第玖話 学生
お久しぶりでございます。
最近は調子悪いよ。仕事が忙しいよ。太ったよ。
第玖話 学生
生き残った学生は男2人女3人、逃げ出した学生は男の子のほうが多かった気がしたが、多分女の子を守ろうとして名誉の戦死を遂げたのだろう。生き残った男の子2人は見るからに真っ先に逃げそうな顔をしていた。女の子3人はいかにも保護欲を誘うか弱い風貌である。人間の本質がはっきり表れた生存者であった。5人は橋脚にわずかばかりある足場に這い上がって途方に暮れていた。真澄達2人は、一番広いど真ん中の橋脚に居る。5人の居る橋脚との間には50m以上の距離があり、しかも川は激流だ。こちらに来る術が無いのである。しかし、2人にとっては計算の上であった。学生達を逃がすアドバイスはしたが、保護する気など最初から無いのである。足手まといは要らない。雨に濡れる子犬に傘を差し出しても拾うことはしない。そこまでが限界であった。
「すまないがそこまで行けない。雨足が弱まったら自分たちでどうにかしてくれ。アドバイスだけはするからっ!」
真澄が大声でそう呼びかけた。学生の代表者のような女の子がそれに応える。
「分かりましたっ!動けないのは見た感じで理解しました。ここから逃げる方法だけでも教えて頂けませんかっ!?」
「了解っ!ゾンビが音と匂いに敏感なのはよく理解したはずだよね?僕らが出来るのはそれを教えることと出来るだけ安全に逃げる方法を教えることだけだ。君たちを保護は出来ない。済まないが理解して欲しいっ!」
真澄の言葉に学生達はざわめく。当然の反応だろう。2人を救世主とでも思っていたのだろうから裏切られた感が隠せなかったようだ。1人の男子学生が荒い声を発した。
「おいっ!ふざけんじゃねえぞっ!俺達は友達を犠牲にしてここまで来たんだっ!こっから先は好きにしろってのは勝手すぎるんじゃないのかっ!?お前ら大人だろうがっ!ちゃんと責任持ってこっから逃がせよっ!」
真澄達にしてみれば理不尽極まりない言葉であるが、状況が状況だけに憤慨もしない。土倉光が学生の怒りをバッサリと斬り捨てる。
「ふざけてなんかいないわよっ!今の状況をしっかり分かっているのかしらっ!?現状を知らないなら教えてあげるわ。しっかり聞きなさい。今、ゾンビは世界中で暴れまわってるし、救助はもう来ないっ!自衛隊は暴徒と化して好き放題に略奪を繰り返しているわ。一般人が射殺されたところも見たわよ。こっちだって足手まといを何人も抱えて逃げることなんて出来ないのよ。武器も食料も2人分でカツカツなのっ!アドバイスはしても保護なんか死んでもご免だわっ!脱出方法を教わって一時でも助かったことに感謝されこそすれ文句を言われる筋合いはないっ!大体なんであんたみたいな肥満体が生きてるのよっ!?イケメンが助かったほうが皆幸せだったわっ!!!」
「先輩・・・、ちょっと本音が混じりすぎっす。」
「あら・・・、私としたことが大人気なかったわね。」
距離があり、会話は自ずと大声になる。興奮して暴走した土倉光を宥め、真澄が代わりに発言する。
「今言ったのは概ね事実だ。俺はイケメンじゃなくても気にしないから安心してくれ。まずは脱出方法だが、川を下って海に出たほうが安全だと思うんだ。しかし、君たちのボートは無い。泳ぐか、ボートを調達するかだ。こっちのスワンボートは乗れても1人だけだ。女の子限定で1人だけ乗せっぐはっ!」
ちらりと本音を覗かせた真澄は土倉光に脛を蹴られる。女子高生を相手に邪な期待があったことは事実だが、土倉光は面白くなかったらしい。
「あんたも結局馬鹿なんじゃないっ!今のは嘘よ。1人だって乗せないわ。あんた達がするのは、森林公園の池にあるスワンボートを引っ張り出すことね。脱出口はすでに私達が作ったから行って乗り込んでくるだけ。あ、やっぱり無理ね。途中でゾンビがトレーラーを落としたんだった・・・。」
しばらく両者の間に沈黙が流れる。解決策が思い浮かばない。そこで、真澄が苦肉の策としてある提案を申し出た。
「あのさ、僕らのボートは3人乗りなんだ。あと1席だけ空きがあるのは事実だ。だから代表者を1人だけ乗せる。あとはロープで新しいボートなり見つかるまで引いていくってことでどうだろう?揉めない様にこっちで指定する子がボートに乗ってくれ。そうだな。委員長さんでどうかな!?」
「なんで私が委員長だって知ってるんですかっ!?」
「いやっ!見た目でっ!!!」
「・・・・」
「嫌なら自分達でどうにかしてくれっ!これは妥協案だよっ!飲めない場合は放置するからっ!」
「分かりましたっ!全て条件を飲みますっ!」
★
翌日、天気は嘘のように晴れた。まだ水流は強く、川は濁っていたが一向は出発することにした。真澄が体にロープを繋いで学生の橋脚まで泳ぎ、ロープを張って真ん中の橋脚まで学生をなんとか集めた。委員長を名乗る女の子を後部の座席に座らせ、2人は前に乗り込む。残りの学生4人は水に浸かってスワンボートに括りつけられたロープをしっかりと体に巻き固定した。スクリューなどに十分注意しながらなら引いていけるだろう。川は足が届くような水深ではないため、下からゾンビに襲われる危険は無さそうだった。
「とりあえずちゃんと自己紹介だけしておきましょうか。私が土倉光、こっちが丁稚の桜井よ。」
真澄は突っ込むのも面倒なので反論はしない。
「あ、そうですね。私がわたら・・。」
「面倒だから委員長とギャルと貧乳とデブとチビでいいわ。」
「・・・はい。」
「・・・貧乳って私ですか?」
多分貧乳と呼ばれたであろう女の子がキョトンとして聞き返す。
「他に誰が?」
「だってっ!私はBありますっ!未来ちゃんのほうがAでちっちゃいですよっ!」
「この子かしら?だって委員長で分かりやすいじゃない。」
指をさされた委員長は未来という名前らしい。真っ赤になって俯いている。Aだとばらされたのだ。無理もない。
「せめて他の呼び方をっ!」
「よしっ!じゃあ貧乳AとBでっ!」
「もういいです・・・。」
貧乳Bのほうがうな垂れてしまった。土倉光はさらに続ける。
「こっちはギャルっぽいしギャルでいいでしょ?茶髪だし。」
「どうとでも呼んでください・・・。」
「素直でよろしいわね。そっちのイケテナイ面々も不満は無いわね?」
「もうデブでいいっすよ・・・。」
「どうせチビです・・・。」
真澄は吹き出しそうになっていたが必死で耐えた。最早、完全に土倉光のペースである。しかし、これだけは突っ込まねばならなかった。
「ちなみにこのお姉さんは土倉『G』光さんだ。意味分かるな?」
「マジっすか・・・。」
羨望と嫉妬と驚きの表情をした学生達の目が一斉に土倉光の胸に注がれたのは言うまでも無い。
★
スワンボートは軽快に川面を滑る。ペダルを漕がなくとも、流れに乗るだけでかなりのスピードが出ていた。河川はすでに200m近い広さに変わっており、もう河口も間近である。途中に避難所の体育館があって、生き残りが手を振っていたがガン無視した。すでに足手まといが5人居るのだ。面倒は見きれない。学生達も目を伏せて気付かない振りをしていた。土倉光の言っていた意味を理解しだしたのだろう。体育館の中には子供なども多数いるようだった。連れて行けばゾンビを呼び寄せて必ず全滅する。それに武器や食料の類は、生き残りの大人達に取り上げられる恐れがある。向こうもいっぱいいっぱいだ。武器は欲しいだろうし、腹を空かせているかもしれない。まだ若い2人を相手だと主導権も握りたいだろう。いいようにこき使われて脱出の際の捨て駒にされるかもしれない。魅力的な女性でもある土倉光や若い女子高生3人に至っては貞操の危機が常に付いて回るのだ。無駄な接触は極力避けるに限る。
「いい傾向よ。あんた達は生き残れるかもしれないわ。」
土倉光の言葉に学生達は苦笑いをした。しばらく流されていると、放置されたボートが1隻だけプカプカと浮いているのが目に入った。6人ほど乗れそうな小さなボートで、桟橋に繋がれている。船外機などは無く、オールが1本だけ付いていた。スワンボートはボートを目指して方向転換する。うまく桟橋に着くと、デブがボートにしがみついてよじ登る。水中組がそれぞれ乗り移り、スワンボートに舳先をしっかりと結び固定した。これで連結スワンボートが完成する。真澄は黙っていたが、土倉光は声を上げていた。
「ちょっとっ!あんた達のボートはあったんだからこれでサヨナラよ!?何繋いでるのよっ!」
「えっと、オールが無いのでボートが進められないんです。食料はあるので何とか安全な場所まで誘導してもらえませんか?」
委員長が申し訳無さそうに申し出た。1本だけオールが付いていたが、1本でこのボートを漕ぐのはいくらなんでも無茶だと理解する。仕方なく2人も了承するしかなかった。
★
7人は連結されたスワンボートでさらに河川を下る。もう汽水域に入っており、風に潮の香りが混ざっていた。
「あの高校生って、もしかしてずっと一緒に来るつもりっすかね?」
スワンボートを漕ぎながら、真澄は土倉光に質問してみた。実際に彼女が答えられるわけがないのは重々承知している。
「そんなこと私が知るわけないじゃないっ!冗談じゃないわよ、こっちは2人でも必死なのにあんな子供の世話なんか見てられないわ。それに美少年も居ないし、何もメリットは無いわよ。せめて可愛い男の子でも居ればモチベーションも上がったのに肥満児と未熟児しか居ないって悲惨だわ。あの女の子達に激しく同情しちゃう。いいわねぇ、女の子は豊作だもの。」
そこまで聞いていないのに、土倉光の口は滑らかに毒を吐き出していく。明らかに不機嫌であった。
「まぁ、服と生活用品くらいは揃えさせないとこの先を生き抜いていけませんからね。少しくらいは協力しましょう。食料はあるらしいし足手まといには違いないですが、いざとなれば見捨てることも可能です。」
★
学生達は、快適な船旅にすっかりと落ち着いたようだった。男女に別れて雑談に花が咲いている。2人が見捨てることも厭わないなど、露にも思っていないのかもしれない。真澄も土倉光も、武器や衣類、消臭アイテムなど必要な物を譲る気は全く無かった。それらの確保も自己責任で学生達に独自で調達してもらうしかない。甘えは許さない。5人は保護対象ではなくお荷物なのである。適当に大型のモールやデパートが見えたらそこでサヨナラの予定である。あとは自力で忍び込んで調達してもらうしかない。護衛に付いて行くなど愚の骨頂で馬鹿のやることだ。それにいくら武装しているとはいえ、2人も一般人である。無用な戦闘で危険な目に遭う気は無い。海に出ると何かしらの施設もあるだろう。港の倉庫や国道に面した大型量販店なども近かった記憶がある。出来るだけ安全そうな場所に運んで積荷を下ろしたら、近くの無人島でも探してさっさと避難するに限る。生活に必要なサバイバル装備も知識も持っている。住居はしばらくスワンボートに木の葉っぱでも被せて雨風を凌げればいい。このスワンボートは荷物を収納するスペースも後ろの座席の下についていた。元々は救命着や浮き輪などが入っていたが、そんなもの速攻で捨ててしまって今では2人の生活必需品で埋まっている。どこか離れた一軒家でもあれば、寝具を調達しておきたい程度だ。スワンボートの2人の思惑など関係なく学生達は笑い声まで発して話に夢中になっていた。
「あの桜井さんはいい男ねぇ。背も高いしいかにも大人の男って感じ。狙っちゃおうかな?」
「ダメよ~、恐いお姉さんが唾付けちゃってるじゃない。それにあのボディを魅せつけられたら男なんてコロリじゃない?柳と大西の情けない顔見た?おっぱいに目が釘付け、笑っちゃうわ。」
「あー、見た見た。さすがにあのボディじゃ勝てないかなぁ?でも若さって特権があるし何とかならないっ!?優ちゃんどう思う?」
「ん~、いくらオバさんだからって体で勝ち目は無いわよ。あんたなんかBしかないじゃない。男は所詮、顔と乳しか見てない生き物だからね。脚フェチも居るらしけど、ふっとい脚じゃダメよっ。」
「うわぁ、優ちゃんけっこうキツイわね。でも弘美は可愛い顔してるし、もしかしたら何とかなるんじゃない?私はどうせAですから脈も無いですけどねっ!」
「でも未来はある種のマニアには受けるんじゃない?ツンデレとか言ってさ。委員長キャラも萌えるらしいし。」
「優ちゃんは彼氏居たしね。カズヤ君死んじゃったけど、次の彼氏もう作らないとか?」
「あ、もう別れる寸前だったし、それほどショックは無いのよね。逃げる時も守ってくれなかったし、体だけの関係だったのかも。セフレみたいな?」
「きゃああああ、大人な発言っ!!未来も見習いなさいっ!」
ちなみに委員長は渡会未来(わたらい みらい)、ギャルは水無月優(みなづき ゆう)、貧乳は小林弘美(こばやし ひろみ)である。
「しっかし恐い姉ちゃんだよな。男の方は優しそうだったけど、あんなのが裏で何考えてるかわかんねぇからな。」
「だね~、でもいい人そうだったよ?あの3人は目が輝いてたし、草食系男子かも。」
「けっ!男は逞しくなきゃダメなんだよ。あの姉さんもそのうち無理やりでもヤッてやろうかな?女なんか一度入れちまえば従順なんだぜ?あ、まだ大西にはわからねぇかっ!」
「またそう言う。どうせ僕は付き合ったことも無いからね。柳君はあるんだっけ?」
「俺は三股がばれて大変だったよ。女がいがみ合って収集付かなくなったから全部捨てた。今はフリーだよ。」
(今もでしょ。相変わらず嘘吐きだな。こんなデブに女の子が寄ってくるわけないじゃん。何でこんな分かりやすい嘘を吐くかな?)
「ふ~ん、そうなんだ。けっこう色々やってるんだね。」
「おう、お前も女が欲しくなったら紹介してやるぜ。もうゾンビになっちまってる可能性大だけどなっ!」
「ゾンビは勘弁して欲しいな。」
(どうせ紹介するにも女の友達なんか居ないくせに、すぐ見栄を張るんだから救えないな。)
こっちはデブが柳光太郎(やなぎ こうたろう)、チビが大西太陽(おおにし たいよう)である。
★
目の前に巨大な橋が見えてきた。この街を流れる大型河川に架かる最後の橋で、全長が500mを超える巨大な吊り橋である。これを越えるともう海だ。海岸沿いにはドーム型の球場やホテル、少し内陸に入ると中心街の駅があり、大きな繁華街が形成されていた。今現在はゾンビが闊歩する死の街になっているのは間違いないだろう。数万から数十万のゾンビが徘徊しているに違いない。いかに河川を移動しているとはいえ、無駄に危険を呼び込む必要は無い。2人は学生達に指示して一切の無駄口を止めさせる。橋に近付くにつれて、凄惨な光景が目に飛び込む。無数の車が玉突き事故を起こし、橋から半分ほど飛び出したトラックや丸焦げになったスポーツカーなど、そのままの形で放置されていた。人の姿は無く、腕が変な方向に曲がった奴、顔面が血塗れの奴、足を負傷したのか這いずっている奴など、およそ原型を留めていないゾンビしか居ない。相当な事故が起こったのは明らかだった。シートベルトに挟まったままもがいている奴まで居る。
「こりゃ酷いな。慌てて逃げようとしたんだろうけど、わざわざこんな混む場所を通らなくてもいいだろうに・・・。」
「人間の考えることなんて単純よ。いつも通い慣れた道しか思い浮かばないわ。それにここは高速にも通じてるし、手っ取り早く市外へ逃走しようとしたんでしょう。考えることは皆同じなんだから、融通が利かないと生き残れないってことね。」
2人は立て篭もり組で助かったのかもしれない。皆が慌てふためいて逃げ出し、暴徒と化した人間に遭遇する機会も少なかった。全てが終わった後に街を脱出するのもリスクは大きかったが、生きている人間を相手に逃げるほうがよほど危険が大きかったかもしれないのだ。自衛隊の暴走は記憶に新しい。あんな連中に襲われれば土倉光はともかく、真澄は確実に命を落としただろう。吐き気さえ催す光景に、自然と口数は少なくなり、黙って橋の下を通過した。この巨大な建造物の上は現在地獄だ。致命傷を負った人間まで死ぬことを許されずに現世でもがき苦しんでいる。哀れな姿は見るに絶えない。
「ああはなりたくないものね。私が死んだらきっちりトドメを刺してね、桜井。」
土倉光の本気とも冗談とも取れる一言が、真澄の心に深く残った。
★
橋を抜けるとそこは太平洋だ。あとは海岸線に沿って移動する。繁華街方面を避け、大きな国道の通る比較的自然の多い風景を楽しめるほうを進路に選択する。物資調達は繁華街では無理だ。ナカハランドのあるアーケードでさえ、数百のゾンビが歩き回っており、ほとんどの店が略奪に会っていた。市の主要繁華街など、どれだけのゾンビが居るか分からない。出来るだけ徒歩では行きにくい郊外の店やモールが狙い目となる。この方向には、若者向けの店が立ち並ぶ水上アミューズメントパークがあった。海上に作られた人工島と水路で形成されたその場所は、深夜2時で門が閉まる。アミューズメントパークとは名ばかりで、観覧車やメリーゴーラウンドなど人気の遊具はあるものの、他は若者向けのアウトレット店や小物屋、有名ブランド店など、衣料品関係の店が立ち並んでいた。故に窃盗の被害が相次ぎ、高い壁と深夜帯の警備強化で侵入できないように作られている。テーマはオランダのような街並みらしい。やたらと水路があった。
「こっちはモモンガ浜があるわ。もしゾンビが少ないようなら、そこで服の調達をしなさい。もしかしたらヨットかボートがあるかもしれないし、武器は鉄パイプでも何でもいいわ。出来るだけ収納の多いバッグに必要な物だけ詰めて逃げなさい。時計とかブランド物ばっかり選ぶと必ず後悔するわよ。多機能のやつを3つくらい持ってればいいわ。あとは防水機能が必須ね。服はヒラヒラしたものはNG、パンツ系と動きやすい素材の物がベストよ。飲み物は甘い物は出来るだけ避けなさい。喉が渇くと地獄を見るわよ。そして最重要なのは消臭アイテムよ。これが無いと死ねるわ。男の子は女の子をしっかり守りなさい。そうすればあんた達でも惚れるかもしれないわよ。男は見た目8に中身が2で十分なんだけど、今はそんな場合じゃないわ。真っ先に逃げるような真似だけは慎みなさい。そんな男は排泄物以下よ。無様に生き延びるより颯爽と散りなさい。いいわね?」
土倉光は真澄にボートの操縦を任せて、スワンボートの尾羽部分に仁王立ちしながら学生達にするべき行動を説明している。自分が女の子っぽい格好に未練があったくせに偉そうだ。それに男子学生に異常に厳しい。これは優しい暴言で、わざと自分を悪役とし相手を憤慨させる作戦に違いない。きっとそうだ。そう思いたい。真澄はボートを漕ぎながら苦笑するしかなかった。
★
ボートは半日かけてモモンガ浜に辿り着いた。モモンガ浜というのは、例のアミューズメントパークの名称だ。どういう意図で付けられた名前かは知らないが、サングラスをかけた悪そうなモモンガがマスコットキャラを務めている。ここは遊覧船の発着場もあり、大きな桟橋が海に突き出していた。スワンボートは桟橋に横付けになる。幸いにもゾンビの姿は無い。中型のスワン遊覧船が停泊しており、まるでスワンボートの親分のような佇まいを見せていた。これほどの船の操船技術は2人には無かったが、学生達を送り出した後に内部の検索をしようと話がまとまる。5人の学生は狭いボートから開放され、桟橋で大きく伸びや屈伸などしていた。真澄と土倉光は学生達を無視して遊覧船の中を覗く。ゾンビの姿は無い。格好の隠れ家である。ここが未使用だということは、モモンガ浜はゾンビが大量に侵入して全滅したか、逆に全くゾンビの被害を受けなかったかである。前者だとすぐに脱出だが、後者なら物資の補給をしてもいい。物資はあればあるほどいいのだ。学生達にくっついて探索の手助けをして、自分達に必要な物も手に入れる。そして学生達と気持ちよく別れる。2人でヒソヒソと話し合った結果、途中まで学生達と行動を共にしようと決まった。
「ねえ、委員長。あんた達、これからどうするのかしら?」
「あ、私達はとりあえず着替えを欲しいです。この制服臭くなってきちゃって・・・。」
「臭いのっ!?」
「ええ、ちょっとだけですけど。」
土倉光は無遠慮に委員長の制服に顔を近付けて、クンクンと犬のように匂いを嗅ぎ顔を顰める。
「あんた達・・・、そんな匂いでウロチョロしたら死ぬわよ・・・。」
「え?そんなに匂いますっ!?」
「はっきり言ってひどいわ。死んだザリガニの匂いがするわよ。」
(いやいやいや、それなら俺も気付くから。でも確かに数日着替えてないとすれば、女の子でも匂うかもな。)
真澄は土倉光に心の中で突っ込みを入れつつ、事の重大性もしっかり把握する。まず着替えが必要だった。しかし、土倉光は思いもしない行動に出た。女生徒を桟橋に並べて、勢いよく蹴り落としたのだ。
ザブーンッ!ドブーンッ!ザッパーンッ!
「何するっゲボッ!」
「光さんひどっ!」
「私泳げなっ!ブクブク。」
沈みかけたギャルの手を真澄が掴む。土倉光は冷笑を浮かべながら3人に意図を伝えた。
「何でこんなことをするの?って顔ね。いいわ、教えてあげる。ゾンビが体臭に敏感なのは分かるわね?多分あんた達が思ってる以上に反応するわよ。奴らの嗅覚は犬並だと思っていいわ。そこに臭いのが行けば一発で食い殺されるわよ。脱いで行くか服をよく洗うか選択しなさい。洗うならしばらく海に浸かってなさい。手でゴシゴシするのっ!裸がいい人は上がっていいわ。」
土倉光の意見は今の世の中では正論だった。誰も反論できない。仕方なく服をゴシゴシと揉み洗いしだした。男子2人は呆然と見ていたが、土倉光はさらにとんでもないことを告げる。
「あんた達もボゥッとしてないで服を脱ぎなさい。着て行くことは許さないわよ。男の体臭なんてもっとキツイんだからっ!パンツだけ桜井のお古をあげるわ。さっさと海で体を洗って黄ばんだやつをもらいなさい。」
それからゆっくりと3人の女生徒に振り返り、ニッコリと笑う。
「ね、私は優しいでしょう?あんた達もパンツ一枚がいいかしら?」
3人は目を見開いてブンブンと頭を横に振った。その時、時計を見た真澄が素っ頓狂な声を上げる。
「せ、先輩っ!もう16時です。これじゃ探索に時間が割けない。遊覧船で一泊してから、明日に日を改めてやるほうがいいっす。」
「あらそうなの?あんた達、上がっていいわよ。チビデブは体しっかり洗ってきなさい。あんた達の匂いは10km先のゾンビも呼び寄せちゃうから。」
『えええええええっ!!!』
5人の学生達は驚きとも悲鳴ともつかない大声を上げた。
★
それから武器を持った2人が遊覧船をチェックしている間に女生徒達は水から上がり、体をブルブルと震わせていた。さすがに9月の中旬を過ぎると風も水も冷たい。体中が海水でガビガビになり、服もゴワゴワとして磯臭くなっている。気持ち悪いことこの上ない。熱いシャワーでも浴びたいが、そんなものはどこにもない。文明に頼り切って生きていた自分達の無力さを痛感する。中のチェックを済ませた2人が戻ってきて、風の当たらない船内で非常用の毛布に包まりやっと落ち着く。まだ濡れて気持ち悪い制服は壁にかけられ、3人は下着だったが、恥ずかしさよりも気持ちよさを優先した。男子学生には決して見られたくない格好だが、まだ2人の少年は海をパンツ1枚で泳いでいるはずである。身を寄せ合っていた女生徒3人であったが、しばらくして船内に入ってきた2人の少年を見て、自分達はまだマシだったと心から思った。チビデブの2人は学生服を海に投げ捨てられたらしく、パンツ一枚タオルを肩からかけていた。真澄が気の毒そうな顔をしながら2人に毛布を配っていた。唇が紫色に変化した2人の男子学生は、ひったくるように毛布を受け取ると船室の座席に座って毛布に包まった。制服が捨てられたことなど思いもしなかったのだろう。デブは怒りに顔を歪めていた。
「済まないな・・・。先輩はあんな性格だから勘弁してやってくれ。こうでもしないと近くにゾンビが居た場合は本当に危険なんだ。」
真澄が頭を掻きながら説明をしていると、土倉光が船室に入ってきた。運転席や貨物室のチェックを済ませたらしい。異常は無さそうだった。明らかに機嫌の悪い2人の男子学生をチラリと一瞥しただけで何も無かったかのように学生達に説明を始める。
「今日はもう暗くなるから、この船で一泊することにします。まぁ、出て行きたかったら好きにしていいわ。その代わり、噛まれた場合は絶対に中には入れません。ゾンビになる原因は今のところ不明だけど、噛まれた、死亡した場合はほぼ確実にゾンビ化するらしいから、それだけは注意することね。隠したりしても発覚した時点で外に放り出すかその場で殺します。いいわね?」
いきなりそんなことを言われても学生達は納得できないようだったが、最も注意すべきなのは仲間内でゾンビ化されることだった。安全だと思っていた場所で仲間に襲われて死んだら目も当てられない。真澄は自分達が噛まれても見捨てるように付け加えた。学生達もゾンビ化の法則には何となく気付いていたので、噛まれたり引っ掛かれたりすることの危険性も十分理解した。とにかく明日、服や物資の調達をする旨を皆で確認しあい、男子学生は貨物室、女子学生は船室、大人2人は運転室で休息を取るように決め、それぞれが眠りに落ちていった。
だんだん優しさが無くなっていく2人。いい感じに場慣れしてきましたね。この世界は優しい人間から死ぬ確率が大きくなります。だからこれでいいんでしょう。
やはり忙しさと不調を言い訳にして投稿を滞らせるよりは、後で修正を加えつつ連載しようと思います。でもまぁあれだ。次までしか書けてねぇのは秘密だ(´・ω・`)
渡会未来 :17歳 152cm 委員長
水無月優 :17歳 160cm ギャル
小林弘美 :18歳 154cm 貧乳
大西太陽 :18歳 159cm チビ
柳光太郎 :17歳 171cm デブ