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第3話「人物紹介まだまだ続くよどこまでも」

 公式試合と雑誌でしか見たことはなかったけど、顔を確認したら確信したよ!雑誌で見た写真とまったく同じだったもん。間違いなく、早瀬遥さんっ!


 陸上雑誌では、「超新星現る」「日本女子長距離界エース候補」個人の特集を組まれたりするような選手なんだ。内部推薦で普通に進学しているなんて意外だったなぁ。コーチ・設備・教育指導…優良な環境でこそアスリートは成長する。日本一はもちろん、世界だって狙える素質が彼女にはある。

 長距離は駿河高校のほうが選手の層も厚いし、コーチも有名な徳島さんがいる。それよりも東山高校のほうが施設の面では力を入れているし。むぅー。宝大付属もスパルタではあるものの勢いがあっていい影響を…はっ!?


 (コーチでもないのに、わたし、なに妄想してるんだろう)

 

 一緒に勉強できるのが嬉しいのに、同じクラスメイトになれてうれしい癖に、どうして陸上選手として見ちゃうんだろ。素直に喜べばいいのに評論家ぶってる。ヤな性格。通の振りして理解者になった気になってる。好きだって普通に言えばいいのに。


 本当は今すぐにでもサインも欲しいっ!握手したい!できれば、と、友達にだってなりたいっ!で、でもっ、もし嫌われたら、変な子だと思われたらどうしよう。立ち直れる気がしないぃぃ。……。ひょっとしたら、本当に友達になれるかも……そうしたら、えへへへへ。どうしよう、だらしない顔になってるかな。と、友達、にゃぁあっ!

 

 (ないないないないないっ!わたしが友達なんて妄想もいいとこだよぉ!)


 同じ空気を吸っているだけでどうにかなりそうなのに、友達なんてなったら、もうどうにかなっちゃうよぉっ!わたしなんか、遥さんに比べたら、空気だよ、空気っ!いないのと同じ!ミジンコ!微生物!背景にすらならないわたしが、友達なんてぇっ(完全にとろ顔)


 (以下、さらに思い入れを回想中)


 (中略)特集が組まれた雑誌は2冊買って保管用と観賞用にしてる。…自分でも気持ち悪い人だと思ってる。でも、仕方ないんだよ。アイドルなら許されるのにどうして陸上選手だと駄目なの!?女子選手に女子が憧れちゃ悪いのっ!?そんなことないよ!不公平だよ、不公平!って…あ、あれ?ホームルーム終わってる。遥さんはっ!?あれ、人だかり?なんでだろ。私の机の周りに人がいるっっ・・・・・・!!!



―「あわっ、あわわわっ!なななな、なんですか!な、なんでしょうか!?」―


 最後列の席で可愛かったちっこい子の机の周りに人だかりが発生してる。あれはね、可愛い。構いたくなるのは自然なことだよ。存分に愛でるがいい。

 ちみっこがワタワタして言葉が出ない様子。この小動物的愛らしさ。慌てる動きがいちいち可愛い。いまのでファンの心をがっちりつかんだよ。大変だね、人気者ってのも業が深い……っていってる場合じゃない。ハマちゃんに叱られてきますか。

 ちみっこを遠くから観察したい気持ちを抑え、職員室に向かうことにする。足取りが重い。精神状態が体に与える影響は大きいらしい。鞄(何も入ってない)が5kgくらいある気がする。足も鉄下駄(2kg)つけた位には重い。これは無理だ。保健室でやすm

 

 「馬鹿なことやってないでさっさと行けよ…」


 高藤が私の様子を見て、辛辣な言葉を吐く。言葉自体は(比較的)普通なのに言い方がとげとげしいよ。地味に心に言葉のナイフがクリーンヒットしたので大人しく職員室へ向かう。

 職員室は我がクラスから歩いて5分も掛からない。職員室は校舎のど真ん中にある。学生諸君がいつでもすぐに来られるようにと、教員の方々の優しさが溢れている。いらない優しさここに極まれり。

 学生なら誰でもこの2階の通路は通りたくないものである。なにせ、中等部と高等部、あわせて数十人の教員がここに集まる。それだけでも十分倦厭する理由になるが、加えて悪名高い風紀員&個性豊かな生徒会役員様がいらっしゃる。ほぼ、それが原因です。

 例えば、風紀委員だとこんな感じ。

 

~~「早瀬さん!いい加減にしてください。あなたは何度言えば(略」~~

 「・・・zzz」

 

 1、つかまると、問答無用で質問攻め・お説教されます。


 「担任に呼ばれてきたんだよ。もう行ってもいいかな」

 「そんなことより、以前にも言いましたが(略」


 2、教師の呼び出しを「そんなこと」で片付けます。


 「職務熱心なのは素晴らしいことだけどさ…流石にもうやめにしよ?」

 「いいえ、早瀬さんあなた だけ は警告だけで済ませられません。生徒会役員の方も頭を痛めています。中等部のときから何かと問題ばかり引き起こしてますし、とうとう、高等部に進学しましたし、少なくともあなただって入学する ま で は 優秀な人間だったわけですし…」

 「入学当初から私は変わらないって。受験以前もそうだしさ。たまたま、縁があってここで勉強してる。それだけだって。私の精神力がゼロなりそうなんだよ。許してぇ;;」

 「何を言ってるんですか。東鴻高校は、中学・高校受験ともに最難校に位置づけられています。それに合格した時点で一般的にもエリートだって言われていますよ?縁があるから合格できるような問題じゃなかったでしょう。その難関を通り抜けてきたという自覚をもってもらわないと困ります」

 

 (…どうでもいいなぁ・・・ほんと)


 3、自尊心が強すぎます。学校に対する思い入れも強い。エリート意識()

 特に風紀委員の面々はその傾向が強い。呆れるくらいに。それ相応の学力をお持ちなのがなお厄介です。おまけに一般生徒を下に見る傾向がある気がする。こんなに露骨に言ってくるのは私の時だけ。何故なのだ。その特別待遇はいらなかった。クーリングオフ効かないかなぁ・・・。


 「今日のお説教はそんなものでいい?」

 「待ちなさい。まだ終わってないわ」


 無限ループに陥りそうなので魔法のアイテムを使うことにする。


 「ほら、もう忘れた?元・中等部生徒会長兼風紀委員長 天竜(てんりゅう) (あおい)さん」


 右手を突き出して相手の顔に押し付けるようにように一枚の紙をして見せつける。いつ振り返ってみても、こんな紙のためにばかげた勝負を受けたと思ってるよ。結果論だけど、この紙のおかげで中等部にいる3年間の間、のんびり出来たわけだ。


 

 突き出した紙に書かれている内容はこんなもの。


 早瀬 遥 殿


                 誓約書


 1、私は学内にいる場合や私生活において下記の行為を行わないことを誓います。


 1)生徒会室に呼び出しを行うこと

 2)生徒会権限により、罰則やその他の処罰を行うこと

 3)間接的な嫌がらせや、第3者を介しての報復等の行為

 4)今回の勝負に対する不平や不満を他人へ漏らすこと

 


 2、私はいかなる場合においても貴方を支持し、かつ協力することを誓います。


 

 3、上記のほかにも、生徒会役員・教師の懐柔に常時勤める。加えて、3つだけどんな命令でも従うことを誓います。ただし、この命令は強制力は持たない。しかし、命令に従わなかった場合は以下のことを行います。(3項の有効期限は高校卒業までのものとする)


 1)一人称を「私」ではなく「葵」にする

 2)二人称を「あなた」ではなく「~ちゃん・~くん(教師も同様)」と名前で呼ぶ

 3)「狂える暴竜ドラゴン葵」と名乗ること。

 4)語尾をぶりっ子風にする。

 

 ※どうしても出来ない場合は一度5mmの丸坊主にすること


 (以下 日付 誓約者名 印鑑 住所)


 

 第一項の「生徒会権限による処罰」と「生徒会への呼び出し」さえ封じ込めればよかった。後はおまけだ。なにせ、この東鴻高校(と、中等部)は生徒会の判断で罰則を与えることが出来る。内容は学校の草むしりやごみ拾い。酷いと校内全てのトイレ掃除くらいは普通にさせてくる。1年間、雑用(種類問わず)も聞いたことがある。いずれにせよ、罰則が重いため風紀委員の機嫌を損ねるようなことはしないほうがいい。そうでなくとも、廊下を走っただけでお説教30分なんていうこともある(経験談)

 流石に停学処分や退学といった判断は教師がするとはいえ、それに近い厳罰くらいは与えられる。それが生徒会が生徒から恐れられている理由だ。出来る限り、風紀員とは関係を持ちたくないのが一般学生の気持ちというものだ。

 

 (私はこの誓約書があったからなんとかなってたけどね。もう期限切れかな)


 法的拘束力がなにもなくとも、真剣勝負の証明書みたいなものだ。見た瞬間に中等部元生徒会長の顔が変わる。物分りが良くて結構です。そういう反応の速さは嫌いじゃないよ。


 「な、何を私にさせるつもり?」

 「いやなにも。もう生徒会長でもないし、この紙も要らないかなと思って」


 と、言いながら誓約書を四つ折りにしてから手渡す。


 「え…?」

 「はい。後は好きにしていいよ。捨てるなり、記念に飾るなりーご自由に―」

 「ま、待ちなさい!」 

 「待たないー、じゃあこれ最初で最後の命令。忙しいし、メンタルが弱ってるので許してねっと」


 そういって受け取ろうとしない会長さんの手に無理やり握らせる。


 まったく。ことあるごとに私に食って掛かる会長をこの誓約書を見せて黙らせる。もうこの関係に疲れたよ、パトラッシュ。水戸の印籠のごとくこの紙をだすたびに、会長さんが苦い顔をするのを心苦しく感じていた。まるで私が悪代官のようじゃないか。


 渋い顔の原因は冗談で書き足した「3回まで何でも言うことを聞く」と言う一文のを会長さんが本気にとってしまったことだというから、滑稽な話。 何か要求するつもりなんて初めからなかったけどなぁ。こじれた関係はなかなか精算できないという事かね。世知辛し。

 あの誓約書をもらう条件が「何でもいいから日本一の記録」なんて無理難題だったため本気にしたのでしょう。ですが、それもこれも中学までの話。3年も経てば時効にもなる。記録作るための努力に見合う対価を払ってもらったし、もういいかなという気分。こんな感情を説明するのも面倒だし、いまさら仲直りと言うのもややこしい。適当に手を振って去る。


 「じゃまたねー」

 「…」


 目を丸くして見送ってくれる会長さん。私があなたにいえるのは元から脅すつもりもないし、恨んでもない。同条件で真剣勝負(賭け?)できる相手を嫌えるわけがない。余計な取り巻きとか、うるさい後輩がいなければ会長さん自身はいいやつだなって評価してる。破滅的に説明するのが嫌いなだけだよと思いつつ、やっぱり一言も出さずにその場を去った。


 

 -「で、遅くなったってわけだな?」―

 

 「え、ええ。そうなんですよ。嘘みたいですけど本当なんです」

 

 ハマちゃんが20分近く待たされてご立腹の様子。教室でだらけた時間&会長さんに遭遇したことでそれぐらい時が過ぎていた。ハマちゃん、あなたは怒ると怖いので許していただきたい。いや本当に。誠心誠意、真心もこめて頭を下げつつ経緯を説明する。

 心は伝わるらしい。ハマちゃんも納得した様子でお怒りを収める。普通に阿修羅かヤク○さんぐらい怖い顔つきしていたよ。これで古典だというのだから本当に無駄。人は見た目じゃないんだね。うん。


 「遅れたのは許すが、本題は終わってないからな。後、無駄に怖い顔とか考えてるだろ」

 

 また顔つきが険しくなった。後、心が読まれたのか顔つきがさっきより恐ろしげになってますよ?お願いですからその鬼面をはずしてください。その顔はそのまま鬼瓦になっていても通用する出来栄えですから。祈るようにしながら、謝罪を請う。


 「ま、別に叱るつもりはない。こういう振りをしとかないと生徒が真面目に答えないからな」

 「あ、実にふたもないこといってる」

 「でも、早瀬には無駄みたいだからやめた」

 「恐怖してましたよ、その顔に」

 「恐れ慄いている割には、余裕だらけで恐れ入るところがない」

 「…ソウデスネ」

 「それに、最低限の敬意は払ってるみたいだしな。そういうもんだと思って応対することにした」


 そういうと、鍵を渡してきた。


 「?」

 「科学室の鍵だ」

 「どういうことですか?」


 急に渡された科学室の鍵。理由が理解できずに尋ねる。


 「明日教科書を配るんだが、その準備を科学室でする。それで今回の爆睡はお咎め無しだ」

 「いやです」


 即答だった。無意識のうちに拒絶反応を示していた。


 「ほう、それなら一人でやるか?」

 「やらさせてください。あと、一人は勘弁してください」


 即答するしかなかった。理性がこの教師は本気で一人に丸投げする人間だって告げていた。負い目もあるし、それ以外に答えなんて初めからなかったんだ。これは仕組まれた、出来レースだったんだ(回想風)


 「それで、やり方はどうしたらいいでしょう?」

 「行けば張り紙してあるから、その通りに置いておけばいい」

 「…あれ、ハマちゃんは?」

 「行かんぞ?」

 「…」


 初めから、一人だったのか…。完全に謀られた。文句が言える立場ではないので、諦めて科学室へ向かう。出来れば1時間以内に終わる仕事だといいなと願いつつ、職員室を出て呆けた心で歩く。陰鬱な気持ちにされた職員室から


 「もう一人は先に科学室にいってるから急いでいったほうがいいぞ。早瀬が来るのがあまりにも遅いから、教室へ様子を見に行ったんだ。そのときにこの雑用の話をしたら喜んで手伝ってくれるそうだ。わざわざ残ってくれているんだから、感謝ぐらいはしとけよ」


 と、聞こえてきた。一応、一人でやらずに済むらしい。ただ、一人でさせるつもりだったらしいことはよくわかった。

 階段を上り4階へ。足取りは重く、教室を出た時よりも2kgほど加算されていた。○と千尋の神隠しに出てくるカオナシみたいな重い足取りだった。


 「とーちゃく…ぅぇ・・・?」


 仏のごとき聖人様―雑用の協力者―を探す。ありがた過ぎるお方に感謝の言葉を掛けよう。心からありがとうを言える珍しい機会。私はありがとうを言う準備が出来ていた。科学室前の様子を見た瞬間、そんな考えがどこかへ消えた。

 

 「誰さ。手伝い人」


 科学室前は人だかりが出来ていました。しかも、同じクラスの人です。人数は10~15人?男子ばっかりです。なんでこうなってんの。あ、これ。あのちみっこの囲ってた人っぽい?なら、助っ人はあの子か。

 大体、現状把握が出来たので止まっていた歩みを再開する。科学室前に発生したあの異質な状況に飲まれそうだった。けれど、そうなる原因ひとつしかなかったね。初日にしてこんなファンを作り出すあの子のおかげで、仕事が速く終わりそうでよかった。


 …

 ……

 ………

 …………


 ねぇ?


 なんで進路塞いでるの?通路塞がれるって学校生活の中でありえる現象なの?周りの人が目に入らないの?なんなの?邪魔するの?帰っていいの?


 (駄目だこいつら、早く何とかしないとっ!)


 頭を抱えたくなるのを何とか堪えて、あの子を呼ぶことにする。えっと、名前は。分からんね!小さい子だから、小さい子でいいよね。


 「えーっと…うちのクラスの背が小さいあなたが手伝ってくれるんですか?」

 

 取り巻きの視線が全てこちらに向く。全員の目に


 (さんをつけろよ凸助野郎!)

 (呼びかたってもんがあるだろうがっ!)

 (エンジェルあやたんになんて言葉遣いをっ!)


 的な、副音声が聞こえてきた。気のせいかな。幻聴だよね。そうであってほしい。可愛がりも囲いもファン活動もほどほどにするべきですよ。すごく可愛いけど。それでもこれはやりすぎです。初日なのに。


 「は、はいっ!」


 声をかけると、返事とともに人垣から出てくる。モーゼを彷彿とさせる。人垣が割れて登場。中々インパクトあるね。周りの人間は流石にちみっこの行動の邪魔はしないか。練度が足りてる。足りすぎてる。初日なのに(2度目)

 でも、悲しいかな。肝心のあの子は周りが何のためにいるのか理解してない様子。涙を両目に湛え、ぷるぷる震えていた。下手なことしたらすぐにでも泣いてしまいそうだ。子犬・子猫より可愛い。私におけるベストカワイイアニマル【生後数週間のカピバラさん】といい勝負じゃないかな。普通の人間ですら何か―多分ロリコン―を目覚めさせるものがある。


 「それじゃ、お願いしていいかな?」

 「は、はい」

 「私は早瀬遥って言います。お名前教えてくれるかな?」


 自然と言葉遣いがお子様に対するものになる。発言の後に不味ったと内心焦る。同学年って分かっているのに、見た目に釣られてこんな言葉遣いになっていた。直さねばならんね。


 「わ、私は霧崎(きりさき) 綾乃(あやの)っていいます。ふ、ふつつかものですがよろしくおねがいします」

 「あやちゃんそれは嫁入りする時に言う言葉だからね。慌てすぎだって。何も慌てることなんてな…くはないか」

 

 間違えるにしても、ベタな間違えをしてくる綾ちゃん。この子の心が落ち着かせて、早いところ作業をしたい。初日から遅くまで作業なんて嫌過ぎる。欲を言うなら、仕事をしないで家に帰りたい。あの練度足りてる男子群が代わりに働いてくれないかな。


 「んー…この周りの人は?」

 「そ、そのなんだか一緒に手伝ってくれるそうで…」

 「おー、それはうれしいことだね」


 ありゃ、あの涙目は怯えで泣いてたわけじゃないのか。涙の意味はいまいちわからないけど、それなら話は早い。ちょっと綾ちゃんにこっちに来るように誘導する。周りと距離をとり、聞き取れないように顔を近づけて小さな声で喋る。


 「あやちゃん、お願いあるんだけど。いいかな?」

 「私にできることならなんでも!」

 「そんなに力まなくてもいいって」


 妙に力の篭った返事をするあやちゃんに少し驚く。これだけ元気なら問題ないか。怯えていたら出来ないかも知れないけど、この様子ならほぼ間違いなく失敗はなさそうだ。


 「それじゃ、あの男子たちにお願いしてもらってもいいかな」

 「何をでしょうか?」

 「ん、科学室は狭いし、こんなに人がいても仕事がしづらくなるだけだから、教科書配布の準備をしてもらっておいてもいいかなって」

 「でも、これは早瀬さんが始業式で寝ていたことに対する罰だって…西田先生が」

 「女子より男子のが重いもの運ぶなら向いてるし、それに、あの男子たちは手伝いたくて仕方ないみたいだし譲るべきかと」

 「早瀬さんがやらないと……駄目じゃないでしょうか」

 「あやちゃんは厳しいなぁでも、この後すぐに用事があって」


 (本当はまったくないけどね!)


 仏の噓は方便という。武士なら武略。明智光秀も言っていた。菩薩の遥(登場2回目)ならば嘘をついても許されること間違いなし。


 「もしかして、練習ですか?」

 「ん?」

 「いえ、早瀬さんみたいな人はこういう日は特に力を入れて、何処かで自主練しないといけないのかなと思いまして」

 「あれ、私のこと知ってる?」


 内部進学の人間は終業式の日に表彰状授与されたりしたこともあって、私のことを覚えている人もいる。でも、綾ちゃんは外部入学。高校入試を受けて新しく今年から入学してきた人だろう。そんな人が私を知っていることは少ない。

 

 「知ってるもなにも…知らないわけないですよ!」

 「んやー、マイナーだから知らない人のが多い、多い」

 「でも、何年ぶりかの日本ジュニア女子5000mの記録更新者で、ジュニアにして14分台に乗せる記録をはたきだしたんですよ?14:58:55現日本女子記録と5秒弱しか変わらない好タイムで。しかも、何処か有名なコーチの指導を受けているわけでもなく、全部自主練だけでここまで記録を伸ばした。そんな人なんてどこにも居ませんよ。悪いと思いますが、東鴻高校の設備・環境ははっきりいって良くはないです。周辺も恵まれた環境ではありませんし、コーチはわたしから見たら中の上ですっ。男子に交じって練習出来ればまだいいのでしょうが、男子の記録を見ても同じ練習をこなせる人がいませんでした。早瀬さんに引っ張ってもらってるんじゃないかって思わざるを得ません。そんな環境にもかかわらず、この記録なんです。知らない人間がいるのなら、そっちのほうがおかしいんですよ!」


 先ほどの弱気な様子とは打って変わって、早口でまくし立てるあやちゃん。完全にその勢いに飲まれた。私のことを言っているにも関わらず、なにやら説教をされている気分だったよ。それがなにやら、必死に自分の子供を守ろうとする猫や親鳥の奮闘している姿を彷彿とさせる。他の人間があんなこと急に言いだしたら驚くか、引くか、あっけにとられるかするはず。でも、あやちゃんは最終的に可愛いでまとまるあたりが不思議である。本当に不思議。


 「ふっふっふっ、ありがとう?」

 「あ、す、すみませんっ!早瀬さんにいう事じゃありませんでしたっ!」

 「あー、その早瀬さんってのはやめてほしいかな。早瀬って呼び捨てにするか、遥って呼ぶか。もしくは他の呼び方で。さん付けは気持ち悪くて、嫌なんだ」


 さんづけが駄目な理由。それは会長さんがさん付けしてくるのが原因だった。風紀委員の面々も全員「早瀬さん」って呼んでくるせいで、この呼ばれ方に良い印象がない。大半の教師も早瀬さんって呼ぶか。仲のいい人は遥っていう気がする。ゆえに、あやちゃんにも遥でお願いしよう。


 「で、でも、その早瀬さ…」

 「はい、ストップ。やり直しね。リピートアフターミー「HARUKA」」 

 「…」

 「やってくれないとちょっと悲しく。あ、涙が……」

 「!! は、遥さ…はる…はる…はるん…」

 「ま、いっか。今日はあの男子にお仕事お願いして何処かへ遊びに出かけよう?後、私の名前呼ぶ練習!」

 「え…?」

 「はい、声かけにいったいった」

 「あ、あう」


 あやちゃんの背中を押しながらあの男子たちの前まで進む。あやちゃんのお願いならば確実に聞くだろう。内容次第で私に対するヘイト値が変動するかという話。恨まれないもので頼む。


 「あ、あの。皆さん」


 綾ちゃんの一声で全員が顔を向ける。私たちが何を話していたのか気になるところだが、今はこの天使―あやちゃん―のお告げを待っているらしい。


 「わ、私はその。今から、遥……と行かなきゃ行けないところあるから、代わりにお仕事お願いします。も、もちろん、申し訳ないと思ってます。で、でも、どうしても行きたくて。お願いします…」


 どうだろうこれ。半分くらいが優しい目で見守ってくれてるけれど、残り半分がすごい怖い。100点満点で評価するなら50点だなぁ。明日の我が身が危うい気がするぞ。


 「ああ、気にしないでいいよ」「行ってくるといいよ」「初めから代わりにやるつもりだったから」

 

 という、好意的な反応が全員から返ってくる。微妙な決め顔を添えてるあたり努力してるね。良いことですが、半数くらいの人の目がね…形容しがたい。何故、私を見るときだけハイライト消えるんだ。どういうスキルなのだろうか。知りたくない。しばらくはあやちゃんに助けてもらおう。

 病んだ目から逃れるように私はひっそりと姿を消して、下駄箱へ。靴を履き替えて待っているとあやちゃんの階段を降りてくる足音が聞こえる。トテテテと音が鳴りそうな雰囲気で私の前までやってくる。


 「靴。履き替えてないよ?」

 「あっ」


 自分の下駄箱まで戻って、急いで履き替えようとする。慌てているため、危なっかしい。そばまで行き、手をあやちゃんの頭に載せる。ぽむぽむと、二・三回頭を軽くなでる。


 「急がなくていいよ、私は消えたりしないから、ちゃんと待ってるって」


 危なっかしくて見ていると母性本能をくすぐられる。守りたくなる。私に母性はあまりないぞ。あやちゃん残念。ついでにあやちゃん。私に変な幻想抱いてるんじゃないか。全部まとめて今日中に友達になれるといいかな。


 「準備できました!」

 「ん、じゃあ。出かけますか」


 明日が怖いといえば怖いけれど、作業しないで済んだ。その代償か。今日だけで心配事が増えて気はする。あえて気づかぬふりをして寄り道することにしよう。

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