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第拾参話 沈む太陽

こんな時間に更新だってえ!?


ええ、今から仕事なんですもの(´・ω・`)

第拾参話 沈む太陽


 そこは暗い場所だった。いくら目を凝らしてもまるで黒で塗りつぶしたような景色しか見えない。何も見えない。何が起こったのか分からなかった。ただ、恐くは無かった。すぐ傍で誰かの静かな息遣いが聞こえ、一人ではないと知ることが出来たからだ。手探りで周囲を確認すると、自分は毛布3枚ほどで包まれていることが分かり、頭にひんやりとした何かが貼られている。無意識にソレに触れると激痛が走った。


「いたっ!何だってのよもう・・・。」


起きて初めて発した言葉が『痛い』だとはついてないと少し不機嫌に溜息を吐くと、誰かの息遣いが乱れた。


「あ・・?ああっ!先輩起きましたかっ!!!」


不意に大きな、それでいて安堵を含む声が狭いと思われる室内に反響する。聞き覚えの有り過ぎる頼りない後輩の声に違いなかった。


「・・・桜井ね?私は一体どうしたのかしら・・・。頭がすっごく痛いんだけど、何かした?」


小さく溜息が聞こえる。何やら呆れているようだ。


「・・・先輩、何も覚えていないんですか?」


「・・・どういう意味かしら?」


「頭が痛い理由に覚えがありませんか?」


「・・・全く。クシュンッ!」


「マジかよ・・・。もしかして記憶障害とかか・・・?」


「風邪まで引いてるじゃないっ!私どうしたの?」


「詳しい経緯を話します。ちょっと灯りを点けますね。」


真澄はそう言うとゴソゴソとやっていたが、数回火花が散ってランプのような物に煌々と灯りが点いた。


「眩しいわね。目がチカチカするわ・・・。」


「さて、どこから話したほうがいいやら。」





 土倉光を背負ったまま海に飛び込んだまでは良かったが、思わぬ事態が発生した。足が付かない。しかも動かない人間にまとわり付く衣服、体は否応無く海中に引きずり込まれる。手足がうまく動かないまま、パニックを起こしながら何とか頭を海面に出し大きく息を吸った。土倉光はこれにも動じた様子は無く、意識はお花畑に飛んだままである。真澄は大きく息を乱しながらも、この図太い眠り姫を遊覧船まで運ぶ方法を考えた。足はゆったりと動かし、出来る限り体力を消耗しないように大きく掻く。それでも体は十分な浮力を得られずにゆっくりと沈む。


「ぶはぁっ!このままじゃ2人仲良く土左衛門だっ!」


まだ息は整わず盛んに酸素を要求する体にもどかしさを感じながら、出来るだけ早く岸を離れようと泳ぎだした。2人分の体重ではそう遠くまで飛べずに、まだコンクリートの岸壁から離れきれていないのだ。先ほどから目の前ではゾンビが前のめりになりながら海へダイブを繰り返している。足が付く場所だったら命が危なかったかもしれず、真澄は最初に呪った海の深さに少しだけ感謝しながら、土倉光の腕を両手でそろえて、持っていたハンカチで手首を縛り首にかける。勿論ゆっくりと足を動かし沖に進みながらだ。こうでもしなければズルリと海に落としてしまう。真澄は岸から離れきると、ジーンズと上着を諦め海中で脱ぐ。ベルトはナイフなど装備されたまま首にかけた。武器だけは手放せない。やっと体の自由を確保した真澄は、平泳ぎで遊覧船を目指したが土倉光の足に思いっきり蹴りを入れる結果になっただけだった。背負ったままだと泳ぐこともままならないことにやっと気付く。泳ぐ上で一番楽な体勢は何だったかとしばらく試行錯誤した末に、真澄は背泳ぎという結論に達した。当然だが、荷物を背負ったまま背泳ぎなんかすれば、荷物は海中に没し、しばらくすればただのお人形になってしまうだろう。人を襲う自動人形になられるとさらに厄介である。


「これは不可抗力ですよっと・・・。」


真澄はくるりと体を反転させ、土倉光を前に持ってくる。腕は縛られ首に固定されている。まるでチークダンスのような格好に非常時とはいえ、動悸は激しくなりっぱなしだった。それでも土倉光の体はズルズルと下がり、まるで首にぶら下がるような格好になってしまった。真澄はいいが、お人形の頭が海中に沈んでは意味がない。仕方なく土倉光の脇の下に手を回し、ギュウッと抱きしめて固定しながら非常にゆっくりとしたペースで海を泳ぐ。心臓の位置で潰れている柔らかいボールや耳元で聞こえる吐息の感触に出来るだけ神経を向けないようにしながら、真澄は遊覧船までの距離(約100m)を泳ぎきった。こんなところで小学生の時に通ったスイミングスクールの成果が現れるとは夢にも思わなかったが。





 遊覧船では先に逃げた5人が待っていた。土倉光を抱き抱えながら、息も絶え絶えになっている真澄を必死に応援している。応援なんかされてもどうにもならないが、気持ちの問題だった。


「桜井さーんっ!今浮き輪投げますからねっ!」


渡会未来が大きく叫ぶとロープの付いた浮き輪を投げる。真澄はそれに捕まり、遊覧船まで引っ張られた。そして浮き輪に土倉光をひっかけると、全員で引き上げるように指示を出す。


「なんだ?その姉ちゃんまだ起きねえのか?死んでるんじゃないだろうな?」


電気屋を名乗る男が不審そうに言ったが、すぐに高校生達に睨まれ黙ってしまった。たっぷりと水を吸った衣服のせいもあり、土倉光は想像以上に重く、全員が顔を真っ赤にしてロープを引っ張り何とか船に上げる。やはり生きているか気になった電気屋さんは水揚げされた魚のように床にだらしなく横たわっていた土倉光の胸に無造作に手を伸ばした。


「おお、ドクドクいってるな。この姉ちゃん生きてるわっ!」


「どさくさに紛れて何やってるんですかっ!!!」


ゾンビに追い掛け回されて皆はテンションが上がっている。水無月優が電気屋の頭をグーで殴った。この電気屋さんは命の恩人であるにも関わらずだ。中々に気性が激しい性格だったらしく、いつものクールな感じは作り物だったようだ。真澄はその様子を見ながらホッとしていた。何だか微笑ましくさえあった。


「そんなに目くじら立てるなよな・・・。俺は命の恩人だぞ。このくらい役得で済ませてくれよ。このオネショ娘がっ!」


「何ですってえええええええええええええええっ!!!!」


「もうっ!早く手当てをしないとっ!まずは濡れた服を着替えさせないと風邪引くわ。優ちゃん、手伝って。」


女性の2人が土倉光を運ぶ。残った男2人が真澄を船に引っ張り上げてくれた。やっと海から開放された真澄はグッタリとしながら大の字に床に転がる。その時、渡会未来の悲鳴が轟いた。


「何よこれえええええええええええええっ!!!」


真澄は跳ね起き声のしたクルーの準備室らしき小部屋の扉を開くと、そこには涙目の渡会未来とシャツを脱がされた土倉光、それに唖然と真澄を見る水無月優の姿があった。


「何だっ!?先輩がどうかしたのかっ???」


「あ、いえ、そうじゃなくて・・・。」


「何なんだよっ!?」


「クククク・・・。」


不意に水無月優が笑いを噛み殺した。


「何笑ってるんだ?」


「いや、だって、クククククク。」


「だからどうしたのっ!?」


「いや、別にどうもしないんですよ。ただ、未来が土倉さんの胸のでかさにショックを受けて悲鳴を上げただけってギャハハハッ!」


ポカンと口を開けた真澄と爆笑する水無月優、まだ涙目の渡会未来。そして時が再び動き出し、ショックから抜けた渡会未来の大声が響いた。


「だ、男子は出てってくださあああああああああああいっ!!!!!」





 服を着せ替えられ、土倉光は毛布に包まれていた。まともな布団なんか無いので仕方ない。おでこは赤黒く内出血し、プックリと膨らんでいる。誰の目にも明らかなタンコブだった。頭を強く打っているので、もし障害などが出るとどうしようもない。ここに医者は居ないのである。仮に医者が居たとしても、出来ることなど高が知れる。医療機器も何も無いのだから、どうしようもないのだ。ただ無事に目を覚ましてくれるのを待つしかなかった。処置としては冷やしたほうがいいだろうと冷えピタが貼られただけだった。


「やるべきことはやった。後は適度に水分を取らせて、起きるまで待つしかないな・・・。」


真澄は冷静にそう言った。こういう事態は起きてしまった後はどうしようもないのだ。


「どうしようもねぇからな。覆水盆に返らずとはよく言ったもんだぜ。」


電気屋さんも相槌を打つ。


「It is no use crying over spilt milk.」


すかさず水無月優が呪文のように呟いた。電気屋さんは意味が分からなかったようで、何度かチラチラと真澄を見る。


「覆水盆に返らずの英文訳ですよ。It is no use ~ingで~しても無駄だって意味になるんです。cryが泣く。こぼれたミルクを嘆いても無駄ですって意味ですね。」


「ほほぅ、兄ちゃんやるじゃねえか。」


電気屋さんは感心したように唸った。それを横目で見つつ、水無月優はクスクスと笑っている。


「まぁ、受験英語では必ずと言っていいほど出ますからね。大学受験をする人間で知らなかったら笑われるレベルです。しかしギャルソンちゃん。けっこうお勉強してたのね?」


「誰がギャルソンよ・・・。私はフランスのウェイターかっての。大体ウェイターって男じゃないの。」


「ギャルっぽいからギャルソンでいいかと・・・。」


「だからギャルソンとギャルじゃ全く意味が違うのよ。もしかして桜井さん知らなかったとか?」


「そ、そんなことないぞっ!ギャルオとかも知ってるしっ!」


「プハハハハッ!もういいわよっ!」


水無月優はそう言って笑い転げている。渡会未来と大西太陽はオロオロしながらその様子を眺めていたが、不意に電気屋が呟いた。


「銭形慶治(ぜにがた けいじ)だ。よろしく。」


『は?』


全員の目が電気屋さんに集中する。


「だから銭形慶治だ。よろしく・・・。」


「どこに銭形のとっつぁんがいるのよ?」


水無月優が馬鹿を見るような目で電気屋を見た。一同も頷く。


「だ~か~らっ!俺の名前が銭形慶治なんだよっ!とっつぁんの銭形に慶応の慶、それに治めるで銭形慶治っ!」


「じゃぁ俺は次元でいいや・・・。」


真澄が呟く。


「私は不二子ちゃんで・・・。」


と水無月優。


「じゃぁ僕は五右衛門ですね・・・。」


大西太陽も続ける。


「え?私は?私何?」


困惑気味の渡会未来。


「不二子ちゃんは明らかにこっちの姉ちゃんだよっ!バーカッ!」


キレ気味の銭形慶治。そして、一瞬の沈黙の後に全員が大爆笑した。





 しばらく笑い声が続いたが、全員で改めて自己紹介した。土倉光の分は真澄が懇切丁寧にやった。色々と。


「でもあれだな。ビーゾンってけっこう頭が悪いのな?」


銭形慶治がゾンビ達を観察しながら率直な感想を述べる。彼は元々、電線などの電気工事をする技師で歳は34歳。まだモモンガ浜が開く前の時間に配線を終わらせようと、2人で高所作業車でやってきて事件に巻き込まれた。22時頃に突然周りにゾンビが沸いたそうで、逃げ場もなくそのままバケツの中で隠れていたそうだ。その状態で1日程経った時に、ホテルから例のオーナーの声が聞こえてゾンビ達がそちらに殺到し、その後何も居なくなったモモンガ浜で細々と生活していたらしい。ラジオを聴いて離れないほうが懸命だと考えたようで、すでに相棒も失っていたためずっと1人だった。そこに真澄達が現れ、その人数に警戒して高所作業車のバケツの中にずっと隠れて様子を窺っていた。そこにまた変態オーナーの放送が聞こえたので様子を見に行く途中で土倉光の激突事故に遭遇。今に至るという経緯を聞くことができた。真澄は今まで遭遇したゾンビの特徴や習性、そして例の目の黒い種類なども教え、注意すべきことを大まかに説明した。


「じゃああれか?やっぱり噛まれたらアウトなのかい?」


「ですね。それに死んだ場合もダメっぽいです。俺は目の前で友達が殺されましたが、その時のゾンビは刺殺体でしたからね。死体になったら頭を潰したほうがいいですよ。例え知人であってもです。」


「ふーん、もしかして引っ掛かれてもアウトか?」


「さぁ?それは実際に見てないので何とも言えません。もしかしてやられました?」


「ああ、あ、俺じゃないんだけどな。高校生の坊主が腕をガリッとやられてた。」


「・・・いつです?」


「・・・さっきの逃げる時だぜ。」


「・・・大西君は今どこに?」


「・・・そう言えばさっきから見てねえな。」


「・・・嘘だろう?」


真澄と銭形慶治は顔を見合わせるとすぐさま立ち上がり、他のメンバーの安全を確認しに出た。幸い女性3名は同じ部屋でスヤスヤ眠っていたが、肝心の大西太陽の姿が無い。船内を隈なく探したが、やはり姿は無く紙に書いた遺書のような物が発見された。


『皆様、ご迷惑をお掛けしました。僕はどうやらゾンビになるかもです。さっきやられた傷がズキズキ痛みます。それに何だか頭がボンヤリしてきました。誰かがずっと僕を呼んでいる気がします。僕はもう人間としての理性が効かなくなりそうです。皆を傷つける前に自分で終止符を打つことにします。さすがに自殺はしませんが、ここから離れて一人で何とかしないといけません。荷物は持っていきます。ボートは使わないので安心してください。もし無事だったらまた何処かで会いましょう。さようなら。大西太陽。』


「マジかよ・・・。」


「大袈裟に考えやがって・・・。早まったな。」


「いや、彼の判断は正しいかもしれません。何にせよ、自分で解決しようとしたのは偉いですよ。でも引っかき傷でも感染するのかどうかはまだ分かりませんね・・・。」


「そうでもないぜ?」


銭形慶治はそう言うと対岸を指差す。そこには先ほどまで一緒に笑い合った少年が、バッグを足に引っ掛けてズルズルと引き摺りながら幽霊のような足取りで歩いている姿があった。

銭形のとっつぁん現る。身長は181cmです。公式で・・・。


高所作業車というのはクレーンの上に人が乗れる四角いバケツみたいなのが付いたアレです。実物は見たことないんですが、調べたら画像が出てきたので皆さんも見てね。働く車っていっぱいあって覚えてらんないですよね?


作者は軽自動車と実家の軽トラくらいしか運転できませんw

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