第4話「寄り道も帰り道のうち」
ぷはー、なんとかお仕事しないで済みました。
『いいねぇ、サボったりすっぽかすってのは何度やってもやめられねぇぜ!』
と、一人悦に浸りながら寄り道をしている。正しくは一人ではない。横になんかちっこくて可愛い「あやちゃん」って生き物がいる。
この生き物を観察するとどういうわけか妙に可愛い。時々こちらの様子をうかがって、顔を盗み見ようとしているが、全く出来ていない。毎回こちらと目線が合う。とんでもなく盗み見がへたっぴである。そのへったぴな盗み見がリスを彷彿とさせる動きなのだから、本人の容姿と相まって癒し効果がある。癒し効果抜群の彼女は、私の中で新たに区分分けされた生物として脳内に登録された。
あやちゃん
とにかく可愛い。すっごく可愛い。リスと猫とカピバラさんのあいのこだ。これは私にとっては最高の組み合わせだ。これ以上に可愛い生物なんて存在しない。なんか私のことを良いように勘違いしてるっぽいけど、可愛いからそれでもいいか。ああ、モフモフしたい。なでたい。ほっぺたぐりぐりしたい。つねってみたい。何しても可愛い。かわいいは正義。
-「あの、遥さん?」-
あやちゃんから声をかけられたことで現実に戻る。
「いや、なんでもないよ。気にしないでもへーきへーき(じゅるり)」
「なんかすごい音聞こえました」
「いや、大丈夫。あやちゃんが気にするようなことじゃないから(ほっぺたつつきたい)」
「な、なんか聞こえましたけど…気のせいですよね」
「そっちはたぶん気のせいじゃないよ」
「・・・」
今、私たちは学校を出て中心街に向かう道を歩いている。ほぼ一本道で迷うことはない。少し左折して、右折して、ちょっと歩いて曲がり角を左にいったらすぐである。3年も通えば最短ルートが分かるものです。
そこが鴻駅前東改札口前になる。改札を抜けて東口に出るとすぐ目の前にバスターミナルがあり、その奥をのぞくと商店街の入り口が見える。左右を見渡せばデパートもある、目を凝らせばスーパーも見える。全体の様相は商店街と大型店舗が共存する少し不思議でなんでもござるの「ごっちゃ煮」な景色が広がることになる。しかし、このところ商店街は少し押され気味で、改札から商店街方面へ行く人が減った気がする。買い物をするつもりであろう人々の大半は駅ソバの大手デパートへ向かっているようだ。
「あの、今からどちらへ向かうのでしょうか?」
「ついてくれば分かるはず」
ここの商店街にある和菓子屋さんが作る庶民派なお団子や饅頭は、スーパーで市販しているものとは比べ物にならないほどおいしいのに。餡子が多めで小豆がおいしいのだよ。デパ地下の和菓子を持っている人をみるといつも思う。近くに良いお店があるのに気が付かぬとは地元民としては無念である。
その和菓子屋のある商店街の中へと進んでゆく。この商店街にはアーケードがあるため、雨の日のお買い物も安心。暑い日は直射日光を避けるための日傘にもなる素敵なものだ。ただし、ガラス張りの部分から光が漏れているのはご愛嬌だね。そんな素敵なアーケードの下を50mほど歩いたところが私の目的地である。私が得意とする数少ない趣味。それが出来る場所。
「つーいーたー」
「ここ…ゲームセンターですよね?」
「その通り!」
久しぶりにホームグランドにたどり着く。店名は「グランド」商店街には随分昔からあるということは確かだが、いつからあるのかはいまいち分からないらしい。そんな創業年数が不明のこのゲーセンはネットじゃちょいとばかし有名な店舗である。噛み砕いた説明をするならば、「格ゲー全国大会出場者を一番多く出したゲームセンター」として知られているためだ。それだけ、充実した筺体数とプレイヤー人口ということである。さらに、その他プライズゲーム・メダルゲームも繁盛しているということもある。だが、それ以上に「格闘ゲーム界の著名人がちょくちょく遊びに来る店」だからこそ、この盛り上がりなのだろう。
私もここで格ゲーをしていた人間である。店内に入らずとも、この場にいるだけで闘気が高まって行く。しばらく離れてたこともあり鈍っているやもしれぬ。めくり中・下段に対応できないかも。イメトレしても仕方がない。気合を入れて店内へと向かう。
「よーし、腕がなるねっ!いざ行かん」
「あの、練習は?」
私がゲーセンで遊ぶことを不審そうな顔つきでこちらを見て尋ねてくる。なるほど、あやちゃんは私がすぐに自宅へ戻り、陸上の練習をすると想像していたのか。いくら寄り道すると宣言していたとはいえ、少し何か物色するくらいと甘く見ていたな。見くびるではない。私は遊びたいんだ。我遊ぶ、ゆえに我あり。
「今からやるよ(対戦の指鳴らし的な意味で)」
「り、陸上の練習はしないのですか…?学校で仕事を抜けてきた理由と合いませんよ?」
あえて、気がつかぬ振りをして店内へ向かおうとすると今度は言質を盾に正論を言われた。何も言い返せない。怪訝な表情をしたあやちゃんは真っ当だ、安心していい。しかし、私はどうしても遊んでから帰りたい。適当に理由付けしてみる。
「格闘ゲームもきっと何かに役立つはず。スタートの反応速度とか」
「練習と関係ないんですね?」
静かにご立腹のあやちゃんが割と怖い。こと陸上となると容赦の無い口調で相手を痛烈に批判し、一瞥も与えないような刺々しい物言いをする。通常時からは怒るイメージがわかない分、毒づかれたときに精神へダイレクトアタックされる。愛娘に嫌われるとこんな感じなのかな(遠い目)。ハートブレイクしそう。
「カンケイナイデス」
精神への干渉の結果、私の口調が片言になる。あやちゃんが私に期待していた分だけ怒りに転換されているようだ。信頼されてうれしいやら悲しいやら。思うようにいかないものです。
私という人間を見ると、何かと陸上絡みに話を繋げようとするあやちゃん。今日、寄り道に付き合ってくれたのも、陸上選手としての私が見たくてついてきてくれたようだ。雑誌で知る長距離選手としての期待されても困る。
きっかけは会長さんとのつまらない張り合いから始まって、なんとなく練習して、たまたま結果がついてきただけなんだ。尊敬されるような立派な人間なんかじゃない。だから、特別な何かを期待しないでほしい。あやちゃんが陸上ファンとして私に期待した上で叱責されると、本当に何かしなきゃいけない気分になるじゃないか。
このまま、変な期待をされ続けるのも気が重いので、一言だけ告げることにした。
「私は陸上するだけの人間じゃないよ。実はこういう格ゲーも大好きなのさ」
「でも、仕事サボってまですることじゃないですよ?」
「サボるのは私の性格だし、私の基本は格ゲーのために練習を後回しにするくらいぐーたらな、ただの学生だって」
「なんとなくわかりました」
そう告げると理想とは違う現実の私にあやちゃんが失望した様子を見て取れた。何かの媒体を通して見た理想上・想像上の私じゃなくて、現実の私がどんな人があやちゃんに判断してもらいたい。それだけのこと。ずるいとはわかっても、下がった評価を上げるため言葉を付け足すことにした。
「だから、夕方…4時位からかな。それ以降の時間に用事無いなら練習見てもらえるとうれしいな。あやちゃんは練習とかにも詳しそうだし、何か気付く所があったら教えてもらえるとうれしいよ?」
「私なんかが練習に口を出すなんて…出来ません」
「いーの、いーの。いつもは一人で走っているだけだから。あ、そうだ。良ければトラックの周りでタイム計ってもらえればありがたいなー。誰か手伝ってくれる人がいれば……」
「私でよければお手伝いします!」
私が言い終わるやいなや即答して、練習を見られることに機嫌を良くして満面の笑顔になるあやちゃん。すぐに表情変わるね。さっきまで私のギャップのせいでどうしたらいいか分からず、所在無くて困ったような顔してたのに。とにかく元気になってくれたみたいだし、それだけでよしとしよう。 本当に陸上好きなんだな。この子。私なんかよりよっぽど好きだと思う。間違いない。
「そっか、ありがとねあやちゃん」
「はい!」
「それでは練習のために息抜きです」
「やっぱり行くんですか・・・?」
「行きます」
「うー」
なぜか妙に渋る綾ちゃんの手を握り店内へと引きずり込む。嫌々しているものの、そこは問答無用で手を掴んで引っ張ってしまえば解決した。入店をそんなに嫌がる理由は私にはさっぱりです。
店内の様子は相変わらずだった。それも当然のことで、訪れていないとはいえ半年~一年ちょっとの話である。筺体自体が早々変わりはしない。とはいえ、いくらか変わったところもあるようだ。
主なものはプライズゲームの景品がある。その時々の流行のものや、新しく出来たものを正面の目立つポジションに置き、そこの調節は絞る。クレーンゲームの類はアームを緩くしたりすることで調節している。その調節次第で景品を取れるか取れないかが大抵決まる。後は、景品の配置方法も大きく影響を与える。完全落下や橋渡し、縦積みなど癖のあるものが多く、このお店全体に共通して言えることは、
(店長は相変わらず際どい設定してるなぁ)
ということだった。取れそうで取れない際どいアーム調節をしているだけでも、余計な投資をしてしまうものだ。それに加えて、いかにも取れそうな配置をしているのが憎い。この2つが合わされば、つい熱くなってしまうのも分かる気がする。その結果は当然、惨敗して取れずに財布が軽くなる運命にあるけれど。とはいっても、一 応 開放台もあるようだ。しかし、どれもほしい景品ではないのでパス。
良くも悪くも、このお店らしい一面を確認できたことがうれしい。相変わらず店長はお客に「夢を売る」のが上手だと公言したい。絶対に取らせないわけでなく、一般的な手法を用いれば ―お金をかけて少しずつ移動させる方法で― 取る事が出来るため、絶対に景品の獲得が不可能といった理不尽な設定ではなく。熟練のクレーンゲーマーが楽しむための調節としても上々、一発で取れそうな動きをするという点でも、素人が夢を見られるため素晴らしい。名実ともに優秀な設定だと感心出来る。
(とはいえ、えげつないったらありゃしない)
台を一通り眺め終えた後の感想はそれだった。調節の様子を確認してゆけば取れるかどうかの判断はつく。その結果から言えば、一発で取れるような台は基本的に開放台のみで他はある程度つぎ込まないと取れないように見えた。稀に、開放台以外でも一発取りが出来そうなものもあるけれど、店長が仕掛けた罠に見えて仕方が無い。
以前に丁度ギリギリのところで、一発では取れないような配置をしている台に騙されたからだ。そのときの店長は、私が取り損ねたのを確認すると、隠す気のないドヤ顔でガッツポーズをした上でこっちに来たことがある。そこまで喜んだ理由は店長いわく、
「遥ちゃんを騙したということは多くのクレーンゲーマーを騙せたのと同義だからな」
と、いうことらしい。そのときばかりは悔しくて奇声をあげた気がする。キィイイイとグアアアアとクッソオオオの三つを同時に出したような声だった記憶がある。その後も何度か際どい台に騙されることがあり、以前は五分で店長のトラップに引っかかる程度になっていた。
とはいっても、通算成績では店長に対してPAYOUT200%で勝ち越しているような状態ではある。でも、あのドヤ顔をされたときの精神へのダメージは相当なものだ。怒りで沸騰しすぎることで、感情が一周して凍りつくような怒りだと思ってもらえば、大体いい線までいっている。
逆に店長は、私が原価割れで景品を獲得されてゆくことにとても胃を痛めたそうで、おかげさまで一時期胃腸炎になりかけたとのこと。その代わりにキリギリの調節で騙しきったときは、とてつもない快感だったらしい。おまけに異様なほど調節の技術が上がっていたからいまでは感謝しているとも言われた。
(店長に後で挨拶しようかな)
そんな風に半年前のことなど思い出しつつ、最後に確認した台をぼんやり眺めていた。目的はクレーンゲームではなかったことをふと思い出し地下へと向かうことにする。気がつけばあやちゃんの姿が見当たらない。相当ぼんやりしていたらしく、慌てて綾ちゃんを探すと、ある景品の前で物ほしそうな顔をしているのが見えた。その視線の先を追ってゆくと、どうやら執着の品はリ○ックマのぬいぐるみ(60~80cm程度)のようだ。その台の調節は確か…一発で取れないことも無い台だったはず。
(でも厳しい)
素直な感想ではそうなる。店長トラップの典型的な形をしていたからである。ぱっと見はアームの力が弱いため持ち上げることが出来ず、少しずつ押して動かすのが正解というパターンの代物だった。ひもに引っ掛ければ一発取りが出来るため、ひもは隠して引っ掛けられないようにしてある。だが、いくつかあるぬいぐるみの中で、ひとつだけツメにひもをに引っ掛けることが出来るように見える。そのひもは隣の台を通して後ろから見れば、見えるか見えないかのところにある。だが、それがトラップ。ひもがギリギリで可動範囲外にあり届かないという念の入った高度な罠だったことが以前にもあった。それに酷似している。でも、
(あやちゃんのあの顔見たらやってみる価値はあるか)
と、判断する。途中店長のドヤ顔がよぎったが、そこはあやちゃんの笑顔のために見なかったことにした。後は実際にやるしかわからない。その前にひとつ確認。綾ちゃんに本当にほしいかどうかを聞いておかなければならない。
「そのぬいぐるみほしいの?」
「…(ジッー)」
「多分、取れると思うよ。確証はないけどね」
「!!」
「試しにやってみるから、取れたらあげるね」
「く、下さい!」
「気がはやいって。取れ た ら の話だよ」
食い入るように見つめていた横顔と2つ返事から、クマがほしくて仕方がないのが伝わってきた。それならがんばるかな。気合を入れなおして狙いを再検討する。アームに力があるなら狙いは変えたほうがいい。しかし、そこは店長のことだ、掴んで持ち上げられるようには調節していないはずだ。ならば、当初の狙い通りひもを狙うしか選択肢はない。
移動面では可動域いっぱいに右に押し込むのは決定している。奥への距離を調節するには多少面倒なことがある。この台の癖で奥に少しずれるのを考慮しなければならない。大体1cm弱ずれるためそれを考慮した位置を目標にする必要がある。筺体の配置が変わっていたら違う癖だろうからそのときは諦めるしかない。・・・そんなところかな。
アームを下ろすべきポイントは決まり、200円を投入する。情けないスタート音が鳴り、ボタンが点灯する。予定通り、1ボタン(右ボタン)は止まるまで押しっぱなしにする。次のボタンが光る。台の横に回り、準備が出来た時点でボタンを押す。目印にしていた隣の人形の首輪のあたりまでクレーンが動く。そのタイミングで手を離す。後は成り行きを見ているだけだ。アームが開きクレーンが自然に降りてゆく。揺れることも無く真っ直ぐにフィールドへツメがぶつかる。ツメはひもの横にある。フィールドにぶつかるとアームが閉じ始め、フィールドを撫でるようにツメが動く。その間にツメはしっかりとひもの輪の部分を抜け、ひもはアームに絡まって固定された。アームは完全に閉じて上昇してゆく。クレーンと同様にクマも上昇し、少しだけフィールドから浮く。その状態のままシューターへと運送され、アームが閉開する動作を行うと、情けない失敗の音が鳴り終了した。
「取れたのに取れてません」
「取れてるんだよ。これで」
「でも、取れません」
綾ちゃんがシューターの上で宙ぶらりん状態のクマを見て、見た目通りの感想を述べた。こういった状況になる場合が多々あるため、私はそう不思議に思うことはなにも無い。見慣れていなければ不自然な状況なのか?そうならば認識を改めなければならない。アームに絡まるクマ。取れたのに失敗音。やっぱり、いつもどおりだね。
(私にとって見慣れたこの状態の)景品を手に入れるための手段を綾ちゃんに教えることにする。
「店員さん呼んでこなきゃ、もらえないよ」
「呼んできたらもらえるんですか!」
「もらえるね」
「呼んできます!」
「いってらっしゃい」
トテトテと店員さんを探しに行く綾ちゃん。実はもう既にいるんだけどね。
「お久しぶりです。店長」
「おう遥ちゃん。久しぶりだな。ここのところ見なかったから心配してたぞ。元気にしてたか?」
何食わぬ顔で近づいてきたのはドヤ顔が腹立たしい店長。もとい、松木重雄さん。まっちゃんの愛称で商店街では通っている人だ。本人にとっては無精ひげがチャームポイントらしく、ぼさぼさとしたひげが生えていたり剃られていたりする。実際問題、ひげは合うたびに変わっているのに、本人から受ける印象は変わらない。その理由はその大きな口と目にあるのだと思う。つまり、本当のチャームポイントは目と口なのだろう。
その目と口は店長の角ばってごつごつした大きな大岩のような顔に見合うだけの大きさで、そのくせ意外とつぶらな瞳と、ハンバーガーを一口でいけそうな大きな口が顔のなかで一番目立っている。鼻のサイズが多少物足りなく感じるのは普通のサイズだからに違いない。
本人の口から聞いたことは無いけれど、ガハハと笑ったら様になるような容姿をしている。縦こそ平均的だが、横に伸ばして重厚感のある体つきだ。それも前におなかが出るのではなくて、肩幅が広く、筋肉で重みを増しているといったガタイの良い体つきをしている。プロレスラーと良い勝負になるんじゃないかな。
そんな体つきの良い店長。実は運動はからっきし。草野球のチームでは あたれば 飛ぶ主砲としてチームメイトに愛されている。本人曰く、
「あんなちっこい物をあんな細い棒で打ててたまるか。出来るほうがおかしいんだ」
ということらしい。運動オンチがいいそうな台詞である。
店長とは草野球でもお世話になったこともあるし、ここでもよく顔を合わす。出会いは古くて私が小学校3年ぐらいの時だ。親と一緒に出かけた―何処に出かけたか忘れたが―帰り道にこの商店街でであった。正直に言うと第一印象は恐怖の対象でしかなかった。それが今では仲の良い友人のような存在だ。そう思わせるのは、見た目は大人だけれどどこか子供っぽいところと憎めない悪戯小僧っぷりのせいかもしれない。
そんな店長がこのゲーセンの店長をしている。変わらず店長をしているらしい。ぱっと見元気そうで何よりだ。久しぶりというようにここで会話をするのも約1年ぶりだ。一言二言、店長と会話を交わす。
「新聞読めば元気にしてたこと分かりますよ。すっごく疲れる毎日でしたけど」
「そういえばなんかの記録出したとか、あれ遥ちゃん本人だったのか」
「店長はいったいなんだと思ってたんですか」
「同姓同名の別人かと思ってたんだが」
「前に似たようなこと話したときも同じこと言ってましたよ。相変わらず店長適当すぎです」
「手厳しいこと言われちまったなぁ。細かいこと気にするなって!」
「それが適当っていわれるんですよ」
相変わらずの店長で安心した。店長との間に溜まった話題は多く、話す内容はいくらでもある。特に草野球の話題などは話は尽きないが、今は本来の目的のために会話したい気持ちを抑え、一点だけ確認を取ることにした。
「まだ稼動してる?」
「置いちゃいるが、以前ほどじゃないな」
「むー…残念。地味に布教活動して、人口増えてたんだけどな」
「あれは遥ちゃんがいるから、皆でやりだしたようなものだしな」
「廃れたのは私のせいなのか…ウグアァ…無理してでも、まめに顔出しとけば良かった」
頭を抱えてうめき声をあげる。元はといえばあまりにもゲームバランスが悪いため、倦厭されているこのゲームで全国大会を開きたい。その一心で布教活動をし、ゲームバランスの悪さ、10割上等、バスケという欠点すらゲーム性として、メジャーな格ゲー(スト○とか鉄○とかetc)のプレイヤーに認めてもらう努力をした。不条理&理不尽なバランスを合意の上で楽しんで対戦する仲間が増えていた。
参加してくれた物好きは意外と多く、バグの検証、対策、ルート構築を繰り返した結果。ネットでは「一周回ってバランスの取れたゲーム」と言う評価を得て、来年にでも闘○(格ゲーの全国大会)種目になるのではと噂されていたのだが。しばらく離れていた間に元の木阿弥になってしまったようだ。割と立ち直れないかもしれない。
「いや、呼べばすぐ集まるはずだ。ノブはここに居て別のものをしているだけだろう。HACCIは別の店に入り浸ってる。龍は定職についた。その就職祝いで全員と連戦してたな。他の奴らも好き勝手してるが、遥ちゃんが店に来たと連絡すりゃみんな集まるだろう」
露骨に苦悩してる姿を見かねてか、店長が気の利いたことを申し出てくれた。うれしい申し出だったが、それでは根本的なところが解決しない。常に一定の盛り上がりを見せ続けてくれなければ、闘○の種目にならないだろう。私が布教活動を毎日続けるわけにも行かない。悲しいが闘○種目化は諦めるしかない。
「気持ちだけ受け取っておきます。私もこのところ暇が無くて、ようやく顔出せたって感じなので。復帰できそうもないので、そこまでしなくてもいいですよ。それに今日はこの後練習しなきゃ駄目だし、明後日もきっと練習です」
現状を端的に表した言葉で店長の好意が不要だと伝える。陸上を続けるのをやめようかと考えたくなる理由にこの練習漬けがある。練習に時間を取られて好きなことが出来ないのが辛い。
「そうか、みんな会いたがってたんだが。時間が無いのか」
「ええ、隙間無く、びっちりと練習と学生生活で埋まってる感じです」
「いいことなんだろうがな。個人としては店に来る回数が減って惜しい限りだ」
「私も望んでこうなったんじゃないのが辛いところで…けふっ」
横腹に何かがタックルしてくる。大して痛くは無いが完全に油断している状態でのこれは効いた。原因を確かめるために衝撃を受けた側に目を向けるとクマがいた。60~80cmくらいのクマが攻撃してきていた。そのクマを嬉々として抱くあやちゃんが後ろに居た。その笑顔を見たらタックルを咎める気力も失せた。それよりも、さっきの話を聞かれていなくて良かったと安堵する。
「取れました!」
「おー、良かったね」
「はい!一生大切にします!」
「そんな大げさな。たまたま取れただけだよ。それに礼を言うなら私じゃなくて店長に言うべきだね。捻くれずに取らせてくれてありがとうって」
「店長さん、とらせてくれてありがとうございます」
「お?おお…」
急に見知らぬ女の子からお礼を言われて流石に戸惑った様子の店長。目をパチパチとさせていたが、しばらくして、私たちの着ている制服を見比べると同じものであることに気がついた。
「学校の友達か?」
「そうですね」
「…!」
勢いで店長にお礼を言ったが、冷静になってから店長を見ると怯えて私の後ろに隠れてしまったあやちゃん。うん。実に小動物だ。店長を見たら、大抵の犬・猫が威嚇するか怯えるかするのを知っている私からすれば、当然の結果だと分かる。だが、店長からすればお礼を言われたと思ったら急に怯えられた。という不可解な出来事が起きたようにしか見えない。可哀想なので助けることにした。
「小さい子供に怯えられるのは良くある事だがよ。お礼を言われてから、怯えられたのは初めてだわな…」
「あやちゃんは見た目通りリスみたいで猫みたいな子なので、仕方ないで。お礼はこのクマのぬいぐるみがほしくて仕方ない咄嗟でてしまった発作のようなものなので、深く考えないほうがいいです」
「あ、ああ、そうする」
「…」
私の後ろに隠れて店長を見ている綾ちゃんに対しても一言だけ伝えておく
「あやちゃん、この店長は見た目は怖いかもしれないけど中身はアホみたいにいいひとだよ。この商店街名物のまっちゃんっていったら、子供に優しくてひょうきんで適当で子供っぽい人って認識されてるから大丈夫。それに店長には長いことお世話になってるし。ね、店長?」
「ああ、遥ちゃんとは長い付き合いだからな。小学校の時から知ってるよ」
「あー。小学校の頃の話は人にはしないでねー」
「もちろん分かってるよ」
「と、信頼できる人だから何かあったら店長に頼むといいよ」
「便利屋扱いされても困るんだがなぁ」
困ったような笑いをして頭を掻く。その行為ですら信頼できる風格がにじみ出る。大きく構えてそう簡単にぶれない。器量が大きいと言うのだろう。昔、私が頼んだときも同じ様に困った顔・笑いをした。そして、ちゃんと私の希望に応えてくれた。子供だったが、頼もしく覚えたものだった。
そんなやり取りをみてか、あやちゃんがちゃんと私の横にでてくる。ペコリと頭を下げて店長の目をじっと見据えた状態で話す。
「先ほどは失礼しました。少し気が動転していて…」
「構わないってことよ。子供は大抵そういう反応するからな」
お互いに納得した様子で、挨拶を済ませる。人が人なだけに少し手間取ったが、悪い感情は抱いていないようだ。もしかしたらこの2人は相性悪くないかもしれない。
店長への挨拶も済んだ。クマの回収もした。やることはあと1つ。
「それじゃ、復帰戦やってきます」
「おう、久しぶりのWHルート見せてもらうか」
「その、遊ぶにもあんまり時間が無いですよ?」
綾ちゃんのいうように後1~2時間すれば、家に帰って練習の用意―大してすることはない―をしなければならない。確かにじっくりと腰を据えてはプレーできない。だが、問題ない。
「すぐ終わるから平気だよ。ブランクがあるとはいえ、素人に遅れはとらない」
「そんな本気でやれたら、1時間も相手が持たないな。今居る奴らとじゃ技量が違いすぎるから加減してやれよ?」
いくら、ブランクが長いとはいえ布教していた教祖として負けるわけには行かない。だからこそ、付け加えて宣言する。
「手を抜くのは私のルールに反する。それに好きなゲームは手を抜きたくても抜けないんだよ」
店長は苦笑いをしている。あやちゃんはよくわからないようだ。後は口でなく、行動で示すだけ。
クマを抱えた綾ちゃんの手を引っ張り、店内奥の筺体へと向かう。そこにあるゲームの名前は「北○の拳」他の格ゲーに比べると幾分か修羅の国・世紀末な匂いをまとったその一角にたどり着いたとき、ようやく本当のホームグラウンドに戻ってきた感覚になる。その勢いでつい
「私が全員相手してやる…死にたいやつからかかってこい」
なんて、口走ったものだから全員の視線が集まりました。「ちょっと、なにいってんのこいつ」な視線とかがいっぱい刺さって痛かったです。いつもの仲間じゃなかったの忘れてた。店長が軽く笑ってるのが癪に障る。後で、絶対ぶっ殺す(ゲーム上で)
そんな中、やけに食いつきがいい人が1名。見たことのない人だ。見た目は普通だ。若干不良な見た目だが、高校デビューしちゃった感がある不良だ。平均体重・平均身長・平均フェイスだ。そいつが私を指差しこう答えた。
「上等だコラァ。後で詫びいれても許さねぇから覚悟しろよ」
…普通だ。