第伍話 逃走準備
何だかこっちの連載が楽しくなってきて本編が放置状態ですね。
本編を待っている方は申し訳・・・。
今回は特に見所はないかもしれませんが、必要な話なので我慢して読んで下さい(;ω;)
第伍話 逃走準備
部屋の外に出ると、土倉光が壁に寄りかかって立っていた。顔色の悪い真澄を見て察したようだ。
「あのオジサンったら、あんたにも言ったのね。わざわざ自殺するって聞いても、鬱になるだけなのに・・・。」
「ですよね、でも店の物は好きにしてくれだそうです。ここで装備を整えましょう。」
「そうね、でも最初にサバイバル関連の本を読むわよ。あんたも私も素人ですもの。下にいくらか雑誌と本があったわ。」
「分かりました。今日はここに泊まりましょう。」
「OK、下は暗いから懐中電灯を持ちなさい。ちゃんと知識を得て準備したほうがいいわ。他の商品はまだ触らないように。」
「了解っす。では行きますかっ!」
行動目的を決めると、2人は薄暗い階下の店舗に降りていった。
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店舗内は所狭しと様々な商品が並び、ログハウスを意識した店内は木の香りに包まれていた。2人は懐中電灯の光を頼りに書籍の並ぶブースを目指す。土倉光が先に店内を確認していたおかげで、迷うことなく本棚の前に立った。
「えっと、サバイバル百科、無人島で生き残るためには、知っておきたい100のサバイバル術。色々ありますねっ!どれが良さ気っすか?対ゾンビに使えそうな戦術書なんかあると良さそうですけど。」
「馬鹿ね、日本で対人の戦闘術の本なんか無いわよ。それにここはアウトドア関連しか置いてない。どこでも生活出来るような知識を持つほうがいいわよ。水の確保方法や、動物を捕らえる罠とか。鉄砲とか無いから、釣りや狩りで獲物を捕らえないとダメでしょ。」
「ええっ!?狩りとかするんですか?ここにそんな場所ないですよ・・・。」
「何言ってるの?移動するわよ。人里から離れないと確実に餓死するわ。この場所はすでに生活する上で詰んでるのよっ!」
「でも・・・、建物なんか無いと襲撃された時にヤバイでしょ?」
「勿論、安全な隠れ家も探すわよ。今考えているのは、船での生活、孤島での生活、あとは人間の立ち寄れない秘境じみた場所かな?映画なんかじゃ、ショッピングモールやデパートに立て篭もるのが多いけど、ここの有様を見れば、無事に放置されてるはずが無いわ。バリケードなんか壊されて、今頃狂った暴徒化した奴らが根城にしてるのがオチね。私はペットや奴隷としてなら置いてもらえそうだけど、あんたは殺されるのが関の山ね。どうしたい?」
「現実的な見方してますね・・・。とりあえず船での生活は水の確保さえなんとか出来れば一番安全ですね。でも船の動かし方なんて知らないっすけど・・・。」
「はい、船舶免許取得の参考書があるわよ。」
「え?なんでこんなものが?」
「アウトドアってのはボート使って釣りしたりする連中も居るわ。船舶免許やスキューバの免許の取得者は多いのよ。」
「そっかぁ、じゃ、俺はそっちを見ますね。先輩は生きる知恵関係を。」
真澄がそう言って2Fに戻ろうとしたが、土倉光に呼び止められる。
「あんたもちゃんとサバイバル術は知っておいた方がいいわ。2人で逃げるつもりみたいだけど、どっちが死んでもおかしくないのよ。私が死ぬ確率の方がずっと高いしね。それに、船で生活するつもりでいるみたいだけど、海で一番恐いのは何だと思う?」
「え?真水が無いってことっすかね?」
「違うわよ、植物性の栄養がほとんど取れなくなること。昔の船乗りは、よく壊血病なんかで死んだらしいわ。人間は結局陸から離れられないのよ。だから船で生活って言っても、どこかの島に着けて住居に使うくらいしか出来ないわよ。」
「何でそんなに詳しいんですか・・・。先輩ってもしかすると、こういうこと好きっすか?」
「私の趣味はJ・ベルヌの読書とホラー鑑賞なの。だから男が寄り付かないってわけっ!理解できたかしら?」
「理解しました。」
結局、船舶免許関係と、サバイバル関係の書物を数冊だけ手に持って、2人は2Fへ上がっていった。
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2Fで読書をしだした2人だったが、所詮は付け焼刃である。1日や2日で頭に入るわけは無い。5時間ほどで真澄がダウンした。土倉光もペラペラとつまらなさそうにページを捲っているだけである。トイレに出てきた中原太郎が、そんな2人に声をかけた。
「何をしているんだ?のんびり読書なんかしてる場合じゃないだろう?さっさと装備を整えて、こんな危険な場所から離れるんだ。」
中原太郎の言葉に、土倉光が眠そうな目を向ける。
「中原さん、私達はサバイバルや戦闘に関してはてんで素人なんです。まずは知識から入るしかないでしょう?それともあなたが教えてくれますか?」
「おいおい、俺はここに残るって言っただろ。でもまぁ、装備の手解き位はしてやるか。今から下に降りるぞっ!」
そう言って、中原太郎は元気にドアを開けて出て行った。すでに本に飽きていた2人も、のそのそと後に続く。
「なんか今から自殺するぞって人に見えないですよね・・・。」
「そうね、彼まだこの世に未練たらたらだわ。」
顔を見合わせて苦笑しながら、2人は再度階下に降りていった。
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下では、すでに中原太郎が様々な物資をカゴに放り込んでいた。カンテラが煌々と灯り、店内は薄暗くはあったが、全体を見渡せる程度の明かりになっている。
「何をぼんやりしてる?お前たちは服を選んで来い。生活に必要なものは俺が選別しておいてやるっ!」
中原太郎は張り切って、完全にこの場を仕切っている。
「まずは服を選びましょうか。有無を言わさない感じだし、私もいい加減に薄いTシャツじゃ嫌だわ。誰かさんがずっと見てて視線が痛いのよねぇ。」
「う・・・、それは観賞用ですからねっ!あえて言わせてもらいましょう。薄い生地のものがお勧めでっ痛い・・・。」
軽口を叩く真澄の頬っぺたを、土倉光が思いっきり抓った。
「だから服を選ぶのよ。こんな乳首の形まで分かりそうな服着てられないっ!可愛いのがいいわねぇ。」
ナカハランドのファッションブースは古着屋も兼ねており、米軍仕様のコンバットスーツや迷彩服は勿論、女性用の可愛らしいベストやキャップ、パーカーやTシャツなど、かなり幅広いニーズに応えられる様になっていた。
「出来るだけ実用性の高い服を選びます。収納が多い服がいいっすね。あと丈夫なのがいいか。」
真澄は、長袖のロングTシャツに無地のTシャツを5、6枚チョイスする。それに釣り用のベスト、キャップ、指の出たフィッシンググローブに厚手のカーゴパンツ。靴下やトランクスなどの下着類、冬や寒い夜に野宿することも考えてファーのついたダウンジャケットなどもカゴに突っ込んでいく。それにベルトに装着するお洒落なウェストポーチなど、出来るだけ物を多く持てる装備を選んでいった。
「あんたけっこう考えてるのね・・・。」
土倉光は自分のカゴの中身と見比べながら、感心したように呟いた。見ると彼女のカゴの中には、カラフルなTシャツやプリーツのミニスカート、果てはキャミソールのような物まで入っている。真澄は溜息を吐いた。
「先輩って意外に抜けてますよね・・・。なんでそんな軽装ばっかり選んでるんですか・・・。厚手の物もちゃんと選びましょう。それにそんなカラフルなのじゃダメですって。ゾンビだけならいいですけど、自衛隊なんかにも遭遇するとヤバイんでしょ?見つけてくれって言ってるようなものですよ。」
「くっ!私だって女の子なんだから可愛いの着たいのよっ!山寺さんみたいな娘じゃないと着ちゃダメなのかしら!?」
「いやいや、気持ちは分かりますがここは実戦重視でいきましょう。はいはい、先輩が可愛いのは分かってますから言うこと聞きましょうね?それに女の子って歳ですか・・・。」
「女に歳のことを言うもんじゃないわよ。デリカシーのない男ね。」
「十分若いじゃないですか?それに可愛い格好しても見てくれるのはゾンビさんだけですよ。」
「分かったわよ。ちゃんと選ぶから・・・。」
渋々といった態度でカゴの中身を棚にポンポン投げて、地味な色のTシャツや厚手のジーンズなどを選んでいく。女性用の下着だけは無かったので、それはどこかで確保することにした。巨大な山登り用のリュックを用意して、お互いに詰めていく。両者、リュックの半分は衣服で埋まってしまった。清潔を保たないと命に関わるのだ。このくらいは我慢するしかない。
「何だお前ら?衣服がそれだけでいいわけないだろう?肩掛けのスポーツバッグがあるからそれに入るだけ持っていけ。もし戦闘になったらすぐ地面に降ろせるし、なかなか使い勝手がいいぞ。リュックには生活必需品を入れるんだ。コンパクトに収納できる調理セットや携帯コンロなんか入れておくんだな。あと釣り道具は一式持っていけ。ナイフはベルトにくっつけられるから鉈と一緒に2本くらい装備したほうがいいぞ。」
中原太郎が助言してくれたので、素直に従う。武器に関しては、真澄の虎徹はかなり優秀だと言っていた。突き刺せば頭蓋骨も貫通するし、横薙ぎに殴っても当たる面積が小さく、相当な打撃力になる。刃が付いてないのが、むしろ好都合だそうだ。刃こぼれなど気にすることもなく、何体もゾンビを倒せるらしい。ただ、ロト○剣は刀身と柄の接触が弱く、武器には使えないらしい。土倉光には、店に1個だけあったクロスボウが与えられた。ポイント(矢尻)にノックと言われる矢の尻につける部位をあるだけリュックに詰め込まれる。
「矢は消耗品だからな。ボルトって言うんだが、最悪の場合は木を削って作れるから、作れない部分だけ持っていけ。アルミ矢は今30本しかない。あとクロスボウは巻き上げが必要だから連射はきかないぞ。威力もそこそこだから10mくらいが射程だと思えばいい。うまく頭に当てれば致命傷を与えられる。あと、これは水溜りや川の水でもそのまま飲めるストローだ。在庫が12本ある。持っていけ。」
中原太郎は非常に楽しそうであった。元々はアウトドア大好きサラリーマンだったらしいが、脱サラしてこの店を開いたらしい。色々な物を2人の前に置いて講義していく。お陰で3時間ほどすると、2人はどこでも生きていけるほどの装備と知識を与えられた。
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中原太郎は、ゾンビ対策もばっちりと説明してくれた。2人が持ち寄った情報も加味して、かなり正確なゾンビの情報が手に入ったのである。
・ゾンビと戦うことを前提にしてはいけない。基本は迂回や撤退であり、やむなく戦う場合でも1体か2体が限界である。
・もし戦う場合は、必ず先制攻撃すること。土倉光のクロスボウで先制し、外れた場合のみ虎徹での接近戦闘に切り替える。必ず2人がかりで戦うこと。1対1では分が悪すぎる。
・逃げる場所は、山の中か湖畔の島、もしくは離島や無人島がベスト。人の居る場所には近付かず、それでいて衣類などが手に入る場所があれば最高である。船で移動したい場合は、船外機付きのボートか手漕ぎボート、スワンボートなどがいいと言うことである。
・音に敏感なゾンビに対し、かんしゃく玉や音のなるブザーなどは有効である。これは熊避けの携帯ブザーを何個か持ち歩くことで解決。
・他人を絶対に信用しないこと。装備やゾンビ対策法も闇雲に教えないこと。必ず裏切られる可能性がある。重要なのは保護欲や憐憫の情で動かないこと。救えない、足手まといになる者は一切無視して逃走すること。
・お互いを信頼し絶対に裏切らないこと。眠る場合は必ず1人が歩哨に立ち、ゾンビの接近を知らせるトラップなどを用意しておくこと。
・船やゾンビの上がれない場所で必ず休息を取ること、食料は手に入るものは全て持っていくこと。
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完全に対策が出来た。中原太郎は結局行かないと言い、また部屋に引き篭もってしまう。
「憐憫で動くなって言われましたので、放っておきますよ?私達は次の自衛隊の襲撃の後に発ちます。それまでは居ますので気が変わったら声をかけてください。あと、食料はお譲りできませんので悪しからず。」
「ああ、分かってるよ。君らも気をつけてな。」
そう言うと、中原太郎は黙り込んでしまった。2人は顔を見合わせたが、とにかく次の襲撃を待つことにした。ここが襲われない保証もなかったのだが、出て行くにはゾンビの数も多い。自衛隊はうまく利用するに限る。最早ただの暴徒なので、2人は自衛隊なんか死んだ所で何の感情も沸かない。利用できるものは利用させてもらうだけだ。
「出来るだけ早く来てくれるといいわね。屑でも待ち遠しいわ。」
そう言った土倉光はどこか楽しそうである。決死の脱出が始まるのに暢気だなと真澄は呆れていた。しかも、土倉光は可愛らしい服に未練があったらしく、現在、非常に女の子っぽい格好をしている。短いスカートから伸びる足や大きく開いた胸元など真澄は正直目のやり場に困っていた。
(この人は元が美人だから女の格好は見栄えするよなぁ。でも性格や言動なんかマイナスになる部分も多いし、何より普段は絶対こんな格好しないだろうに。合コンなんか行くイメージないし、どうやって彼氏作る気だったんだろ?)
「何よ?ジロジロ見て・・・。欲情したならトイレで処理してきなさい。中原さんに気付かれないように手早くやるのよ。」
(これさえなければいい女なのに・・・。)
真澄は小さく溜息を吐くとトイレに向かった。
本編では描ききれていない部分の補完のような話になってしまいました。拓郎くんも同じようなことをモールなんかでやってるはずです。あと唯一の飛び道具が登場しましたね!
中原さんはこの世界に糸色望していますのが、なぜか元気です。根が世話好きなオッサンなんでしょうねぇ