第参拾話 遥かなるホーム
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第参拾話 遥かなるホーム
数日、山荘は平和だった。子供達は束の間の平穏を満喫し、食べられそうな草や木の実の収集に連日山に入っていった。真澄と銭形は山の斜面のいたるところに鳴子を張り巡らしてゾンビの接近に備え、武器の手入れも怠る事無く仕事に励んだ。光と飛鳥は遊覧船の甲板やスワンボートから釣り糸を垂れてタンパク源の確保に勤しんでいたし、女子高生2名は子供達の付き添いで山荘近くの山の斜面を歩き回っている。発見できたのは数種類のキノコにアケビ、ミカンなどの果実、あとはノビルなどの野草が僅かだったがそれでも野菜不足を補う意味で大きな発見だった。食料に関しては自給自足でどうにかなると目処がついたが、この先寒くなると十分な量の確保は難しくなるだろう。魚以外の大きな獲物はこの地域には生息していない。いずれは食糧問題にも向き合って行かなければならないだろう。この騒動が鎮静化して世界が正常に戻るまでここに立て篭もって今の生活を維持していけば、時間が解決してくれると皆は楽観していた。しかし、情報は何一つ無いまま時間だけが過ぎていった。
★
10月に入ろうというのにまだ残暑厳しく、気温は連日30℃近辺をウロウロしていた。食料の確保には有難かったが、皆が暑さで茹だっている。ゾンビはまだ現れていなかった。どうやらこの山荘は思った以上に安全な場所に位置していたらしい。奴らの鼻は異常などほど利くのだが、生活の匂いはまだ知られずにいる。
「ちょっと遠出しようと思うのだけど、あんた達どう思う?」
これは光の意見だった。いつも通りに家屋の補強を行っていた真澄と銭形の元に現れた光が世間話をするようにそう呟いたのだ。
「意味がよく・・・。」
「何のために遠出したいんだ?」
真澄と銭形は不意を突かれ混乱気味の表情を浮かべて光の言葉の真意を測る。
「ちょっとここ数日、平和過ぎると思わない?」
光は二人の顔を見て可笑しそうに微笑みながらそう言った。
「ん、まぁ確かにな・・・。」
銭形はそう応える。真澄は無言で頭に手をやっている。まだ意味が良く分かっていないようだ。
「もしかしたらだけど・・・、もうゾンビって弱ったか死に絶えた可能性があるって事よ。だって奴らも元は人間でしょ?栄養が滞るとやっぱり衰弱していくと思うのよ。この世の中に何も取らずに生きていける生物は居ないわ。奴ら人間を襲って食べるだけで水すら飲まないみたいじゃない。もう食料となる人間の大半は逃げたか隠れたかしているはず。まぁ救助隊の望めない状況だったから、立て篭もりの連中はもう全滅してる頃だと思うけど、それを計算してももう1ヶ月は経つわ。そろそろ変化が現れる頃だと思うわけよ。だからちょっと遠出して現状を確認したいの。まだゾンビが元気に襲ってくるならここに逃げ帰ればいいわ。どう?」
光は淡々とそう述べると二人の反応を伺った。それに銭形が間髪入れずに応える。
「ダメだ。」
「えっ!?」
予想もしなかったと言わんばかりに光は思わず声を高めた。銭形はそんな光の反応にやれやれと言った仕草で頭を振る。
「姐さんよ。そんなリスクを犯す必要がどこにある?俺は今が平穏ならそれでいいと思ってるんだが、わざわざ危険かもしれない場所に赴いて死ぬような目に会うのは御免だぜ・・・。」
それに続いて真澄も意見を述べる。
「俺も遠出には反対ですね。仮にゾンビが衰弱しているにせよ、まだ活動を続けている可能性だって捨てきれないでしょ?下手に動いてこの場所を危険に晒すような行為は避けるべきだと思うんです。この間オッサンを追放した時、まだ奴らは元気でしたよね。もしかしたら別に何も食べなくともあいつらは死なないのかもしれませんよ?映画だってそうでしょ。自然消滅を待つにしてももう少し先延ばしした方が賢明だと思うんですが。」
その反応に光はふくれっ面をした。きっと彼女の中で遠征は決定事項だったのだろう。それが思いもかけず否定的な意見を浴びせられてご機嫌斜めの様子だ。
「あんた達って意外に保守的なのねっ!?でももうラジオには何の反応も無いし現状を確認するには目視するしか方法がないじゃないっ!ちょっとボートで市街地近くまで行って様子を見るだけよ?何の危険も無いわ。奴ら海上には手出し出来ないでしょ。」
「もし気付いた奴が俺達を追ってきたら?」
「そんな知恵あるもんですか。考え過ぎよ。匂いを追えない以上、奴らは私達を追跡する事は出来ない。逃げた方向を計算してここに辿り着けるのが居るとは思えないわ。そうでしょ桜井?」
銭形と軽い口論になり、光は堪らず真澄に助け舟を求める。
「いや、そうとも言い切れないっすよ。先輩は覚えていませんか?俺達の進路に車を落としたのが居たでしょう?ほら、池から逃げた時ですよ。目が黒いやつ。」
「・・・居たっけ?」
真澄の言葉に一瞬キョトンとした顔をした光は、少し考えてそう応えた。どうやら彼女はその存在を失念していたらしい。
「忘れてたんですかっ!?」
「忘れてないわよっ!ただちょっと桜井が覚えてるか罠を張っただけなんだからっ!」
「それ意味ないっすよねっ!?」
「どうでもいいでしょそんなことっ!で、結局行かないのね?」
妙なやり取りの後、光は落ち着きを取り戻して再度確認する。
「もう少し時間が経ってからがいいんじゃねぇのか?俺はいかねぇ。」
銭形はそう言うと話は終わったとばかりに作業に戻る。しばらくガンガンと釘を打つ音だけがその場に響いていたが、真澄も済まなそうな顔で光を見た。それを確認した光は、眉を顰めてその場を後にしたのだった。
★
その日の夕食時、光はまた遠征の話を蒸し返した。どうしても諦められなかったらしい。
「・・・で、私と桜井で情報収集&物資補給を考えてるのよ。皆はどう思う?これはもう決定事項なんだけどね。」
「ちょっ!俺行くなんて一言も。」
反論しそうになった真澄を光は鋭い眼差しで黙らせる。それを暫く黙って見ていた銭形が口を開いた。顔にはすでに諦めの色が浮かんでいる。
「姐さんも頑固だなぁ・・・。分かった、二人で行ってくればいい。その代わり条件があるんだがいいか?」
「聞きましょう。」
光は折れた銭形に嬉しそうな目を向けながらそう言った。
「もしゾンビがまだ徘徊していたらもうここに戻ってくるな。何かしら確信があって行くんだろう?桜井が言ってた頭の切れるゾンビが居た場合、ここも危険に晒される。俺だけなら逃げる事も可能だが、ここは女子供が4人も居るんだ。何かあったら冗談じゃ済まされない。それでもいいなら行けばいい。」
「へ?」
思いもかけず厳しい意見が銭形の口から飛び出したのを、光は一瞬理解できずに間抜けな声を上げた。桜井もギョッとしたような顔を向けたが、銭形の表情は変わらない。
「銭形さん、それはちょっと・・・。」
「桜井は黙っとけっ!俺は姐さんに聞いてるんだ。それだけの覚悟があっての意見なんだよな?」
銭形は本気だった。真澄も激しい口調に黙り込む。飛鳥がハラハラしたような表情で交互に光と銭形の顔を見ていた。未来と優は箸を止めて事の経緯を見守っている。そして光は押し黙ったまま何かを考えていたが、決心したように口を開いた。
「約束しましょう。もし危険が残っているようならここに真っ直ぐは帰らないわ。厄介ごとがあれば解決して100%安全だと思うまで帰らない。でもいつかは帰るわよ。それ以上は飲めない。」
「100%安全って事は奴らが絶滅する事を言ってるのか?」
「絶滅は無理でも大きく海を迂回して私達がどちらに向かったか分からなくさせることは可能でしょ?一回外海に出てここを目指すわよ。それでいいでしょ?私達もホームを失うのは痛いのよ。譲歩できるのはここまでね。」
銭形はその意見を聞いて眉間に皺を寄せた。だが、暫く沈黙した後に頷く。
「いいだろう。俺も言いすぎたが譲歩はする。だが危険だけは持ち込んでくれるなよ。俺はこいつらだけは危険に晒したくない。」
銭形はそう言いながら健太郎の頭を撫でた。彼は子供達の身を本気で案じてるのだろう。父親に近い感情を抱いているのかも知れない。
「お互いに納得したようね。私達は準備したらすぐ発つわ。出来れば情報は早く持ち帰りたいけど、帰りはいつになるか分からない。皆は心配しないで待っててね。」
そう言うと光は箸を動かし始めた。皆もそれに習って箸を動かす。この日、ここでの生活で初めて食卓から笑いが消えた。
★
夕食が終わると皆が各部屋へ散っていき、真澄も光と部屋に戻る。中に入るや否やバッグに荷物を詰めだした光を黙って眺めていたが、真澄は光に真意を尋ねずにはいられなかった。
「先輩、どうして急にあんな事を言い出したんです?皆も黙っちゃったじゃないですか。俺には今、無理をする必要がどうしても理解出来ないんですけど・・・。」
真澄の言葉に光は手を止める。しばし二人の間に沈黙が流れたが、光はやがて口を開いた。
「・・・もう不安な生活は嫌なのよ。この先、私とあんただけだったらずっと隠れていればいいと思ってたわ。安全になったら誰かがきっと知らせてくれると思ってね。でも、今は大所帯になってしまった。情報は出来るだけ正確で早い方がいい。でもここに缶詰じゃいつまでこの生活を余儀なくされるか全く目処が立たないじゃない?私なりに色々考えたのよ。誰かが情報を得る必要があるってね。その役目は私達にしか出来ないと思ったのよ。未来と優は女子高生。経験も力も足りないわ。とっつぁんは飛鳥ちゃんと子供達にとって必要な存在だし危険には晒せない。消去法で行けば私達が最も適任なのよ。もし私達に何かあってもここの生活は維持されると思うし。」
「そんな問題ですか?」
「それだけじゃないけど、私一人じゃきっと何も出来ないわ。あんたには悪いと思ったけど、一緒に付いてきて欲しいの。ダメ?」
「ダメじゃないっすけど、わざわざ危険に足を突っ込む必要は無いと思うんですが・・・。」
「思い立ったが吉日って言うじゃない?わざわざ危険に足を突っ込ませて悪いと思うけど見返りもあるわよ?」
「見返りって何ですか?俺が得する要素なんて何処にも・・・、むぐ。」
真澄はそう言った瞬間口を塞がれる。強引に唇を閉じられてしまったのだ。光の唇で。
「先払いはここまで、後は無事に帰ってきてから続きをしましょう。じゃ、おやすみ桜井。」
薄暗い蝋燭の灯りの下、光の頬が赤く染まっていたように見えたのは気のせいではないだろう。
★
朝、真澄は光と顔を会わせるのが少しだけ気まずかったが、光は普段と同じような態度で真澄に接してきた。昨夜のキスなど無かったかのような態度だ。
「おはよう、よく眠れた?」
「ええ、お陰さまで・・・。」
「それは良かったわ。じゃあ早速準備に取り掛かって。私は必要な物を取ってくるわ。」
そう言って光は部屋を出る。真澄は複雑な心境で着替えや武器、その他必要になりそうな物を大きなリュックにしまいこんでいった。
(何だよっ!平気な顔しちゃってさぁ。俺だけ気まずいなんて馬鹿みたいじゃねぇか・・・。)
「あれ?光さんもう準備してるんですか?」
携帯用の食料を見繕っていた光を目敏く見つけた未来が声を掛けてきた。光はその声に振り返る。
「おはよう未来ちゃん。ウイダーとカロリーメイト少し持って行っていいよね?元々私が買ったもんだし。」
「それはいいと思いますけど、どうしても行くんですか?」
「ええ、今日出るわ。」
「ふぅ~む・・・。時間ずらせないんですか?」
「何で?」
「だって光さん顔赤いですよっ!熱あるんじゃ?」
「だ、大丈夫よっ!?」
未来の言葉に光は狼狽しながら応える。その反応を訝しく思いながら未来は首を傾げて台所を後にした。
「私もまだまだねぇ・・・。」
一人残された光はそう呟いてまた必要な物資を見繕い始めた。
★
昼近くになり、光と真澄は皆に見送られながらスワンボートに乗り込んだ。もしかしたら今生の別れになるかもしれない。そう思うと悲しくなり、すでに未来はポロポロと大粒の涙を流し、飛鳥と子供達も目を潤ませていた。
「本当に行くんだな?もう止めねぇが言い残すことはねぇか?」
銭形が仏頂面でそう訊ねた。それに光が笑顔を返す。
「私達は絶対に戻るわ。そう恐い顔しないで笑顔で見送ってよ。」
「まぁそうしたいのは山々なんだが、どうしても悪い予感しかしなくてな・・・。」
銭形は余計な一言が多い。それに光は困り顔を返しただけだった。
「そう言われても仕方ないわね。じゃあ名残惜しくなるからもう行くわ。早ければ3日くらいで戻ると思うけど、時間が経っても心配しなくていいからね?じゃ、皆元気で。」
「早く戻れれば戻りますんで、しばしお別れっすね。銭形さん、後は頼みます。」
「任せとけ。心置きなく行ってこい。」
「またねぇ~。」(優)
「二人とも無理しないでねっ!」(未来)
「怪我だけはしないように。」(飛鳥)
「じゃ、またね皆っ!」
そう言って二人を乗せたスワンボートは遊覧船から遠く離れていった。
「これが最後にならなきゃいいがな・・・。雲行きが怪しいぜ。」
そう言った銭形の目には重い雲が水平線の彼方に掛かっているのがハッキリと見据えられていた。
遅くなって申し(ry
これ何回目だろう?毎回言い訳してますが、今回はログインできないと言う謎の現象が続いて\(^o^)/になってました。PCに新しくインストールした何かが原因だったようですが、色々試してたらまたログインできるようになって一安心です。
ストックも少し書いてるので、次はすぐにでも投稿したいんですが少し焦らして来週辺りにしようと思ってます。それでは皆さん、次回もサービスサービスゥ!
古いか(´・ω・`)