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第7話「真面目になるのも辛いこと」

 圧巻、圧倒された。言葉を失い、食い入るように見つめるしかなかった。スローペースにもかかわらず、滑らかで流動的な動きは映像よりも躍動感とスピード感に溢れていた。無駄をそぎ落とし、人間が持つ運動性能を最大限引き出す。動物本来の機能美。洗練された【走り】がそこにはあった。


 土を噛みしめ、蹴り上げるたびに爆発的な推進力を生み出している。そこにロスは無く全てを前への推進力へと変え、人の持つ動物としての身体性能をギリギリまで引き出し続ける。トラックの周回数を重ねていく度に、防衛本能すらも麻痺させて限界を超えていく。成しえるのは強固な意志を持つ人間か、それとも、限界(リミッター)が壊れた人間か。いずれにせよ、並の精神ではここまでたどり着けないだろう。

 【走る】ということを突き詰めていくと、それもまた芸術になりうるのだとわたしの目には見えた。遠くか眺めるのではない、この息遣いを感じられる距離だからこそ痛感した。


 (間違いなく、遥は上にいける。なのにどうして……)

 

 わたしは惜しいと思ってしまった。才能があるのにと。どうして才能を生かさないのか。最善の環境で最高のパフォーマンスを目指すべきではないか。唯一無二のもの―天性の才能―を使わずにどうしていられるのか。行き場のない怒りが胸の中で渦巻いていく。


 (まただ……わたしの悪い癖。無いものねだりしても変わらないって嫌というほど理解しているのに)


 負の思考に囚われる前に頭を二度三度、左右に振って雑念を捨てる。わたしの悩みはそのままでいい。遥の存在に悩むわたしは救われた。それだけでいいじゃないか。わたしの悩みと願いを遥に全部託そうなんて虫が良すぎる。

 だから、自己暗示。悩み事なんてわたしにはない。遥に嫉妬するなんて見当違いも甚だしい。


~「ハルカー!ラスト1周頑張って!!」~


 と、トラックそばのベンチから立ちあがって応援してくれるあやちゃんの姿があった。ラスト一周何とかいいところ見せましょう。誰かのために走るというのもなかなか乙なものだね。気合も十分。余裕は一切合財ないけど!!


 大会と遜色ないペースで一周を締めくくる。スパートの追い込み勝負になったことはないけれど、これなら勝てる気がします。今の私は乗っているぜよ!調子に!!だr…ごふっ。……くっるしいわ。おまけに乳酸が物凄く溜まっているね。間違いなく。これがあやちゃん効果っ!見られていることでヤル気とプレッシャーが当社比1.5倍(男子は3倍)良い緊張感が保てるね。


 「お疲れ様!ハルカ」

 「……(ゼーハーゼーハー)」

 「クールダウンしないで平気?」

 「……頑張り……すぎた」


 ゴールし終えた後、勢いそのままに近くの芝生へと倒れ込む。脳内麻薬垂れ流しで気分が高揚しすぎていたようだ。あやちゃんの指摘通り、クールダウンのジョギングをしなければならない。が、


 「……休憩……させて」

 

 うつぶせの状態になり、ぐぐもった声で辛うじて言えたのはその二言だけでした。



 あやちゃんに叩き起こされたのは3分後。カップラーメンよろしく、それ以上は伸びるのは許さないとのこと。急激な運動後に唐突に休むのは筋線維が***?とか乳酸が***?らしく。疲労感がたまるだけでなく***?だとか?なるほどわからん。

 単純に起きろとペシペシしてくるあやちゃんを見て、ついついだらだらしてしまったわけではない。

 ついでに言うと、直後に真顔で訥々と小難しい説明されて逃げるように起きたわけでもないと言っておく。


 急かされたわけではない(大切なことなので繰り返し言っておく)スローペースのジョギングでクールダウンを終えて、ストレッチをするべくあやちゃんの元へと戻れば、見知らぬ男が2名あやちゃんに話しかけているではありませんか。


 片方は中肉中背の茶髪でピアスの若干馬面さん。もう片方はひょろっとした黒髪の丸坊主。それもえなりっぽい感じの。茶髪は分かる。うちのカワイイあやちゃんをお前のような男にはやらないが、その行動力と行為自体は認めよう。男だからね。この美幼…‥少女に声を掛けたくなるのは致し方ない。

 だが、えなり。お前は許さん。えなりのくせに隣と同じようにうちのあやに近づくんじゃない。そのえなり、許し難し。えなりなら、えなりらしくしなさい!

 と、いうことで!


 「あやちゃん、ごめんね。遅くなったよ。さ、帰ろー」


 当然、話を全無視した上でぶっこみます。こういう輩は関わらぬが吉。


 「ハル「アレ、君もこの子の知り合い?二人とも可愛いね。気になって声かけた価値ありまくり!」

 「そうそう、声かけた価値があるじゃないか」

 「こっちは全くないですね。あやちゃん!ほらいくよー!」


 あやちゃんの言葉に被せるとは何たる暴挙。礼儀のなっていない、不躾えなりーずをにべもなくあしらう。本当は一言すら声を交わしたくないものだけれども、穏便に済ませたいのです。これでも優しい方だよ。多分ね。


 「つれないこと言わないでよ。ね、面白くて笑ったら会話延長してよ」

 「会話が面白かったら、延長すればいいじゃないか」

 「お断りします。しつこいのは嫌われますよ」


 二人には最後通告を伝えて無視を決めた。何とか笑わせるべく、えなりが何かしようとするが目もくれない。横合いからはえなりの声が聞こえる。


 「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」

 (……そっくりすぎだわ)


 これ以上えなりにえなりされて笑わされるとまずい。その場から遠ざかるべく、あやちゃんの手を引いて帰宅するためのバス停へと向かう。えなりされて困惑するあやちゃん可愛い。お持ち帰りも検討したいところ。…じゃない、早々にこの場を去りこのえなりをどう巻くかが問題である。拒絶の意思を見せた後は足早に歩いているが、まだついてくる。えなりのえなりも止まらない。どうしたものかと悩む中、あやちゃんがボソッと一言。


 「……しつこいです」


 「「「えっ・・・!?」」」

 

 思わずえなりーずとシンクロして驚きの声を上げてしまった。胃に針を刺されるようなとげのある声色である。追撃は止まらない。先ほどよりも芯のある明確な敵意を持って、あやちゃんから言葉が発せられる。


 「しつこいって言ったんです。聞こえないんですか?」

 「い、いやぁ。面白くなかっ「しつこいです」」

 「そんな「分からないなら、言い換えます。うざいです」」

 「あやちゃん。そんな言葉は…「ハルカも静かにしてください」…アッハイ」


 まとめてお叱りを受けてしまった。私がいない間にもしつこくまとわり付かれてご立腹だった御様子。ここぞとばかりにお小言をいうお怒りモードになってしまった。そこになおれとばかりに地面を指さすあやさん。これは例のあれかな。空気を読んで率先して地面に正座する。釣られるようにえなり・馬男も並ぶようにして正座する。


 「いうべきことはありますか?今なら聞いてあげます」


 打って変わってガチの空気に呑まれて黙ってしまったえなり・馬男に代わり私が発言するしかない。ここぞとばかりに異議を申し立てる。


 「勢いで混じったけど私は正座する必要ないと思うんだ!」

 「悪乗りするハルカは悪い。ダカラ叱る。ワカッタ?」

 「…はい」


 言葉がカタカナに聞こえた。ここでいいえと言ったら言葉攻めのダブルアップチャンス。そのチャンスアップは要らないので大人しくすることを決意した。横目でえなり・馬男をみるとなおのこと萎縮してしまったようで、あやちゃんから目線を逸らしている。この臆病者め!そこは【我々の業界ではご褒美です】というくらいの心意気を見せてくれなければ不快にされた分の元が取れないじゃないか!


 「ハルカ、余計なコト考えてル?ワタシ本気で怒ってるんダヨ」

 「反省します」

 「ホントニ?」

 「してませんでしたが、今しました。悪乗りも程々にしたいと思います」

 「いいよ。許してあげる。ハルカは関係ないもんね」


 天使と悪魔は紙一重なのだと痛感した瞬間でした。纏うオーラ一つで天使にも悪魔にも早変わりするあやちゃんに無限の可能性を見出した。眼福眼福、可愛いは正義だと「ハルカ、程々二ダヨ?」…私、このままだと、あやちゃんに頭上がらなくなりそうです。


 私が許された後は割愛、というより放送禁止です。お許しがいただけるまで謝罪の言葉と連ねる機械と化したえなり・馬男が新しい性癖に目覚める心配を本気になったとだけは伝えておきたい。言葉攻めに是非はあるけれども、ああも人格否定といいますか、内面を抉ると言いますか。可愛い女の子に罵倒されるという行為はある種のフェチズムとして成立する様子をまざまざと見せつけられたとコメントします。

 えなりは(新しい世界に)目覚めて、馬男は半端に目覚めたような雰囲気だったのが印象的だったかもしれない。こうして世の中にロリコン+ドMは増えていくのであった。


 逆に哀れな信徒(ロリコン+ドM)を生み落したあやちゃんはストレス発散できたのか、上機嫌になっていた。帰宅するべくバス停で待つ間も私と繋いだ手をぶんぶん振り回し、隙あらば満面の笑みでこちらに微笑かけていた。心の距離が物凄く縮まった気がする。あやちゃんの性格もなんとなーく分かったような、分からないような。一つ学んだことは人は見た目で判断したらいけないということであった。


 「あやちゃん、今日はありがとー」

 「ハルカも気を付けて帰ってね」


 そんなありきたりな言葉でバス停でのお見送りを終えた私は走って帰宅する。お夕飯は何にしようか、明日学校に登校したらこの距離感をなんて説明するべきか。そして最も重大な案件。


 【あやちゃんにしつこくすると(新しい世界に)目覚めるぞ…気をつけろ】


 なんて、どうやってクラスメートや先輩に伝えればいいのか。普段使わぬ脳をフル活用しても出し得ぬ答えを模索しながら、我が家へと戻るのである。夜の風は私に答えを提示してはくれなかったが、【ま、何とかなるか】と思わせてくれるだけ心地よかった。アパートにつくころには夕飯も決まり、残りの二つは現場で何とかすると覚悟を決めた。


 「よーし、今日の夕飯はとんかつにするか!」


 とんかつで何とかしようというわけじゃない。たまたま、ちょうど消費したい揚げ物用のロースがあっただけだよ。ほんとだよ。インディアン嘘つかない。私はつくけど、自分自身にだから許してほしい。

 明日も気合を入れて頑張っていきましょうか。とんかつなら何とかなるさ。 


PS:とんかつは美味しかったです

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