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初めての戦闘は農村救出

……う~ん、あれはどう見ても……


「火の手が上がってるように見えるよな……火事?」

「いえ、あれは人為的に引き起こされたものでしょう。複数個所から出火しているようです」


 黒姫の返答になるほどと頷く。確かに火事なら出火した地点を中心に火が広がるだろうが、離れた地点にまばらに出火したとなれば放火で間違いないだろう。


 木の柵に覆われた家屋を見ながらやれやれとひとりごちる。


 森を出て幾らもしないうちに辿り着いた、草原に作られた村。第一村人発見前に黒煙があがるのを見つけた時は嫌な予感がしたもんだ。


「放火魔でもいるのか?」

「んにゃ、違うみたいだぜ大将。どうやら盗賊の集団が村を襲撃してるようだ、あっちこっちで叫び声がしてるぜ」

「それから血の匂いも致します」


 【ドラゴニュート】の紅牙は耳が良いらしい。黒姫はヴァンパイアらしく血の匂いに敏感のようだ……いやまて盗賊?


「真昼間から村を襲撃とは穏やかではありませんね、太郎様」

「穏やかでないどころか物騒この上ないんだけど!? えっと、どうしたらいいと思う、トリス?」

「残念ながら、直接の行動の指針をワタクシが決める事は禁止されております。あくまで太郎様の人生でワタクシはサポートですので」


 うーん、とは言ってもトリス以外には相談に適している相手がいないな。多分、黒姫と紅牙はイエスマンだろうし、スラりんは話せないし。


 荒事は避けたいが……


「ん? あれは……」


 村の入り口あたりから女の子が駆け出てきて、その直後に髭面の小汚い男が追うように現れる。いや、実際追っていたようですぐに女の子に追いつくと、女の子の髪を乱暴に掴み上げ……


「――紅牙」

「なんだい、大将?」

「盗賊共を死なない程度に叩きのめしてくれ。それから村人には怪我させないように、注意して救出優先で頼む」


 俺がそう告げると紅牙の口元がニィ~と歪み、鋭い牙が露わになる。


「任せろ大将。オレじゃちょっと役不足だろから、死なせねえように気を付けるぜ」


 獰猛な笑みを浮かべてそう言うと、女の子を乱暴に引きずって行こうとする髭面に向かって走り出し……あ、跳んだ。



□ ANOTHER SIDE □



 髪の毛を引っ張られて抵抗できずに引きずられ、痛みと恐怖で取り乱した私の耳に届いたのは大きな物が落ちる轟音と振動でした。


「な、なんだぁー!?」


 声と一緒に捕まれていた髪が離されて、転がるように盗賊から離れながら見たのは……


「――わぁ~…」


 村の誰よりも背が高く、全身を赤いゴツゴツした鱗に覆われた二本足のモンスターでした。


 指先の鋭利な爪は鉄なんか簡単に引き裂きそうで、その牙は骨なんか藁の様に柔らかく噛み砕きそうで、尻尾は一振りするだけで巨木を壊しそうで。


 御伽噺に出てくるようなドラゴンを、小さく人間にしたみたいなその姿。本当は怖がらないといけないのかもしれないけど、その鱗が太陽の光を反射して宝石みたいに輝いていて、その美しさに思わず感嘆の声が出てしまいました。


「な、な、ななななんだテメエェ!?」

「チッ、やっぱり雑魚か。楽しい戦いには洒落込めそうにねえな……」


 しゃ、喋った!? も、モンスターって喋れるんでしたっけ? あ、もしかしてこの方は沼地に住むっていう【リザードマン】という種族の方?


「何だ手前ぇはって聞いてんだよ!」

「まぁこいつは下っ端みてえだから、仲間に強い奴がいるかも知れねえな。そっちに期待しとくか」

「む、無視してんじゃねえぞ畜生が!」

「あ、危なーーッ!?」


――パキン


 やる気無さそうに頭を掻いてた【リザードマン】の方に、痺れを切らした盗賊の男が剣で斬りかかり、思わず声をあげてしまいましたが……


――折れちゃいました、鱗に傷一つ付けることなく。【リザードマン】の方は鎧も付けていますが、必要ないのでは……あ、鎧がないと裸になってしまいますね!?


「さて、他の奴等が何処にいるか聞きてえが……お前は煩いからいらねえや。死なない程度にぶちのめせって言われてるからーーよっ!」


ボゴンッ!


最後の一言と同時に【リザードマン】の方の片腕が霞み、更に盗賊の姿が一瞬で消えて。何が起こったのか考える前に、何か固いものをぶち抜くような音が響きました。


 音の方向に目を向けると、見える範囲にあった燃えてない村の家の一つ、その天井に上半身が突き刺さって足だけ出した人間の姿が……


「あ、あ、あ……」

「あん? ――ああ、悪いがあの野郎は死んでねえぜ、嬢ちゃんよ。死なない程度にって命令を……」

「あれ、私の家です……」

「…………………」

「…………………」

「それで、他の野郎どもは何処にいるんだ? 悪いが村の奴を助けろとも言われてるからよ」


 スルーされました!?……いえ、命を助けて頂いたのです、家の天井に穴が開くくらいで文句を言ってはいけません。例えそれが私の部屋の真上でも、です。


「あ、あの助けて頂いてありがとうございます! 村のみんなは村の中心に集められているんです! 私はお父さんとお母さんが逃がしてくれたんですけど、見つかってしまって……でも、まだ大丈夫だと思うんです! お願いします、村のみんなも助けてください!」

「最初からそう言ってるだろうが、助けろって言われてるってな」

「え、って事は他にも来ている方が……?」


 こんな強い【リザードマン】の方に命令できるなんて……い、一体全体どんな方なんでしょう。


「んじゃ、さっさと一暴れしてくるか」

「いや。ちょっと待って、紅牙」


 男の人の声がして振り向くと……目の前にいました、スライム。


「きゃああああああーーーっ!?」


 すすすすすスライム!? こんな大きなスライム見たこと、ああ!? そういえば大きなサイズのスライムは人だって飲み込んで溶かして食べちゃうって村のおばあちゃんが言ってた!


「たたたた食べないでくださいぃぃぃ!」

「落ち着いてください、お嬢さん。大丈夫、このスライムは貴女を襲ったりはしませんよ」


 さっきとは違う、柔らかい感じのする声に恐怖のあまり閉じていた目を開く。すると銀髪で貴族付の従者が着るような服の、凄くカッコいい大人の男の人がいた。


思わずさっきまでの怖さも忘れて頬が赤くなる。だ、だってこんな小さな村だとみんな顔見知りでカッコいい人なんていないし、外から人なんて滅多に来ないし……


「ご主人様、この女はいかがなさいますか?」


 鈴の鳴るような綺麗な声に目を向けると、今度は黒いヒラヒラのドレスを着た物凄い美人さんがいた。歳だけなら私よりちょっと上ぐらいだと思うけど、もうなんか根本的に同じ人間とは思えないくらい綺麗で思わずため息が出てしまった。


……ハッ! もしかしてこのカッコいい男の人のご主人様で、貴族のご令嬢様なんでしょうか!? 服も凄く仕立てが良くて高そうだし……あれ、でもご主人様って言った?


 まだ他に誰かいるのかと、視線を巡らせるとーーいました、スライムの上に座ってました。スライムって乗り物になるんですね、こんな狭い村に住んでると世の中知らないことばかりです。


 いえ、それはともかく……


「あ、あの、助けていただいてありがとうございまし……た?」

「うん、まぁ気持ちはわかるけどーー落ち着け、紅牙に黒姫」


 何と言うか、服はちょっと変ですけど見た目は凄く普通の男の人で、この人が美人さんのいう『ご主人様』とは思えなくてついつい語尾が……


 でも美人さんと【リザードマン】の方は私の態度が不快に感じたらしく、凄い顔で睨まれてしまいました。怖いです、美人さんに睨まれると迫力あるし【リザードマン】の方は口元の牙が物理的に怖いです!


「――あ、もしや【魔獣師】の方ですか!?」

「うん、ああ、まぁそんなもの……かな?」


 何故か歯切れの悪い言葉ですが、それなら納得が出来ます。世の中にはモンスターを飼い慣らして一緒に冒険する方がいると聞いた事があります。それならスライムに乗っているのも納得ですし、こんな大きなスライムを飼ってるなんて凄い方に違いありません!


「あのお願いします、村のみんなをーー」

「ああ、わかってる。紅牙、ちらっと聞こえたんだけど村の中心に村人は集められているんだよな?」

「ああ、そう言ってたぜ」

「わたくしの【生命感知】でも、中心らしき場所に生体反応が集まっているのを確認できます。ただ、集められているよりは少ないですが、別の固まりもあるようです。取り囲むように生体反応があることから、こちらも村人ではないかと思われます」

「二箇所? なんでそんな面倒そうな真似するのかな。盗賊なんて襲って奪うだけど思ったんだけど」


 そう言って【魔獣師】さんが首を捻ると、カッコいい従者さんが答えました。


「おそらく売れる女性とその他でわけているのでしょう。太郎様には倫理的に少々ご理解が難しいと思いますが、この世界には非合法ではございますが人買いがいるのです。この盗賊達はそれなりの規模の集団でしょう、手際の良さと売却ルートがあるというのですから」

「うーん、胸糞悪い話だ……だけど、今回はそれが幸いしたな。たぶん、まだ村の人が生きてるのはこの子を捕まえてないからだろ? 全員まとめての方が効率いいし、取り逃がしもわかりやすい。ま、俺たちが来るのは予想外だろうけど」

「なるほど、それは確かに予想外でしょう」

「ん~、理屈こねるのは良いけどよ、サクッとやってきていいのか?」


 【リザードマン】の方が痺れを切らしたように言うのに、私も口には出さないけど賛成です。今だって、お父さんたちがどんな目にあっているか……


「戦ってもらうけど、正面突破はなしだ。真正面から行くと村人を巻き込みかねないし、人質に取られたり自棄になった盗賊が傷つけるかも知れない。やるなら盗賊と村人を切り離して、だ」


――あ、そこまで考えてくれてたんだ……


「――ま、そういうわけで黒姫、スラりん。二人の力、当てにさせてもらうよ?」

「お任せください、ご主人様」

「――ッ!――ッ!」


 【魔獣師】さんの言葉に美人さんが優雅に一礼し、スライムが大きくうねる。その光景を見ていると、何も心配が要らなくなってくるような気がして不思議でした。



□SIDE OUT□



 木造りの簡素な家が並ぶ長閑な農村は、いまやアチコチで火の手が上がり広場には村人とそれを取り囲む盗賊たち。別の場所では女子供が別に分けられているから、商品として扱うつもりだろう……胸糞悪いな、マジで。


 村人の男性を中心に痛めつけられている人が多いが、今のところは命に別状がある人はいなさなそうだ。だったら予定通り、女の子を部下が連れてこなくてイライラしている盗賊たちと村人を分断しよう。


「スラりん、予定通りよろしく」


 俺が横にいるスラりんに言うとスラりんの核の内、青色と緑色の二つの球体がそれぞれ核と同色の輝きを放ち始めた。


 いま俺とスラりん、それから保護したティル(と名乗った保護した少女)は大きめの家屋の陰に隠れている。ご丁寧に光属性の魔法による光学迷彩のカモフラージュ付だ。


 スラりんは魔法が使えるスライムだ。スラりんの持つ核はそれぞれ光・闇・火・風・水・土の六属性に対応していて、核を発光させて魔法を発動させる……とついさっき知った。


 いま水と風の魔法を発動させ、何をしてもらっているのかと言うと……お、晴天だった空に雨雲が出てきた。見る間に青空を灰色の雲が覆い、ポツリと水滴が頬を打ったと思ったらあっという間に土砂降りに。


「―――ッ!」

「――ッ! ――ツ!」


 なんか盗賊達が喚いているけど、雨と距離があるせいで良く聞こえないな。雨は家屋の火を消すとアッサリと止んで、雨雲まで去っていき晴天に戻る。


 盗賊、村人の両方が狐に化かされたようなポカンとした表情をしているのがなんとなく笑いを誘う。


 火事の心配が無くなったところで次の一手。周囲を霧が漂い始め、直ぐにそれは濃霧となって視界を覆い隠した。足元すらおぼつかない状況では、うかつに動くことはできまい。


「スラりん、仕上げだ」


 俺の言葉にスラりんの黄色の核が光を放って、呼応するように大地がゴゴゴ…と揺れる。一分も続いた頃に地響きは止み、同時に霧が晴れ……いや、一箇所に集まり始める。


だが、


『えええぇぇぇーーッ!?』


 霧よりも衝撃的な光景がそこにあった。二箇所に集められた村人達、しかし霧が晴れたそこにあったのは大きな柱。


 正確にはスラりんの土属性の魔法によって地面ごと押し上げられて出来た柱で、高さは五メートルほど。村人も驚いただろうが、これぐらいの高さがあれば盗賊もすぐには手が出せまい。


 そして、


「お、おい、見ろ!?」


 盗賊の一人がようやく集まる霧に気がつき、注目を集めたことを確認したかのように霧は一気に凝縮し人型になる。そこにあらわれたのは【ヴァンパイア・クイーン】の黒姫だ。


 盗賊達は異様な登場と場違いなゴシックドレス、そして見目麗しい美貌を持つ少女の前に言葉が出ないようだが、そんな盗賊達を黒姫は一瞥して侮蔑の笑みを浮かべる。


「削った鉛筆の削りカス以下の盗賊達、ご主人様より伝言があります。心して聞きなさい」


 いや待て罵倒しろなんて言ってないし、どうして例えが鉛筆なんだ。


「全員武器を捨てて投降し……」

「はぁ!? ふざけんじゃねえ!」

「ついでだ、この女もとっ捕まえて売ってやれ! この見た目なら高い値段で売れるぜ、へへへ」

「馬鹿野郎、気を抜くんじゃねえ! この岩というう現れ方といい、きっと【魔導士】だ。格好からして貴族のガキっぽいから、どっかにお付の私兵でもいるかも知れねえぞ!」


 黒姫が少女というところで油断している盗賊達だが、一際大柄の男だけが注意を促し目を黒姫に向けたまま周囲を警戒する。


 へえ、もしかしてアレが盗賊の頭目だろうか? 見た限り数十人の盗賊を束ねるだけあって、腕っ節だけじゃなくて頭も回るようだ。


「――ご主人様の寛大なお言葉を、最後まで聞くことすらできませんか……処刑ですね」


 おおい、落ち着け黒姫さん!? 


「ですが、ご主人様はあなた方のような塵芥でも生かして捕らえろと仰せになりました。そのお慈悲を、地面を這いずり回りながら噛み締めなさい」


 ドンッ!


 黒姫が告げた瞬間、盗賊達の真っ只中に赤い物体が轟音とともに降って来る。言わずもがな、紅牙である。


「さて、どいつでも良いけどよ……少しはオレを楽しませろよ!」


 牙剥き出しの迫力のある笑顔で言うと、無造作に片腕を振るって数人を派手に吹っ飛ばした。


「なんだこいつは!?」

「こ、殺せ殺せーー!」


 仲間をやられた事で我にかえった盗賊達が各々剣や斧を構えて、一斉に紅牙に斬りかかる。


「――おいおい、どいつもこいつもハズレかよ」


 斬りかかったが、向けられた刃は全て赤い鱗に弾かれるか折れるかのどちらか。防御すらしていない、まったくのノーガード状態だというのにだ。


 期待外れだと言わんばかりにため息を吐きつつ、無造作に腕を振るってまた数人を吹っ飛ばす紅牙。残りの盗賊どもは二十人くらいか、他に隠れているやつもいるかもだけど。


「おめえら邪魔だ、そっちの小娘の相手してろ。そのデカブツは俺様が片付けてやる」


 おお、頭目が紅牙相手に単独で。手にはグレートアックスというやつだろうか、両手持ちのバカデカイ斧を持っている。刃の部分に変な文様が描かれていたり、柄の部分にシンプルだが高そうな装飾があったり盗賊の持ち物らしくない。


「へへへ、てめえが何の種族かモンスターか知らねえが、こいつの前じゃご自慢の鱗も紙切れ同然だぜ」

「ほぅ、そいつは楽しみだな!」


 あっちはとりあえず一騎打ちっぽい雰囲気だしてるけど、残りは黒姫の方に向かう。見た目だけ見れば確かに黒姫の方が弱そうに見えるよな。


「実際は召喚の消費DP一緒だし、同じくらいなんだろうけど……」

「はい?」

「ああ、なんでもない、なんでも」

「はぁ……あの、黒姫さんを助けなくていいんですか?」

「平気平気、多分圧勝だから。それより、やりすぎて血の海にしないかどうかが心配」


 俺が近くにいないのはむしろ黒姫のストッパーのためだ。もし俺が傍にいて斬りかかられたり、あるいは侮辱されるような発言をしたら、黒姫も紅牙も俺が止める間もなく惨殺するかもしれない。


 そんな事を考えている間に盗賊達が黒姫を取り囲む。


「ひっひっひ、姉ちゃん、俺たちが可愛がってやるぜ? 飽きたらきちんと売ってやるからよ」

「ばっか、油断するんじゃねえ。【魔獣師】だか【魔導士】わかんねえが、何かする前にぶっ殺せ!」

「考えているようで、全然頭が足りてませんね。口に出すより真っ先に動かねば意味ないでしょうに」


 仲間に警戒を促していた盗賊の一人に向かい、黒姫が手を向ける。次の瞬間、その細く綺麗な指先から爪が伸び、男の両手両足を貫いていた。


「――へ?……ぎゃああああぁぁぁぁぁl!」


 一瞬何が起こったのか呆けたような声を出す男に構わず、少しだけ縦に裂き爪を元に戻した。んで、痛みにのたうつ男を見ながら、指先の血を舐めて一言。


「不味い。人間の男なら不味くて当然でしょうか。ああ、でもご主人様の血なら是非舐めてみたいですね。怪我した指先をこの舌で、いっそ足を舐めても……」


 おーい、何言ってんの黒姫さんよ!?


 なんか、うっすら頬を染めて両腕で自分を抱きしめ身悶えする黒姫に、そこはかとなく俺限定の恐怖を覚えなくも無い。


「こ、こいつ人間じゃねえぞ!?」

「ば、ばか怯むな! 一斉にかかれ!」


 黒姫が人間じゃないと気づいた盗賊達に動揺が走る中、次の行動を起こす前に黒姫が動いた。いや、正確には黒姫自身は動いていないが、彼女の体のアチコチから狼が飛び出したのだ。


 俺も何言ってるかわからないが、まるで内側から盛り上がるようにして飛び出した十数匹の黒い狼が、一瞬で距離を詰めて盗賊達に襲いかかる。


「ぎゅーーっ!」

「くそ、このがぁぁぁぁ!?」


 狼に押し倒され牙で喰らいつかれる盗賊達。俺の命令通り命に関わるような場所は狙ってなさそうだが……う、ちょっときつい。むしろ横のティルの方が平気そうだ、黒姫のやった事に驚いてはいても。


 って、あの狼とか服はどうなってるんだ? 服ごと盛り上がっているように見えたが、狼たちが出た後も黒いドレスはどこも損傷したように見えない。ユエのメイド服が自動で直ったように、普通の衣服ではないのか?


「死ねええぇぇーーー!」

「危ない!」


 ちょっと阿鼻叫喚の図から思考と目を離していたら、どうやら物陰に隠れていたらしい盗賊が一人、剣を持って黒姫に突っ込んだ。ティルが叫ぶが、その時には既に凶刃が胸元に吸い込まれるように刺さっていた。


「ああ、大丈夫だから見てなって」


 慌てて飛び出そうとするティルを抑える。俺も少しだけ焦ったけど、この体になって動体視力が多少強化されたのか、ワザと黒姫が受けたのがわかったんだよね。むしろこっちみて薄く笑うほどの余裕があったほどだ。


「へへへ、やったぜ…………あれ?」

「これだけですか、随分とお粗末ですね」


 手応えの無さか、黒姫が平気そうにしてるのに違和感を覚えたか、とにかく自分が失敗したと悟った時には黒姫の声と共に首をつかまれていた。


 余程の力なのか直ぐにその顔は赤く、次いで青くなり、明らかに事切れる寸前で手を離され地面に崩れ落ちた。そしてそこで頭を踏まれ地面に減り込んで気絶。


 黒姫は自分の胸に刺さった剣を無造作に引き抜くと、ポイッと紙屑の様に放り捨てた。剣が刺さっていた場所は、直ぐに元に戻ったがなんだか白く煙の様になっていた。


「まさか、部分的に霧に変えられるのか?」


 とんでもない能力をお持ちだが、まだまだ本気を見せているようには見えない。召喚したモンスターも経験を積めば成長するとメニューにあった気がするし、本気で末恐ろしい。


 あ、紅牙の方は……


「ば、馬鹿な、こいつで傷一つつかねえだと……?」

「阿呆が、その手の【魔装具】は使い手の力量も問われるんだよ。ったく、良い武器持ってるから期待したが、装備は一流で腕は三流か。黒姫にこいつやって雑魚を大勢相手したほうが楽しかったぜ」


 なんか強者っぽい雰囲気を出してた盗賊のボス、結局紅牙に歯が立たなかったようだ。いや、紅牙の防御力が並外れているだけかもだけど。


「んじゃ、寝とけ!」

「やめぶふっ!?」


 逃げようとする頭目に対し、背中から引き抜いた大剣の腹で上段から叩き付けた。脳天を一撃された頭目はそれだけで倒れてしまった……頭蓋骨陥没とかしてないよな?


 とにかく、黒姫の方も盗賊達は抵抗をやめたらしく、既に狼達は姿を消し地面で思い思いに呻く男たち。


 さて、戦闘は二人に任せっぱなしだったから、事後処理は俺の方で頑張るとしますか。


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