っているので、余計な前置きは無しにしよう。まずはジュラフ盗賊団を捕らえ、我が領民の命を救ってくれた事を感謝しよう」
礼を言っているのに上から目線だが、何せ彼女は領主なのだから仕方が無い。そう、領主。
つまりここはブルネイ領のノーソン村で、彼女はブルネイ領の領主様というわけだ。
この村へきたのはたまたま近くの町を視察中に、隣接する領から盗賊団がこの村の近くを通る情報を入手。この村が狙われるだろうと推測し、動かせる護衛の騎士団五十人を連れて急行してきたという。
いやはや、村の外で待ち受けるときに村長がいてくれて良かった。村長の説明と制止を無視してついてきたティルの訴え(涙目&上目遣い)、そしてサリーシャ領主の『剣を納めろ』の一声でとりあえずは衝突を防げたし。
いま俺の傍にいるのはトリスさんだけ、他は家の広さやちょっと過激な部分を考えて外にいてもらっている。見えない所で騎士団と不穏なことになってないか不安では有るけど。
「ジュラフ一味の身柄はこちらで預かり、報奨金は追って届けさせよう。報奨金は大陸金貨五十枚だ」
「ありがとうございます」
うん、大陸金貨五十枚って価値がよくわからん。
「盗賊どもの装備については好きに処分してもらって良いが、頭目であるジュラフが持っていた大斧だけは買い取らせてもらう。こちらは大陸金貨二十枚でどうだ?」
「ええ、その額で結構です」
魔法の品みたいだったけど、俺にはその金額で高いのか安いのか適正なのかわからないって。かといってトリスに一々聞くのも足元見られそうだし……
「ふむ、済まないな。本来なら報奨金も買い取りも、もう少し色をつけたいところなのだが。近年領内で頻出するダンジョンの対応のために、領の金庫は軽くてな」
あ~、俺のダンジョンもその頻出する一つです、すいません。バレたらいきなり斬りかかられたりして。
「ああ、それから盗賊どもの事だが、連れて行く際に地面から出してもらって構わないかな? あのままだと地面から掘り出すだけでも一苦労だ」
「ええ、それはもちろん」
盗賊団にはスラりんの魔法を使って、首から下は全部地面に埋まってもらっている。更に周囲には黒姫の放った狼が数匹巡回。
まったく動けない中で、涎を垂らした狼が自分達の傍をぐるぐる回るのは相当な恐怖だろう……おお、こわっ!
「事務的な話はこれぐらいで良いだろう……さて、聞かせてくれないか。太郎と言ったね、君は何者だ?」
目の前の領主は表情こそポーカーフェイスだが、その瞳はキラキラと宝物を見つけた少年の様に輝いている。さっきまでの事務的なやり取りとはえらい違いだ。
「ええと、通りすがりの【魔獣師】で……」
「ないな、【魔獣師】は国への登録とモンスターへの表章の装着が義務付けられている。数が少ないから国内の【魔獣師】は全て把握しているし、核が六つもある巨大スライムを従えていれば耳に入らないはずはない」
ティルの勘違いをそのまま流用しようとしたが、即座に見破られてしまった。ティルは田舎者故に無知で誤解したが、学のある人間にはそうもいかないか。
「それから赤い鱗の男、あんな種族は聞いた事ないな。それに村人の話を総合するにあの黒い少女も人間ではないようだ。ひょっとしてあの獣人の女性も、見た目通りの狼の獣人ではなかったりするのかな?」
疑問と言うより半ば確信を持っているような感じで、俺への問いはあくまで確認と言った感じだ。
――本当なら巧く誤魔化さなきゃいけないんだろうけど、ぶっちゃけ平凡な高校生に海山千万(と勝手に思ってる)の領主に騙し合いで勝てるわけない。チラッと隣のトリスに視線を向けると、『ご随意に』と言わんばかりに小さく微笑まれた。
「俺は新米ダンジョンマスターなんですよ、よろしくお願いします」
「……ほう」
かる~く言ってみたけど、ちょっと危険な光の瞳に宿ったような!? いや、いきなり攻撃されないから大丈夫だ、うん。
「だとすると、表にいる君の仲間はダンジョンで生み出されたものモンスターだとでも?」
「そういう事になりますね」
「人間に魔石が付くという前例はないのだが」
「ああ、俺はちょっと訳有りでして。ちなみに外の仲間もその関係で、普通のダンジョンのモンスターよりめちゃくちゃ強いらしいので気を付けてください」
ぶっちゃけ俺より強い、比べるのもおこがましいほど。
「君がダンジョンマスターだという証拠は?」
「ここに魔石が埋まってます」
シャツのボタンを外して胸の部分、胸に埋まった深紅の魔石を見せる。
「……本物のようだな。ふふ、これは悩むな……」
目を伏せなんとも言えない不気味な笑いを発するサリーシャ領主に、そこはかとなく不安を覚える。やはり正体をばらすのは早まっただろうか?
「一つ聞こう、君の生み出すモンスターは人里を襲うか?」
「そのつもりなら元から助けてませんよ。ただ、降りかかる火の粉は払うでしょうけど」
「……やはり悩むな」
「ええと、何をでしょうか?」
「一つは君をこの場で斬り捨てる事だ。ダンジョンより生み出されたモンスターは、主と命を共にする。つまり、君を害する事でダンジョンと凶悪なモンスターを一度に排除できるわけだ」
おっと、そっちは初耳だ!? ――しかし、紅牙やユエは耳がいいのでこの会話は聞こえているだろう。いや、かと言って話が終わらないうちから乱入されても困るけど。
「もう一つは君を利用することだ。人間と意思疎通出来るダンジョンマスターは前例が無い。うまく互いの利害が一致すれば、随分と面白そうな事になりそうだからね」
「どうにもそっちの方が本音っぽく聞こえますね」
「ほう、わかるかい?」
「子供っぽく目が輝いてますよ。演技かもしれないとは思ってますけど」
俺の言葉に更に笑みを深めるサリーシャ領主。
「すまない、これでも元々は冒険者でね。名と素性を隠し国中をアチコチ回り、ダンジョンにも潜ったものさ。一年ほど前に前領主である父が流行り病で亡くなった際に領地を継いだが、おかげさまで羽目を外す機会がなくてね」
どうやらこのサリーシャ領主、俺の考える偉ぶってプライドが高い貴族像とは違って、立場はともかく感性は近いように思える。これならひょっとして、俺の構想する案にも賛成してもらえるかもしれない。
「では互いの利益を一致させるため、色々と話を伺ってよろしいでしょうか? 実は構想中の計画があるんですが……あ、村長さんからもご意見をもらえると助かります」
「計画、ねぇ~…面白そうだな、内容次第では話に乗ろうじゃないか」
「太郎様がダンジョンマスターとは驚きましたが、この村の恩人であることに代わりはありませぬ。この老いぼれの知恵で良ければ喜んでお貸ししましょう」
このサリーシャ領主やカール村長が信用できる人物かはわからない。しかし、俺が漠然と考える計画にこの二人の協力は必要不可欠だ。
ならば有らん限りの凡人の力を持って、この二人を計画に引き込もうじゃないか。俺がこの世界で面白おかしく暮らすために、ついさっき思いついた計画。
その名も『ダンジョン観光地化計画』!
◇
「ほう、これはまた。死屍累々と言ったところでしょうか」
話し合いを終え村長の家を出たそこで広がっていた光景に、トリスが何故か感心したような声を上げる。
五十人いた騎士のうち、約半数ほどが広場に倒れて呻き声を上げていた。で、その中心に黒姫とユエの二人が。何かやっちゃったか?
「ヴァイゼン隊長、これはどういうことだ?」
サリーシャさん(何故か友人扱いに昇格して敬称不要と言われた)が呆れたように倒れた騎士たちを見ていた初老の騎士に声を掛ける。
「ああ、閣下。大した事ではありません。ただうちの若いのがそちらの御嬢さん方にちょっかいをかけ、返り討ちにあっただけですよ」
……ああ、ナンパか。黒姫の美貌は十代の外見にありながら目を引き付けて離さないし、美術品のような美しさがある。
ユエの方は外見もさることながら、黒姫にはない肉感的な魅力がある……ぶっちゃけるとだぼっとしたメイド服の上からでもわかるほど巨乳、しかも腰が細い。
男ならお近づきになりたいと思ってもしょうがないと思うが、こんな事になるとは思わなかった。
「ほう、貴様ら。一緒に行動している私には声一つ掛けなかったと言うのに……なんだ、やっぱり若さか?」
「え、怒るところそこですか?」
二人のやり過ぎを咎められると思ったが、怒りの矛先が少々斜め上だった。
「ヴァイゼン隊長、話はついた。これより盗賊どもを連れて町へ戻るぞ」
「かしこまりました。しかし、あの娘たちはあのままでよろしいので? ちょっかいを出したのはこちらが先ですが、騎士に大して少々やり過ぎですが」
「構わん、つい先ほど彼女たちの主人は私の友人となった。むしろこちらが友人として詫びねばならんーーそもそも、彼女らを捕らえられると思うか?」
「無理でしょうな。そう言ってもらえて助かりました」
ヴァイゼン隊長は肩を竦めてサリーシャさんに答える。この人も結構話しやすそうだな。
「黒姫、ユエ。悪かったな」
「いえ、ご主人様がお気になさることではありません」
「――同意」
「――そ、そうか、ありがとう。紅牙、今度からこういう事があったらお前が間に入ってくれ。そうすれば要らない面倒事は減るだろう」
「了解、大将」
倒れる騎士たちを当たり前の様に踏みしめながら傍にやって来る二人に怖い物を覚えつつ、紅牙に頼んでおく。
黒姫とユエに関しては人前に出た時、今後も似たような厄介事が頻出するだろう。問題は二人が反撃で相手をやり過ぎないよう、前もって手を打っておくことだ。
「では太郎、私達はこれから町へ戻る。計画については目途がついたら使者を送るなり遊びに来るなり好きにしてくれ、歓迎しよう。ただ領民に手を出さないという言葉に偽りがあった時は……」
「わかってます」
「よろしい。ああ、それから彼女たちにちょっかいをかけた馬鹿者たちは、私の方で性根を叩き直しておこう。いかに私が女としても魅力に溢れているか、剣を持って叩き込まねばな」
何やら物騒な言葉と凶悪な笑みを残しつつ、倒れた騎士たちを無理やり立たせて盗賊の方へ行ってしまった。最後にヴァイゼン隊長がこちらに一礼してから去っていく。
「んじゃ、俺たちも一度家に戻るとするか」
「かしこまりました」
「――了解」
「おう!」
「え、もういっちゃうんですか?」
丁度寄って来たティルが寂しそうな声をあげる。
「もうすぐ日も落ちますし、今日は村で泊まっていかれませんか?」
「ああ、大丈夫。家はここから近いから、凄く」
「え?」
「ま、近いうちにちゃんと教えてあげるから、今日のところはさよならだ」
俺がそう言いつつ頭を撫でてやると、ちょっと腑に落ちないような顔をしながらも最後には頷いてくれた。
「あの、皆さんまた必ずいらっしゃってくださいね? 今度はちゃんとおもてなししますから!」
「ああ、楽しみにしておくよ」
そう返す横で黒姫たちもティルに対して同じような返答をしていた。意外だが、物怖じしないティルの性格は割りと好感触だったようだ。
子供たちと遊んでいたスラりんを呼び戻し、村人達に見送られながら村を出る。今度はスラりんに乗らず、ゆっくりと歩きで帰るつもりだ……家まで十分もかからないだろうが。
「さ~て、これから忙しくなるぞ。皆の力も当然借りるつもりだから、よろしく頼むな」
『おまかせください!』
スラりんと微笑を浮かべるだけのトリスを除く、三人の声がなんだか心地良い。
「黒姫は外見が一番人に近いし、人間との交渉事に参加してもらうこともあるからそのつもりでな」
「承知いたしました、ご主人様。何なりとお申しつけください」
黒姫は俺が直接関わらなければ、冷静そうだし頭も切れるだろう。
「ユエもそういった事や、ダンジョン内でのまとめ役なんか頼むかもしれないけど」
「――問題ない、ユエにお任せ」
ユエは表立つより縁の下の力持ち的なポジションの方が良さそうだ。
「スラりんにも魔法とか色々手伝ってもらうけど、よろしくな?」
「――ッ!――ッ!」
うん、なんとなく動きで感情が読めるようになってきた。これは『やってやるぜ』って感じかな。
「紅牙やシルヴァリオンにも、満足できるような相手を用意するからしばらくは雑事を頼む」
「おう、バンバン頼んでくれ、大将!」
紅牙やシルヴァリオンが満足できる相手……探さないとな、頑張って。
「トリスもこれからも色々教えてくれると助かる」
「言われずとも、ですよ」
微笑を絶やさないこの魔人と鬼人の牡丹姉さんには、俺の足りない部分を補ってもらわないと。
「よっし、それじゃ帰ったら早速ダンジョンの改装から始めますか!」
さあ、どんなダンジョンを造ろうかな。