第弐拾弐話 祭りの後
お待たせして申し訳ありませんでした。
遅れた詳細は活動報告で読んで頂ければ一目瞭然と思います。
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第弐拾弐話 祭りの後
外の喧騒はまだまだ治まらない。飛鳥はしばらく呆然としてベニヤ板の薄い床に座り込んでいた。腕の中にはまだ幼い花梨を抱き、傍らには健太郎が目に沢山の涙を溜めて腕にしがみ付いている。海老沼は窓の下で繰り広げられる惨劇を荒い息を整えながら見守っていた。体育館の中は外とは打って変わって静寂が支配している。まだ、飛鳥達の侵入は気付かれていないだろう。台風に怯えるように、皆が息を殺しているのかもしれない。しばらく窓を離れられなかった海老沼が、ようやく重い腰を上げて飛鳥の隣に座る。ただ、無言で飛鳥の肩に自分の肩を寄せた。トンと肩が触れた瞬間、真っ白だった飛鳥の頭の中には先ほどの光景が浮かび上がる。一度は諦めた命がまだある事、姉を見捨てた事、これからの不安、それらが一気に再起動した飛鳥の頭を埋めた。声も無く飛鳥の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。海老沼は、飛鳥が泣いている事に気付くと、優しく肩に腕を回し、強く自分に引き寄せる。飛鳥は、海老沼に体を預けて嗚咽を押し殺すので精一杯だった。健太郎も不安が押し寄せたのだろう。小さい掌に篭る力が増す。外の悲鳴が聞こえなくなるまで、4人は身を寄せ合って薄暗い秘密基地の隅に座り込んでいた。
★
どれくらいそうしていたのだろう。健太郎の「おしっこ」と言う言葉で飛鳥と海老沼は現実に引き戻された。そう、これで終わりではない。これからが問題だった。海老沼はゆっくりと立ち上がって、下へ降りる板の前に歩く。この板を上から破れば、体育館の用具室に出られるはずだ。飛鳥は不安そうな目で海老沼を見たが、海老沼は任せろと言わんばかりに口の端を持ち上げると、板を一気に剥がした。そして、下を確認すると飛び降りる。3m近い高さだったが、マットが置かれている上に着地して衝撃は無かった。海老沼はそのまま、体育館に通じる扉を開け放って中に入った。驚いたのは役場関係者達だ。いきなり体育用具室から男が現れたのだ。外で起きている惨劇を目の当たりにしていれば当然だろう。一気に体育館内で叫び声が上がり、老若男女問わず海老沼から距離を取ろうと大慌てで逃げ出した。
「だ、誰だ貴様はっ!!!」
海老沼はその逃げ惑う姿が滑稽すぎてしばらく黙って眺めていたが、大声で呼ばれそちらに目を向ける。そこには、銃を構えた山下(飛鳥に聞かされていたので知っている)と思われる男が立っていた。その姿も滑稽だった。銃を持ってはいるが、明らかに腰が引けている。銃を所有しているがために、無理やり部長と課長に先に立たされた感じだ。
「誰だって言われてもな・・・。とりあえず生きてるよ。外のバケモノと同類じゃないね。」
「そんな事を聞いているんじゃないっ!どうやってここに入ったっ!?」
海老沼は山下がかなり警戒している空気を察する。大人しく両手を挙げて、敵意の無いことを示した。その様子に、山下は一瞬緊張を解いた。海老沼はそれを確認して、数歩詰め寄る。だが、山下はまだ照準を海老沼に向けたまま動かない。
「とりあえず落ち着いてくれよ。こんな状況だぞ?俺があんたらを襲って何か得するかい?」
海老沼は何とか山下に銃を下げるように促したが、部長らしき年配の男がそれを許さない。
「まぁいいや。俺は海老沼菜園の息子だ。それくらい知ってるだろ?」
「海老沼さんとこの息子さんか・・・。なるほど、ここの卒業生なら体育館に侵入する術もあったかもしれんな。何処から入った?」
「裏の窓だよ。地上からは4~5mある。梯子で登った。」
「噛まれてないだろうな?」
「脱ぐ?」
「上だけ脱げ。足は大丈夫そうだ。」
海老沼は仕方なくチェックの半袖シャツを脱ぐ。インナーのTシャツは白で血は滲んでない。それまで脱ぐこともなく潔白は証明された。
「噛まれてないようだ・・・。ゾンビはお前が入った所からは侵入しないんだな?」
「空でも飛ばない限りは大丈夫だと思う。」
「そうか、分かった。今さら外へは逃げられんだろう。ここに居ていいぞ。」
山下は素性が知れると、やっと銃を下ろす。
「居ていいぞってのは変だろう?あんたさぁ、役所の人間でしょ?上から物言うのはおかしくないか?」
海老沼は山下の言い方にカチンときて、ついそう言い返してしまう。彼は好戦的な性格なので、無理もなかった。
「勘違いするなよ海老沼君。今さら役所の人間とか関係ないだろう?もうこの社会はまともに機能していない。自分の身は自分で守らないといけないんだよ。我々は自衛しているだけで、関係のない君をここに置いておく理由もないんだ。すぐに出て行ってもかまわ・・」
山下がそこまで喋った時、海老沼の拳が山下の鼻先に直撃した。不意な事だったので、山下は口と鼻から血を噴出しながら倒れる。さらに海老沼は馬乗りになって、山下の顔面に拳の雨を降らせた。さすがに中学を卒業してから8年も農業で鍛えている海老沼の膂力は絶大で、山下は何の抵抗も出来ずに顔を腕でガードして丸くなるしかなかった。他の連中は呆気に取られてその様子を見ていたが、我に返ると海老沼を山下から引き離す。山下はぐったりとして顔面から大量の血を流していた。家族が慌てて傍に駆け寄った所で、海老沼が部長連中を振り払って大声を上げる。
「離せゴミどもがあああああああああああああっ!!!」
そして部長、課長の顔面に一発ずつ鉄拳を放つ。2人とも頬を押さえて蹲った。
「いきなり何するんだお前はっ!!!」
「野蛮人っ!!!」
「あなた大丈夫っ!?しっかりしてっ!!」
30人近い人間達が殴られた3人を囲んで口々に悪態を吐く。海老沼はそれにも動じずに腕を組んで立っていたが、山下が家族に肩を借りながら立ち上がった。
「随分と舐めた真似をするじゃないか・・・。ここで死んでもらうしかないな。あれっ!?」
半笑いを浮かべていた山下の顔が一気に凍りつく。腰のポケットに手を突っ込んで忙しなく動かしていたが、ある物が無くなっている事に気付いたのだ。
「探し物はこれか?」
海老沼が不適な笑みを浮かべて手にした物を山下に向ける。その手には先ほど山下が構えた小銃が握られていた。それを見た役場関係者達は一様にパニックになった。
「ちょっとみんな黙ろうか?そこの隅に全員移動しろ。皆藤、こっち降りてきていいぞっ!!!」
海老沼は全員を銃の標的に入れるため一箇所に集めてから、飛鳥を呼ぶ。程なくして、腰を抑えながら飛鳥が用具室から出てきた。
「お前は・・・。」
飛鳥の登場に課長が絶望的な声を上げる。死んだと思っていた人間が生きていたのだ。無理はない。
「また会ったわね人殺し。」
飛鳥は憎々しげに山下の顔を見る。その言葉に家族達が反応した。
「人殺し?」
「どう言う事?」
「・・・?」
ざわ・・・ ざわ・・・
「馬鹿じゃないのあなた達っ!みんな馬鹿、大馬鹿だわっ!!!」
飛鳥は役場関係者とその家族全員の反応を見て思わず大声を上げた。海老沼が銃を構えたまま「おいおい・・・」と声を出す。
「あんた達何も知らないとか言わせないわよっ!!!お巡りさん家族を殺したのはそこの禿3人よ。家族は女子供だから絞殺だったっけ?そして死体が外に居るバケモノになる事も全部計算してこいつらは死体を外に出したの。外の人間を全滅させて食料と安全な場所を自分達で独占するためにね。あんた達も同罪よっ!今すぐ外に出てって皆に謝ったらっ!?この屑どもっ!!!」
飛鳥は感情のままに言葉をぶちまける。
「お嬢さん、何の根拠があってそんな嘘を吐くのかな?馬鹿馬鹿しくて構ってられん。妄想もいいとこだ・・・。皆さん、信じたら駄目ですよ。我々は潔白だ。」
頬を押さえながら課長がそう言って皆を落ち着かせようとしたが、動揺は広がっていくばかりだ。
「証拠ならあるわよ。縛られてたお巡りさんがどうやって家族全員殺せるのかしら?銃なんてずっとそこのうすら禿が持ってたのだって皆知ってるでしょう?自殺なんて苦しすぎるでしょう。それに私は直に悪巧みしてるのを聞いたの。」
「何を馬鹿な・・・。」
部長も白々しくそう言ったが、皆飛鳥の話に聞き入っている。
「私達がどこから出てきたか考えれば?悪巧みしてたのは用具室よね。あんた達が話してるのそこの真上で聞いてたのよ。」
「お前っ!あの時居たのかっ!?」
部長の大声が体育館に響く。堪らず発したその言葉が全てを真実だと肯定してしまった。
「語るに落ちたわね・・・。」
飛鳥の悲しそうな声が体育館に響いた。
★
犯罪者の3人は家族によって拘束され、ステージの地下に放り込まれた。皆、薄々は感じていたようだが、どうしても頭がそれを拒否していたらしいと飛鳥達4人に全員で土下座されたが、飛鳥の怒りはそんな事では治まらなかった。
「今さらそんな事言ったって遅いわよ。あんた達も同罪。外に居る私の家族に、皆に謝ってきたら?頭悪いなりに誠意は見せるべきでしょう?何なら私が扉を開けてあげるわ。皆死んじゃえばいいのに。」
飛鳥は謝罪を頑なに拒み、呪いのような言葉を吐き続けた。家族一同、何も言い返せずに黙り込み、体育館は飛鳥の言葉以外は静寂が包む。健太郎はそんな飛鳥を見て泣き出したほどだ。
「皆藤、この人達もあの禿3人の被害者だと思おうや?もう許してやれよ。」
「同罪よ海老沼君。私達は何も知りませんでしたっ!だから許してちょってかっ!舐めんじゃないわよっ!!!人殺しよ人殺しっ!大量虐殺の幇助よこんなのっ!知らなけりゃ何でも許されると思ってるんじゃないわよっ!私が必死に外で叫んでたの聞いてたはずよっ!嫌な事から目を背けてのうのうと生きてんじゃないわよっ!!!死ねっ!今すぐ首でも括って全員死ねっ!!!生きてることが浅ましいと自覚しなさいっ!偉そうに息吸ってんじゃないわよっ!あんたら全員死んだって外に居る人間の1/10にもならないのよ。供養にもならないけど無いよりマシだわ。どうでもいいから全員死んでっ!!!」
荒ぶる飛鳥は止まらない。もうどうにも止まらない。こうして体育館に立て篭もる日々は幕を開けた。
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怒りを爆発させていた飛鳥だが、数日も経つと毒気も抜け皆と普通に接するようになっていた。済んだ事は仕方ないので、世界が正常に戻ったら自首して罪を償うという条件で3人の主犯もステージの地下から釈放された。食料は均等に皆に分配され、計算すると3週間はここでの生活を約束される量である事も判明した。最初餌に使った分の食料が今になっては惜しかったと課長がぼやいたが、飛鳥にビンタを食らう羽目になっただけだった。飲料水は地下水を利用した緊急水道を使うことで心配は無かったが、食料は3週間を過ぎる頃に無くなり、生き残った人間はだんだんと荒んでいった。最初に分けられた食料は、個人で所有し自己の判断で消費されていたが、無計画に食した連中は2週間ちょっとで食い尽くしてしまい、他の家族に少量を分けてもらい何とか飢えを凌いでいたからだ。飛鳥達4人は子供2人も大人と変わらない量を分配されていたので(飛鳥がそうしないと許さないと脅したため)、まだカンパンと缶詰を有していたのだが、飢えに耐えられなくなった連中が食料を寄越せと要求するようになっていた。その為、飛鳥達は秘密基地に引き篭もり、用を足す以外には下に下りられなくなっていた。
「まだ食い物あるんですよね?こっちに少しでいいから回してもらえませんか?子供の分だけでもお願いしますよっ!」
下からまた課長の妻が催促の声を飛ばす。秘密基地にはロープで上がれるようにしていたが、現在は自分達が降りる以外にロープを垂らしていないのだ。手が届かない場所に食料は全て確保している。海老沼が銃を所有していたために強い態度に出れなかったが、催促は日増しに強くなっていった。飛鳥達も十分に満たされていたわけでは無い。救助が絶望的だと分かっていたので、初日から節約生活を余儀なくされていたのだが、今催促をしている連中は初日からしっかり三食を味わっていた者ばかりだ。言うなれば自業自得だと言わざるを得ない。
「食料はキチンと分配したはずですよね?今お腹を空かせているのは自業自得では?私達は自分達でしっかり管理したからまだ少し残ってるだけです。これは譲れませんからいい加減に恥ずかしい真似は止めていただけませんか?子供も怯えています。」
飛鳥の冷たい対応に腹を立てたような顔をして課長妻は去っていった。その直後、部長の娘婿が現れる。飛鳥はまた同じ対応をする。このような事を最近はずっと繰り広げていた。皆空腹でイライラし、体育館の中は常にピリピリとした空気が漂っていた。それに加え、外のゾンビはいつの間にか数を増し、絶えず扉を無数の手がノックしている。いつ破られてもおかしくない状況だ。いかに頑強な鉄の扉でも、拉げて歪みが生じ始めているのはすでに確認されている。窓という窓はガラスが割られ、鉄格子の間からは手が何本も生えていたし、恐怖で気が触れてしまったお年寄りも数人いた。もう限界に達しているのは誰の目にも明らかだったが、誰も強攻策に出られずにいたのは、外のゾンビが多過ぎたせいだ。もう誰かが救助にやってくる奇跡を待つより他に策が無くなっていたのである。その問題の他にも飛鳥の頭を悩ませていた事は、健太郎の目だった。彼は母親を見捨てて逃げた飛鳥を憎むようになっており、ずっと口を閉ざしたまま飛鳥を睨んでいたのだ。海老沼は責め苦を味わう飛鳥を気遣い、何度か健太郎に説明して仕方が無かった事だけは理解させたが、健太郎の目から憎悪が消える事は無かった。
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その日、朝から体育館内は悲鳴や嗚咽が続いていた。遂に渡り廊下の鉄の扉が少し開き、ゾンビが数体頭をこじ入れてきたのだ。鍵が外れれば一気に破られる。飛鳥達もすでに食料を使い果たし、もう3日ほど何も口にしていなかった。体力は限界に近付いている。他の家族はもっと悲惨で、体力の元々少ない年寄り連中は虫の息になり、若い連中でさえ歩くのがやっとの状態になっていた。誰もバリケードを組んでゾンビの進行を止めることは出来ない。間もなく扉は破られ、ゾンビが突入してくるだろう。部長家族は早々にステージ下の地下室に入って鍵をしてしまい、課長一家と山下一家は用具室に立て篭もっている。他の職員や家族は最早入れてもらう事も出来ずに体育館の隅で蹲っていた。終の刻が迫っていることを皆は理解し、ただ怯えて身を寄せ合うだけ。もう脱出するしかなかったが、外に停めてあるマイクロバスに全員は乗れない。それにゾンビが周囲を徘徊しているせいで、バスに行く前にほとんどが犠牲になるだろう。だから誰も行動に移せない。まぁ、マイクロバスの存在を知っているのは飛鳥達4人だけだったが、知っていれば全員が秘密基地に殺到して薄いベニヤ板は割れ、誰も逃げることが出来なくなっていただろうが。
「海老沼君、ゾンビが中に入ったら外の連中も消えるかもしれない。そしたらバスまで走りましょう。降りるのはロープで何とかなるでしょうから、あなたが先に下りて健太郎と花梨を下で受け止めてくれないかな?私は最後に降りる。どう?」
「ああいいぜ、もうそれ以外に生き残る術は無さそうだ。子供は任せな。」
「最悪の場合、私は見捨てていい。でもこの子達だけは死なせるわけにはいかないの。お姉ちゃんに殺されちゃうわ。だからお願い。」
「・・・ああ。」
★
昼過ぎ、遂に扉が破られた。大量のゾンビが雄叫びを上げるように入り口に雪崩れ込む。運動場に居たゾンビも音に反応したように一斉に体育館を目指し、運動場は食い残されていた死体だけが残った。体育館周囲に居たゾンビも開いた入り口のほうへ移動していく。数百は居るだろうゾンビの群れは、隅で怯えていた人々に群がり、叫び声や泣き声が館内に轟く。それに反応して絶叫を上げた部長一家が存在を悟られて、地下への扉はあっさり破られた。用具室の扉もすぐに破壊されるだろう。下では発狂した山下嫁や部長妻の叫び声が響き、用具室のドアもガンガンとノックされる。その時、上からロープが下ろされた。さすがに見捨てては行けないと思った海老沼がロープを下ろしたのだ。
「こっちにバスがある。3分待つから上がって来いっ!俺達は先に降りるっ!」
「助かるのかっ!?どけええええええええええっ!!!」
山下がそう叫んでロープを掴んだ課長妻を引き摺り下ろして上った。その後を半狂乱になった課長が続く。こうなった場合、人間は醜い。家族のためだと殺人まで犯した2人は、あっさりと自分の家族を見捨てた。後に残されたのは嫁や子供だけ。それでも我先にロープを上ろうと1本を奪い合う。だが、ロープを腕力で上るにはもう体力が少な過ぎた。必死で課長嫁がロープを手繰っていたが、用具室の扉は無常にも破られて、皆ゾンビの餌食になっていった。飛鳥と海老沼は子供をバスに乗せてエンジンを始動させていたが、山下と課長の後には誰も続かない。その内にエンジン音を聞きつけたゾンビが現れ、仕方なく海老沼はアクセルを踏んだ。
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マイクロバスは群がるゾンビを下敷きにしながら、小学校横の路地へ出る。バリケードはあったが、角材と板で打ち付けただけの貧相な物だったので簡単に突破した。狭い路地はマイクロバスで通るにはギリギリだったが、贅沢は言えない。運動場を横切るのは自殺行為だ。車のエンジン音を聞きつけたゾンビが後ろからノロノロと追ってくる。海老沼は焦ってハンドルを操作したが、狭い路地はバスが通るには無茶があった。角を曲がろうとした所で放置車両に追突し、角の壁に腹を叩きつけ車体にヒビが入り歪む。もうバスは諦めるしかなくなってしまった。後は走って逃げるしかない。海老沼は割れたフロントガラスを棒でゴリゴリと落とし何とか人が通れる穴を作るとそこから飛び出した。
「皆藤っ!こっちだっ!」
「健太郎と花梨を先にっ!」
飛鳥はとにかく必死に健太郎をフロントから海老沼に渡し、続いて花梨を投げるように外へ出した。海老沼は落ち着いて2人を受け取ると、飛鳥に手を差し伸べる。飛鳥はその手を掴んで外へ乗り出そうとした。しかし、後ろから強い衝撃を受けてフロントから下へ叩き落とされた。背中をアスファルトに打ちつけ呼吸が止まる。悶絶した刹那、腰を誰かに踏みつけられた。
「どけええええええええええっ!!!」
「邪魔なんだよ餓鬼がっ!!!」
飛鳥を突き飛ばしたのは山下だった。その後に続いて飛び出した課長が飛鳥を踏みつけた。その顔は必死で、倒れた飛鳥に気付きもせずに走り去ってしまう。海老沼は怒りの表情で見ていたが、すぐに飛鳥を助け起こして肩を貸すと、花梨を脇に抱えた。
「歩けるかっ!?」
「な、何とか・・・。」
「おい健太郎っ!ちゃんと付いてこいよっ!」
「は、はいっ!」
「よし、いい子だ。」
そう言うと海老沼は、一心不乱に駆け出した。飛鳥も痛む体を引き摺るようにして何とかペースに付いて行く。後ろではマイクロバスの下からゾンビが這い出してくるのが見えた。おぞましい光景だったが、嫌悪感など感じる余裕すらない。追いつかれれば死だけだ。飛鳥は必死に走る。海老沼も必死だった。健太郎は2人の後ろに何とか遅れずに付いてきたが、不意に足を棒に引っ掛けて転んでしまった。
「健太郎っ!海老沼君待ってっ!健太郎がっ!」
「何だってっ!?健太郎がどうし、ちっ!あの馬鹿っ!!」
飛鳥の声に振り返った海老沼が舌打ちを漏らして健太郎に走り寄った。飛鳥は花梨を抱えてその様子を見守る。ゾンビはゆっくりと着実に健太郎までの距離を詰めていた。間一髪で海老沼が怯えて動けなくなった健太郎を抱き起こして肩に抱えたが、ゾンビがその腕に群がってきた。鋭い悲鳴の後、海老沼が顔を顰めたが、ゾンビを何とか蹴り剥がして飛鳥の元まで走る。そして健太郎を下ろしながらこう言った。
「よし、皆藤はこのまま禿の後を追え、俺はここで時間を稼ぐ。」
「は?え?何を馬鹿な事言ってるのっ!?」
「いいから行けっ!このままじゃ逃げられんだろう。だから俺が囮をやるってんだっ!」
「何言ってるのよっ!?一緒にっ!あ・・・。」
飛鳥の声を遮るように海老沼が腕を見せた。そこには肉が削り取られたような傷があった。
「分かったよな?俺はもう駄目だ・・・。」
「・・・そんな。」
「いいから行けっ!息が続く限り走れっ!!!」
「海老沼君・・・、ありがとう・・・。」
「女を守って死ぬならそれでもいいさ・・・。だけど、忘れないでくれるか?俺のことずっと覚えててくれるか?」
「・・・絶対に忘れない。」
飛鳥は滲んでいく景色を振り払うように頭を左右にぶんぶんと振ると、後ろを見ずに走り出す。健太郎の手を力一杯に握りながら。海老沼はその様子を見ながら軽く微笑むと飛鳥達に背を向け、近くに落ちていた棒を拾う。そしてゾンビに向かい合ったまま叫んだ。
「健太郎っ!後は任せたからなっ!お前が皆藤を守れっ!!!」
そう言うと海老沼は雄叫びを上げながらゾンビの群れに突っ込んでいった。
とりあえず書いていた皆藤飛鳥編の最終話だけ更新しておきます。歯切れも悪かったしね。この後、軽トラで脱出に繋がる訳ですが、色々と補足や矛盾点もありますね。
真澄達が見た「すでにグラウンドまで入り込んだ~」のくだり(16話)は、彼らが客観的にそう判断したものです。実際には校内で殺し合いが始まり、後に街から現れたと思われるゾンビの一団が校庭のバリケードを破りました。倒れている人々は、頭をやられて死んだ人々です。つまりゾンビにならなかった食べ残しです。実際に死後3週間は経過していますが、原型をほぼ留めていなかった為にそう判断されただけです。
次の話ですが、いつの更新になるか分かりません。今回、震災に会われた方々にこの物語は不快であると判断しました。ですので、しばらくは自粛orこのまま終了の形を取ることにしました。続きを読みたいと要望を下さった方、本当にありがとうございます。しばらくは続きを載せる事はしないと思います。その点に関して陳謝いたします。
今後の動きは活動報告に載せるか、別の話を書く際にお知らせいたします。実は新しい小説も少し書きあがっているのでそちらを載せるかもしれませんね。作者としてはこのまま真澄君や光姐さんに消えて欲しくないのですが、まぁ今は時期じゃないと思いますので、So long goodbye!




