チュートリアルと愉快な仲間たち
「普通の人生はつまらないだろうと、ダンジョンマスターとしての生をご用意させていただきました」
一々芝居ッ気たっぷりの台詞だが、当然の様に似合ってるのがまた悔しい。
「ダンジョンマスターとはこの世界で時折発生する【魔石】なるものが、動植物や一部の無機物に取り付き自我と力を与え誕生するもの。地下にダンジョンを作りモンスターを生み出し、人などを襲い力を蓄え更にダンジョンを拡張する。そのような存在でございます」
「俺に魔石なんて……あ、あった」
シャツをはだけたら胸の中心に、テニスボールくらいの赤い宝石が埋まっていた。気づけよ、俺!?
「そのお体は太郎様のご遺体の一部を失敬し、こちらのホムンクルス技術を元にして作られた素体でございます。感覚は生前とお変わりないと思いますが、身体能力が高くなっているなど差異もありますのでご注意くださいませ」
「あー、それはわかったけど……ダンジョンマスターだっけ? その説明聞くと、一般の人にとってはモンスターの巣穴が出来たもんなんでしょ? 俺だって、人襲うとかやりたくないんだけど……」
「勿論、生前の太郎様のお人柄を鑑みるにそう思うのは当然でしょう。ですがご安心ください、ダンジョンの構成・モンスター誕生・モンスターへの指示などは全て太郎様の意向によって決定されます。つまりは、人を襲うも襲わぬも太郎様次第と言う事なのでございます」
なるほど、別に絶対に襲わなくちゃいけないって事も無いのか。そして、俺の趣味を反映した面白可笑しいダンジョンを作るのも可、と。
「執事喫茶とかどうでしょう? 一回、現世で行ってみたかったんですよ~」
牡丹姉さんが何か言ってるが無視。いや、確かに攻略に来たパーティとかが、いきなり執事に接待されたらそりゃ驚くだろうが。
…………メイド喫茶はあり、か?
「そろそろ素体に馴染んだ頃でございますね。では太郎様、今一度玉座にお掛け下さい」
「え、こう?」
豪奢な玉座によっこらせっと腰を据えると、目の前に半透明のウインドウが出現した。文字は読めないが、意味だけが頭に伝わるので問題ない……でもファンタジーと言うよりSFっぽいな仕様だな、これ。
「それはダンジョンマスターのみが開けるメニューウインドウでございます。本来のダンジョンマスターは本能で行うのですが、太郎様は本来の意味でのダンジョンマスターとは違うためそういう仕様にさせて頂きました。ダンジョンの拡張、モンスター創造、アイテムの購入、全体への大きな指示などはそこから行えます」
ほうほう、確かに【ダンジョン改築】をタップすると、【階層増設】や【トラップ設置】に【特殊部屋】なんて項目がプルダウンメニューで出る。
他にも【アイテム購入】やら【モンスター召喚】やら、それらの大きな項目の下に細分化されたメニューが幾つもある。
指示系統なんかもダンジョンの規模が大きくなり且つ複雑したら、一々指示を浸透させるだけでも大変だろう。SFっぽいが、楽できる分には嬉しいので受け入れておこう。
「端に大きめに書いてある【1000DP】って言うのは?」
「ダンジョン・ポイント、略して【DP】でございます。ダンジョンマスターの行動によって加算され、このポイントを消費してダンジョンの増設やモンスターの召喚を行います」
「なるほどなるほど……あ、この【特典召喚】って言うのは?」
「【特典召喚】は我が主アリアリス様が、太郎様の為に特例で召喚を許可されたモンスターでございます。希少価値・能力・知能・忠誠心、いずれを取っても普通のダンジョンでは見ることのできないモンスターばかりでございます。そのぶん、消費DPも高く設定されておりますが」
「へぇ~…おお、なんか凄そうな種族ばかりだ」
あまり詳しくないけど、カードだったらスーパーレアとかそんなのばかりみたいだ。
「ダンジョンマスターは侵入者に魔石または玉座を破壊されるか、自己消滅または権利移譲をメニューから選択すれば生を終えます。前者はともかく、後者はまったく痛みがないのでご安心ください」
ん~っと、これとこれ……
「ただ太郎様の魂魄の矯正が終わるのが約一年、それまでは不死身ですしメニューも選べなくなっているのでご注意ください」
これ……は、違うな。あ、こっちのこれとこれを変身系で揃えていれてみるか。
「まずは二、三階層ほど増設なさり、消費DPの少ないモンスターを召喚してコツを掴む所から始めることを推奨いたします」
最後にこいつをイロモノで入れてみるか……
「このダンジョンの設定は事細かに出来ますので、例え侵入者などいなくとも箱庭的な楽しみ方が出来るかとーー」
「トリスさんトリスさん、解説中申し訳ないんですけどね? なんか、太郎さん聞いてないみたいですよ?」
「おや?」
「よし! これに決めた!」
ウインドウに出ている『全部で【1000DP】消費します。よろしいですか? YES/NO 』のところの、YESの部分を迷わずタップ!
瞬間、部屋に光が溢れた。
「まぶっーー!? ………………あぅ、目がチカチカする」
光が収まり、あだチカチカする目を慣らすように何度か瞼を動かすとーー人影が増えていた。
「わぁ~」
「ほぉ、なかなか面白いところをついてきますね、太郎様は」
牡丹姉さんはパチパチと手を小さく叩いてテンションをあげ、トリスさんは何故か感心したように小さく頷く。
俺の玉座の前に傅く五つの……いや、その内一つは立っているのか座っているのか分からないから四つの影プラス一で。
右からフリルがふんだんに使われた黒いゴシックドレスを纏った、腰にも届きそうな程の艶やかな黒髪を持つ女性。
全身が赤い鱗で覆われ、胸部と腰部に同色の鎧を身に纏い大剣を背中に携えた亜人。たぶん身長は二メートル以上だ。
露出の少ないメイド服に身を包んだ、灰色の体毛に狼の耳と尻尾を持つ獣人の女性。だが手に握られた身の丈を越えるハルバードが異彩を放つ。
全身を白銀のプレートメイルで固め、顔もフルフェイスの兜で覆った実に三メートルにもなりそうな巨漢。肌が露出はずの部分には、鋼のカラクリ部分が覗く。
ひと一人、余裕で飲み込めそうな質量を持つ半透明なスライム。うん、立ってるか座ってるかさっぱりわからん。
それはともかく……
「(牡丹姉さん、どうして顔伏せたままなのかな?)」
「(太郎さんの許可待ちとかじゃないですか?)」
「(太郎様、生み出されたモンスターにとって太郎様は創造主であらせられるわけです。太郎様にとって過剰に偉そうにふるまうくらいで丁度良いかと存じます)」
むむ、生まれてから……じゃなくて、生まれ直す前から特に偉そうに振る舞う機会なかったが。とりあえず、それっぽく振る舞ってみるか。
「面を上げろ」
その言葉に四対の瞳が俺を見据える。
「えっと、とりあえず自己紹介をだな……」
「ご主人様、矮小なこの身に発言の許可を頂けますでしょうか?」
「え、あ、うん。いいよ」
右端の黒ゴスの女性――いや見た目は俺より下っぽいから少女か――が、完璧な動作でお辞儀しながら許可を求めてくる。
ありきたりの表現だが、雪のような白い肌に著名な芸術家が作り出したかのような流麗な美貌。艶を含んだ柔らかな笑みの浮かぶその顔には、ルビーの様に赤い瞳が。
こんな綺麗な子は生まれてこの方見たことが無い……種族欄からじゃ容姿まではわからないし。ってか挙動不審だろ、俺。
「ご主人様、ワタクシどもはご主人様より生まれたばかり。まずは、ご主人様より名を頂きたく存じます」
名――名前か、なるほど。ゲームならキャラクリしたようなもんだから、名前持ってないのか。
「それじゃ……黒姫、で」
第一印象で浮かんだ名前を伝えると、彼女もとい黒姫は満面の笑顔を浮かべながら、ドレススカートの端を撮んで優雅に一礼した。
「【ヴァンパイア・クイーン】の黒姫、素晴らしき名をありがとうございますご主人様。この身は魂の先までご主人様の物。戦いでも伽でもご自由にお使いくださいませ」
「お、おお、期待してる」
いま伽って言った!? ――待て待て、落ちつけ俺。こういうのは期待すると損するというか、イベントこなして忠誠心とか各種フラグとパラメータ上げたりとか、そもそも少年誌的に駄目だとか……駄目だ、思考が纏まらない。
次いこ、次。
「次は紅牙でどうだ?」
「オレ様は【ドラゴニュート】の紅牙! 良い名を付けてくれてありがとよ、大将! オレ様の力、存分に振るってくれ!」
二足歩行するドラゴンのようなこの種族はドラゴニュート。その赤い鱗は火を表すのか、性格も大変暑苦しいようだ。
「紅牙。名を貰って嬉しいのは分かりますが、ご主人様の前ではもう少し礼儀をですねーー」
「なんだ、早速大将のご機嫌取りか? ま、そんなこすい所でしか点数稼げねえからしょうがないのか?」
「――殺しますよ?」
「は、焼き尽くしてやるよ!」
おいおいおいおい、いきなり喧嘩!? 沸点低いのにも程があるぞ……
「やめろ、ふたりとーー」
ドォンーーッ!
仲裁の言葉を言い切る前に、灰色の体毛に覆われた腕の様な物が一触触発状態の二人を横から突き飛ばし、ダンジョンの壁に叩きつけた。突き飛ばしたのは紅牙の横に座っていたメイド姿の……
「ユエ、仲裁してくれたのは良いが、もうちょっと穏便にしてもらえると嬉しいんだけど……」
「――承知」
そう言って、巨大な獣の腕に変化させていた自身の右腕を元に戻すユエ。二の腕から変化させていたのでメイド服の一部が破れているが、みるみる修復されて元通りに。
「【魔狼フェンリル】のユエ。雑事はお任せ」
こちらも怜悧な容貌の美人さんだ。雑事とはあれか、メイド服にかけているんだろうか? 俺としてはふさふさの尻尾が気になって仕方がない。
もふもふしたら、セクハラで訴えられる……か?
「さすがは太郎様、獣娘とはつぼを押さえておられます。しかもメイド……」
隣で拳を握って小さくガッツポーズするトリスさんがちょっと怖い。俺としては単純に動物好きなのでもふもふ成分として呼んだつもりが、予想外に人型なんでむしろ困った。
これでは気軽にもふもふ出来ないじゃないか……!
あ、ちなみに壁にめり込んだ二人は自力で脱出して戻った。ユエの突っ込み?で冷静になったようだが、普通に無傷だ。
「それじゃ続き……シルヴァリオン」
俺の言葉に3メートルの鎧が体のあたこちから機械音を響かせながら立ちあがる。
「【神機兵】シルヴァリオン、コノ身、マスターノ望ムママニ」
おお、片言だけど喋れたのか。機械的に一礼すると再び膝を床につくが、それでも立った俺より大きい。
「最後は…………スラりんでどうだ?」
半透明ので六個六色の核を持つスライムの始祖【オリジンスライム】に名付ける。某有名ゲームのスライムとは似ても似つかないが、つい名付けてしまった。
肝心のスラりんと言うと、どうやら喋ることは出来ないようだぶよぶよの体を激しく揺らしたり伸ばしたり核を発光させたり……喜んでいるという解釈で良いのかな?
「さて……」
とりあえず名付け終わったのだが、一息代わりに吐いた言葉に両脇の二人以外が劇的に反応して居住まいを正す(スライムはわからん)。なんだろう、忠誠心が高すぎるようでかえって俺が居たたまれない。
今更だが、間違いなく俺の手に余る部下たちだ。その気になれば数秒で下克上を完遂されること請け合いだろう。
こ、ここは少しでも威厳を見せなければいけないだろう!……そんなものあるか、我ながら甚だ疑問だ。
「最初は手軽で従順な雑兵から召喚する事も考えた……が、この手で最初に生み出される者がそんなもので言い訳がない。この手で生み出される最初の者達は、最強にして最後の砦。そして、もっとも信頼のおける部下であり家族であり子であると考えた」
「(いやいや、絶対ゲーム感覚で後先考えずやっちゃっただけですよね~)」
「(良いではないですか、牡丹殿。太郎様は説明書を読み飛ばすタイプなのでしょう。なりゆきで突き進むのも若さ故、ですよ)」
おおい、両脇の二人黙ろうか。
「故に、この先幾多のモンスターが生み出されようと、お前たちの力を超えるものはいない。そして、お前たちへの信頼を超える者もまたいないと断言しよう…………ま、そういうわけでこれからよろしくな」
駄目だ、俺の真面目モードは長く続かない。結局最後の方で地が出てしまった。
「ご主人様――……っ! この身に余る光栄なお言葉でございます!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、燃えてくるぜ!」
「――喜びで体が震える」
「流石ハ、我ガマスター。剣ヲ捧ゲルニ相応シイ」
「―ッ!――ッ!―――ッ!――ッ!!」
おおっと!? スラりんは良くわからないけど、なんか予想以上に感銘を受けてくれてるみたいだ。俺自身の言葉というより、ダンジョンマスターと創造モンスターという関係故の反応のような気もするけど。
「さて、トリスさんこれからどうすれば?」
もうDP使い切っちゃったし、出来ること無いんだよね。
「本来であればダンジョンを造り、アイテムを設置し、外界から冒険者等を誘き寄せて倒す……などの手順がオーソドックスなのですが、すでにDPは無い模様。つまりここは地下一階のダンジョンという事でございます」
「洞窟に入った瞬間ボス部屋か……」
「本来はダンジョンの難易度はその階層の深さで推し量られます。ですが、ここにいるのはいづれも伝説級の者達ばかり。楽勝と思って入ったダンジョンでいきなり裏ダンジョンのラスボスレベルの敵……バランス崩壊したクソゲー、でございましょうか?」
「トリスさんてこっちの冥界の魔人さんですよね? なんかちょいちょい、日本人っぽい知識とか言動ありませんか~?」
魔人!? そりゃ人間じゃないとは思ってたけどさ。
「実はワタクシ、日本のサブカルチャーに少々はまっておりまして。なので太郎様のご事情を聞き、サポートに立候補させて頂いたのです。日本の若者がどのような事を巻き起こすのか、多分に興味がございまして」
……どおりでメイドとか獣耳とか言ってると思った。
「おっと、話がずれてしまいましたな。太郎様につきましては、ダンジョンの外に出てDPを貯める事を始められてはいかがかと」
「DPを貯める?」
「はい。例えばダンジョンで生み出された以外のモンスターを倒しても良いですし、近くの村を襲っても良ければ畑を作って耕してみても構いません」
「前者と後者でだいぶ開きがあるんですけど?」
「要は太郎様が経験を積めば良いのです。その経験の過多やレアリティによってDPが加算されるので、太郎様は深く悩まずやってみたいことをやれば良いかと」
正直なところまだ良くわからないが……とりあえず、出たとこ勝負でやってみますかね。
◇
玉座とは反対の位置に出現した扉開いて階段を昇ると、木々がまばらに生えた森の中に出た。どうやら真昼間らしく木々の間から降り注ぐ陽光は随分と眩しく感じる。
振り返るとダンジョンへの通路は地面が盛り上がり、人一人入れるほどの高さになっているので実に解りやすかった。日本だとまんま地下への入り口だ、そのまま地下街とかいけそう。
「――主様、ご命令通り……」
「ああ、『掃除』の方よろしく」
ハルバードを携えたユエが一礼すると一瞬で目の前から消えた。彼女にはダンジョン周辺のモンスターの掃除を頼んである。
何でもダンジョンに外部のモンスターが入り込み、ダンジョン謹製のモンスターと遣り合う事もあるとトリスさんから聞いたからだ。それでユエに周辺の好戦的なモンスターの討伐を自己判断で頼んだのである。
ユエ達はこの世界における初期知識をある程度持って生まれてきているというので、一々俺がついていくよりよっぽど効率も良いだろう。
あ、後はシルヴァリオンは留守番だ。玉座の守護に回している。あれを壊されてもゲームオーバーらしいし。
「では私はちょっと地獄の方に報告に行ってきますね~」
俺の転生を見届けたと言う事で、残務処理をする為に一時牡丹姉さん離脱。なんか変な笛使って地面に穴あけて飛び込んでた。
「さて、適当に探索とは言ってもどっちに行こうか」
「ご主人様、一つ判断材料と成りえるものがございますが」
「判断材料……って、あ、黒姫! 今更過ぎるけど外出て大丈夫なのか!?」
黒姫は【ヴァンパイア・クイーン】、つまり吸血鬼。日光に弱いモンスターの典型ではないか俺の馬鹿野郎……!
だが、俺の心配など杞憂といわんばかりに、日の光に晒されたその顔は光を反射し笑みを増して美しさ引き立たせる。
「ご主人様の気遣い、身が震えんばかりに嬉しくございます……ですが、その心配は杞憂です。ワタクシほどの不死族ならば【日光耐性】を持っております。むしろ、個人的に日光浴は好ましく思っております。あ、ご主人様が白い肌がお好きだというなら、勿論のこと控えますが」
「あ、ああ、そこらへんは好きにしてくれ。個人の好みに口を出す気はないし、黒姫は白かろうが日に焼けてようが綺麗だろうから」
「ご主人様……」
うっとりする黒姫は艶やかな色気を放っていたような気がする、俺は『健康の為に日光浴するヴァンパイア』というシュールな光景を思う浮かべていてそれどころじゃなかった。
「おいおい、いいから話するならさっさとしろよ黒姫。あんまし大将待たせんじゃねえぞ?」
黒姫が一瞬不機嫌そうに紅牙を睨むが、自身に非があると思ったのか直ぐに矛を収めた。
うーん、仲が悪いのかね? 出来れば仲良くして欲しいんだけど。
「ここよりほど近い場所に、多数の生命体がございます。おそらく人間ではないでしょううか?」
「そんなことわかるのか?」
「はい、ワタクシは【生命探知】の能力を備えていますので」
聞くからに便利そうな能力だ。ヴァンパイアという種族特有の能力の一つだろうか? スタンダードな吸血鬼は、霧になったり蝙蝠になったり狼になったりするらしいが。
「人が多いなら町とか村があるかも知れないし、行ってみるのも良いか。ま、あまり一目に触れずって条件はあるけどね……」
とりあえず人襲う気は無いんで、無用な騒ぎは起こしたくない所だ。トリスさんと黒姫はともかく、紅牙とスラりんはどうみてもモンスターですありがとうございます。
「まぁとりあえず近くまで歩いて……ん、どうしたスラりん?」
なにやらスラりんが目の前に来てうねうね動いて自己主張しているが、ちょっと何を言いたいのかわからない。
「ふむ、恐らく『自分に乗って移動してください』と言いたいのでは?」
「わかるの、トリスさん?」
「この世界の冥界は人間以外の知的種族も多く受け入れているので、多少の意思疎通の術は持ち合わせております。ああ、それから『さん』付けは不要。呼び捨てで結構ですよ、太郎様」
年上っぽい相手に呼び捨ては抵抗があったが、そっちに慣れているし部下の手前主人がサポーターに敬称付けで呼ぶのも変だろうと説得された。
それはそれとして、スラりんである。どう見てもべたつきそうな感じなんだが、乗っても……いやそもそもどこら辺に乗れば良いんだろうか?
すると俺の疑問を察したかのように、スライムの一部がうねうね動きなんと玉座の形になったではないか! しかもご丁寧にそこまで続く階段付だ。
「失礼してって階段固い!? 椅子がフカフカでべたつかない!? 何これ凄い!」
見た目はスライムなのに座り心地はクッションの効いた高級椅子、何これ凄く快適。スラりんは自分の体の感触をある程度自由に決められるのか?
「くっ、このような形で出遅れるとは……ッ!」
「ちっ、早いところ腕っ節を見せる機会でもねえかな……」
黒姫と紅牙はスラりんに一歩リードされたと持ったのか、ちょっと雰囲気怖い。俺は気づかない不利をすることにした。
ズルズルと動き出すスラりんだが、そのスピードは予想を遥かに超えて早く機敏で、木々を避けつつあっという間に森を抜けてしまった。三人を置いてきてしまったかと思うくらいの速度だったが、振り返ると何でもないことのように着いてきていた。
見渡す限りの草原と山々、その大自然の空気を胸いっぱいに吸い込むと、黒姫の先導のもと人里に向かう俺たちだった。