第拾話 金勘定の出来る人達
怒涛の展開!
とかなるはずも無く、まったりのんびりと進行しちゃうんだからねっ!
第拾話 金勘定の出来る人達
翌日、遊覧船の運転室で目を覚ました真澄は大きく伸びをしながら外の様子を窺った。前日はモモンガ浜の中は一切探索していない。横では土倉光が毛布に包まってスヤスヤと寝息を立てている。思えば安眠できたのは久しぶりだ。真澄は眠る先輩を起こさないように遊覧船の窓から海を眺める。先日まで曇っていた空は青く晴れ、残暑が厳しくなると予想された。窓をゆっくり開くと心地よい潮風が鼻腔をくすぐった。今日はモモンガ浜の探索をしなければならない。ゾンビ達が居るかどうかすら分からなかったが、桟橋には相変わらず人っ子一人見当たらず、ゾンビの気配は無かった。運転席のドアは中から施錠されており、真澄はナイフを腰につけると鍵を開けて客室を見回した。女子学生達が座席にもたれるようにしながら毛布に包まっている。制服は壁にかけられており、まだ下着姿なのは容易に想像できた。運転室を施錠した目的は、高校生達の反乱を防止するためだったが、杞憂だったのかもしれない。武器も持っていない学生達で、不安要素は男子学生のデブくらいのものだった。前日にボートで雑談していた学生達を密かに観察していた土倉光の意見では、何かに依存しなければ行動できない愚鈍な集団だと判断していた。実際に女子学生達は非力で、ライフラインとなる真澄達2人に対して反抗などしそうになかった。男子学生は男ということで腕力などありそうだが、チビのほうは女の子並に華奢な体躯をしており脅威にはなりそうにない。下手をすれば土倉光にすら殴り合いで負けそうである。デブは周囲に高圧的な態度を取りアイデンティティを保ちたい性格のようだが、たぶん言動と行動が一致しないタイプの人間だろう。土倉光の話では、チビとの会話から虚言癖があるようだと言っていた。
「三股をかけてたけど、女達がいがみ合い収集がつかなくなって全員捨てたんだってさ。かなり可哀想な性格してたわ。そう言って自分を大きく見せないと気が済まない人間らしいわね。彼の言動は信用しないようにしましょう。他は意外といい子達よ。まだまだ油断はできないけど、気をつけるべきなのはおデブちゃんだけね。私も突っ込めば従順になるとかおチビちゃんに自慢げに話してたから気をつけないと犯されちゃうわ。まったく不細工な上に気色の悪い餓鬼ね。今のうちに撃ち殺して海に捨てちゃおうかしら?」
土倉光が2人だけになった時に冗談とも取れないことを言っていた。力では男に適わないことを腕相撲の件で学んだのだろう。脱出で緊張の連続を味わっていただけに精神的に疲れているのかもしれない。営業課で一緒に仕事をしていたときの雰囲気はすでに無く、ピリピリとした空気を纏うようになっていた。自衛隊の暴挙など、女性としてナーバスになる場面もかなり見ている。男というだけで警戒するのは、むしろ必要なことなのかもしれない。
(今のところ学生達は妙な動きは無いな。まぁ女子高生は変な気を起こすことはないだろう。問題のふとっちょの様子を見たいが、今はまず周囲の安全を確認したほうが良さそうだ。念のために搭乗口は閉じている。開ければドアがそのまま橋となるタイプだから外に出るのは容易いが、外に出た途端に閉められて先輩が人質にされる可能性も無いことはないからな。全員起きてから外に出るのが無難だ。屋上から双眼鏡で観察するか。)
真澄はドアをそっと開けると、通路にある小さな階段を使って屋上のデッキに上がる。テーブルと椅子が数セットあるだけの簡素な屋上は涼しい風が吹いて気分を明るくさせた。真澄は双眼鏡を構えるとモモンガ浜の販売店舗が並ぶ街並みを覗き込んだ。オランダの建物を意識したレンガ造りは異国の街並みを彷彿とさせる。人気はなく、ゾンビが徘徊している気配も無い。アミューズメントパークの入り口は堅く閉ざされ、ゾンビ達の侵入は簡単ではないだろう。すでに何体か入り込んでいるかもしれないが、大群は居そうになかった。
「何だか何も居ないと拍子抜けするな・・・。これなら簡単に服ぐらいは手に入りそうだぞ。」
真澄はホッとして声を漏らした。
「そうですね。私も早くこの着心地の悪い制服とはサヨナラしたいです。」
不意に後ろから声をかけられる。いつの間にか委員長が真澄の背後に立っていた。
「びっくりするわっ!心臓に悪いから黙って後ろに立ってるとかやめてくれ・・・。」
一瞬ナイフを抜きそうになった真澄は思わず声を荒げてしまった。委員長はその態度に驚いたのか怯えた顔をしながら数歩後ろに下がった。
「ご、ごめんなさい。上に上がるのが見えたから黙って追いかけてしまいました。驚かせたなら謝ります。」
「ああ、こっちこそすまない。何せゾンビでかなり神経を使ってるからね。君達も脱出の時に十分味わったと思うけど、ゾンビは人間を食うんだよ。言わば人間の天敵で捕食者なんだ。そんなのがゴロゴロ居るんだから精神的に参ってるんだ。そっちは皆大丈夫かな?精神的に参ってる人が居れば早めに教えてくれ。」
「こっちはまだ大丈夫です。昨日は久しぶりにちゃんとした会話をしましたが、おかしいと思う人は居ませんでしたね。案外、図太いのかもしれません。人が死にすぎて、もう感覚がおかしくなってる可能性もありますけどね・・・。」
少し伏目がちに委員長は客観的な感想を述べた。この娘も友達や恩師の死をたくさん目の当たりにしてきたのだろう。今の質問で嫌なことを思い出させたのかもしれない。真澄はばつが悪そうな顔をして、すぐに話題を変えた。
「今日はいい洋服をたくさん着て気分転換をしてくれよ。昨日は色々と悪かった。僕らの態度も異常だったと思うが、そうなる要因はあったんだ。先輩も前からああじゃ無かったし、ほんとは優しい人なんだよ。今の世の中、自分以外の人間を簡単に信用なんて出来ないんだ。委員長ちゃんも肝に命じて欲しい。人間は自分が助かるためには他人なんて簡単に裏切る生き物なんだからね。」
「そうですね。略奪とか見てたら信用なんか出来なくなるって分かります。でもこんな時だからこそ人を信じて助け合えないですか?」
「そうするのが理想なんだろうけど、本音はやっぱり自分が一番なんじゃないかな?まぁ、俺達は今の考えを変える気はない。君もこの先どうするかは決めておいたほうがいいよ。僕らは君達を保護する気なんかほんとに無いんだからね。」
「やっぱりこの先は別行動なんですね・・・。分かりました、皆にはまだ言いませんが、準備が出来たら私から話しておきます。何も言わずにこっそりと居なくなってくださいね。柳なんか何するか分かんないですよ。あ、柳は太目のほうです。私達も大西君なら一緒に行動してもいいけど、柳は嫌なんですよね。あいつ気持ち悪いし横柄だし、嘘ばっかり言うし生理的に無理です。どうにか別に行動する方法を探さないといけないなぁ・・・。あいつだけ連れて行って途中で放置してくれません?」
「それは嫌だね。僕らも彼だけは危険視してる。先輩に乱暴する可能性もあるし、何より臭そうだ。ゾンビが寄ってきたら堪らないよ。」
「アハハハッ!桜井さんもけっこう口悪いですねっ!まぁ、今は仕方なく一緒に行動しますよ。私達で何とか解決します。」
「ごめんねぇ、そうしてくれると助かるよ。」
真澄と委員長はそう言って笑った。
★
モモンガ浜の様子を観察し終えた真澄が下に降りると、土倉光が寝ぼけ眼で船室から出てくるところだった。まだまだ寝足りないといった表情を浮かべながらも、ペットボトルを手に持って歯磨きをしている。口を濯ぐのに通路に出てきたようだ。
「クチュクチュクチュ、ペッ!クチュクチュクチュ、ペッペッ!桜井、おはよう。」
「おはようございます先輩。まだ寝てていいんですよ?ここ数日まともな睡眠なんか取ってないんだから。」
「あんたが起きてチョロチョロしてるのに私だけ寝てられないわ。で、何か分かったの?」
双眼鏡を手にした真澄を見て、モモンガ浜の様子を見てきたことを察したらしい。情報を寄越せと目が訴えている。
「ええ、今しがた観察はしてきました。ゾンビの姿は無く静かなものですね。案外簡単に物資は補給できるかもしれませんよ。」
「そう、それは良かったわ。皆が起きてきたら作戦会議ね。注意点は私が伝えるわ。」
「お任せしますよ。俺は今のうちに準備をしてきます。」
★
体を洗う真水が無いため、真澄は仕方なく海水にタオルを浸して体をよく拭いていく。拭き終わると体中がベタつき、嫌な感触だったが贅沢は言えなかった。その後に発汗防止スプレーを体中に拭きつけ、服には防臭スプレーを施した。これで一応のゾンビ対策は完了し、武器として二本の模造刀と腰にサバイバルナイフを装着し、客室へと戻る。そこにはすでに準備を済ませた女学生と土倉光、それに大西太陽が腰を据えて雑談に花を咲かせていた。何気に土倉光は学生達とうまくコミュニケーションを取れている。若い彼らと会話することは、土倉光に取ってもいい刺激になるのかもしれない。考え方や言動がだんだんと冷酷なものへと変化している土倉光のことを憂いていた真澄だったが、とりあえずは安堵した。
「先輩、こっちは準備が整いました。学生さん達は体をもう一回くらい洗ってきたほうがいいよ。寝汗なんかで匂いは戻ってるから。」
真澄は意識して声のトーンを上げ輪に加わる。学生達はタオルとバケツを持ち、外の通路へ出て行った。土倉光はニコリと笑いながら真澄を迎える。表情が柔らかくなっているのに気付いた真澄もニコリと笑みを返した。
「どうっすか彼ら?先輩も楽しそうに会話してたし、情でも移りました?」
「馬鹿ね、そんなんじゃないわよ。今日でお別れだと思うと自然に笑みも零れるってものだわ。」
(そっちかよっ!ダメだこの人、早くなんとかしないと・・・。)
「馬鹿ね桜井、冗談に決まってるでしょ?やっぱり人と話すのもいいものだなって思ってただけよ。実際気分転換にもってこいだったわ。あの臭そうなおデブちゃんも居ないし皆いい子よ。」
「そういえば居ないっすね。まだ寝てるんですか?」
「聞いて呆れるわよ。今日は具合が悪いから寝てるんですってっ!物資は任せたってチビちゃんに言ってそのまま寝ちゃったらしいわ。」
「うわぁ・・・、それ絶対に仮病でしょ。皆ゾンビのうろついてるかもしれない場所になんか行きたくないのに、自分だけ安全な場所か。最低ですね・・・。しかも物資は任せたって、自分の分の服も調達してこいって意味でしょ?虫が良すぎる。」
真澄も話を聞いて呆れてしまった。しかし、このまま黙ってここに居させるわけにはいかない。自分達の装備品も置いているのだ。持ってスワンボートで逃走されたら最悪だ。デブならやりかねない。
「ちょっと行って叩き起こしてきます。他の人間にだけ危険な真似をさせるわけには行きませんからね。働かざる者食うべからずってことを教えてやる。」
真澄はそう言うと、貨物室へ向かった。
★
貨物室に近付くと、真澄は足音を忍ばせる。ドアの前に立つと、そっと中を窺った。デブはチビのバッグを漁って食料を出し食べていた。学生達の持ち物なんか、最初の時点で確認している。あれは間違いなくチビのバッグだ。中から缶詰とソーセージのような物を出し、口に運んでいた。およそ病人には見えない。仮病を使って人の大事な食料を盗み食いする。きっと熱で意識が朦朧としていたとか言い訳するつもりなのだろう。その上で、危険を冒さずに人並みの装備を手にしようとしている。これは懲らしめる必要がある。真澄はドアをいきなり開け、デブを睨み付けた。不意を突かれてデブはビクッとしたが、頭を掻いて薄笑いを浮かべた。真澄だったために舐めてかかっているのかもしれない。
「おい、病人がそんなに食っていいのか?体温計があるから熱を測れ。39℃以上じゃない場合は同行を拒否することは許さん。それからチビ君のバッグに食った物と同じ物を入れておけよ。やらないと海に叩き落すぞ。」
真澄は厳しい顔のままデブにそう告げる。デブは一瞬顔が引きつったが、猛然と大声で反論し始めた。
「ああっ!?お前何言ってんだっ!?俺が仮病でも使ってるって言いたいのかよっ!!!ふざけんじゃねえぞっ!大体俺が病気じゃないってどうやって説明する気なんだ?俺の身に何かあった時にお前が責任取ってくれんだろうなっ!?医者連れて来い医者をっ!大体偉そうなんだよっ!黙ってりゃいい気になりやがっ!!!」
寝転んだまま暴言を吐いたデブの顔面を真澄はつま先で蹴った。軽くだ。それでも鼻っ柱を蹴られ、低い鼻は潰れたように鼻血を噴出させる。何が起きたか分からないデブは目を瞬かせていたが、真澄がグイッと髪を掴んでドスの聞いた声を上げると途端に怯えた顔をした。
「おい、俺はお前の身を案じて言ってるんだぞ。先輩だったらいきなりナイフでザックリやる可能性があるんだ。鼻血で済んで良かったな?昨日も言ったが俺達は君の保護者じゃない。邪魔だと判断したらすぐに置いて逃げる。優しくしてもらえると思ったら大間違いだぞ。今だってお前みたいな役にも立たないキモイ人間は見捨てたほうが100倍マシだって思ってるんだ。敢えてそうしないのは、まだ人間らしさを残しておきたいからだよ。もう一度だけ言う。仮病ならすぐに準備をして出て来い。あとチビ君のバッグから盗んだ食料はちゃんと戻しておけよ。」
冷たく言って貨物室を出る。数十分後、デブは鼻を腫らして現れた。格好はパンツ1枚に靴だけ。チビ君はタオルをピンで止めポンチョの様に羽織っているが、デブは体積が大きすぎてタオルでは足りなかったらしい。不貞腐れた顔をしていたが真澄を見ると目を逸らす。
「あんたけっこうキツイ灸を据えたんじゃない?随分と従順になっちゃってるじゃない。」
「単に顔面を蹴飛ばしただけですよ。彼は口だけ君ですので、抵抗もしなかったです。」
「あんたもだんだん逞しくなってきたわね。今の世界はそれでいいわ。余計なセンチメンタリズムは逆に邪魔なのよ。まずは命あっての物種よ。自分が死んじゃったら意味無いんだから、邪魔だと思ったら排除していいの。昨日言ったことは本心だからね?」
「俺も殺して排除はいき過ぎだと思いますけど、彼の場合は見捨てるのに躊躇は要らないと思います。まず最優先で見捨てるのは彼でしょうね。邪魔以外の何者でもない。他の子達はまだ本心まで見えてないですけど、彼は今一番いらない人間だと自ら露呈してます。ある意味で一番人間らしいのが彼なのかもしれませんねぇ。見た目も醜悪ですし、いい憎まれ役です。もっとも、救うに値しない人間であることもよく分かりましたが。」
真澄と土倉光は、学生達に背を向けたまましばらく作戦を練った。モモンガ浜に入るには桟橋を抜けた先のゲートをくぐり、ショッピング街に出る必要がある。遊具関係に用は無いので、狙うのは衣料品と食料のみだ。日用雑貨に消臭アイテムがあるかもしれないので、一応小物屋なども覗くつもりである。食料に関してはワゴンを改装した移動式のクレープ屋とレストランが数軒あるだけで、保存食などは期待できそうにないが、今日一日の腹を満たすことは出来る。それに飲み物関係は手に入るだろう。道順としては衣料品店→雑貨・小物→食料品のある店となる。武器に関してはありそうに無いので、雑貨で包丁などを手に入れるしかないだろう。ある程度の話がまとまると、土倉光が学生に向き直り、道順の説明をしていく。委員長は真面目にメモを取っていた。そして、最後に注意事項を説明した。
「ザッと見た感じ、ゾンビの姿は無いわ。でも、ゾンビは扉を開けるような知恵は無い。店の中で怯えてた連中が居たと仮定しましょう。この期間、食料も水も無い状態だと間違いなく死ぬわ。死んだ連中がゾンビ化して店内を徘徊している可能性は十分にあるってことよ。だから、いくら何も居そうになくても必ず1人は見張りをしなさい。ドアを開ける瞬間は必ず回避できる状態で開けることも重要よ。ガラスの嵌ってないドアなんか開ける時は特にね。それと必ず2人以上で行動すること。この場合は女3人、男2人、私達2人ね。武器は途中に何かあると思うわ。ぶっちゃけると棒なら何でもいいわよ。出来るだけ硬くて太いのがいいけど、女の子はそんな物振り回す体力は無いからまず逃げなさい。後ろを振り向かずにひたすら前だけ見て、障害物を確認しながら逃げるのよ。奴らは速くは動けないから焦らないことね。誰かが助けてくれるとか甘い考えは捨てなさい。自分の力で逃げられない者は、この先必ず死ぬわ。だからまず独力で逃げる術を身に着けて。私と桜井は、自分達に必要な物が揃えば待たずに戻ります。その辺は今言ったから後で聞いてないとか言わないように。」
土倉光が思いつく限りを言葉にして捲くし立てる。おおよそ合っているが、1つ足りなかった。
「もう1つ追加しておくよ。いいかい?逃げるのはいいが、誰かを囮にして逃げるような真似だけはしないように。例えば横で走ってる人に足を引っ掛けて逃げるとか、突き飛ばしてゾンビが群がっている間に逃げるとかだ。もし俺が現場を見ていたりしたら、誰であろうと許さない。その場で制裁を加えます。それと、噛まれたら諦めてくれ。殺すようなことはしないが、一緒に行動することは無理だ。見捨てる。これは治療法が全く無いので、誰にも救えない。友達を食い殺したくは無いだろう?」
真澄が加えたのは説明というよりは脅迫だ。他人を餌にするような人間は殺すと言っているのである。パニックになれば忘れるだろうが、事前に注意を与えておくことで心の奥底で抑止が働く可能性もある。
「じゃあ、行きましょう。まずは服ね。準備はいいかしら?」
学生達は意を決したような顔をして大きく頷いた。
★
ゲートをくぐると、円形の広場に十字の水路が走った場所に出る。十字架を意識したような作りの煉瓦敷きの周りには、衣料品店が軒を連ねていた。ゾンビの姿は無い。真澄は周囲を注意しながら大刀を構えて歩く。後ろに女子学生が3人続き、2人の男子学生、土倉光のクロスボウが続く。デブがクロスボウをチラチラ見ているのを視線の端で感じながら、土倉光はデブと距離を取りながら殿を務める。一番近くにあったカジュアルな服を扱う店に近付く。当然施錠されており破壊しなければ侵入は出来ないが、今はまだその時ではない。中を窺ってゾンビが見えないことを確認すると次の店を覗く。そういう動作を繰り返し、近くにゾンビが居ないことを確認しなければならない。他のブースだとゾンビで溢れかえってましたなんてことも考えられるからだ。一周するのに随分と時間がかかったが、衣料品の店にゾンビの姿は無く中に入っても大丈夫だろうという結論に達した。
「よし、まずは全員の服を着替えようか。この店なら男物も女物も豊富にある。」
真澄が指定した店はティーンズ向けの量販店だった。ブランドではないが、様々な服がありサイズ、種類ともに困ることがない。オールマイティな店である。ギャルが少し不満そうだったが、他は納得したようだ。入り口に立つと中の様子を再度確認し、ガラスの強度を確かめた。素手でブチ破るには少々強度がありすぎる。仕方なく裏へ回る。薄い窓ガラスが無いか探ると、従業員用のドアの窓は表に比べ強度が低そうだった。準備していた布テープを貼り、近くにあった石の置物でコツコツと数度叩くと、簡単に皹が入った。さらにコツコツやるとペキペキと音がして布テープを中心に蜘蛛の巣が大きくなり、中央がボロリと崩れた。出来た穴から手を差し入れ、ドアの鍵を解除する。大きな音を出さずに割る方法は中原太郎が教えてくれたこの方法しか知らなかったが、うまく侵入に成功する。店内は軽く香の匂いがし、アジアンテイストの装飾がなされていて、いかにも若者向けですと言わんばかりの佇まいである。学生達はゾンビが居ないことを確認すると、我先に店内を物色し始めた。気に入った服を手に取り、籠に入れて試着室に運んでいた。真澄と土倉光もTシャツやジャケット、ジーンズなど思い思いの服を選択し籠に放り込んでいく。これからの季節を考え、まだ数の少ない防寒なども少ない種類から選び出す。土倉光はいつの間にか7分袖のカットソーにジーンズ、ブーツとお洒落な服装に着替えていた。スタイルは良いので何を着ても似合う。女子学生達は着替えた土倉光を見て溜息を吐いたほどだった。彼女達も可愛らしい服装になり、場の空気が一気に華やいだ。薄汚れた制服は捨てられ、バッグにはカラフルなシャツやスカートなど溢れんばかりに入っている。真澄は入り口の鍵を外すと、とりあえず戦利品を遊覧船に運ぶよう提案した。店から遊覧船までは歩いて2分もかからない。周囲を警戒しつつ衣料品を運び込む。学生達は店の品のほとんどを運び出しそうな雰囲気だったが、他の店もあるので自重させた。第一持ちきれない量は要らないのである。目的は動きやすい服装になることだったので、興奮し我を忘れてショッピングする面々を正気に戻すのに骨が折れた。調達する物資は他にもたくさんある。消臭系のアイテムも数種類確保できたのは大きかったが、荷物を持ち運ぶバッグ等の入れ物や武器、食料の確保なども重要なことなので、他の店にも同様の手口で侵入し、物資確保は満遍なく行われた。学生達も角材や折りたたみナイフ、樫のステッキなど武器になりそうな物を少なからず発見し、武装することも出来た。まだ十分に殺傷能力のある鉄パイプなどは発見出来ていないが、当面は心配無さそうである。
「よし、服は当面困らないくらい確保できたわね。他も当たって食料なんかも探しましょう。まだここは行ってないエリアが随分あるから油断しないように。まだ服を着替えただけなんだから調子に乗ってはダメよ。」
土倉光が浮かれ気味の学生達に注意して、まだ見ていないレストランやオランダの建物を形作った街並みの広がるエリアへ足を踏み入れた。閑散とした道をゆっくりと進むと煉瓦造りの街並みに入る。人気は無かった。レストランも鍵がかかっていたが、ワゴンのファーストフードの店だけは車の施錠がなされず放置されていた。狭い厨房はガスのタンクなどでエンジンなどかけずとも使用できることが分かり、皆は遅い朝食を取ることにした。女子学生達がハンバーガーのパテやクレープを焼き、どんどん運び出した。冷凍などされていなかったが、常温保存でも2ヶ月は大丈夫だと書かれた説明書きを信じ、真空パックから取り出し匂いで確認する。ほとんどが大丈夫だと判断され、豪華な朝食を堪能できた。さすがにアイスクリームや牛乳、生乳や生クリームは全てダメになっていたが、久しぶりの肉の味に皆満足したようだ。デブはパテを20枚ほど一人で食い尽くし、皆から顰蹙を買っていた。何も今全部食べることはないのだ。それに役にも立たない大食漢は居るだけ無駄な存在となる。委員長は早めに決断せねば、この醜悪な男に多大な迷惑をかけられるに違いない。他人事だとは思っても、真澄は気の毒に思った。フルーツの缶詰が大量に保管されていたので、正確に数えて全員に均等に分配する。一人8缶あった。余った2缶が真澄達に贈られた。学生達は真澄達が居なければ手に入らなかった物だと言ってくれた。やはりデブが不満ありげな顔をしていたが、さすがに口に出すほど空気を読まない人ではないらしい。土倉光は当然とばかりに2つ受け取るとバッグに入れてしまったのだが。
★
一度遊覧船へ戻って荷物を置くと、武器と物資を運ぶための空のバッグだけを手に持ち、7人は観光用のホテルなどがあるエリアに足を踏み入れる。中規模だが豪華な煉瓦造りのホテルに、結婚式用だと思われる教会や中世ヨーロッパの資料館など、意外に様々な建物があった。資料館は、甲冑や武器の展示物もあるかもしれない。ホテルは中にゾンビが徘徊している可能性があるので後回しにし、まずは資料館に足を踏み入れることとなった。防犯のベルなどがあるかもしれないが、もし鳴れば一目散に逃げるように指示を出し、真澄がガラスの薄そうな窓に忍び寄り中を確認すると、例の如くガムテープで音がしないように窓ガラスを割る。鍵を開けると身軽なチビが先陣を切って中に侵入した。中は静まり返り、ゾンビの気配は無い。真澄達も次々に侵入する。念のため脱出経路の窓は全て開放した。外にゾンビの気配は無かったので、当然の処置である。寧ろ確認のしっかり取れていない資料館内部のほうが危険地帯だ。
「とりあえず確認しておきましょう。ここで探すのは武器、それ以外は要らないわよ。西洋の剣や盾があれば頂きましょう。あとは弓ね。重火器なんか無いでしょうし、あっても火縄の原型みたいなしょぼいやつしか無いはずよ。火薬も弾も調達なんか出来ないんだから、重いだけの銃なんか要らないからね。刀剣、盾、弓に絞るわよ。金目の物は取っちゃダメよ。私達は泥棒じゃなく借りるってスタンスを取る。もし平和になったらちゃんと返しに来るって心の中で念じながら頂きなさい。心まで盗人にならないようにねっ!」
土倉光の注意を、皆が頷きながら聞く。やはりモラルは必要だ。真澄達は生き残るために放棄された店内の物を借り受けているのだ。もし世界に秩序が戻れば必ず借りは返すつもりでいた。そう言えば物を無償で拝借するのは初めてかもしれない。食料は土倉光が正当に金を払い買った物だ。装備は中原太郎が譲ってくれた物。スワンボートだけが公園から勝手に持ち出した物だったが、これは金額だと被害30万円と言った所だ。今ある貯金で払えない金額では無かった。あとは下着や香水、消臭アイテムなど細々した物でも総額10万円もあればお釣りがくるだろう。真澄達はまだ金で解決できる一線を踏み越えていない。これから先、きっと借りを清算する場面は無いだろうと思うが、まだ借りを返せる範囲で物を借り受けている余裕が心の何処かにあったのは事実である。まだ人間としての心も失われてはいないらしい。学生達も頂いた物は服と武器くらいなので、取り返しのつかない物ではない。こんな世の中で金勘定など馬鹿げているが、この心理がある内は正常な人間だと言えた。何も思わずに物資など強奪するようになると人として終わりなのかもしれない。
★
資料館の内部はゾンビが1体だけうろついていた。確実に守衛さんである。警棒のような物を腰にぶら下げ、ふらふらとした足取りで中を徘徊していた。ゾンビの出現に学生達は顔を引き攣らせて棒立ちになる。しかし、土倉光はソロソロと守衛に近付き、クロスボウで至近距離から頭を射止め絶命させた。あまりにもアッサリと仕事を終えた土倉光を呆然と眺めた学生達であったが、1体のゾンビ如きでここまで恐怖を持たれるとこの先が心配になる。
「何?このくらい普通よ。と言うかこのくらいでビビってちゃ生きていけないわよ?ゾンビと対峙した時は逃げるか先制攻撃しか選択肢は無いわ。この場合は1対1だから当然殲滅よね。私はクロスボウだけど棒でも案外と簡単に殺れるわ。私人なんか殺せませんとか乙女チックな泣き言なんか要らないからね。殺るか殺られるか。何か文句があれば言いなさい。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ・・・ポイズンッ!」
「先輩、ネタが古すぎます・・・。」
急に歌うような口調でポイズンとか言われた学生達は目が点であった。
「あら・・・、外したわね。空気読んだ結果がこれよ。嫌になっちゃうわ・・・。」
「今の若い子達はちょっと知らないかもしれませんね。説明すると反町○さんの楽曲で・・ぐはっ!」
「滑ったネタの説明なんか止めなさいっ!私がさらに惨めになるじゃないっ!!」
容赦の無い脛蹴りが真澄にヒットする。近くにゾンビが居れば寄って来そうな声だ。
((なんでこの人達は命懸けでネタ披露なんかするんだろう・・・。実はけっこう馬鹿なんじゃ・・・。))
ギャルと委員長は小コントを眺めながら同じことを考えていた。
「もういいから先に進むわよ。最優先は何?」
『武器です』
「よろしい、ちなみに私と桜井は武器要らないから、あんた達が優先して頂いちゃいなさい。少しはマシになるはずよ。だけど適材適所を忘れないように。委員長ちゃんなんかが斧とか持っても意味無いのは分かるわね?重い剣や斧なんかは男子が積極的に持ちなさいよ。女子を守れるのはあんた達だけだってことを自覚しなさい。守ってればいつか情が移ってやらせてくれると思うから、それまで馬車馬の如く働いて女子に奉仕しなさい。私は丁稚が居るからいいけど、この子達は1人だと確実に死ぬだけなんだからね。」
(そこに気付かせても意味は無いと思うんだけどな。逆に男子連中が自分達に依存しないと生きれない事実を知っちゃうと弱味を握られて調子に乗る可能性のほうが強いと思うんだ。デブのほうが暴走しちゃうと面倒な事になるぞ・・・。)
優しいのかやぶ蛇なのか分からない説明を土倉光が熱弁していたその間に、真澄は早くも展示されていた西洋の甲冑を発見した。
言いたい事も言えないこんな世の中じゃ・・・POISON!
何が言いたいかと言うと、作者は若くないらしい・・・。現実に会社で使ったネタなのですが、二十歳くらいの子だと知らないのね~・・・。
作者「あらやだっ!外しちゃったかしらっ!?」
後輩「いえ・・・、元ネタが分かりまてん(´・ω・`)」
作者「いくつだっけ・・・?」
後輩「二十歳です!」
作者「死ねばいいお^ω^」
この作品はいくつくらいの読者さんが見てるんでしょうねぇ・・・。歳がばれてしまいそうなネタは極力控えようかなとか思う初秋の朝でしたとさ(・ิω・ิ)