夢ならオチないで
ぼこんっ!
突如、後頭部に軽い衝撃が走る。ふわふわとした感覚は霧のごとく散った。
「……夢?」
開いた目に入ったのは、学習机の木目の天板と、セーラー服の袖。つまり、今しがたまでの寝床と枕。
がばっと顔を上げ、混乱醒めやらぬ頭のまま、目を瞬かせつつ周囲を見回した。近くに座っているクラスメイトたちが顔にニヤニヤ笑いを浮かべながら、こちらを注目している。さらに首を巡らすと、机の脇に担任が立っているのが目に入った。その手には、先ほどの衝撃の発生源と思われる丸めたテキスト。
「……私の授業は、休憩時間ではないんだが?」
「す、すみません」
どうにも社会科の授業は眠りを誘う。居眠りを注意されるのは、これで何度目だろうか。
流石に申し訳なく、頭を下げて、小さく身を縮こまらせる。周りからクスクス笑いが聞こえ、顔が熱くなった。
「まったく……授業を続けるぞ」
ため息を吐きつつ、教壇に戻っていく担任。
そっと顔を上げ、左斜め前の席を見る。あの人は、黒板の方を見ながら、熱心にノートを取っていた。居眠り、見られなかっただろうか。
私なんかと違い、きっと夜更かしなんてしないに違いない。いつも背筋をピンと伸ばし、真面目に授業を受けている、その姿勢の綺麗なこと。
柔らかそうな黒髪をぼんやり見ていると、その頭が微かに動き、端正な横顔があらわになる。その目が一瞬、こちらを向いたような気がした。
え?
それも一瞬のこと。どぎまぎする間もなく、彼は黒板の方に向き直ってしまった。今はもう、耳たぶしか見えない。残念!
まだ周囲からは視線を感じるが、あえて気付かないふり。ペンを握り直して、なけなしの気力を動員して黒板を見る。しかし頭を支配するのは先程まで見ていた夢。
まさかの夢オチかあ。いいところだったのになあ。
……って、あれ?
どんな夢を見ていたのだったっけ?
頭に受けた衝撃で、記憶が飛んでしまったらしい。何やら幸せな気持ちの名残りだけが胸のあたりに漂っている。
どうにももったいない気分になり、夢の内容を思い出そうと頭をひねる。と、担任が板書を始めた隙を突いて、前の席の友人が振り向き、顔を近づけてきた。何事かと思って耳を寄せる。
「あんたってさ、けっこう大胆だね!」
友人はヒソヒソ声でそれだけ言って、前に向きなおってしまった。はて。自慢ではないが、居眠りして起こされるのは初めてではない。もしや、いびきでもかいていたのだろうかと心配になる。
気を取り直して精神集中、その後はなんとか、チャイムが鳴るまで眠気をこらえ切った。授業内容はまるで頭に入らず、ノートは解読不能な達筆の文字で埋め尽くされていたけど。
ざわつく教室内、いつもなら仲の良いどうしで集まってだべったり、それこそ短時間の睡眠をむさぼったりする時間。なぜだか今日は、みな微妙な笑顔を顔に貼り付けこちらを見ている。
もしかして、顔によだれの跡でも付いているのだろうか。いやに注目を集めている様子に心細くなり、思わず左前方に視線が行った。あの人は、こちらを見ずに、黙々と次の授業の準備をしている。
そんな彼を小突くようにして、彼の友人の男子生徒が声を掛けた。
「おい、返事してやれよ」
返事ってなんだろう。あの人が耳たぶを赤くしつつ、友人に答えるのが聞こえる。
「……寝言に返事はまずいんだろ」
「起きてからならいいんじゃね?」
寝言?
周囲から再び笑いが沸き起こる。何やら私一人だけ置いてきぼりの感覚。焦って周りを見回すが、級友たちは何も言わず、いやらしいニヤニヤ笑いを一層大きくするばかり。
がたん! あの人が椅子を鳴らして席を立つ。こちらを振り向く凛々しい顔。赤くなっていたのは、耳たぶだけではなかったみたい。
つかつかと私の方にやってくると、彼は机の前に立った。座ったままの私は、その高い背を見上げる形になる。私を見下ろす、その吸い込まれそうな黒い瞳。高鳴る鼓動。気恥ずかしいのに、目が逸らせない。
声も出せずに凝視していると、その形の良い唇が、ゆっくりと開いた。
ぼこんっ!
……ハッ!?
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