第1話「睡魔ゆえ仕方なし」
20××年、4月○日。天気:快晴。雲一つない爽やかな春の日差しを全身に浴びて全能感に浸る。変わらぬ町並みも見慣れたこの桜並木もまるで私を祝福してくれているかのようだ。うむ、よきに計らえ。私は気分上々、ご機嫌ハッピーである。
隣を歩く緊張でガッチガチの外部生らしき人よ、落ち着きたまえ。私もめでたく高校に入学することができたのだ。いや、入学といっても内部進学、通称エレベーター進学だ。いやいや、「楽をした」と思わないでほしい。
これでも中学受験は毎日塾へとせっせと通い、入試試験中は冷や汗を垂らしながら解答欄を埋め、結果は知らないが―(運良く)選択肢問題がうまいこと噛み合ったおかげで―合格したはずだ。
至極真っ当な手段で入学したのだ。私はその結果を享受しているだけなんだ。中学受験とは打って変わり、高校入試の難易度が全国屈指だとかそんな話は関係ないはずだ。
……
素直に言えば、数日前に掲示板方式の合格発表会場で、泣き崩れる人々を見たとき。
合格した罪悪感のようなものを感じましたとも。
だが!!
不合格の方々にはものすご~く申し訳なく思うが、恨むなら合格させた教員を恨めと開き直る。私はこの席を譲らんぞ絶対にだ。内申点ギリギリで進学が危ぶまれた私だがな!フハハハハハ!内部進学万歳!
と、【心の中】で隣を歩く同じ制服の新入生らしき人間に話かけていたら、もう校門前であった。ありがとう、見知らぬ学友A君。よい時間を過ごせた、また会えるとイイネ!門をくぐるタイミングで彼の方を向きスマイル。笑顔は人生の潤滑油、これが私の大正義っ!もう一回にこっ!
そんな私が向かっていた先は東鴻高校。スポーツ、学業ともに1・2を争う日本屈指のエリート校。明治初期から数多の人材を輩出した名門校。伝統と実績を積み重ね続ける、名実ともに無類のマンモス校である。
〜場面転換〜
「…であるからして、…を…ことをなによりも…」
校長の話というものは学校を選ばず長いものらしい。30分は経っているようだ。腹時計がいってる。間違いない。当然、集中力は切れ、注意力は散漫になり、睡魔が襲ってくる。辺りを見回してみても、入学初日の入学式から寝ているような学生はいない。
私とて…そんなことで教師から目をつけられるような事態は避けたい。避けたいんだ。嘘じゃない。嘘じゃないけど……少しくらい目をつぶってもいいよね?甘えと妥協、違う、己の精神力が睡魔に負けるわけない。己が信念を信頼し瞼を閉じた。
「…起きろ」
ふぅ。気がつけば背後に人が立っていた。この声には聞き覚えがある。間違いない。私のクラスの担任が立っているようだ。名前は確かホームルームで「西田俊之」といっていたような気がする。
漢字違いで「西田敏行」ならばハマちゃんと呼べるのに。この西田はハマちゃんとは違い体育会系教師よろしくな引き締まった体を持ち、ツリ目ではっきりとした二重、ホリの深く、劇画漫画顔負けな鼻や口のパーツで作られている。そのくせ、愛嬌があって憎めないともっぱらの噂(中学時代、噂調べより)
THE体育教師に見える。だが、その実態は古典の教師である。
「いやいや先生。寝てませんよ」
寝ていたことを否定する。寝てはいないのだ。目を閉じて休んでいただけで寝てはいない。…あるぇー。周りに人がいない。なんか壇上の片づけも行われてるよ!不思議!
「…」
ハマちゃんがこっちを無言で睨み付けてくる。そっと目線をそらす。だが、その眼力は私を見逃してくれる様子では無い。
どうして起こしてくれなかったのかと、クラスメイトを恨みたくなる。まだ名前も知らない友達の馬鹿…いじわる。未来の友人への恨み言はともかく、今はこの場を切り抜けねば。
「誰もいませんね。どうしたんでしょうか?まさか…タイムリープ?」
「今どういった状況か分かってるよな」
「存じません!何者かの陰謀と思われます」
「その陰謀はなんの得があるんだ?」
「そこが分からないから危険なんですよ!気づいてからでは遅い。まるで黒カビのように…なんて陰湿な奴らなんだ。この場は危険です。急いで教室へ戻りましょう!」
スムーズかつ、完璧な流れでこの場を去ることができそうだ。おもむろに立ち上がり出入り口へ向か……えない。
「先生。首根っこ掴むのやめてください」
「これなら良いか?」
「襟が!パリパリに伸ばした襟が伸びる!」
「新品開けて来ただけだろ。背中に折り目付いてるぞ」
「なっ!!名探偵がここに居たとは。この陰謀を解き明かすのは先生しかいません。あとは託しました。私はこれで!!」
逃亡を図ろうするが、ハマちゃんの万力のような握力を振りほどくことは叶わなかった。
「噂通りの生徒だな。早瀬遥」
「ふえおっ?!」
変な声を出して驚いてしまったが仕方ない。噂って何のことなのだろうかと疑問がわく。しかし、このまま、話を止めると寝てたことを言及されるため、即座に会話を再開させようとした。
「ハ、ハマちゃん!いい話があるんですよ。なんとツチノコさんがうちの周辺に住み着き始めたんじゃないかって近所のおばちゃんが言ってましたよ。捕まえたら一攫千金も夢じゃない!だかr…」
「名前は早瀬遥だったか。中等部の教員で知らない人間はいないらしいな。何でも全てが無茶苦茶らしい。特に性格。それが高等部に上がるから覚悟しておけと、昨日、中等部の寺田がわざわざ連絡しに来てくれてな」
はい、アウト。今まで様子見だったんですね。茶番に付き合ってくださったハマちゃんに感謝を。でも一言だけ言わさせてほしい。見逃してくれないなら、早い段階でとどめを指してほしかったです。だが、この場においてもしらばっくれる。でも私……諦めないっ!
「す、すごい人はいるものですね」
「ああ、なんでもジュニア陸上女子の記録保持者で、ジュニアサッカー代表と遜色ない実力者で、剣道は二段だが、実践なら大人と同等で、空手もやってるとかな。そういえば、親が元バレーボール選手とも聞いたな。相当うまいらしい。他にもスポーツ関連なら、なにやらせても完璧らしい」
「へぇー…」
「だが、学業を疎かにしているらしくてな。テストは毎回酷い点数をはたきだされて、担任としては胃が痛くて仕方なかったらしい。なかでも、全教科0点はすごかったと寺田が言っていたな。言い訳に寝ていたと本人は言ったらしいが、1教科ならまだしも全教科白紙で提出する生徒はいないな。この話しているときの寺田が泣いていたぞ?何をしたんだか…」
「ほほーん」
初めからわかっていたとばかりに、私が中等部にやらかした傷跡を説明する。中学担任に説明を受けていたハマちゃん相手では「人違いです!」なんていって言い逃れできそうもない。単純にハマちゃんが―いい加減に何か言ったらどうだ?あぁん?なめてんのか?いっぺん殺してやろうか?な―視線に屈したわけではない。むしろ逆だ。そんな視線などに屈するわけが…
ハマちゃんがもう一度、目で威圧してくる。今回は眼力とちぐはぐで優しい微笑み(恐怖2倍増し)付きだ。
「先ほどは寝ていて申し訳ありませんでした。後、しらばっくれようとしてすみませんでした」
早々と観念して謝罪する。元担任の情報提供を受けた教員はほとんど有態を把握してるに違いない。今後、少なくとも1年はお世話になるのだ。ちゃんとした対応を取るべきだったと、この時になってようやく悟った。
「いや、構わない。校長の話は教職員の間でも眠る奴がいるからな」
「…そうなんですか」
「ああ、たとえば俺もそうだ。だから気にすることもない」
笑顔で高々と駄目教師宣言をする。この笑顔が愛嬌になってるのかと、劇画な顔立ちが暑苦しくない理由かとおぼろげながら理解した。その宣言はこの教師大丈夫なのかと、私の今後の学園生活が心配になる反面、担任ですら面白い人だから学園生活も楽しいものになるだろうという印象を与えるものだった。
話が丁度終わるころ、教室に到着する。既に教室に戻っていたクラスメイトは、入学式に眠りこけて担任に目をつけられていた女子クラスメイトが、「どんな風に叱られたのか、どう落ち込んだいるか」を話題に机の近い生徒同士で話をしているのがドア越しに聞こえてきた。初日から話題を提供できて私満足だよ(白目)
大半が絶望的な観測―あの教師の威圧感に押されて恐怖し、泣き出す様―をしているなか、その当事者が担任と可笑しなほど打ち解けて楽しそうな会話をして教室に入ってきた私を見る目がその、ね?キョトンとしないでほしい。
(どうしたものかなぁ…ここは何かカマさねばならない予感が!)
悩みぬいた末、私は…