第拾漆話 鉄則
その日、作者は朝から馬車馬のように働いていた。山のような発注書を前にして格闘していた作者は、ついにキレた。
「こんな仕事やってられっかあああああああああっ!!!」
怒りのカラティーチョップが発注書の束に炸裂する。
ポキンッ♥
何故か埋もれていた文鎮に叩きつけられた作者の白魚のような指は、全治6週間の小指骨折をしましたとさ(´・ω・`)
第拾漆話 鉄則
集落の交差点で先に四駆に乗り込んでいた銭形達は、真澄と光を残して先に山荘へ戻って行った。そろそろ先ほどのスクールバスが車道に現れてもおかしくない時間だったが、まだエンジン音すら聞こえない。真澄と光は軽トラックのエンジンを掛けっ放しにして焦りながら待っていた。もしスクールバスに5人以上の人間が居た場合は見捨てる。少数なら荷台に乗せて逃げる。そう2人は約束していた。
「来ないっすね・・・。」
「ちょっと遅いわね・・・。もう手遅れかもしれない。」
2人は辛抱強く待ち続ける。スクールバスが出てもう10分は過ぎていた。あの距離を車で移動して10分は掛からない。もうゾンビにひっくり返されてディナータイムに突入している可能性が大だ。
「これ以上待てないわっ!桜井、私達も逃げるわよっ!」
痺れを切らした光が運転席の真澄にそう叫ぶ。真澄も限界だと感じていたその時、交差点に人影が現れた。
「ゾンビッ!?」
真澄が叫んだが光がそれを制す。よく見ると小さな子供を抱いた若い女性とその手を引くまだ小学生ほどの少年。その後ろに40手前くらいの男性と50代だと思われる男性が続いていた。皆が必死の形相で交差点を走って横断しようとしていた。
---パッパー!!!---
真澄が軽トラックのクラクションを鳴らす。その音に全員が振り向き、軽トラック目掛けて一目散に走ってくる。まず40手前が荷台に飛び乗ると、子供、若い母親の順に引き上げる。最後に50代が荷台によじ登り、それを見届けた真澄は一気にアクセルを踏んだ。急制動を掛けたが重さで軽トラックはノロノロとしか走り出さない。5人を追ってきたゾンビがゆるゆると近付いてくる。
「おいっ!追いつかれるぞっ!もっとスピード出せよっ!!!」
40手前が金切り声を上げる。真澄も焦ったが、車の性能上仕方の無いことだった。それでも軽トラックはゆるゆるとスピードを増し、40km/hほどのスピードまで加速した。ゾンビも引き離し、皆が一安心する。軽トラックは激しいエンジン音を鳴らしながら、山荘への道をひた走った。
★
山荘までの道はいつもより随分と長く感じられた。ゾンビはとっくに振り切っていたが、奴らのしつこさは異常だ。残り香を嗅ぎ分けて追ってくる可能性もある。とにかくまずは山荘に戻ることが最重要だった。山荘までの坂道を一気に下ると、すでに四駆は山荘前でエンジンを掛けっ放しのまま放置されており、銭形が荷物を運び出している所だった。
「戻ったなっ!お客さんも結構居たな。」
「ええ、子供も居ます。まずは当面の食料を持ち出して遊覧船へ逃げましょう。ゾンビが大群で追ってくる可能性もありますから。」
「それが利口だな。」
「とっつぁん、急いでっ!桜井はこの人達を遊覧船へ連れてって。私達が食料は何とかするから。」
真澄と銭形の会話に光が口を挟む。荷台で座り込んでいる5人を急かすと、ボートに乗せてスワンで牽引すると沖に泊まっている遊覧船へ案内した。5人を乗せるとすぐに真澄はスワンボートで引き返して女子高生達が用意した食料をボートに積む。それをまた遊覧船へ運ぶと、あとは着替えや様々な道具を持った光、銭形、未来、優を拾って遊覧船へ戻った。時間にして1時間弱だったが、今にもゾンビの大群が坂から現れるかもしれないと思うと気が気ではなく、皆が遊覧船に乗り込んだ時には大きく息を吐いた。
★
遊覧船で一息つくと、すぐに自己紹介が行われた。
「土倉光です。一応ここの代表みたいなものかしら。」
「桜井です。よろしく。」
「銭形だ。よろしく頼む。」
「渡会未来です。」
「水無月優。」
こちらの5人はさっさと名前だけを伝える。それに呼応する様に、新たなメンバーも自己紹介を始めた。
「私はひばりヶ丘町役場の盛岡だ。盛岡武雄だ。」
まずは50代が代表してそう告げた。
「私も役場の人間で山下幹久だ。ここは安全なんだろうな?」
40代も役場関係の人間らしい。2人とも少し上から物言いをする性格のようだ。命の恩人である光と真澄に対しても礼の一つも無かった。完全に若い5人を見下している感じが漂う。
「私は皆藤飛鳥と言います。こちらが甥で佐伯健太郎、この小さい子が姪の花梨です。助けて頂いてありがとうございました。」
驚いたことに若い女性は母親ではなく、すでに亡くなった姉の子供を2人抱えて逃げてきたらしい。確かに小学生くらいの子供が居るには若すぎると思ったが、なかなかしっかりした娘さんのようだった。自己紹介が済むと、光が状況を説明する。
「盛岡さんに山下さん、皆藤さんに健太郎君と花梨ちゃんね。まずここは安全です。ゆっくりしてください。」
「そうさせてもらおう。おい君、タバコは無いかね?」
盛岡が銭形にそう問う。銭形はポケットをまさぐってタバコを取り出すと、ひったくるように手から奪って山下と火を点けてスパスパやり出した。それを光は一瞥したが、取り立てて何も言わずに説明を続ける。
「ここは海上ですのでゾンビはまず侵入出来ません。ですが、奴らは人間の匂いに敏感ですのでそこの山荘までは来る可能性があります。私達は食料の大部分をあちらに置いてきてしまっているので、しばらく様子を見てから取りに戻ると思います。その時はお手伝いお願いします。寝具はありますので、疲れているようなら今のうちに仮眠を取ってください。それから私達は外部の情報をほとんど持ちませんので、何か目ぼしい情報があれば提供して頂きたいのですけど。」
「そんなもんあるわけ無いだろうっ!私らだってあそこに立て篭もってからラジオもテレビも何も伝えなかった。こっちが教えて欲しいくらいだっ!バリケードが破られてほとんどの人間が死んだよ。もうひばりヶ丘は終わりだ。」
山下がそう怒鳴った。随分と余裕が無い。血走った目で光を睨み付けている。
「分かりましたからそう興奮しないでください。そんな態度取られるとこっちも次の命令を出しにくくなる。」
真澄はそう言って山下にナイフを向けた。光もクロスボウを構えて盛岡を狙っている。銭形も金槌とネイルガンを構えていた。
★
3人が武器を構えて新メンバーを取り囲んだのには当然理由がある。今から噛まれていないか調べる為だ。この場で服を脱がせて、全員の目で判別しないと安心できないのだ。噛まれている者を見過ごせないので、強制的に従わせるしかない。当然、年配の2人は普通に頼んでも聞きはしないだろう。
「何の真似だ?貴様ら。」
「今から服を脱いでもらいます。そして体中を隈なく調べさせてもらいます。少しでも噛み傷や引っかき傷があればここに置いておけませんからね。」
「そういうことだ。オッサンらも従ってもらうぜ。当然断れば問答無用で海に叩き落す。」
真澄と銭形はそう言って年配2人に詰め寄る。光はクロスボウを構えて皆藤と子供2人を別室に行くように促す。
「ごめんなさいね。プライバシーは守るから、女性はこっちで。」
「分かりました・・・。健太郎、こっちよ。」
「うう・・・、飛鳥おばちゃん・・・。」
子供と女性陣が船内に消えると、銭形と真澄は武器を構えたまま年配2人に服を脱ぐように促す。
「横暴だぞっ!お前らに何の権限があってこんな事を強制出来るって言うんだっ!?」
盛岡が喚いたが2人とも聞きはしない。まともに対応する気は無いのだ。脱いで潔白を証明するか海へダイブか。どちらかしか道は無い。
「いいから脱げって。何も無ければこっちだって文句は無いんだからな。言っておくけど、ゾンビに噛まれたり引っかかれたらアウトだって事も知らないわけじゃ無いだろう?」
「知らんっ!」
山下がそう引き攣った声で叫ぶ。
「まぁまぁ、知らなかったなら今教えました。噛まれたり引っ掛かれたりしただけで感染して奴らの仲間になるんです。覚えておいた方がいいですよ。だからもしゾンビに傷を負わされた人間をこの船に置いておくと大変な事になるんです。だから僕らは強引にでも調べる必要があるんですよ。」
「もし噛まれてたらどうするつもりだっ!?」
「このまま殺すか海に飛び込んでもらいます。どっちにしろ数時間で死んでゾンビになりますから。」
「何だと・・・?」
「噛まれたら個人差があっても数時間で死ぬみたいなんですよね。早いと噛まれて数分でゾンビになる可能性もあるらしい。」
山下が青ざめる。盛岡は諦めたのか服を脱いでパンツ一丁になった。その場で回転させて見たが、傷は無かった。
「ありがとうございました盛岡さん。非礼はお詫びします。服を召して中へどうぞ。」
真澄が丁寧に非礼を詫びると盛岡はフンッと鼻を鳴らして船室に消えた。あとは山下だけだ。
「オッサン、さっさと脱ごうや?」
銭形は一向に服を脱ごうとしない山下に痺れを切らす。実は山下の腕から滴り固まった血で、何か傷を負っているのはすでに分かっているのだ。まぁ間違いなくアウトだろう。
「わ、私は脱がんぞっ!誰がお前らの思い通りになるものかっ!」
「面倒くせぇな・・・。」
銭形はネイルガンのトリガーを引く。釘が凄まじい勢いで飛び出し、山下の肩に命中した。
「うがああああああああああああああああっ!!!!!」
「こっちだって遊びでやってるんじゃないんだよ。このまま殺していいんだぞ?」
「お前っ!こんなことをしてどうなるか分かっているのかっ!?」
「どうもなんねぇよ。」
銭形がまたネイルガンを構える。次は頭を狙っている。その照準を見た山下は発狂したような大声を上げて遊覧船の通路を走り出した。
「待ちやがれっ!」
銭形はその背中に向かってネイルガンを連射する。足や背中に釘を数本食らって、山下は倒れた。痛みでビクビク痙攣している山下の腕を覆っていたシャツを捲くると、大きな歯型がクッキリと残っており、銭形は恐怖でガチガチと歯を鳴らしていた山下を通路から海に容赦無く蹴り落とした。息の根を止めなかっただけ情けがあったのかも知れないが、海水に落ちた山下は傷口に塩を塗られて狂ったように叫んでいる。その騒ぎに船内にいた女性陣に盛岡が通路まで出てきた。
「どう言う事だっ!山下に何をしたっ!?」
盛岡が激昂して銭形に詰め寄ったが、真澄が冷静に噛まれていた事を説明すると下を向いて黙ってしまった。
「あのオッサンは黒だったわけね?こっちは子供もママも白よ。」
「そうですか。可哀想だけど、噛まれたらこうする他無いですからね。トドメを刺してやった方がいいっすかね?」
「そこまで面倒見なくていいわ。殺しちゃったら後味悪いしね。どうやっても数時間もすれば人生終わるんだから放置でいいわよ。デッキに上がってこないように見張ってて。」
そう言うと、皆は船内に入っていき、真澄と銭形だけが通路に残った。しばらく暴れていた山下だが、30分もすると反応が無くなり、日が傾く頃には土気色の顔をした立派なゾンビへと変貌した。ゾンビになったことを確認してから、銭形のネイルガンがパシュパシュと言う軽い音を何度も発した。
★
遊覧船の船室では、簡易コンロ数台を使ってカレーが作られていた。米は有り余っていたし、レトルトのカレーも大量に確保してある。避難所に居た4人はここ数日まともな食事をしていなかったらしく、がっつくようにしてカレーを頬張っていた。10合以上炊いた白米が瞬く間に無くなっていく。皆最初は唖然としていたが、まともな食料が尽きて一日に缶詰1個の配給しか無くなり、それも5日前に尽きていたと聞いて納得した。子供達は食後にお菓子とジュースを貰い、笑顔で飛鳥ママに寄り添っている。もうじき寝てしまうだろう。暗視スコープで山荘の様子を見ていた真澄も、ゾンビの襲撃は無いだろうと言う結論に達していた。明日、坂を上って確認したら山荘に戻れそうだ。盛岡も、山下を追い出した事に終始腹を立てていたが、酒を勧めるとコロリと上機嫌になり酔っ払って寝てしまった。
「何だか、相当疲れてたみたいですね。私達も高校に居たらこうなってたのかな?」
「乱交になってたわよきっと・・・。若いんだし他にする事ないでしょ?」
「ぶへっ!優ちゃんはストレート過ぎるのよっ!子供も居るんだから不埒な発現は控えて欲しいわ。」
「寝てるし。」
「ぬぅ・・・。」
「面白そうな話してんな?おっちゃんも混ぜ・・」
『死ね。』
女子高生2人にいいようにあしらわれていた銭形を飛鳥ママは可笑しそうに笑ってみていた。子供達はお菓子の袋を握ったまま縋り付く様にして眠りについている。光が銭形と女子高生をチラリと見ながら、毛布を数枚持って飛鳥ママのところに持っていった。
「ほら、これ掛けてやって。床も冷たいし風邪引くわよ。」
「ありがとうございます。土倉さん、何から何までお世話になって・・・。」
「別にいいわよ。礼なら桜井に言って。あいつが言わなきゃ私はあなた達を見殺しにしてたわ。」
「そうなんですかっ!?」
「そうよ。私は薄情なの。それよりあなたもその歳で子持ちなんて大変ね。」
「姉の子なんですけどね。私はゾンビに押し倒された姉を見捨ててこの子達を連れて逃げたんです。」
「別に普通よ。子供だけでも連れて来ただけ立派よねぇ。」
「この子達にも母親を助けなかったって責められました。」
「でもそれだけ懐かれてたらもう大丈夫でしょ?」
「そうだといいんですけど・・・。」
「あなた幾つ?」
「え?私は23ですけど。」
「23で小学生とヨチヨチ歩きの子持ちかぁ・・・。本当に同情するわっ!」
「・・・・・・。」
「俺は子持ちでも構わないぜっ!寧ろ熟れてるほう・・」
『本当に死ね。』
そして遊覧船の夜は更けていった。
えー、ガチで骨折しました。まぁキーボードは打てるんですけどね。右手の小指が粉砕骨折してます。生まれて初めて骨を折ったのですが、形容しがたい痛みですね。
3日ほど静養をもらったのでちょっとだけ嬉しかったですが、痛くて寝られないとかどんな罠だったんでしょうか?(´◉◞⊖◟◉` )